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2話 ファーストエンカウントは負けイベですか

ご覧頂きありがとうございます。

お楽しみいただけると幸いです。

その存在に気がつき、背中にイヤな汗が伝わる。


剥き出しにされた大きな牙。

腹の底から響かせるような重い呻り声。

低く伏せられた体はいつでもこちらに一跳びで襲いかかってくるだろう。


テレビや本でしか見たことがないけど、それでもわかる。

あいつはオオカミだ、と。

本能が逃げろと警告を発している。


が、同時にあいつがオオカミなんかではないこともはっきりわかった。

だって普通のオオカミの毛は赤くない。

大きさだってオレと同じくらいあるわけがない。

オレは170センチは超えてたぞ。


そしてなにより、オオカミの額には角なんて生えていない。

立派な鋭い角が天を突いていたりしない。



異世界――どこか冗談のように考えていた言葉が現実として襲いかかってくる。

だとすればあいつは魔獣ってやつだ。

どうする。どう戦ってどう逃げればいい?

そんなこちらの戸惑いを無視してあのオオカミのやつ、さらに身を低く伏せ始めた。


あ、これあれだ。よく犬なんかが獲物に飛びかかる寸前に見せるやつだ。

体勢を低くして力を溜めてね、こう一瞬でグワッと。


やっぱり角とか生えててもオオカミは犬の仲間なんだな。

だったらこう、わちゃわちゃーっと仲良くなれたりはしないものでしょうか。


と、現実逃避しながらもオレが知らず知らず後退し、

足下の小枝がパキリと音を立てた瞬間――

土を蹴り上げオオカミが弾丸のように鋭く飛びかかってきた。


「――つっ」


寸での所で体をギリギリ躱したものの、オレが立っていたところはオオカミの攻撃を受け深く抉られていた。

そしてそのオオカミはすぐに身を翻し、牙を剥き出しにしこちらに飛びかかってくる。


「――ちっ!」


なんとか倒れ込むようにしてギリギリのところで攻撃を躱す。

さらにヤツの爪が振り下ろされ、オレの鼻先を掠める。

土が礫となって舞い上がり、オレの顔を叩く。


その礫の堅さが攻撃の激しさを物語っていた。

ダメだ、あんな攻撃一撃でも受けたら、人間の体なんて簡単に抉られてしまう。

とてもじゃないが勝てる気がしない。

なにしろこちらには武器も防具もなにもないのだ。


もっとファーストエンカウントは優しい相手ではないのでしょうか。

例え『たいあたり』っぽいものと『ひっかく』しか使って来ないにしても、

地面を抉り取るような攻撃は話が違う。


最初の草むらで一撃必殺とか詰んでます。

最初は無印のボールに収まる相手にしてください。


こうなったらやはりまずは逃げるしかない。

しかしその時オレは気がついた。

足下に立派な枝が落ちていることに。

枝と呼ぶにはあまりにも逞しく、そのうねる姿はどこか神々しい。


この枝ならば木刀として申し分ない。

オオカミと睨み合いながら慎重に枝刀に手を伸ばす。

一瞬でも隙を見せれば必殺体当たりが飛んでくる。

ゆっくり焦らず急いで早々に枝を回収しろ。


そろりそろりと手を伸ばし枝を手に取る。

すると驚くことに恐ろしいほど手に馴染んだ。

ゴツゴツとした形がちょうどオレの手のひらにはまり込む。

まるでこうして手に取ることが最初から運命として定められていたかのように。


そうか、そうだよな。

オレは異世界に来たんだ。

ならばこんなところで立ち止まっている訳にはいかない。


この枝はきっと後に名刀として語り継がれるのだろう。

今はただの枝にしか見えないが、

ここを乗り切った末にはなにかしらの運命的イベントがあるはず。

そうでないとこの手の馴染み感は説明がつかない。



オレは見よう見まねで枝を正面に構える。

するとオオカミはこちらを警戒するようにジリジリと後退した。

なるほどいい感じだ。この枝の意思がわかる。

オレの呼吸に合わせて、すべての感覚が枝に集中していく。

全集中。枝の呼吸だ。


ジリジリと後退していたオオカミだが、いよいよ再びその身を低く伏せる。

オレもいつでも反応できるよう、さらに意識を集中させる。


そして――


オオカミの跳躍に合わせてこちらは身を捻る。初撃をかわせ!

