表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

3話 負けイベだけど、できること

急げ、はやくあの少女とオオカミに追いつけ。

追いついた後にどうなるかなんて考えなくていい。

とにかくまずは走れ!


そう自分自身を奮い立たせて前に進む。

あのオオカミと再度対峙するのはもちろん怖い。

それでも足を運び続けるしかないんだ。


そしてなんとか2人に追いついた時、

オレが見たのはオオカミに追い詰められている少女だった。

オオカミの体の節々から小さく炎が上がっているところを見るに、精一杯抵抗したのだろう。


しかしオオカミは多少の火などなんの意にも介さず、少女に向かって歩みを進める。

少女はなんとかナイフを構えるものの、その切っ先が目に見えてガタガタ震えていた。



戻ってきて良かった。

あのまま逃げていたら、このまま少女はオオカミに殺されていただろう。

どうすればいいかわからない。

しかし絶対にあの子は逃がしてみせる。

そうすればきっと少女から村人なりなんなりにオオカミの話が伝わり、

被害は最小限に食い止めることが出来るはずだ。



正面からオオカミに向かっていったって勝てない。

不意を突いたところで武器もない以上同じだろう。

ならば――



オオカミが少女に飛びかかろうとし、少女がナイフで抵抗する――

が、その角の前にナイフはあっけなく弾き飛ばされた。

万策尽きたと座り込む少女。

その細い体にオオカミの牙が、爪が襲いかかろうとし――


「うぉぉぉぉぉぉ!」


それよりも一瞬早く、オレはオオカミに飛びかかり、その頭を制服のブレザーで覆い隠す。

そのままブレザーを頭に巻き付け、視界を奪い、

さらにその巨躯にしがみつく。


立派な角がいい手綱だ。

絶対に離すものか。


視界を奪われた上、背中に飛び乗られたオオカミが激しく暴れ回る。

その動きに合わせ体が宙に浮き、浮いたところをさらに振られて体中の骨が軋んで痛む。

首に回した腕が折れそうに、角を掴んだ指が千切れそうになる。


それでもオオカミの体から離れない。離れてはいけない。

どうせ勝てないなら、これしかオレに出来ることはないのだ。


「はやっ――逃げ――!」


なんとか声を出したいのに、オオカミの体にしがみつくのに必死で言葉がまともに紡げない。

一刻も早く少女には逃げ出して欲しいのだが、

腰を抜かしているのか彼女はその場から動こうとしてくれない。


まずい。

このままだとじり貧だ。

やがてオレは振り落とされ、そうなればオレも少女もやられる……。


と、その時、オオカミの足下にわずかな火が残っているのが見えた。

この巨体の前には小さすぎるのか、オオカミが気にもしていなかった火。


「火!!」


一つの光明にすべてを賭けて、


少女に向かってその一文字を叫ぶ。


「火、ここに!!」

「火……?」


なんとかブレザーに引火させることが出来れば……


しかし少女はキョトンとするばかり。

まさかMP切れとかじゃないよな。

そうしている間にも、巻き付けたブレザーが解け始める。

オレの指も限界秒読み。


「ひ……火? 火!」


ようやく合点がいったのか、少女は「火、火」と繰り返し、

懐から赤い粉の入った瓶を取り出した。

そしてその瓶から盛大に粉を撒き投げ――


狙っていたところから外れた粉が発火する。

しかし肝心のブレザーそのものは燃えていない。


もう一度! と頼もうとしたところ、しかしよく見れば、

オオカミの頭から解けかけ、はためいていた袖口にしっかり火は灯っていた。


「頼む――」


その小さかった火は、次第に袖口を上ってきて、身ごろに移ると一気に燃え上がった!


「ぐるぁぁぁぁぁ」


これにはさすがのオオカミさんも大ダメージだろう。

なにしろ自分の頭に巻かれた布が燃えているのだから。

そしてオレ自身も危ない。熱い。


火を消すためなのかただ単にパニックなのか、オオカミの体が地面をのたうち回る。

オレの体も地面に叩きつけられる。

しかしそれでも離れるわけにはいかない。

おそらく火は長く持たないだろうから。


「今のうち……早く逃げ――」


少女がやっと立ち上がり、どうするべきなのか迷いを持ちながらヨロヨロ歩き始める。


そうだ、逃げてくれ。

オレは大丈夫だから。


この機を逃すまいと、オオカミの首筋にナイフを突き立てる。

先ほど少女が取り落としたナイフ。

長さは10センチ程度だろうが、確実にダメージを与えられるはず。

今のうちに、すこしでもダメージを……。


その時、フッと急に体が浮かび上がるような感覚――

そして激しく体が振られ風と重力を感じる。


オオカミが、走り出したのだ。


もうほとんど炭化しているとはいえ、

まだ巻き付いているブレザーのせいで方向もわからないのだろう。

滅茶苦茶な方向に進んでいく。

樹にぶつかり、枝をへし折りながら突き進む。


その勢いに、今度は逆にオオカミから離れることが出来ない。

振り落とされても、オレの骨はバキバキだ。


必死にしがみつき、首筋のナイフを引き抜いては再度突き立てる。

あと少し――もう少しで勝てる……気がする。


「がぁぁぁぁ」

とオオカミの叫びが聞こえる。

もはや森のどこを走っているのかわからない。

幾度も枝や葉が顔にぶつかる。


口の中にはオオカミのものなのか自分のものなのか、鉄くさい血があふれる。

負けるなオレ、やれ、ここでやるしかないんだ!



「――えっ」


途端、視界が開け、急な明るさに目が眩んだ。

空が見えるのだ。

見渡せば、オオカミの足下から地面が消失していた。


崖から、飛んだ? 

いや、前は見えないはずだから、踏み外して落ちた?


ゆっくりとオオカミの体が降下し始める。

それに付き添うようにオレの体も落下を開始する。

不思議と視界がゆっくりになる。

あ、もしかしてこれは死ぬ直前とかに世界がスローモーションになるあれか。


スローモーションな世界の中を振り返れば、先ほどの少女が追いかけてきている。

危ないから逃げてくれれば良かったのに。


でもあの少女、改めて見てみると――


「美人だな」


美人だったから、その少女の泣きそうな怯えたような表情が悔しかった。

どうせなら笑顔が見てみたい。

可憐なあの子には笑顔が似合うはずだ。


が、この状況で落下すればオオカミのやつも無事では済まないだろうし、

とりあえず少女のことは助けることが出来たと思う。



だったら無事、やりきったと言ってもいいのではないだろうか。



そんなことを思った途端、世界の動きが速くなる。


一瞬の後、すさまじい衝撃が背中を貫き全身に広がり、

視界がすべて真っ黒になった。


お読みいただきありがとうございました。

本日もう一話アップ予定ですので、

引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