8話 ユイナと学ぶ異世界地理入門
「お勉強?」
「うん、お勉強。トシヤ、困ってるから」
ユイナからお勉強の誘い。
右も左もわからないオレにとって、それはとてもありがたい話だ。
「私もあんまり詳しいことはわからないけど、でもいろいろ教えてあげる」
「ありがとう。だけど仕事とかは大丈夫なのか?」
「うん。午後は落ち着くし。いい? お母さん」
「そうねぇ。その代わり、明日も手伝ってらえるかい。ご飯くらいは食べさすから」
それは願ってもない提案だ。
あのカボチャスープはアレだけれど、それでもありがたいことに変わりはない。
快くユイナママの提案を受けると、彼女は笑いながら仕事に戻っていった。
「じゃあ早速はじめよ。ちょっと待ってて」
ユイナは奥の部屋に消えたかと思うと、古びた紙切れを手に戻ってきた。
そして、その紙切れをそっと机に広げる。
紙は酷く黄ばんでおり、描かれているものもかなり掠れている。
全体的に薄くて見にくいが、どうやら地図のようだった。
なにやら文字? も書き込んであるが、見たこともない形でオレには読めない。
「地図?」
「うん。私たちがいるこの国の地図。名前はわかる?」
当然だが見覚えはない。
なので黙って首を横に振る。
「ここは、『ホルジュ王国』っていうの」
「ホルジュ王国」
ユイナは地図全体を指し示す。
ホルジュ王国、掠れた線をよくよく見れば地図いっぱいにその土地は広がっている。
地図の縮尺がわからないのでなんとも言えないが、
右に倒した台形のような形をしたこの国は、狭い国ではないのだと思う。
「王国ってことは、どこかにお城とかあるんだよな」
「うん、この辺り」
地図の左の方を指さすユイナ。
よく見るとその辺りは地図自体も赤く塗られている。
「王都ハーデグン。王様がいるところ」
言いながらユイナはどこかから取り出したクルミくらいの大きさの木の実をそこにおいた。
「なるほど。ユイナは行ったことあるのか?」
「ううん。行ってみたいけど、でもたぶん普通の人は許可がないと行けないと思う」
「そういうものか。まあ、王様がいるようなところだもんな」
そこはゲームみたいに簡単じゃないらしい。
少し残念。せっかくならお城とか見てみたかった。
そのうち何かの縁で行けるといいな。
「続けるよ? 王都の他に、大きな街が他に4つあるの」
地図上、青いマークがしてある箇所にさっきより小さい木の実を置いていくユイナ。
右上、左上、左下、真ん中下の方――
そしてそれぞれの名前を教えてくれる。
が、横文字いっぱいで名前は覚えきれなかった。
まあそこは追々覚えよう。
「ホルジュ王国の4大都市。すごく大きな街で偉い人もいっぱい住んでる」
「ふむふむ。偉い人とは?」
「えーっと……領主様の領主様とか司教様。あと外国の人とかもいるみたい」
わかったようなわからないような。
とりあえず4大都市と王都というのがこのホルジュ王国の基盤になっているってことで良さそうだ。
あと領主の領主様ってことは、たぶん諸侯みたいなものだろう。
「その大きな都市に行ったことは?」
「ううん」
静かに首を横に振るユイナ。
「私、村からほとんど出たことないから」
言って木の実を指で弄ぶ。
そんな仕草がどこか寂しそうで、
「行ってみたいな。今度」
と、誘ってみた。
「そうだね。行ってみたいね。楽しそう」
いつも通り、静かに微笑んでくれるユイナ。
その顔には寂しさも切なさもなにもない。
さっき寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「ちなみにここの村はどの辺なんだ?」
「んー、村は、ここ」
右上の木の実。
えーっと、確か4大都市の一つ、『ブレンダ』とユイナは言っていた。
そのブレンダから左下に少し移動していった辺りに小さな木の実を置く。
見れば地図のその辺りは他に比べて、より一層掠れていた。
まるでなんども擦ったかのように。
「ここが、私たちのいる『イースタ村』」
「おお、イースター村」
「イースタ。最後は伸ばさない」
びしっと人差し指を立てるユイナ。
彼女なりのこだわりだろうか。
注意されてしまった。
しかしなんか卵を飾りたくなる名前だな。
実際にあるのはカボチャだけど。
イースターなのにお化けカボチャ。変なの。
「地図で見るとここから一番近い4大都市は、ブレンダってことだよな。
どうやって行くといいんだ」
「うぅんと、イースタ村からずっとこっちに進んで……」
ユイナの細い指が村から右の方向に動いていく。
「この辺に街があるから、そこからバスかな」
「バスなんてあるのか」
「うん、安くて人数も乗れるから、街とかだと大事な移動手段なんだって」
「すごい、発展してるんだな」
思いのほか近代に近い世界なのか?
