20-6:「〝ウェーヴ2〟」
数分前。
凪美の町の上空に、突如として無数の魔方陣が出現した。
まるで立体映像投影のように現れたそれ等は、いずれも光で円形を描き、その内に複雑な紋様を刻んでいる。
そして直後、その無数の魔方陣のそれぞれより、まるでトンネルを潜り抜けて来たかのように、グルフィが姿を現したのだ。
その数は30。いや40、50――それ以上いるか。
その大きさも様々で、全幅4~5m程の個体もいれば、10mを越える巨体を持つ個体まで見える。
そして内のいくつかの背には、エルフの乗る姿が見えた。
いずれも女であり、これまでのマイリセリア達と同様、露出の多い扇情的な衣装を纏っている。彼女達は皆、マイリセリアの配下の者達であった。
そんなエルフ達を乗せたグルフィ達は、町の上空全体を覆うように散って行く。そして均一に散会配置すると、グルフィ達は一斉に大きな羽ばたきの動作を見せた。
それは、攻撃動作であった。
グルフィ達の羽ばたきは、その体の前で巨大で強力な風圧を生み出した。そして産み出されたそれ等は一斉に撃ち放たれ、眼下へと落ちる。
それ等が落ちる先は――凪美の町の町並み。
――数十を超える風の暴力が、町の各所へと落ちた。
そしてそこにあった施設を、家々を。そして、人々を。吹き飛ばし、損壊させ、傷つけた。
グルフィ達は、そこから思い思いに町を襲い始める。
凪美の町をみせしめとする、攻撃が始まったのであった――
草風の村。隊の指揮所。
無人観測機から送られて来る、凪美の町の上空映像を移すノートパソコンの画面に、井神等は目を釘付けにしていた。
町の上空には、突如として現れた無数の鳥獣が無数に飛び交い、画面を覆っている。そしてその鳥獣達から、町に向けての攻撃が行われる様子が確認された。
「これが、始末。見せしめか――!」
井上は画面に視線を落としながら、その顔を険しく歪め、吐く様に発する。
先の、警備隊側からの戦闘停止の申し出。
それに伴う、警備隊と町が抱える事情については、展開部隊本隊の長沼を介して、すでに指揮所の井神等の元にも届いていた。
魔王軍、及び国の中央府より見限られ――また離反した凪美の町に、何らかの攻撃が来るであろう事も報告が上がっており、指揮所からは各方へ、それに警戒し備えるよう指示を送ったばかりであった。
しかし、ここまでの航空勢力が突如として現れようとは、予想の範疇外であった。
「ッ――」
まだどこかで、異世界という物を軽く見ていたのかもしれない。井神は自身の慢心を突き付けられた気分になり、無意識に小さく舌を打った。
「町を手当たり次第に攻撃してる――こんな無差別攻撃をッ!」
その隣で、ノートパソコンの画面に注視している小千谷が、送られて来る町が襲われる光景に、憤慨の声を上げる。
それを聞き、井神は意識を切り替える。悔いるのは後だ。
「オープンアーム・コントロール、八島二曹。念のため、無人観測機の高度をさらに取ってくれ」
まず井神は無人観測機の操縦室に、無線を開く。無人観測機は安全のためにある程度の高高度を維持していたが、念を押してさらに高度を取るよう、指示を送った。
「展開隊本隊はどうしてる?」
続けて、井神は指揮所要員の算域に尋ねる声を飛ばす。
「本隊各隊は、対空攻撃行動を開始した様子です」
ノートパソコンを注視していた算域から、報告が返される。
「帆櫛。第2車輛隊の現在位置は?」
「現在、町から数百m地点との事。まもなく到達します」
さらに井神は、少し前に増援として村より出発した、第2車輛隊の所在を尋ねる。無線機から流れ聞こえていた通信に耳を傾けていた帆櫛から、その所在が報告された。
増援の第2車輛隊には、警備隊の中でも特に厄介と判断された箒隊への対抗策として、対空車輛や対空装備が多く組み込まれていた。
第2車輛隊の展開隊本隊への到着合流が、今の所の現状打開の望みであった。
「こちらの方にも流れて来るかもしれない。対空警戒を厳に――」
そしてさらに指示を飛ばす井神。
苦しい状況に陥った現状で、しかしできる事をするしかなかった。
