5話 わたしはいったい誰なのでしょうか。
今回もお読みいただきありがとうございます。
やっと物語も動き始めます。
よろしくお願いします。
ユイナが部屋から去って数分。
せっかく彼女と話せてホッとしていたのに、
オレは今、老若何女に取り囲まれ萎縮していた。
先ほどコミュニティを嬉しいと思ったことを取り消したい気分。
白髪のおじいちゃん。
髭のおじさん。
筋肉のオジさん。
こちらをめっちゃ睨んでくるお兄さん。
最後にボーッとしているユイナさん。
可哀想なほど縮こまっているオレに、
まず口火を切ってきたのは白髪のおじいちゃんだ。
ユイナが「村長さん」と教えてくれる。
なるほど村長さんか。
眉間に刻まれた皺、いかめしい表情。
年季を感じさせる白い頭。
たしかに言われてみればThe村長って感じだ。
「まずはユイナのこと、お礼を言わせてもらおう。ありがとう」
そしてニッと笑う。先ほどの厳めしさが嘘のように柔和な笑顔。
あ、たぶんこの人はいいタイプの村長さんだ。
「いえ、こちらこそ助けてもらって。それに治療までしてもらったみたいで」
「いや、そのことだけどね」
こんどは髭の男性に話しかけられる。
なんとも深みのある声を出す人だ。
人を安心させるというか、眠くさせる声。
ユイナが「せんせー」と紹介する。
なんの先生なのかはわからないけど、お医者様だろうか。
「気を失っている間に一通り診させてもらったけど、怪我一つなかったよ」
「え、怪我一つ?」
静かに頷く先生。
薄々予感はしていたが、言葉にされるとやはり信じられない。
なにしろあの大立ち回りだったのだから。
たしかに言われてみればオオカミの攻撃を直接食らったわけではない。
しかし体を叩きつけられたり、枝や木に突っ込んだりした。
それになによりあの崖から落ちて無傷なんてことがあり得るのだろうか。
「君は一体何者なんだ?」
次は30代半ばくらいの男性。筋肉の人。
うん、強そう。
なんとなく何者なのかわかってしまう。
ユイナに目で尋ねると、「団長さん」と答えてくれる。
やっぱり。
さっきユイナが自警団がオオカミを探しに森へ行ったと言っていたし、
村を守る団なのだろう。そこの一番偉い人。
さて、この人の身元はいいとして、大事なのはオレが何者なのか、だ。
『異世界から来て気がついたらあの森にいました』
なんて答えたところでちょっとアレな人扱いだろう。
ここで疑われたりしたらどんな目に遭うかわからない。
団長の後ろにスタンバイしているオレより少し年上っぽいお兄さんとか、
なかなか敵意の籠もった目でこちらを睨んでるし。
「どうした、答えられないのか」
なんて答えるべきか迷っていると、早速その目つきの怖いお兄さんに詰問される。
ユイナが「デューイ」と教えてくれる。1人だけ役職じゃないのね。
何者ですか、デューイさん。
「……よく、わからないんです。気がついたらあの森に」
迷った末、それしか答えられない。
嘘はついていない。
オレが元々いた世界のことは、はっきりと思い出すことができない。
自分の名前や日本のことなど、一つ一つの単語やそれにまつわる内容は覚えている。
言おうと思えば歴代の総理大臣とかもそれなりに言える。
ポケットのモンスターもたぶん300匹はわかる。
お求めとあらば、のぶ代でもわさびでもドラちゃんのモノマネだってできる。
しかしそのどれもが霞がかって現実感が薄い。
まるで自分で昔考えた創作の世界のことのように思えるのだ。
さらに自分自身のことになると、ハッキリと思い出せない上、
数日前の夢のように朧気にしか感じない。
記憶はすぐそこにあるのに、膜で覆われ隠されたように掴むことができない。
その感覚はこちらに来て時間が経てば経つほどに強くなっていく。
果たしてオレの家族構成は?
恋人はいた? 友人は?
そういう個人的なことが思い出せないのだ。
オレは一体、何者だ……?
