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異世界へ行く方法

「あの方が旅に出た? 本当か?」


 部下の言葉に驚きを隠せなかった。

 普段ほとんど表情が変わらず、冷酷な性格で周囲から恐れられている男には珍しく、動揺が顔に出ている。


 それもそのはず、彼女はもう何百年も頑なにあの地を出ようとしなかったのだから。

 人との関わりも最小限、魔物や魔獣は強力な結界で寄せ付けず、彼女の領域(テリトリー)に入れるものは、彼女に許されたごく少数の者のみ。しかもその者ですら、彼女から呼ばれない限り近づくことは許されないというのに。


 それが急になぜ・・・。


 しばらく思案し、ある可能性に気づきハッとする。


 そうか、ようやくその時が来たのだと。


 以前、彼女から聞いていた計画。

 ただし、そう簡単にその機会は訪れないだろうから気長に待つように言われていた。

 だから、まだまだ先のことだと思っていたのだが。


 たぶん彼女にも予測し得なかったタイミングで、切っ掛けとなる事象が起こったのだろう。


 フフッと隠しきれずに笑みが溢れる。

 ようやく待ち望んだその時が訪れるのだ。


 部下に彼女と速やかに接触を図るように命令する。


 彼女が目的を果たす時、隣に立つのは自分であるために、他の誰より早く動かなければならない。

 彼女に近づきたいものは数多くいるのだから。


 一番に自分を認めてもらうために。

 まずは彼女の真意を確かめ、動く必要があった。



 ***************



「なんか、意外だな」


 森の中、野営の準備をしながらタケルは呟いた。


「なにがだ?」


 独り言だったのだが、聞き返されて、まあいいかと答える。


「お前のことだから、もっと魔法で一瞬で移動とかするのかと思った」

「ああ・・・」


 アリスは拾ってきた薪を火に焚べて。


「やろうと思えば出来るけどな。・・・今回はいろいろ確認したいこともあるから」

「確認したいこと?」

「そうだ。言っただろう? 異世界に行く条件。確定していない要素。それの確証を得るために、いろいろ調べたいことがある」


 言われて、昨夜の会話を思い出す。



 ***************



「まず、行くための条件が幾つかあるんだが、確定しているものとそうでないものがある」

「? それって」

「まあ、もう少し調査が必要ってことだ。私の考察ではほぼ結論が出ているが、まだ裏付けが取れていないんだ。不確定要素が多すぎてな。他の条件を満たすまで時間もかかるし、そこは追々な。で、現段階で確定している条件なんだが」


 食事を終えて、本調子を取り戻したアリスがニッと嗤う。


「まずひとつは、異世界人ではないことだ」

「・・・え」


 タケルは一瞬意味がわからなくて、理解してもポカンとしてしまった。


「異世界人ですら戻れない異世界に、こっちの人間が行くなんて無理だと言うのが世間一般の常識・・・だがな。そもそも前提が間違っているんだよ。異世界人だからこそ戻れないんだ」