突如として、町の上空を覆い尽くすまでに現れた、エルフ達の操るグルフィの群れ。
町の警備隊は、それまでの侵入者への対応行動から一転して、上空より襲来する新たな敵への対処に追われていた。
町の各所に位置する警備部隊から、矢や鉱石魔法の攻撃が上がる。そして飛行部隊である箒隊も、必死の迎撃行動を開始する。
しかし、そのいずれもがお世辞にも効果的な物とは言えなかった。
警備隊はここまでの戦闘で、多くの部隊が酷く損耗しており、その上、現れ上空を舞う敵の数は多すぎたのだ。
襲来したグルフィの群れに対応に追われているのは、警備隊本部古城に配置した警備兵達も同じであった。
彼等もまた、クロスボウ、魔法攻撃等、持てる手段を持って防空戦を展開している。
「畜生ォ!町が攻撃されてる!」
「手を止めるな、放ち続けろ!」
城壁上の一角では、そこに据えられた連弩を用いて、上空に矢撃を展開する警備兵達の姿があった。
内の片割れが、そこから見える町並みが襲われる光景に憤怒の声を上げるが、相方に防空戦へ意識を向けるよう注意を受ける。
「ッ――ッ!おい、来るぞ!」
相方に促されて、視線を真上に戻した警備兵。その彼の眼が、こちらに向けて急降下して来る、グルフィの姿を見た。
比較的小型の個体だが、それでもその巨体と強固な嘴での攻撃を受ければ、無事では済まない。
急ぎ連弩を旋回させ、仰角を取り迎撃を試みようとする警備兵達。しかし直後には、そのグルフィは彼等の真上まで迫っていた。
「間に合わない――」
無意識に警備兵の口から言葉が零れる。そして彼等は、覚悟を決める――
ボッ――という何かの衝撃音と共に、そのグルフィの胴に大穴が空いた。
「――え?」
真上で起こった突然の現象に、警備兵は思わず呆けた声を上げてしまう。
一瞬後には自分達を襲い啄んでいたはずのグルフィは、しかしそのどてっ腹に大穴を開け、そして真横方向に吹っ飛んでいた。
グルフィはそのまま古城の敷地内にグシャリと落ちて、動かなくなる。
「何が……」
何が起きたのか分からぬまま、警備兵達は変わり果てたグルフィをまず見、そして続けて、グルフィが吹き飛んだのと反対方向を見る。
古城の外。堀を挟んだ向こうの町路。
そこに、こちらに首を回して嘴を向ける、異質な存在――
砲塔を旋回させて、35㎜機関砲の砲口を向けた、89式装甲戦闘車の姿があった。
《――エンブリー、一体撃墜》
長沼の耳に、装着したインカムから、装甲戦闘車砲手の髄菩より寄越された、報告の声が聞こえ届く。
「了解――各車各隊、弾幕を絶やすな!」
長沼はそれに応え、そして車列脇を進みながら、各方への指示の声を張り上げた。
展開隊本隊もまた、現れた町を襲い出した鳥獣の群れに対して、防空戦を展開していた。対空車輛始め、各車の搭載火砲はもちろんの事。各分隊各員も、装備火器の小銃や軽機を上空に向け、対空攻撃行動に加わっていた。
各隊は、その強力な火力を持って、ここまで何体かのグルフィの撃墜に成功していた。
「ダメだ!多すぎる、我々だけではカバーし切れませんッ!」
しかし、そこへ荒んだ声が上がる。
声の主は、82式指揮通信車でターレットに着き、搭載の12.7㎜重機関銃を操り対空砲火を撃ち上げてる、車長の矢万。
彼の言葉通り、隊にとっても、現れた新たなエルフ達。そしてグルフィの群れは、あまりにも多すぎた。
さらに、問題なのは敵の数だけでは無かった。
《デリック・アンチエア、残弾低下ッ!》
《エンブリー。これで35㎜のクリップがカンバンだ》
無線上に上がる、各車からの残弾低下の報告。
「弾が無い!誰か弾をくれッ!」
「これが最後の弾倉だッ!」
さらに地上の隊員から、叫び声に近い怒号が上がり聞こえ来る。
そう。展開隊は各車、各分隊各員いずれも、保有弾数が残りわずかであった。ここまでの警備隊相手の激しい戦いに、弾薬の消費は当初の想定を大きく超えた物となっていたのだ。
「ッ――もうすぐ第2車輛隊が来る!それまで堪えろ!」
