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魔王の器

 そうして翌朝、約束の掃除は簡単な掃き掃除と本を本棚に入れるだけの最低限のもので終えて、タケルはアリスと旅に出ることになったのだ。


 大賢者(アリス)のことだから、直ぐに魔法で移動するのかと思ったら、普通に徒歩で森を抜けるというので、タケルはちょっと拍子抜けしてしまったのだが、そうすることに目的があるというなら理解はできた。

 ただ。


「その三つ目の条件ってなんなんだ?」


 確定している二つの条件、そして大賢者(アリス)ですら確証が持てない三つ目の条件。

 アリスはその三つの条件で異世界に行けるのだと考えているのだということはわかるのだが。

 詳しい内容を聞かせてもらっていない。


 そんなに難しい条件なのだろうか?

 ふと、疑問に思って尋ねただけだったのに。

 急にアリスは真顔になってタケルの目を見る。

 タケルは嫌な予感にビクッとして見つめ返した。


「・・・まあ、追々な」


 昨夜と同じ言葉で濁される。

 これは聞かない方が良いと本能が告げていた。


「まあ、いいや。・・・それより、こんな普通に火を焚いたりして大丈夫なのか?」


 話を変えるついでに、もうひとつの疑問を口にする。

 アリスはきょとんとして。


「? なぜだ?」

「なぜって・・・」


 野営するに当たり、焚き火は必要不可欠ではあるが、ここは魔獣や魔物の棲む森の中だ。

 タケルがここを通ったときは、魔獣に見つからないように警戒して火を熾すことはしなかった。

 単独での野営は寝ているときも気が抜けない。タケルは狼の姿なら寒さにも強いので、火を熾して暖をとる必要もなかったのもあるが。


「危なくないか? この森には魔獣も出るし、魔物も棲んでるんだろ」


 タケルだって大賢者(アリス)がすごい魔法使いなのはわかっている。

 魔獣や魔物を撃退するのも容易いのかもしれないが、それでもわざわざ火を熾して危険を呼び込む必要もないと思うのだ。


 ちなみにテントや毛布などの野営に必要な設備は、やっぱり収納空間魔法で、アリスがひょいっと出してきたものである。

 少し開けた平らな場所で焚き火を中心に、タケルの分を含む二つの寝心地の良いテントが張られているのだが。

 場所を考えたら、襲われる危険を考慮して、いざという時は逃げられるようにもっと簡易な野営で良いのではないかと思った。


「ああ、それなら心配ないぞ。あいつらが私たちを襲ってくるようなことはないからな」


 当たり前のように言われて目が点になる。


「そうよね。あの子達が私たちを襲うなんてことはあり得ないわよね」


 賢者の書(エリアーナ)までも同じ様子で。

 しかも『あの子達』呼ばわり?


「そもそも言っておくけどな。私がこの森の奥に住みだしたときは普通の森だったんだぞ。それをあいつらが勝手に集まってきて、棲みついたんだ」

「そうねえ。アリスの魔力がよほど魅力的なのでしょうけど、人間の往き来までしづらくなるのは予想外だったわね」


 森に棲む魔物たちについて不満を口にするアリスたち。

 その様子はタケルの思っていたのとはたぶん真逆。

 好かれて困って面倒だと言うような・・・。


 え、でも。


 確か大賢者(アリス)の家の周囲には、結界らしきものがあって、魔物たちが入れないようになっていた筈ではなかったか?

 危険がないならどうして?


