大賢者との主従契約
「本当に異世界に行く方法を教えてくれるんだろうな」
さんざんアリスに狼の身体を調べられまくったタケルが、ようやく解放されたのは夕暮れに差し掛かろうとする頃だった。
撫でるだけでなく身長や体重も調べられたり、動いてるところが見たいと外の草原を走らされたり、はたまた瞳の色を観察させろと目を覗き込まれたり。
「グリーンよりのへイゼルアイか、文献通りだが実際に見ると面白い色合いだな」
明かりや日差しなどの光の環境で、ブラウンからグリーンまで色が変わるへイゼルアイ。
タケルに自覚はなかったが、そんなところも人狼の特徴だったらしい。
だから最初に人狼だとバレたのかと気付く。
しかもいろいろ調べられてるだけでも疲れるのに、触り心地がよほど気に入ったのか、調べる間も定期的に顔や耳の辺りを中心に撫でられまくる。
もう、撫でられることに抵抗感もなくなった頃、どこから出したのかタケルにぴったりの服を差し出され、ようやく人の姿に戻ることが許されたのだ。
「ああ、もちろん。ただし、簡単には行くことは出来ないけどな」
「え・・・」
「異世界に行くなんて事が簡単に出来たら大問題だし、いろいろ条件がある。そもそもお前一人の力じゃ無理だ」
それは確かにそうかもしれない、もともとタケルだって、大賢者に知恵を貸してもらうだけで簡単に異世界に行けるなんて思っていたわけではなかった。
荒唐無稽すぎると皆に馬鹿にされるような願い。
そのヒントさえ手に入れば良いと思ってここまで来たのだから。
ただ、アリスは想像以上にすごすぎて、彼女ならそんなことも簡単なのではないかと、期待しすぎてしまっていたことに気付かされた。
「わかった。それでもいいから教えてくれ」
どんな難しい条件でも希望があるならクリアしてみせる。
そう覚悟をもって言うと、アリスは少し目を細めて。
「・・・そんな顔をするな。私も手伝ってやるから」
そう優しく微笑むから、驚いてつい見惚れてしまった。
「そもそも、お前は私の下僕になったんだからな。ペットの面倒をみるのは飼い主の勤めだしな」
言われてガックリと肩を落とす。
また罠にかかりそうになってるし。
これ以上、相手のペースに巻き込まれたら疲れるだけだ。
「なあ、この契約? なんとかなんねーの? もう俺、逃げたりしないしさ」
首輪を指先でなぞりながら言う。
魔法がかかっているためか着けている感覚も違和感もゼロだが、確実に存在しているそれを確かめるように。
そもそも逃げ出しそうなタケルを逃がさないために、騙し討ちみたいに契約したんだとぶっちゃけたのは、他ならぬアリス本人だった。
「普通ならこんなことしないさ。必要もないし。ただお前が逃げようとするから」
いろいろ調べている間の休憩時間(?)にタケルの頸を撫でながら。
「子供の姿の私を見て、初見で逃げようとするなんてな。人狼の勘の良さは一級品だな」
これもアリスにとっては面白いポイントだったのか、本当に愉快そうに。
てことは、俺が逃げようとしなかったら首輪をつけられることもなかったってことか?
でも、人狼の本能はずっと警鐘を鳴らしていたし、実際に逃げなくても、結局はこんな風に調べられまくるのは変わらなかったろうから、拒めば同じように首輪をつけられていたって落ちだと思う。
つまり何をしても結果は変わってない気がするんだけど。
「大体の人間は私が目的の人物じゃないと勘違いするし、私がソレだと伝えても信じなかったり馬鹿にしたり、酷いと色目を使ってきたりな」
は!?
聞き捨てならない言葉に目を剥く。
「そんな顔をするな。いいんだよ、それでソイツの人となりが知れるから便利なんだ」
だからわざわざこんな姿をしてるんだからな、と嗤う。
やっぱり罠なんだなと思った。
けど。
『・・・人を信用してないんだな』
つい溢れた言葉に自分でびっくりしたが、狼の姿だったのが幸いしてクゥンと小さく鳴くだけで済んだ。
アリスはそれについて特に何も言わず、狼姿の頸元に抱きついてきた。
毛に顔を埋めるようにして毛並みを堪能する。
さすがにこそばゆくて身震いすると、ちょっと不満そうに顔を上げて。
「寒いときは抱き枕にもちょうど良さそうだな」
と、本気とも冗談ともつかない顔で笑ったのだ。
***************
「あー、それな。お前の願いが叶うまで解除は無理なんだ」
少しバツが悪そうな顔で首を傾げる。
そんな様子も美少女がすると、可愛くてなんでも許してあげたくなる。
許して・・・ん?
「叶うまでってなんだよ!?」
だって、異世界に行くなんてそう簡単にはいかないって。
つまりはその間中、大賢者の下僕でいなきゃならない?
そんなこと納得できるか!!
「本当に悪い。私だってちょっと調べる間だけのつもりだったんだ。ただエリーが・・・」
「あら? 人のせいにするのは良くないわ。契約の魔法を使ったのはあなたなんだから」
賢者の書が不満そうに口を挟む。
なに? エリー姐さんがなんだって?
「だってお前が私に薦めた魔法だろう?」
「そうよ。でも、私はその時最善の魔法を提示しただけで、実際に使ったのはアリスなんだから責任転嫁はよしてちょうだい」
「いや、でもなぁ」
「そもそも、人狼を捕らえて好き勝手するなんて魔法の対価が安いはずないのよ。無茶な要求には無茶な報酬。当たり前よ」
良くわからないが、タケルが気付いていなかっただけで、あの時の二人の間にはなにかしらやり取りがあったらしい。
アリスは頬を膨らませて納得できない様子だが、どうやらこの戦いはエリーに軍配が上がるようだ。
いや、どちらにしても契約が解除できないっていう事実は変わらなくて・・・。
それならせめて。
「下僕呼びだけはやめてくれ・・・」
小さく項垂れてお願いするしか出来なかった。
「じゃあ、大賢者の従者はどうかしら?」
意味は変わらないけど、と続けられたが下僕よりは断然マシだ。
「下僕の方がいいのにな・・・」
アリスが手を握ったり開いたり繰り返しながら呟く。
たぶんあれはタケルの毛並みを思い出しているのだ。
「いー加減、犬扱いはやめろ」
つい無意識にグルッと喉から威嚇の音が出る。
その瞬間、アリスの紅青の目が輝いた。
あ、ヤバ・・・。
「お前、その姿でも喉が鳴らせるのか? どういう仕組みになってるんだ?」
詰め寄られてどぎまぎしてしまう。
だから近いんだっての!
「わかった! 狼の姿の時はお前の下僕でいいから、人の姿の時はもうちょっと離れてくれ」
アリスはきょとんとして、次にニッと意地悪く笑うと。
「この姿はお前にも十分利いてるみたいだな」
かなりご機嫌な様子で。
「わかった。その条件を呑もう」
少し離れると微笑んで。
「だが、忘れてないよな。私はいつでもお前を狼にできるんだぞ?」
楽しそうな言葉に青褪める。
やってしまったと思っても後の祭りだ。
「タケル君って、ちょっとうかつ者よねぇ。まあ、そこが可愛らしいけれど」
エリー姐さんの全くフォローになっていない言葉に、言い返す気力もなく肩を落とすしかなかった。
***************
タケルがエリアーナをエリー姐さんと呼ぶのはたぶん心の中だけ。口に出す勇気はなさそうです。