 異世界人だから。

 それなら、養母(かあ)さんの願いははじめから・・・。


「お前、養母のナミだったか。彼女からこっちに来る前の異世界での生活がどんなだったか、詳しく聞いたことがあるか?」

「え? ああ・・・」


 タケルは頷いて、ナミのことを思い出す。

 ずっと旅をしているような生活だったから、基本的にナミと二人きりで過ごすことが多かった。

 二人きりの時、ナミは良く異世界のことを懐かしむように語っていた。

 そして、向こうでのナミの暮らしぶりも。


「病気か?」


 ビクッとして顔を上げる。

 今まで見たことがないくらい、真剣な顔でアリスがこちらを見ていた。


「なんで・・・」


 驚きすぎて、掠れた声が出た。


「言ったろう、私は幾人もの異世界人と会ってきたって。そして、話を聞くうちに共通点を見つけたんだ」


 それって、まさか・・・。


「こちらに来る異世界人の共通点、それは、死ぬ運命の者たちだ」


 ゴクリと息を呑む。


「理由は病気だったり事故だったり、様々だけどな」


 ナミは病気だった。

 こちらに来る前の生活は病院に入院ばかりで、ほとんど学校にも行けなかったと話していた。

 学校がどういうものか、タケルには実際には良くわからなかったけれど。

 同じ年頃の子供が集まって勉強する施設と聞いて、なぜそんなところに行きたいのかと思ったけど。

「友達と毎日なんでもないことを話して、部活とか一緒にがんばったり、してみたかったんだよね」

 そう言葉を落とすナミの様子が寂しそうで、ナミの向こうでの生活があまり楽しいものではなかったことは感じていた。


「タケル、そもそもこの世界に異世界人が来る理由ってわかるか」


 突然質問されて眉根を寄せる。

 そんなことは考えたこともなかった。


 そう言って首を振ると、アリスはまあ普通はそうだよなと苦笑して。


「この世界が必要だと判断したからだ。だから、こちらに来る異世界人は世界に選別されて、何より来ても問題ない者しか来ない」

「それって」

「有り体に言えば犯罪者とかな、この世界に来て問題を起こすようなヤツはそもそも選ばれないってことだ。大抵はちょっとお人好しだったり、中にはこっちの世界での暮らしを楽しむことに全力を注いでみたり、例え力を持っても人を支配したり世界征服なんかを考えたりもしない、まあ本当に害のないヤツばかりだよ」


 なんだか呆れたような口調で、まるで世界に人格があるかのような口振りだ。


「この世界はかなり我が儘だからな。そもそも異世界人を呼ぶ理由も、尽きかけている魔力供給のためだし」

「魔力供給?」

「そうだ。お前も・・・お前と同じ人狼がいなくなったのもそのためだ」


 アリスが語るには、そもそも人狼は、人狼の血脈の中で生まれながらに魔力の強いものがなるもの。

 絶滅したのも、単に人狼が生まれなくなっただけで、討伐されたりしたわけでも、人狼の血脈が絶えたというものでもない。

 単純に世界の魔力が乏しくなったから生まれにくくなったというのだ。


「だから、お前みたいに、今現在で完全な人狼の特徴を持つヤツが生まれるってのは、すごく珍しいんだ」


 アリスの紅青の目が獲物を狙うようにタケルを見る。

 それにちょっとビクつきながらも、なるほど人狼であるタケルを見たときのアリスの大興奮がなぜなのか、ようやく理解した。

 契約の魔法で縛ってでも逃がしたくなかったわけだ。


「異世界人がこちらに来るとき、向こうの世界にある魔力が一緒に移動してくる。つまりそれが魔力供給になるんだ。この世界では魔力は使用されすぎて年々減っているからな」


「異世界って魔力があるのか?」


 あちらの世界には魔法が無いと、ナミから聞いていたタケルは首を傾げる。


「ああ、魔力はあっても使われていないんだ。だから余っているし、そして死ぬ運命の人間を使うと、抵抗も少なくこちらに持ってこれる」

「それって」

「向こうの世界にも影響が少ないってことだ。生きて何かをなし得る可能性のある人間を連れてこようとすると、向こうの世界の抵抗を受ける。そういうことだと私は推察している」


 世界間のやり取りについてはさすがのアリスも推論になってしまうようだが、それでもさすがは大賢者、タケルが少し聞いただけでも理解できる内容だった。


「まあ、つまりだ。死ぬ運命の人間が元の世界に戻ったらどうなると思う?」

「え? ・・・ああ、そうか」

「・・・人間っていうのは自己防衛の本能があるからな。死ぬとわかっていて戻ることは出来ないんだよ」


 ようやくタケルは納得した。

 異世界人はだからこそ、異世界に戻れない。

 だけど、生粋のこの世界の住人であるタケルならば可能性はゼロではないのだ。


 本当に行けるかもしれない。

 希望に胸が高鳴る。


「そして、確定しているもうひとつの条件だが・・・」


 ちょっとアリスが言い渋る。

 なんだろう、難しい条件なんだろうか?