「アリツィア様」


 不意に声がして、タケルは振り返り様、身を低くして臨戦態勢をとる。

 真後ろで声を出されるまで、全く気配に気づかなかった。

 タケルの本能が最大限の警報を鳴らしていた。


 グルゥと無意識に喉が鳴り、体が狼に変化する。


「待て、タケル」


 その声に体が固まる。

 狼化が止まって人の姿に戻され、急な変化に息が詰まってゲホゲホと噎せる。


「悪い! 大丈夫か?」


 アリスが慌てたように駆け寄って背中を擦ってくる。

 治癒魔法だろうか、急に息が楽になった。

 加減が難しいなという呟きに、そうだアリスは獣化をコントロール出来るのだと思い出す。

 というか、強制的に変化を止められた衝撃にその事を痛感した。


「タケル、あれは敵ではないんだ」


 言われて改めてその人物を見る。

 男はこんな森の中だというのに、キッチリとした汚れひとつ無い燕尾服を身に纏い、少し目を伏せ立っていた。

 整った顔立ちに短く切り揃えられた紫色の髪、そして額の左右の生え際には緩やかに曲がった角が生えている。


 魔物だ。

 タケルはゴクリと唾を呑む。

 しかも上位種。

 魔物は人に近い姿をしているほど力が強い傾向にある。

 魔獣は獣型の魔物で、その強さは竜種(ドラゴン)に近いほど強いのだが、魔物は強いものほどなぜか人に近い姿を持つ。

 しかし、その生体も思考も人とは隔絶している。

 力が強いものが全てを支配する。

 弱肉強食が彼らの絶対的な法則(ルール)なのだ。


 敵ではないと言われても、そう簡単に警戒を解けるものではない。

 睨み付けるように見ていると、アリスが小さな溜め息をついて。


「とりあえず、喧嘩だけは売るなよ」


 釘を刺すように言って、男に向き直る。


「ロイ。久しぶりだな」


 アリスが親しげに声をかけるのを見て驚く。


「あいつの遣いか? 相変わらずだな」

「私の主はあの方のみですから」

「・・・それを私に言うんだから、お前は本当に変わり者だよ。それで、なにをしにここに来た?」


 アリスにロイと呼ばれたその魔物は、伏せていた顔を上げてこちらを見る。

 瞳の色が黒地に紫を垂らしたような不思議な虹彩をしていた。

 やはり似ていても人間とは違う。

 そして、まるで人形のように動かない表情にも、整った顔立ちを含めて違和感と恐怖が湧く。


「アリツィア様の目的を主が知りたがっておられます」


 丁寧な口調。

 だけど、アリスを敬っているようにはとても思えない。

 それをどこか面白そうにアリスが見ている。


「邪魔をしないのなら教えてやってもいいぞ」


 答えたアリスにギョッとする。

 もし相手が邪魔をしないと答えたとして、それが守られる保証はないのにそんな簡単に。

 いや、そういえばアリスはもともと訪れたものに知識を惜しげもなく貸す大賢者だ。

 加えて強力な魔法で、なんでも思い通りにしてきた感があるから、そういう危機感が乏しいのかもしれない。

 焦って。


「アリス!」


 つい大声を出すと、アリスがうるさそうにこっちを見て、そしてロイも視線を向けた。

 その眼光に息を呑む。


「それは?」


 訊いたくせに、さほど興味がないような・・・というか、見下している雰囲気。

 つまり先ほどタケルが狼になりかけたことも、実際には歯牙にもかけていなかったのだ。


「タケルは私の従者だ」


 ロイは少し眉をピクリと動かした。

 初めての表情の変化だった。

 もしかして驚いたのだろうか?


「それは、珍しい。・・・ああ、失礼。アリツィア様が選ばれたものにケチをつけるつもりはございませんが、もう少し躾をされた方が宜しいかと。でないとアリツィア様が恥をかかれますので」


 これが慇懃無礼って奴か?

 つーか、従者って紹介してるのに、躾とか、なんかペット扱いな気がすんのは俺だけか?


「一応言っておくが、タケル(わたしのもの)に手を出すことは許さないからな」


 アリスがちらりとロイに視線を向ける。

 ロイは思考が読めない瞳で見返して。


「・・・はい、心得ております。それと、アリツィア様の邪魔をすることなどあり得ません。寧ろ主より、あなた様の真意を訊き、役に立てとの命を受けておりますので」

「なんだ、なら遠慮なく使わせてもらおう。ちょうど人手も欲しかったし。よろしくな、ロイ」


 慇懃無礼な態度もアリスは気にならないのか、ロイの言葉に二つ返事で頷く。


「アリス!?」


 つい大声を上げると、アリスは苛ついた様子で。


「うるさいな、なんだ?」

「なんだじゃねーよ! なんでそんな簡単にそいつを信用するんだよ!?」


「・・・は?」

「・・・え?」


 アリスが、心底驚いた様子で見上げてくるから、自分がおかしいのかと一瞬思って戸惑う。


 するとアリスがハッとしたような顔をして。


「ああ、魔物は基本的に嘘はつかないんだ。昔は人間世界でも常識だったはずだが。・・・最近は人と魔物の接触も減ってるし、知られてないってこともあるのか」


 アリスは理解が追い付いていないタケルを置き去りにして、ひとり納得したように笑って。


「魔に近い生き物は言葉が契約になる。だから基本的に嘘はつけないし、人間よりある意味よほど正直なんだ」


 契約と聞いて、アリスに首輪を付けられた時のことを思い出す。

 あの時、タケルはアリスになんでもすると言って、それを契約に利用された。

 つまり、同じように下手なことを言うと全て魔力による契約が履行されるってことで、それが魔力の強い魔物にとっては常識ということか?


