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7話 カボチャのスープはおいしくない

「いらっしゃい、トシヤ」

「おじゃまします」


なんというか、女の子の家に行くって緊張するね。

記憶はアヤフヤだけど、たぶん彼女とかいなかったんじゃないかな。オレ。

だって、『いらっしゃい』の言葉にキュンとしたもの。



しかしそんなトキメキも起こったのは最初だけ。


「あはははは、ほんとやぁねぇ」


そんな豪快な笑い声に胸のドキドキはどこかへ飛んでいった。


「ごめんなさいねー。

恩人だとはわかってたんだけど、つい色々頼んじゃって」


そう陽気に笑うユイナママ。

ユイナがいつも少し眠たげで表情が大人しいのとは対照的に、とても明るくザ・オカンって感じ。

あまりユイナには似ていないが、それでも言われてみれば確かに親子としての面影がある。

ちなみに名前はマリーさんというらしい。


「でもほんと手伝ってもらって助かったよ。

この子、急ぐってことを知らないから。

アンタみたいにテキパキやってもらえて良かったわ。

まあ荷車使ってもっとパパッとやってもらえばもっと良かったんだけど」


あっははは、と笑うユイナママ。


色々「おい」とは思えるが、その笑い声を聞くと骨を折って良かったと思えてくる。

記憶を探ってもぼんやりとしたものしかわからないが、

オレの母もこういう人だったのだろうか。


急ぐということを知らないユイナはというと、

オレたちの会話を聞き微笑みながらスープを口に運んでいる。


ちなみにこのスープ、さっきの巨大カボチャを使っているそうだがおいしい物ではない。

なんとなく青臭いだけで甘みもなにもないのだ。

そしてゴロゴロ入った果肉はやたら硬く筋っぽい。

あと米代わりなのか謎の豆が浮いているが、

それも小石のように硬かったりネチョッとしたり、歯ごたえが揃わず気持ち悪い。


しかしご馳走していただいているということ自体が嬉しいしありがたいので、おいしく頂きます。


「ま、なんにしても、ありがとうね」

さっきまで笑っていたマリーさんが、真面目な声で言う。


「あんたがこの子を助けてくれたお陰で、

こうやってまた親子揃ってご飯を食べられてるんだ」

「いえ、そもそも最初はオレがユイナに助けてもらって。

オレが襲われたりしていなければ、最初から誰も襲われなかったかも」


ずっと感じていた居心地の悪さ。

そもそもオレがユイナを巻き込んでしまったのだ。

それなのにユイナも、マリーさんも、村長もオレがユイナを助けたとお礼を言ってくれる。

オレの気持ちを見透かしたのか、マリーさんはまた豪快に笑ってくれる。


「そんなことわからないじゃないの。

あんたが襲われなければユイナが最初に襲われていたかもしれない。

あるいは村にそいつが来てたかもしれないし、街道なんかで誰かが襲われたかもしれない。

今回は2人がともに無事だった。それでいいじゃないのさ」

「そう、ですかね……」

「トシヤ、考えすぎ。老けるよ」


ユイナもそう言って笑ってくれる。

じゃあ、老けたくもないし、

今はこのお礼を素直に受け取っておこうかな。


そう思うと巨大カボチャのスープが本当においしく感じられてきた。

なんとも体に良さそうな味わい。

顎だって鍛えられる。

豆のどんな歯ごたえが出てくるかわからない面白さ。

うん、おいしい。


改めてスープを味わっていると、扉を叩く音がした。

そしてマリーさんが返事をすると、聞き覚えのある声がして声の主がやってきた。


「邪魔するぞ」

「デューイ、いらっしゃい」


おっかないお兄さん登場。

ユイナが慣れた仕草で椅子を勧める。


「久しぶりじゃないか。あんたも食べてくかい?」

マリーさんも慣れたようにスープを勧める。


デューイはオレの食べてる器を見ると、

「いや、もう済ませたので大丈夫です」

ときっぱり断った。


オレは見たぞ。

この人、スープを見て『うわぁっ』て顔しやがった。

やっぱりこのスープ、おいしくないんじゃないか。


「それよりだ。俺はお前に話があってきた」

「オレに?」

「ああ。朝から全部見させてもらっていたが、随分ご活躍だったな」

「朝から? ずっと監視していたってことか」

