4話 ありがとう
やっとヒロインがメインで登場します。
楽しんで頂けると嬉しいです。
目覚めると、そこは見知らぬ世界でした。
そして巨大オオカミのような魔獣に襲われながらも、
1人の女の子を助けてなんとか魔獣と引き分けることが出来ました。
チートな能力はないみたいだし、
何の説明もなしに異世界転移した身としてはなかなかよくやったのではないでしょうか。
ただし自分がまだ死んでいなければ。
オレの感覚が正しければ、ベッドのような柔らかい場所に寝かされている。
暖かい。
今度は服が濡れているようなこともない。
そこだけは絶対大丈夫。絶対に、だ。
まどろみの中、とりあえず起きるよりも前に体の隅々に感覚を巡らせる。
目が覚めたら体が縮んでいた! とか怖いもの。
右腕、左腕、背中を通って左脚、右脚。
大丈夫、それぞれ感覚はあるし動かすことも出来る。
今まで散々付き合ってきた体で間違いなさそうだ。
ということはとりあえず五体満足で死んでもいない。
よーし、じゃあ目を開け。
目の前にあのオオカミがいたりしても驚くな。
オレはサンだって救えるぞ。
いや、あれは山イヌか。
ゆっくり視界が開ける。
そこは豪華なベッドがあって立派な暖炉や、大きな絵画を飾った洋な部屋。
ようこそ中世ファンタジー貴族世界……とはいかなかった。
しかし現代日本やお江戸の時代とも明らかに異なる雰囲気。
シンプルな室内。
最低限のタンスのようなものと簡易な暖炉。
ライトはない代わりにランプに火が灯っている。
古びた木の柱。
あとなんか全体的に部屋が灰色。
今は夜なのだろうか、窓から見える屋外は暗かった。
想像したような貴族のおうちではなかったけれど、
やはり日本家屋とは根本的に異なる雰囲気だった。
かなり庶民的なのだろう。
さて、そうしたらどうしたものか。
体はなんともなさそうだけど。
どうしようか迷っていると、不意に扉が開く音がした。
そして、
「あ……」
と、小さな呟き声が聞こえた。
あの少女だった。
森の中で出会い、オレをオオカミから助けてくれた。
そして命からがらオレが守ろうとした少女。
見たところ特に怪我もなく元気そうだ。
助けられたんだな。
改めて実感として浮かんでくる。
よかった。ほんとうに。
1人感動するオレに、少女は優しく声をかけてくれる。
柔らかくて落ち着いた、ホッとする声だった。
「起きた? 大丈夫?」
「ああ。元気です」
なんともない、とアピールするように肩を回しながら答える。
とりあえず今のところ体は至極好調だ。
「そっか。よかった」
そう言って少女は目を細める。
そして部屋の中へ入ってくると、ベッドの脇の椅子に腰掛けた。
その動きに合わせて栗色の長い髪がちいさく揺れた。
ほんとかわいい子だな。
やっぱり歳はオレと同じくらいだろうか。
「そちらこそ怪我とかは?」
「ううん、助けてもらったから」
「助けてもらったのはオレの方だよ。あのままだったら間違いなくやられてたから」
「じゃあ、おあいこ」
そして静かに微笑んでくれる。
なんというかすごく穏やかな気持ちになる微笑みだ。
休日の午後、一緒に過ごしながら笑いかけて欲しい。
「ここは?」
「診療所。あのあと、村の人たちが運んでくれたの」
村の人たちという言葉に安堵が広がる。
見ず知らずの世界で1人森の中にいたんだ。
知らず知らずのうちに人恋しくなっていた。
この少女と話しているだけでもかなり癒やされるけど、
コミュニティの中にまで戻ってこられたことが嬉しかった。
「それにしても、あんなところで何してたんだ?」
何気なく口にした質問だったけど、逆に聞き返されたらなんと答えるべきか。
が、少女は特に気にすることもなく答えてくれた。
「野草を採りにいってたの」
「野草か。あんなに危ないところに、大変なんだな」
