1-2
母の葬儀が終わってもまだ僕は父が母を殺した、という現実を受け入れることができなかった。祖父母のすすり泣く姿やただただ戸惑った様子の親戚連中もどこか別世界の出来事であるかのように感じられた。
ちなみに父とはあれから一度も会ってない。最後に会ったのは...事件の前の日の晩だろうか。その時だって別に会話を交わしたわけではなかった。
特に仲良くもなく不仲でもない親子関係だった。少なくとも自分はそう思っていた。でももっと話せていれば...もっと父のことをよく知っていればこんな事にはならなかったのかもしれない。そう思わなければいけないような気がした。僕に責任があってほしかった。
「■■■くん」
2つ驚いた。まず1つはいきなり後ろから僕の名前を呼ぶ声が聞こえたこと。そしてもう一つはその声の主が菊本だったこと。
「その...大丈夫?」
僕を気遣ってくれているんだろうか。
「うん...まぁ」
もちろん大丈夫なはずがない。母は死に、父は刑務所行き。いろんな感情が沸いては混ざり合ってを繰り返して心の中がぐちゃぐちゃになっている。その後に続ける言葉を失って口ごもっていると菊本がすっと僕の右に移動してきた。
「家まで送るよ。確かこっちだったよね?」
菊本が優しく微笑みながらそう言った。
「母が死に、その葬儀の帰り道に大して仲良くもないクラスメイトと帰宅する」という状況をうまく呑み込めないまま、僕は菊本と一緒に歩いていた。菊本はいつの間にか僕の前に行き、しっかりとした足取りで僕の家を目指していた。
思えば迂闊だった。どうして僕は「なぜこいつが僕の家を知っているんだろう」という疑問を持てなかったのだろう。この予測不可能な状況に対し僕の思考はまったくのノーガード戦法をとってしまっていた。
「ねぇ■■■くん」
菊本が振り返った。
「人生、やり直したい?」
僕はその質問に答えることができなかった。なぜなら口を開く前に菊本が何かで僕の頭を思いっきりぶん殴ったからだ。真っ赤な液体が顔を覆いつくし、道路に血の雫が大量に落ちた。
「頑張ってね」
菊本がそうつぶやいた。僕にはその意味が分からなかった。僕の頭を割ったのは鉄パイプのようだった。どこに隠してたんだろう、と考えながら僕の意識は徐々に消えていった。