十回クイズで告白させます
読書の時間に<ユダ>名義で投稿した作品になります。
「ピザって十回言って」
「ピザピザピザ・・・」
「じゃーここは?」と充は肘を指差す。
「肘だろ」僕は平然とそれに答える。
「はいサブいやつ発見しましたー」充は僕を指差し、教室にたるい声を響かせた。
人の目には魔力が秘められているという俗説の検証をしようと言い出したのは、一番そんな迷信の類に興味がなさそうな充だった。
充とは高校に入ってからの友人で、突拍子もないことを言い出す癖が彼にはあった。
『君は僕に恋をしている』
そう念じながら愛莉を見続けろと充は言う。
充は、彼の幼馴染の愛莉をターゲットにしようと言った。彼女ならこの検証がバレても笑ってすますことができると彼は言う。
困ったことになった。僕はそう思った。
僕は愛莉のことが好きなのだ。
『君は僕に恋をしている』
バカバカしく思いながらもとにかく愛莉に視線を向けてみると、それがいつもと変わらないことに気付く。
意識していなかっただけで、僕はずっと愛莉を見ていたのだ。
決定的に違うところもある。(僕は君に恋をしている)ではダメなのだ。
『君は僕に恋をしている』
この言葉は僕の胸の鼓動を不規則にする。
僕は前より愛莉を意識してしまう。
「常に眼力を送らなくちゃいけない」
充は真剣な顔で釘を刺す。愛莉は遠くで何人かと話している。
「わかってるよ」
少し膨れながらも僕の目は愛莉を追っている。友達と話す彼女は微笑みを絶やさない。静かで落ち着いた、でも少し寂しそうな微笑みだ。
「精々あれを振り向かせてみろよ」
無責任に充は言い放ち、教室を出て行ってしまう。
「無茶言うよなー」
僕は誰にも聞き取れない声を零す。
でも次の日、愛莉はこちらを振り向いた。
それはプリントを配る時だったから必ずしも振り向いたとは言えないのかもしれない。
でも、彼女がプリントを渡し終えた後、こちらに視線を向けたのは確かである。
僕はひるんだが、(君は僕に恋をしている)そう愛莉に視線を送る。
彼女の長い黒髪が肩をサラサラと流れる。
視線を受け止めた愛利は、にっこりと僕に微笑んだ。
呆気にとられた僕は、前を向く彼女の横顔を見続けることしか出来なかった。
それから僕と愛莉は度々視線を合わせた。廊下ですれ違う時。体育で整列をする時。充と話している時でさえ目が合った。
愛莉は何か伝えたいのだろうか。僕は気になる。
でも話しかけてはいけない。
「言葉を交わしちゃ意味がない」と充はいう。
伝えたい事があるなら『眼で語れ』と。
僕はもどかしく、つい(君は僕に恋をしている)から(僕は君に恋をしている)に思考がシフトしてしまう。
そんな時は首を強く振り、彼女の頭の中を想像する。
でも結局、僕には彼女が何を思っているのか見当もつかない。
「あいつ何か言ってきた?」それとなく尋ねてみるが、充は決してそれに答えようとしない。
愛莉と充は幼馴染である。だから親しく話すのも当然だ。でも、話す二人を見ていると、彼女が何を話しているか気になって仕方がない。
『君は僕に恋をしている』
きちんとこのメッセージを視線に込めるのは、なかなか難しい。目が合うようになったとはいえ、僕はその度にドキドキして頭が真っ白になってしまう。
視線を交わす程、僕の想いは増大していく。
愛莉に気持ちを伝えたい。
そんな想いが募りに募った頃だった。
放課後、充がトイレに行き、僕は習慣的に愛莉を目で追っていた。
彼女は帰り支度を済ますと自分のバッグを手に掛け、自然に視線を向けてきた。
僕もそれを構えず受け止めることが出来た。