こちらに向かっている第2車輛隊は、展開中の各隊への補給任務も付随されていた。それの到着まで堪えるよう、命じる声を張り上げる長沼。
《――長沼二曹ッ!後ろッ!》
その時、インカムより怒号に近い警告の声が響いた。
瞬間、その身に殺気を覚える長沼。
長沼は示された背後を振り向くよりも前に、真横へと思い切り飛んだ。
「ッ――!」
瞬間、長沼の横を何か巨大な気配が、猛スピードですり抜けて行った。
長沼は飛んだ先で受け身を取り、すかさず身を起こして、その気配が去って行った先を見る。
その先に、背を見せて飛び去って行く中型のグルフィの姿があった。それを追い、82式指揮通信車の12.7mm重機関銃から銃火が上がってる。
一体のグルフィが、長沼を狙って降下強襲を仕掛けて来たのだ。あと一瞬遅れていれば、長沼の身体はその嘴に貫かれ、上空へ持っていかれていたであろう。
「1時方向、再来ッ!」
「弾が無い、対応できないッ!」
「こっちでやる、対応するッ!」
さらに立て続く襲来を告げる声。そして各所各員から怒号が上がる。
「ッ――これは、マズいかもしれんぞ……ッ」
長沼は肝を冷やしながら、状況に対して苦い言葉を零した。
警備隊本部古城。その中核を成す中央棟の、正面玄関。
その大きな扉が開け放たれ、数名の人影が駆け出て来た。
「――おぉい……冗談だろ――!」
その中の一名から、一番に少し荒い色での声が上がる。
他でも無い、竹泉だ。
竹泉の眼に映るは、町の上空を覆い、そして襲う鳥獣グルフィの大群。その光景が、彼にそんな一言を上げさせたのだ。
他、駆け出て来たのは制刻に鳳藤、多気投。警備隊のポプラノステクにヴェイノ、ヒュリリ。そしてファニールとクラライナ。
水戸美と子供達だけは、安全のために警備隊本部内へと残して来ていた。
「なんて事だ……!」
「ウソでしょ……」
各々はそれぞれ、上空を見上げて見渡し、その様子を目に留める。
そしてポプラノステクやファニールからは、驚愕や困惑の声が上がる。
「アルマジロ1-1、願います。こちらエピック」
一方の制刻は、上空に観察の眼を向けつつ、作戦の現場指揮官である長沼へと通信を開き呼びかける。
「アルマジロ1-1だ、そちらは無事か?」
「えぇ。まずこっちの状況を伝えます――」
長沼からの返信呼びかけに、制刻は一言返し、続いてこちら側の状況説明を始める。
まず保護した邦人と、勇者、子供達は引き続き一緒にいる事。そして警備隊の長とも一応の停戦が成され、現在彼等とも一緒に居る事。現在の襲撃がどういう物であるかは、おおまかにだが把握している事等を、制刻は長沼に伝えた。
《了解エピック。こちらの掌握状況も、ほぼ同じだ。現在こちらは防空戦を展開中、邦人は引き続きそちらに任せたいッ》
長沼からは報告を了解し、そして指示の言葉が続き聞こえ来る。無線越しにも、それが急き、そして焦れた物である事が伝わって来た。
「了解、エピック終ワリ。――だそうだが、じっとしちゃいられん」
通信を終えた制刻は、そこからユニット各員に向き直り発する。
「剱、ねーちゃんズのお守りに戻れ。竹泉、投、オメェ等は適当な位置を見つけて、対空戦闘に加われ」
「あぁ……!」
「あぁ、了解ッ」
ユニット各員に指示を発した制刻。鳳藤や竹泉はそれに返答すると、それぞれの行動に移り、各方へ駆け出した。
「おっさん、詳しい話は後だ。まずはアレをなんとかする」
「あぁ」
制刻はそれからポプラノステクと向き直り、発する。そして彼からの端的な返事を聞くと、制刻も行動に移るべく、身を翻した。
――制刻の周辺で、異質な現象が起こったのは、その直後だった。
「――あ?」
周辺の各人の動きが、上空を飛ぶ鳥獣達の動きが、突如としてスローモーション効果を掛けたかのように、緩慢になり出したのだ。そして程なくして、制刻以外の、周辺のあらゆる物がその動作を止めた。
そして周囲の景色はまるで塗り替えられるかのように、見る見るうちに気味の悪く悪趣味な色彩の背景へと変わって行く。
「チッ、こりゃぁ――」
その現象には覚えがあった。
