聖女しかいない世界に転生した俺は
モテると思ったんだ。慈愛にあふれ、世界に平和と安寧をもたらす聖女ばかりの世界でなら。
でもちょっと違った。
「オラ、そこどきなっ!」
聖女の拳が俺をかすめ、迫っていた魔物の頭にめり込んだ。衝撃で魔物の頭が弾け、どす黒い血が飛び散る。
「ひええっ!?」
「だからモタモタすんなって!」
別の聖女に首根っこを引っつかまれ、軽々と放り投げられる。世界がグルリと回転して、はるか下に地表の様子が見渡せた。惨劇と阿鼻叫喚渦巻く様子が。
ここは聖女しかいない世界。魔物にあふれ、全ての女性が聖女として人類の存続を賭けて熾烈な戦いを繰り広げている世界――誰か嘘だと言ってくれ!
無様に地表に叩きつけられた俺に5歳の聖女が駆け寄ってきて、片手で幕屋へと引きずっていく。
「もう、グズグズしないでタオヤオ様! イクサが始まったらすぐ引っ込んで下さい!」
いや、そんな暇なかったんだよ、いきなり襲われて。
ちなみにタオヤオは手弱男で、この世界では男は守られるべき弱い存在なのだ。俺一人しかいないけどな。だから平和の象徴として、あちこちで戦う聖女たちを鼓舞して回っているのだが、まさかここまで攻め込まれるとは、誰しも予想外だっただろう。
「あちこちキズだらけじゃないですか。アカネ様もひどいです! か弱いタオヤオ様を放り投げるなんて」
イテテ――いや、君もさっき俺を引きずってたよね。いや、感謝はしてるけども。
「でも――エヘヘッ、ヤクトクだあぁ♡」
幼い聖女は両手を広げて俺のことをギュウウと抱きしめた。
「痛いの痛いの、飛んでいけぇ♡ 飛んで魔物に潜り込めぇ♡」
おお!――ちょっと不穏な呪文だが、効果は抜群だ。
本当はもっと妙齢のおねいさんとかにしてもらえるといいのだが、唯一の男として崇め奉られる俺と、まともに触れ合える女性は少ない。あれでも大事にしてくれているのだ。ちょっと雑な扱いだったけど。
「エヘヘ……ヤクトク、だもん……♡」
俺を癒してくれた聖女様は、力を使いすぎてそのまま眠り込んでしまったようだ。その寝顔を見ていると、俺も頑張らなければ、と思う。
外から、魔物は全て撃退した、という誰かの報告が聞こえた。
俺は微笑んで、そっと小さな聖女の前髪をかき上げてあげる。
今日もありがとう、聖女様たち。明日もよろしくな。
お読み頂きありがとうございました。
楽しんで頂けましたでしょうか。
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