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大賢者のペット

「そのためならなんでもする。あ、金はあんまり持ってないけど・・・」


 ナミが遺してくれた金はそこそこあったのだが、ここに来るまでにずいぶん消費してしまって、心許ない状態だった。


「俺に出来ることならなんでもするから、どうか」


 誰に訊いても、大賢者はその知識を出し惜しみすることはない。

 棲家に辿り着きさえすれば、知恵を貸してもらうことは簡単だと言われた。


 実際に会って、知識の権化というか、大賢者の持つ知識と見識の深さはこちらがどん引くくらいで、出し惜しみとか考えてもいない感じは確かにあったけれど。

 教えてもらうだけで何も返さないのは違うと思ったから。


 そう思い言い募って、下げていた頭を上げて目に入ったのは大賢者の満面の笑み。


 あ、ヤバい・・・。


 本能が逃げろと、本日何度目かの警鐘を鳴らしている。

 でも、残念なことにずいぶん前から逃げ道など無いのだ。


「ふふっ、なんでもか・・・いいだろう、お前を私の下僕(げぼく)にしてやろう」


 いいわけあるか!

 叫びたかったが、恐すぎて声が出ない。


 ヤバいヤツにヤバいことを言ってしまった。

 後悔しても後の祭りだということは、大賢者のご機嫌な様子で嫌になるほどわかる。


「やあねぇ、下僕なんて。人聞きが悪いわよ。そうねぇ、大賢者の愛玩動物(ペット)の方が可愛らしくて良いんじゃないかしら」


 いや、賢者の書(エリアーナ)さん、そっちの方がなんかヤバい気するんですけど。


「うん? そうか? あまり違いがないと思うが」


 聞き捨てならない大賢者の言葉に青褪める。

 どっちにしたって、ろくでもない労働環境ってことなんじゃねーのか!?


「既に言質は取ったしな。ここに署名(サイン)もある。どちらにしろ呼び方なんて些末だろ」


 言いながら大賢者は無造作に右手を突き出してきた。

 その手にはいつの間に握られていたのか黒い首輪が。

 丈夫な革製と思われるそれは、良く見ると微細な模様のようなものが紅い色で描かれている。

 たぶん魔方陣の一種だ。


 署名(サイン)ってまさか??


 大賢者の左手には『進藤剛』と書かれた紙がある。

 思わず後ずさるが、背後に当たったのは固く閉ざされた扉。

 絶対に開くわけがないそれに、無意味と知りつつドアノブを回さずにはいられない。


「往生際が悪いぞ」


 そっちこそ、なんでそんなに悪い顔が出来るんだよ!?

 恐怖のあまり、口には出せずに心の中で叫ぶ。


 そして抵抗空しく、魔法で飛んできた首輪が、勝手に首に巻き付いてキツくない塩梅で留められた。


 誰に教えられなくてもわかった。

 首輪は契約の証だと。

 人狼の本能が告げていた。

 目の前の少女の姿をした大賢者が(あるじ)なのだと。


「まあ、そんなに悪いことでもないだろう? 契約だからな。お前の望みもちゃんと叶えてやるぞ」


 ニッコリと微笑む大賢者が近づいてきて、タケルの頭に手を伸ばす。

 抵抗する余裕もなく、身を竦めていると大賢者の手が耳に触れた。

 狼の耳に。


 え?


 いつの間にか尻尾と獣の耳が出ている。

 全く気付いて無かった自分に驚いた。

 しかも戻そうとしているのに戻らない。


 だらだらと冷や汗が吹き出した。

 もしかして・・・。


「私はお前の主になったからな。姿を変えるのも自在だぞ」


 自在ってまさか・・・?