このタイミングでのあまり気分の良くない事態の発生に、舌打ちを打つ制刻。
その間に、周辺は完全な気味の悪い背景の空間へと、変貌を遂げる。
そして直後、制刻の数歩分前に、異質な背景から水面を潜るようにして、一人の人物が姿を現した。
嫌でも忘れる訳など無い。この異世界に自分等を導いた、作業服と白衣の人物であった。
「――やぁ自由さん、元気?何か、大掛かりな動きの締めくくりに、面倒な事が起こったみたいだね」
白衣のポケットに手を突っ込む姿勢で現れた、作業服と白衣の人物は、まず気の抜けるような挨拶を寄越すと、続けて他人事のように話し始めた。
「おい、オメェ――」
そんな作業服と白衣の人物を捕まえようと、制刻はその肩に手を伸ばす。
しかし、瞬間に驚くべき事が起こった。制刻の手は、作業服と白衣の人物の身体を、〝すり抜けた〟のだ。
「――チッ」
しかし現象に制刻は驚くでも無く、鬱陶し気に舌打ちだけを打つ。
「あぁ、ゴメンゴメン。この体は実体じゃないんだ、だから触れ合ってのコミュニケーションはできない。私も、寂しいよ」
作業服と白衣の人物は、説明の言葉に、そんな冗談なのか本気なのか分からない言葉を付け加え、そして制刻の周りを周り歩み始める。
「それで――面倒な事になってるみたいだけど、こっちとしては、丁度良かったかもしれない」
作業服と白衣の人物は、片腕を掲げて人差し指を突き出しながら、制刻の背後へと周る。
「そうさ、第2段階の準備が整った。制刻さんや他の方たちへの――そしてこの世界への、さらなる衝撃的なプレゼントだ」
言いながら制刻の横を抜け、再び前へと周り戻る、作業服と白衣の人物。
「――〝ウェーヴ2〟。これはその内の、一発目だ――」
そして、何か自身に満ちた一言を、片腕を翳しながら、発して見せた。
「――じゃあ、また会いましょう。ご健闘を――」
最後に、そんなふざけた別れの台詞を紡ぐと、作業服と白衣の人物は後ろ歩きで、異質で不気味な背景に、水面に溶け込むように姿を消してゆく。
「おい――」
制刻は、それを制止する言葉と共に、追いかけようとした。
しかし作業服と白衣の人物は、背景の向こうに完全に姿を消した。
直後に、その異質な背景の世界は、急速に塗り替えられるように元の色彩を取り戻し始める。そして世界は再び、時を刻み始めた。
「――ッ」
――元の世界へと戻って来た制刻。
しかしそんな制刻を、直後には新たな現象が立て続き到来した。
伝わり聞こえ来たのは、表現し難い異質な振動と、衝撃音。そして閃光だ。
「ッ――!?」
「うわ!?」
すでに動きを取り戻した世界での現象であったため、依然として側に居たポプラノステクや、まだ近場に居た鳳藤からも、驚きの吐息や声が聞こえ来る。
「何だ……ッ!?」
「な、何……!?」
そして続き、ポプラノステクや、鳳藤と一緒であったファニールからは、困惑の声が聞こえ来る。
「今の、まさか――」
一方、鳳藤はその現象に〝覚え〟があり、そんな言葉と同時に上空を見上げる。
「あぁ――」
制刻も、これまでの現象から察しを付け、言葉を零しながら視線を上げる。
制刻等――警備隊本部古城の直上上空を、何かの影が飛び抜けたのはその瞬間であった――
それも、比類なきけたたましい轟音を響かせて――
「ッ!?」
「うわッ!?」
劈くような突然のそれに、ポプラノステクやヴェイノ、ヒュリリ達。そしてファニールやクラライナ達は、顔を顰めあるいは目を瞑り、そして思わず耳を塞いで驚きの声を零す。
「嘘だろう――」
しかし一方の鳳藤は、驚愕の眼で上空を眺めていた。
「また、大したモンをぶっ込んで来たな」
そして、呆れの含まれた淡々とした様子で、呟く制刻。
その先に見えるは、大空を背に飛ぶ、鏃のようなシルエット。
――そのシルエットは、間違いなく空を飛ぶべく作られた人口物。
――轟く劈くような轟音は、まごう事なき〝ジェットエンジン音〟。
それの元居た世界で、それは、
〝三菱 F-1戦闘機〟と呼ばれた――
Q:なぜF-1
A:すきなの