「でもバスは安い代わりにいつ到着するかわからないの。
ハコブウシっていう魔獣が引っ張ってるから、その魔獣の気分次第なんだって」
「な、なるほど」
やっぱりファンタジーだ。
「だから急ぐ場合は、馬車かな。でも馬車は速い代わりに高いから、普通は乗れないの」
「へえ、うまく出来てるんだな」
「ね。あとは徒歩だけど、街道は魔獣も出るかも知れないから、危ないって」
魔獣、昨日のあいつみたいなのが街道をウロウロしていたらそりゃあ危ない。
なんとかある程度の力がつくまではバス移動になるな。
やはりそのためにはお金を稼がなくては。
それにしても、
「ユイナ、詳しいな。ほとんど村から出たことないんだろ」
「え、そうかな」
と言いながらもはにかんで笑うユイナ。
「村長とか先生とかに色々聞いて勉強してるからかな」
「へえ、偉いな」
「いろいろ知れるの、楽しいからね」
ユイナの指が地図の上を滑っていく。
「私、色んなところに行ってみたいの」
木の実から木の実へ……ユイナの指が移動する。
まるでそうやって地図を撫でることで、旅をしているかのように。
「本当は実際に行ってみたいけど、それは難しいから。
こうやってね、いろいろ考えながら旅してる気分になるの」
右上の木の実から左上の木の実へ。左上の木の実から左下。
やがて木の実を離れて地図上を自由に指が旅していく。
「たとえばこっちの街は外国の人が多いから、そういう人と話してみるでしょ。
こっちの街は王都が近いから高いところからお城が見えるの。
そこからバスでこっちの街に行って、ここは港町っていって海があるんだって。
辛くて飲めないんだよ。だからその海を見て、ちょっと飲んで。
こっちに共立学院っていう外国と一緒につくった学校があって、そこも寄りたいかな。
あと地図に載ってない村とかも回りたいし……
それにこの地図の外にもずっと外国が広がってるんだよ」
なるほど、こうやって地図を何度も開いたり触ったりしているから、こんなにボロボロなんだな。
ユイナの旅はイースタ村から始まる。
だから村の周囲は他よりずっと薄くなっている。
その薄さの分だけユイナは地図の上を旅してきた。
旅のプランを話すユイナは相変わらず表情は大人しいものの、
それでも本当に楽しそうに見える。
「あのね、私、トシヤはどこか遠い国から来たんだと思う」
遠い国……その表現が合っているのかはわからないけど、間違ってもいない。
「ちょっとね、トシヤが羨ましいの。
きっと私の知らないことをトシヤはいっぱい見てきたんだろうなって。
だからなにか思い出したら、いろいろ話してね」
「ああ、約束するよ」
嬉しそうに笑うユイナ。
その表情を見ると、今すぐ知っていることを話してしまいたいという思いに駆られる。
オレのいた世界のこと、日本のこと……すべて打ち明けたい。
そうすれば自分がなんなのかわからないこの不安も、少しは和らぐだろうか。
だけど、それを打ち明けてしまったらユイナの笑顔も失ってしまいそうで……
もしも受け入れてもらえなかったらと思うと怖くてなにも言えなかった。
「あ、ごめんね。勝手な話ばっかり」
「いや、いつか本当に世界中を見に行けるといいな」
「うん。本当に旅をするのが私の夢。その夢が叶った時はトシヤも連れて行ってあげるね」
「光栄です。楽しみにしてるよ」
フフっと笑うユイナは本当に綺麗で、
いつの日か彼女のとこの世界を見て回りたいと思った。
ご覧頂きありがとうございます。
今回はなかなか画像がないとわかりにくい話だったと思うので、
用意ができたら地図の画像も上げたいと思います。
よろしくお願いいたします。