「あそこ村のすぐ近くだから、いつもは危なくなんてないよ」
「そうなのか。てっきりあんな魔獣みたいのがウロウロしてるのかと」
ううん、と首を振る。
ふわっと花のような甘い匂いが香ってきた。
これが彼女の香りだと思うと胸の奥がこそばゆい。
「あんなすごいのはじめて見た。
もっと小いちゃいのとかはいるけど、普通は火を怖がるし」
よかった。あのオオカミがレベル1とか言われたらどうしようかと思った。
別に戦うわけではないが、あいつはレベルアップしてから挑むべき相手だ。
「だから今、自警団の人たちがあの魔獣探しに行ってるよ」
「え、あいつまだ生きてるのか?」
「あなたしか崖下に落ちてなかったから、たぶん」
落ちてなかったってあなたねぇ。
しかし何というヤツだ。
頭に火がつき、首筋をナイフで刺され、さらに崖から落ちたのにまだ逃げる力がある。
まさに魔獣だな。
と、あの時の感触を思い出し、安堵と罪悪感が湧き上がる。
首筋にナイフを突き立てたこと、あれは命を奪う行為だ。
あの時は必死だったから考えている余裕なんてなかったが、その行為の重さに心が竦む。
それでも自分が命を奪っていないという安心感。
しかしあの魔獣はあれだけの深手を負って苦しんでいないだろうか。
自分が命を中途半端に奪ってしまったという罪悪感。
様々な感情が胸の中で渦を巻き、吐いてしまいたいような気持ち悪さを覚える。
「どうしたの?」
「いや……」
改めて手のひらを見てみる。
洗ってもらったのか綺麗なものだった。
血の跡も泥の後も見えない。
それでもなにか粘つく物がまとわりついている気がする。
もう二度とこの感覚は落ちないのではないだろうか。
気がづくと、涙が目の中に溜まっていた。
だけど彼女の前で涙を見せたくない。
ぎゅっと目を閉じ、心を落ち着かせる。
けれど一度感じた気持ちの悪さはなかなか落ち着いてくれない。
「ねえ」
呼ばれて彼女を見ると、やはり優しい微笑を浮かべていた。
「お礼言ってなかったね。助けてくれてありがとう」
ツッと堪えきれなかった涙が頬を流れ落ちた。
まだまだ心のなかにヌメッとした感覚は残るけど、それでも今、救われた。
オレは彼女を助けることが出来た。
それが今はすべてだった。
「いや、こちらこそありがとう」
彼女の笑顔を胸に刻み、手に残る嫌な感じを飲み込む。
そして慌ててあくびをして涙を誤魔化した。
「あー、まだ本調子じゃないのかな。眠い眠い」
「そっか」
彼女はそれだけ言ってくれる。
ここは誤魔化せたと信じることにしよう。
「あ……そうだ」
と、彼女がばつの悪い表情に変わる。
「あなたが目を覚ましたら、急いでみんなを呼ばないといけないんだった」
急いで、と言っている割になんとも急ぐ気のなさそうな口調だ。
のんびりしてる子だなぁ。
なんとなく眠そうな目をしてるしな。
すぐ戻ってくるね。
そう言い残して部屋を出て行こうとする彼女。
だが、扉の前で立ち止まると、振り返ってもう一度小さい笑顔を見せてくれる。
「私、ユイナ」
「オレは伊津野俊哉」
「イヅノトシヤ?」
名字と名前を区切らず発音してくれる。
名前? しか名乗ってくれなかったし、彼女は名字を持っていないのだろうか。
この世界ではそういうこともあるのかも知れない。
「トシヤでいいよ」
「ん、わかった。トシヤ。トシヤ。よろしくトシヤ」
「よろしく」
そして彼女はトシヤトシヤ、イヅノトシヤと変なリズムで呟きながら去って行った。
あらためて名前を呼ばれるとなんとも恥ずかしい気持ちになるけれど、
それでもどこか心地よさがある。
「ユイナ、か」
オレも意味もなくその名前を口の中で反芻してみるのだった
ご覧頂きありがとうござました。
少しずつお話も動き始めます。
よろしくお願いします。