僕はいつも以上にゆっくりと、君は僕に恋をしていると透き通った瞳に語りかける。
「なに見つめ合ってんの?」
いつの間にか戻っていた充の言葉に、僕はたじろぎ、
「そんなことねーし」といって急いで教室を後にした。
「気付かれたらどうするんだよ?」帰り道、僕は頭に血が上っていた。
「気付かれてるんじゃないの?」僕の問いに充は飄々とそう答える。
「気付かれてるのか?」
「あれだけ見てたらな」
悪びれない充の態度に、それもそうだな、と僕は納得してしまう。
『君は僕に恋をしている』
気付いても何も言ってこないのであれば、もしかしたらこのメッセージも届くのかもしれない。脳が痺れるほど一つの言葉を繰り返してみると、単なる言葉も意味を持ってくる気がする。
でもそんな気持ちとは裏腹に、愛莉は僕の視線を受け止めなくなった。気のせいではなかった。長く見つめあってしまった放課後から、彼女は僕と視線を交わすのを避けるようになった。理由は分からない。でも、彼女は僕の視線を受け流す。振り向いた時でさえ視線は僕を通過してしまう。
『君は僕に恋をしている』
繰り返される言葉は行き場を失い、ポンコツになって頭の上に積み重なっていく。
僕は苦しくて、虚しくて、でも愛莉を見るのをやめられない。やめろと言われても、きっとやめられないだろう。
「あいつ何て言ってる」自転車を暫く走らせた後、僕は前置きなく充にいう。
「なにが?」
「なにがじゃなくて」
僕はやるせない気持ちでペダルを漕ぐ。
「お前、あいつを見る時、どんな顔してるか知ってる?」充はそんな言葉を僕の背中に投げかける。
「どういう意味だよ」仏頂面で僕は問う。
「傍から見てると少し怖いぞ」充は不適な笑みを浮かべる。
立ちこぎで逃げていく彼の後ろ姿を、僕はペダルを漕ぐのも忘れ見送った。
家に戻ると僕は普段どおり愛莉を見ている顔で鏡を覗いてみた。そして気が付いた。傍から見れば自分は愛莉を見ているのではなく、睨んでいるように見えることに。僕は真剣さのあまり、鋭い皺を眉間に寄せていたのだった。
過ちに気付いた僕は、もうまともに愛莉を見られない。
愛莉に嫌われたかもしれない。そんな想いが僕を沈ませる。
でも、もしまた向き合うことがあれば、今度は絶対笑ってやろう。僕はそう心に決めた。
ある日、充が行方不明になり、僕は待ち惚けを食らっていた。
しばらく待った。でも充は来ない。教室には誰の姿もない。遠くで部活の音が聞こえてくるだけだ。
待ち続けるのが馬鹿らしく思えてきて、僕はバッグを担いで立ち上がる。
愛梨はそこに駆け込んできた。彼女は一瞬で僕を認める。でも声は発しない。彼女の息遣いだけが聞こえてくる。
僕の目線は嫌でも彼女を追ってしまう。
『君は僕に恋をしている』で頭はまもなく満たされる。
僕は笑う。
顔を上げ、愛莉がこちらに向かってきた。
僕は精一杯笑う。
「どういうこと?」
愛莉は怒っているのか困っているのかわからない顔で僕に問いかける。
「君は僕に恋をしている」自分の上擦った声を聞き、僕はパニックに陥った。
「ちがう!」間違えたと思った。
「僕は君に恋をしている」だから僕は告白した。
引きつった笑顔だったかもしれない。でも彼女は笑ってくれた。
駐輪場まで歩いて行く途中、僕は今回の検証について正直に話した。謝るつもりだった。でも、彼女は笑った。
「実は私も」と愛莉は笑う。
彼女は、微笑みの魔力と、その後の沈黙が得られる力の検証に付き合わされたのだそうだ。
僕と愛莉は並んで校舎を後にしながら、充の不思議な魔法について考える。