「当たり前だ。どこの誰だかもわからないお前を野放しにするもんか」


それはそうか。

村長もなにかあればすぐに追い出すって言ってたし。

やましい行動はなかった。はず……だよね。

商品で遊んだことは怒られないよね。


一抹の不安は残るが、それにしても、


「すごいな。全然監視されているなんて気がつかなかった。本当にすごい」

「ふっ。お前如きにバレてたまるか」


褒められてちょっと嬉しそうなデューイ。

案外この人、チョロいのかも知れない。


「で、なにか思い出したことはあるか?」

「いや……」


正確には思い出せないのではない。

記憶が掠れていっているのだ。

もっとはっきりと以前のことを思い出せれば、

なにか進むべき方向がわかるのかもしれないが。


昨夜1人で記憶を整理してみようとしたが、

何もわからないということを改めて思い知らされるばかりだった。

そうなると自分が誰なのか、何者なのかわからないことに恐怖を覚えた。

いても立ってもいられなくなりそうだったので、それ以上は考えないようにして寝た。


「そうか。まあ記憶のことは一旦置いておく。

それより昨日お前が見たオオカミについてだ」

「見つかったのか?」

「いや」

と、首を横に振るデューイ。


「改めてお前の倒れていた崖下を中心に探したけど、見つからないな」

「そんな――。だって相当深手を負っているはずだし、そんな遠くまで逃げられるものなのか?」

「結構な出血の痕はあった。

その血痕を追っていくと、森の奥で動物や魔獣を食い荒らした形跡が残っていた。

が、食うだけ食った後は血痕どころか足跡一つ残さず消えている」


つまりあのオオカミは深手を負ったが死ぬこともなく、

それどころか他の生き物を食べることで回復を図っている、と。

肉を食えば治るのはゴム人間だけにしてほしい。


「そもそもそのオオカミについてはおかしいことだらけだ。

あの森にはオオカミ型魔獣はフィンウルフっていう小型のやつしかいない。

それにそいつは角なんて生えていないし、赤くもなければ滅多に人里近くには現れない。

基本的に群れで行動しているし、仮に現れてもユイナがやったように火を見れば怖がって逃げていく」


なるほど、オレの見たあのオオカミとはまるで違うな。


「正直、お前の嘘だとしか思えない。が……」


ユイナをチラリと見るデューイ。

そのオオカミと対峙したのはオレだけではない。

ユイナがいる。オレたち2人が証人なのだ。


当のユイナはボーッとしているけど。


「まあなんにせよ、今回の件はオレたち自警団の手には負えないと判断した。

領主様に報告して判断を仰ぐことになる」

「領主様?」

「ああ。……なんだ、お前それもわからないのか? ほんとにお前は、一体何者なんだ?」


思えばオレは今いる場所が村であるということしか知らない。

村の名前も、国の名前も。領主様の存在もなにもわからない。


「まあいい。わからないことは自分で調べろ。

オレはお前とユイナから、オオカミについて見た目や特徴なんかの詳しい話を改めて聞きたいだけだ」


そう促され、ユイナと供にオオカミの特徴をデューイに改めて説明する。

体がオレと同じくらい大きかったこと。

赤い毛色をしていたこと。

額から角が生えていたことなどなど。

概ね昨日話した内容と変わりはない。

そして一通り説明を聞くと去って行くデューイ。


なんというか、オレはほんと知らないことだらけだな。

仕事を得るにしてもこんな状態でできることなんてあるのだろうか。

改めて不安が胸に押し寄せてくる。


「トシヤ、どうしたの?」

「いや、オレはなんにも知らないんだなって。不安になってきたとこ」

「そうなんだ」


ユイナはじーっとこちらを見つめて何かを考えていたが……


「ねえトシヤ、午後はひま?」

首を傾げて聞いてくる。

「今のところ特になにも予定はないけど」


「じゃあ、一緒にお勉強しよ」


お読みいただきありがとうございました。

楽しんでいただけると幸いです。


あと、少しでも楽しんでいただけたら評価などいただけますと大変嬉しいです。

よろしくお願いします。

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