 嫌な予感に身震いする。


「ああ、そうだ。きちんと名乗っていなかったな。主の名前を知らない下僕(ペット)なんて間抜けすぎるから、きちんと心に刻んでおけよ」


 それまでで一番、喜色満面の笑みで、拒否を示して必死に首を振る自分を無視して。


「私の名はアリツィア・エルデーテ。大賢者と呼ばれることもあるが、他には稀代の魔女とか、魔王の器なんて呼ばれることもあるな」


 とんでもない爆弾を落としてきたのだった。


「まあ、呼びにくいだろうから普段はアリスと呼んで良いぞ」


 名を知ることで契約が強固なものになる。

 途端に視界が歪んだ。


 身体中の毛が逆立つような違和感に一瞬目を瞑って、次に開けたときには視界が変わっている。

 目線が低くなっていて、自分が完全に狼の姿になったのだと自覚した。


 ただ、いつも狼の姿になったときには感じない違和感に、無意識にブルッと震える。

 その身震いに、身体に絡み付いていた布切れが飛んでいって楽になる。


 ん? 布切れ?

 なんでそんなものが・・・って、俺の服!?


 そりゃそうだ、狼の姿と人間では体型が全く違う。

 しかも獣人の特性で、人間の時よりも体躯は大きくなるのだ。

 服なんて破けるに決まってる。

 いつも自ら狼の姿になる時は、きちんと服は脱いでいたからこその違和感だったのだ。


 唯一、契約の首輪だけが柔軟にサイズを変えて、当然にように首におさまっていた。


『おい、ふざけんなよ!? 一張羅ってわけじゃねーけど、余裕あるほど服持ってるわけじゃねぇってのに!』


 叫んでも、悲しいかな、今の姿ではガォガォ、キャンキャンと犬の鳴き声のような声しか出ない。

 でも、さすがに怒っていることは理解できたらしい、大賢者ことアリスが。


「あー、悪い。服は新しいものを用意するから許せ」


 と謝ってきたから、とりあえず黙る。

 まあ、叫んだどころで犬語じゃ意味ないしな。

 破けてしまったものは修復不可能だろうし。

 せいぜい良い服を用意してもらうことにしよう。


 今日何度目かの諦めの境地に至ったタケルは、不貞腐れてその場で寝転んだ。

 アリスがここぞとばかりに撫で回してくる。


 比較的柔らかい耳の毛をしばらく堪能して、次に頭、それから頸に背中と来て、腹まで。

 毛質の違いを確かめるように撫でてくる。


 そこまでなら、獣の姿だし、我慢できた。

 だが、その流れで足の隙間にまで手が伸びてきて。


『それはさすがにセクハラだろーが!!』

「アリス! いい加減にしなさい!!」


 アオーンという遠吠えのような悲鳴と、賢者の書(エリアーナ)の怒号が重なった。

 しかも重そうな賢者の書がアリスに向かって跳んでくる。


 エリー姐さんって跳べるんだ。


 タケルが驚きすぎて固まっていると、アリスは軽いクッションでも掴まえるような雰囲気で、重そうな賢者の書を空中でキャッチした。


 え?


 更に固まったタケルに気付いているのかいないのか。


「悪い悪い。だって人狼って気付いたら絶滅してたからさ。触るの初めてだし、つい興奮しちゃって」


 そして。

「本当は中身も調べてみたいんだけど、さすがに無理だしな」

 と、聴こえてきてギョッとする。

 狼の耳だから聴こえた小さな囁き。

 キラキラとこちらを見る瞳は、そうだ昔ナミから聞いたことのある、研究のためなら手段を選ばないヤバい学者のソレ。


『大賢者って、狂気(マッド)の科学者(サイエンティスト)かよ!?』


 そうして本日二度目の、アオーンという遠吠え(ひめい)が響き渡った。


 今ならわかる。俺がどこで間違ったのか。


 知識欲の権化。自らそう語る大賢者。

 彼女は知識を与える代わりにきちんと報酬を頂く強かな人間なのだ。

 会話をする。ただそれだけのことで、相手のことを暴き、知識を吸収する。

 そして、それだけじゃなく、タケルみたいな研究対象(めずらしいもの)に対しては目的のために手段を選ばない所もある。


 初めて会ったときに、ヤバいと警鐘を鳴らした狼の本能。

 それを無視したのが間違いだったのだと、今になって理解した。


 見た目の幼さも美しさも、罠のひとつに違いない。


 タケルはここにきてやっと、見事に嵌められてしまったのだと自覚したのだった。



 ***************

アリスは男言葉、エリアーナは女言葉、タケルはちょっと砕けた男言葉でナミの影響から現代語も混ざるって感じです。

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