そんなオレの狙い通りオオカミの体がこちらの横を通り過ぎて行く。

一瞬後、背後にある樹にオオカミが激突した音が響く。


チャンス! この一撃にすべてを込めろ。

枝を下段に構え、すべての力を込めてオオカミの腹部に向けて一撃を放つ!

枝の呼吸、壱の型!



ぱきょんっ!


手応えは十分だった。

しかしオオカミの堅さに耐えきれず、

なんだか可愛らしい音を響かせ枝が粉々に砕け散る。

細かな木片が舞い上がる様がなんとも美しい。


伝説のはずの木剣は、やはりただの枝だったようです。

すべての感覚はプラシーボ。思い込みってすごい。



オレは瞬時にオオカミに背を向け走りだす。

おそらく最高のターンを決めた。

ここはいったん退け。

今のままじゃ絶対勝てない。まずは生き延びることを考えろ。

幸いオオカミはご立派な角が樹に刺さったのかすぐに追いかけてくる気配はない。

今のうちに少しでも距離を離すのだ。

とにかく全力で走り抜け。


----------------------------------------------------------


オレは今、崖の縁に立っている。

のぞき込めば15メートルは優にありそうな急傾斜。

無理に下ろうとすれば転がり落ちてあっという間に全身の骨がバキバキだろう。

しかし崖を回避しようにもすぐ後ろには先ほどのオオカミが準備万端で追いついてきている。


「もはやこれまでか」


覚悟を決める。短い異世界ライフだった。

が、覚悟を決めたとて簡単にやられる気はさらさらない。

選択肢は二つ。


無理して崖を下るか、あるいはオオカミに挑み、この場を脱するか。


オオカミが再度身を低く伏せ飛びかかりの姿勢をとる。

よし、決めた。

やつが飛び出すのと同時にオレは崖を下る。

うまくいけばやつも巻き込んで崖下への落下行だ。

死にさえしなければ逃げられる可能性も残るだろう。


オオカミがさらに低い体勢になる。

タイミングは一瞬。ちょっとでも誤ればオレだけが無残に殺される。

やつの筋肉が大きく盛り上がりを見せる。

オレも足場を確認し、跳び退る構えをとり――



瞬間、やつの後方から赤い粉が舞い飛んできた。

粉はオオカミの周囲に舞落ちると、途端に発火し燃え始める。

意表を突かれたオオカミが慌てて飛び退り攻撃態勢を解除した。


一体なにが起きた?

粉の飛んできた方を見ると、そこには1人の人間が怯えた顔をして立っていた。

栗色の髪をした、細身の少女――年の頃はオレと同じくらいだろうか。


オオカミもその姿に気がついたのだろう。

オレではなく少女に向かって走り出す。


「早く逃げて!」


少女はさらに赤い粉をばら撒き炎を巻き起こすと、自分も走って逃げ出した。


赤い粉、発火……すごい、魔法だ。何もないところから火を出した。


すごかった。

が、感動してボーッとしているわけにはいかない。

せっかく少女が囮になってくれたのだ。

早くオレも逃げなければ。



あの子は大丈夫だろうか――

そんな不安が胸にもたげる。


いや、おそらくあの少女には魔法の力があるから大丈夫だろう。

なにしろ魔法だぞ。

あの力を使えばオオカミなんて容易いはずだ。


そう自分に言い聞かせオレは崖と向かい合った。

かなりの急傾斜。

しかし考えながら行けば降りられないこともないだろう。

慎重に行こう。

せっかく逃げるチャンスをもらったのに、崖から落ちて自滅しましたでは笑えない。


斜面を見てなんとか崖を下る目算をつけ、あとは足を踏み出すだけだ。

しかし、崖を下る恐怖以上に懸念が脳裏を離れてくれない。

あの少女の怯えた表情が忘れられない。


オレは本当に大丈夫だと思っているのか?

本当に少女が逃げることができるとでも?


「そんなわけないだろ」


本当に大丈夫だったら、あんな怯えた表情をするわけがない。

もっと自信満々で助けてくれたはずだ。

あの子はきっと、すごく怖い思いをしながらオレを助けてくれた。

なのにオレだけ逃げられるわけがない。



もしもオレがここで引き返したら、最悪少女と2人で完全なる無駄死にだ。

だがそれでも少女を見捨てて自分だけ助かるなんてオレは嫌だ。

誰かを助けられない、そんな辛い思いもうしたくない。


「動けオレ! びびるなオレ!」


オレは自分に檄を入れると、少女が逃げていった方向に走り出した。


お読み頂きありがとうございます。

午後には続きを投稿します!

よろしくお願いします。

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