 嫌な予感に眉間に皺を寄せると。


「異世界の物が必要なんだ」


 ん? 異世界の(モノ)


「異世界に行くには、その世界の座標と時間軸を定める必要がある。つまりは向こうの物質がそれを指し示す指標になるもので、更にはひとつだけでは座標を固定できないから、複数、出来れば数多くあると精度が増して安定するんだ。だから、たくさん集める必要が・・・」

「ちょっと待て、もうちょっと分かりやすく説明してくれ!」


 さすがに理解が追い付かなくて、マシンガンのようにしゃべるアリスを止める。

 座標だの時間軸だの、突然言われても意味がわからない。


「そうねぇ、難しいことは置いておいて、簡単に言うと。異世界の場所を見つけるためには、異世界の物が必要ってことね。しかも数がたくさん無いといけないってことなのよ」


 エリー姐さんが噛み砕いて説明してくれて、ようやく意味がわかる。

 でも。


「異世界の物って、そんなにあるのか、この世界に」


 新たな疑問が湧く。

 アリスは言葉を止められたせいか、ちょっとむくれた顔をして。


「お前も持っているんじゃないのか? ナミの遺品(もの)を」


 言われてドキッとする。


 確かにタケルはナミが異世界から持ち込んで大切にしていた物を、今でも大事に持っていた。

 しかも紛失したり壊れるのを恐れるあまり、タケルは自分の魔力のほとんどを、それを入れるための収納空間の魔法に充てていた。


 そのため、魔力が強い人狼であるタケルだが、現状ほとんど魔法が使えない。

 でも、それ自体はさほど不便はなかった。

 魔法がなくても、人狼の強靭な肉体はあるし、危機探知能力の高い本能も持ち合わせていて、何よりアリスと違って魔法に頼らなくても生活能力は十分高いからだ。


「・・・確かに持っているけど」


 あれを何かに使ったり、ましてや壊されたりするのは我慢ならない。

 ついアリスを見返す目が鋭くなる。


「安心しろ。お前の持っている物を取り上げたりはしないから」


 タケルの警戒を察知したのだろう、アリスが慌てて手を振る。


「お前が持っているならそれでいいんだ。ただ、さっきも言ったが、そのひとつじゃ足りないんだよ。だから、私たちは他の異世界人が元の世界からこちらに持ち込んだ物を手に入れないとならないってことだ」


 それを聞いて少し安心する。


 だけど。


「集めるってどうやって?」

「そりゃ、異世界人に会って譲ってもらうのさ」


 事も無げにアリスは言う。

 タケルはそれを聞いて顔をしかめた。


「・・・それって難しくないか?」


 異世界人がこちらに来て、ずっと手放さずにいる程の物なんて、きっとすごく大切なものだ。

 タケルだって絶対に手放したくないのだから。


「そうだな。それでもやるしかないだろ? 異世界に行くなんて簡単じゃないって、最初に言ったはずだ」


 言われてハッとする。

 そうだった。自分でもそう思っていたのに。

 ナミの遺品を守りたいという気持ちが後込(しりご)みさせた。

 難しくてもやるしかないのだ。


「そうだったな、悪い。・・・でも、他の異世界人に会いに行くってことは」

「そうだな、大賢者(わたし)の隠居生活も終わりってことだな」


 そう言う顔がどこか楽しそうに(ワクワクしてるように)輝いている。

 自分から隠居生活をしているくせに、変なヤツだとタケルは思った。

 これだけの好奇心があるのだから、こんなところに閉じ籠ってないで、いろんな所に行って好き勝手いろいろ調べたらいいのに。


 やっぱり大賢者は良くわからない。


「だからさ。あの部屋の片付けは別にしなくてもいいよな? ほら、旅支度の準備とか必要だし・・・」

「却下。それとこれとは話が別だ」


 そもそも大賢者(アリス)に旅支度が必要だとは思えない。

 たぶん、無尽蔵の収納空間に必要なものなんて全て入っているのが落ちなのだ。

 理由をつけて苦手なもの(そうじ)から逃げようとするんだから、大賢者のくせに結構子供っぽい。


 子供(あの)姿は、ただの罠なのかと思っていたが、知識量は別にして、実際のアリスの精神年齢は外見に近いのかもしれない。


 不服そうに頬を膨らませているアリスを見て、タケルは思わず笑みを溢したのだ。



 ***************

異世界転移ものって転移する人が世界最強になるなのがほとんどだけど、ここでは異世界人はそこそこ強いくらいで、アリスが世界最強です。子供っぽくてあんまりそう見えないのは仕様ってことで。

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