 理解はできるけど、なんとなく納得いかない。


 そもそも人間社会では魔物は危険で恐ろしいものであるというのが常識だ。

 今でこそ、魔物や魔獣の多くは北の大地に棲んでいて、人間との住み分けがされているが、それでも時折南下してくる魔獣に人間が襲われる被害が出ることだってあるし、この森のように人間の国のなかにも魔物たちが棲む場所も点在していて、その脅威は拭えない。

 魔物は人間の恐怖の象徴だ。

 そんな簡単に信用など出来ない。


「それにロイがいればいろいろ便利だぞ。魔物は意外に人間社会に入り込んでいるし、情報通だからな」

「・・・は?」

「あっ」


 アリスがしまったという顔をして口を抑えた。


「あらあら、今のはアリスの失言ね。でも大丈夫よ。人間社会に入り込んだといっても、別に悪さをしている訳じゃないわ。ある意味共存ね。それに、タケル君の望みを叶えるためにも協力者は必要よ」


 賢者の書(エリアーナ)がフォローするように言って、ふわっとアリスのもとに飛んだ。

 アリスはいつも通り軽くキャッチして、重さを感じさせない様子で片手で抱える。


 なぜだろう、アリスに言われるとどこか納得できないのに、エリアーナに言われると抵抗なく受け入れられる。

 つい、エリー姐さんと呼んでしまうくらい、エリアーナの大人びた様子に安心するからかもしれない。

 アリスは知識量だけは人一倍のクセに、見た目もだがやっぱりどこか子供っぽい。

 だから納得できないのかもなと思った。


「エリアーナ様、ご健勝のようでなによりです」


 ロイが、まるでひとりの人間に対するように、アリスが持つ賢者の書(エリアーナ)に挨拶をする。


「ふふ。おかげさまで、ロイ。あなたの主人も変わりないかしら」

「はい」


 なんだろう、アリスや俺に対しては慇懃無礼な感じがするのに、賢者の書(エリアーナ)に対してはきちんと敬意を払っているように感じる。


 まあ、自分もそうだから仕方ないのかもしれない。

 それに、当のアリスはタケルと違ってそんな態度など気にも止めてないようなのだ。


「まあ、ロイとはそこそこ付き合い長いし基本的には信用できるよ。それに、そもそも私に敵対するって命知らずはこの森にはいないしな」

「そうね、魔物は自分より強いものには手を出すことはしないから。もし、私たちを害しようとするなら、アリスの強さを知らない愚か者ってことね」


 だから安心していいわよ。と、エリー姐さんがフォローしてくれて、なるほどと思う。

 そうだった、魔物は弱肉強食。強さを認める相手に襲いかかったりなんてしないのだ。


 ・・・ってことは、この森にいる魔物や魔獣よりもアリスは強いってことで。

 なんかそうかなって思ったていたけど、当然のような会話に顔が引きつる。

 ロイも全く否定せずに静かだし。


「・・・そういや、魔王の器とか呼ばれたことがあるって」


 アリスの名乗りのときに聞いた言葉。あの時は強い魔力を持っているという意味くらいで、まさか本当だとは思っていなかったのだけど。


「私はなる気はないぞ」


 プッと頬を膨らませて否定するアリス。

 ロイがちらりとアリスに視線を向ける。


「あなた様ほどの適任者はおられないのですが・・・」


 どこか慇懃無礼なロイですら、アリスに魔王になって欲しいと思っている様子。

 大賢者(アリス)の強さって・・・やっぱりヤバいんだな。

 ちょっとゾッとしたが、まあ味方と思えば心強いか・・・?


「そういや、アリスの家の周りって結界があったよな? てっきり危険な魔物や魔獣避けだと思ってたんだけど・・・」

「ああ、あれな・・・魔物や魔獣避けってのは正解だ。でも理由は、魔王になってくれって言う奴らがやたらと訪ねてくるから面倒になって、単純に近付けないようにしただけなんだよ」


 ちょっと溜め息ついている様子は、よほど嫌だったんだろうなと想像させる。

 だからってあんな結界を張るとか、やっぱり規格外過ぎなんだけど。


「まあ、私の話はいいじゃないか。ロイも加わったことだし、改めて目的の説明とこれからの具体的な行動について、作戦会議を始めるぞ」


 気分を変えたかったのか、ちょっと声を張って、ニッと笑うアリスは、どこか悪巧みをしている子供のように見える。

 やっぱり、見た目だけの問題じゃないよな。


 魔物たちに魔王にと切望されるほど、アリスは強いのに。

 なぜか放っておけない気持ちにさせるから質が悪いと思う。


 タケルは小さく溜め息をついた。



 ***************

ロイの「アリツィア様」呼びはすぐにやめさせようかと思っていたのに、なんかしっくり来すぎて変えるだけの必要性もないし、アリスとの距離感もいいから定着してしまいました。でも本文でもアリスなのに、自分でもコレでいいの?って思わずにはいられません。

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