「怪しいな」
デューイなる人物がオレの顔をのぞき込む。
「自分のことがわからず、気づけば森にいて魔獣に襲われた? そんなバカなことが」
「まあ待てデューイ」
団長さんがデューイを宥める。
「身を張ってユイナを救ったのも事実だ」
「それはそうですが……でももしかしたらそれもこいつが――」
言い争いを始めそうになる2人を村長が制する。
そして村長さんは改めてオレに向き合う。
「悪いとは思ったが、君の持ち物なども調べさせてもらった。
なにしろここは小さい村だからの。
少しの悪意だけでもどう転ぶかわからない」
「あ、いえ」
持ち物と言っても、殆ど何もなかったはずだ。
なにしろ森で目を覚ましたときには着の身着のまま身一つだったのだから。
そしてブレザーは炭になってしまった。
学校の制服と水で汚れたズボン。
そういえば下着は大丈夫だろうか。
匂ったりしていないだろうか。
「しかし調べてもお主がどこの誰なのか。まったくわからない」
「……」
「本来ならすぐに追い出すところだが、ユイナを助けてもらった礼もある。
そこで聞きたい。お主自身はこれからどうするつもりなのだ」
「これから……」
聞かれて初めて考えた。
オレがこれからどうするべきなのか。
確かオレは『助けて』という声に応じて、
自分の使命を果たしたいと思ってここに来たのだ。
しかしだからといってどうしたらいい? なにが自分に出来るというのだ。
住むところもない。金もない。この世界の知識もない。
あるのはこの体のみ。
改めて考えると、すさまじい状況だな。
今夜食う物にも困っています。
「ひとまずどこかで、仕事と、住む場所を探します」
まずは何においても金がないとまずい。
なんなら今回の治療費とかどうなってるんだろう。
すでに詰んでるかも知れない。
そして金のためにはまず仕事がないといけない。
あと住む場所がないと、もう森で目覚めてあんな思いをするのは嫌だ。
「そうか」
そして村長は先生や団長たちとなにやら相談を始める。
漏れ聞こえてくる話によればオレを即刻追い出すべきなのか、
それとも様子を見るべきなのか意見が綺麗に割れているようだ。
「大丈夫?」
会議中の村長たちを他所に、ユイナが話しかけてくれる。
「追い出されたらどうしようか、不安しかない」
「心配ないよ。きっと大丈夫」
ぐっと小さく拳を握るユイナ。
「はは、そう願うよ」
ユイナの励ましにはなにも根拠がないと思う。
だけどそれでもどうにかなると思えてくるんだからありがたい。
そして話し合いは数分。
ついに結論が出たのか改めて村長がこちらを見た。
「今夜はここに泊まっていくとよい。
そして明日以降の身の振り方を考えるとよいじゃろ。
村を出るのか、それともここで仕事を探すのか」
おお、よかった。村長様々。
ちなみに先生の説明ではこの建物は、小さな教会兼診療所らしい。
この村を尋ねてきた客人用の部屋でもあるそうな。
「ただし、酷いようじゃがお主を信頼出来ないのも事実。
もしも少しでも怪しい行動があればその時は容赦ない対応をさせてもらう」
「わかりました。ありがとうございます」
もちろんこの村に悪意なんてオレは持っていない。
だからその条件は全然構わない。
ただデューイさんが後ろでこちらを凄い目で睨んでいるのが怖いです。
不審者に対する以上の敵意を感じるけど、嫌われてるのかな。
闇討ちに遭いそうです。
「よかったね。トシヤ」
そう話しかけてくれるユイナの声も嬉しそうに弾んでいる。
するとデューイさんの殺気がマシマシに増した。
なるほどひょっとしてそういう感情ですか。そうですか。
デューイが恐ろしいことはともかく、
オレはなんとかこの世界で生きていくため、首の皮一枚繋がったのだった。
ご覧いただきありがとうございました。
次の話からいよいよ村での暮らしが始まります。
楽しみにしていただけると幸いです。
よろしくお願いします。