第95話 世界情勢
コサックは稽古についていくので精一杯だった。
エルフの子供たちは、ヘルトの動きと寸分違わず動きを真似て、ピタッピタッと片足で踏ん張ったり、上段蹴りの後しばらく止まるなどの動作をしっかり習得している。
それに対しコサックは、軸がブレ、常にフラフラしていた。
とてもエルフの子たちと同じ稽古をしているとは思えないほどだった。
リズリーとエルドからは、起きてからすぐに動けるわけない、という優しさの刃がコサックの心をズブズブ抉った。
体力作りの基礎は走り込み、と前世の記憶が訴えかけており、空き時間を利用してと考えたが、エレン・マギローブ・シビルの顔が浮かび早くも心が折れそうになる。
コサックは考えた。
(1日に1名、この間は3日連続し、今日は誰も来なかった。明日からまた3日連続して来るのだろうか。話し合ったと言っていたが。このままではやはり、どう考えても体が持たない。まさかこんなハーレムになるなんて思いもしなかった。)
ヘルトの稽古が終わった後も、少しずつでも始めようと、コサックは走り込みを開始した。
エルフの子供たちは昼寝の時間なのか、眠たそうにして屋敷の中に戻っていった。
久々の屋敷の外は新鮮だった。
10年前には考えられなかった光景、空を飛び交う鳥、隠れる小動物、たわわに実るマルプミラの実、大きな倉庫、コサックが寝ている間に世界が大きく変わったのが、見て感じられた。
マルプミラに近づくと、数が結構増えており、襲って来ることはなく実を1つコサックに取って渡してくれた。
遠慮なく齧ると、それは前に食べた感動を更新し、甘さと酸味の加減が絶妙な究極の果物となっているように感じた。
ありがとう、と言ってまた走り込みに戻る。
屋敷を1周しただけでバテてしまい、中庭のど真ん中に大の字になって寝転がる。
深呼吸して目を瞑り、周りの気配に耳を澄ませた。
木々のざわめき、鳥の声、屋敷の中の喧騒、さらに集中した。
すぅっと何かが体を包むのを感じて、目を見開いてバッと起き上がり、辺りを見回した。
特に何もない。
手足を確認したが特に変化はない。
今度は立ったまま、自分の周りの気配に集中した。
膜のような気配を感じ、ゆっくりと目を開けると、体が白いモヤのようなものに包まれているのがわかった。
自分の意思で動くものなのか、はたまた別の意思があるのか、コサックは右手に膜の気配を強く感じるように集中する。
体の白いモヤが右手に移動し始め、移動した分だけ濃く広く集まった。
どうやらこの白いモヤは自分の力らしく、コサックは生命力が具現化し可視化したものかとその時は考えていた。
今度は左手、左足、右足、頭と移動させ、モヤを楽しんだ。
あまりに集中していたのか、体力の限界を感じ、モヤで遊ぶのをやめてその場にへたり込む。
夕食の時間、オムに昼の出来事を話すと、魔力を纏えるようになったか、と嬉しそうに聞いていた。
コサックは実際に見てもらおうと、昼の時と同じように実演する。
その姿を見たオムの表情が一気に曇る。
真剣な表情の中に焦りと悲しみが垣間見れた。
「やめるんじゃコサック。」
オムの大きな声とピリつく空気の中、コサックは何が起きたのかさっぱり理解ができなかったがオムの言う通りにモヤを出すのをやめた。
「10年前、倒れる前にこのモヤがお前さんを包んだ。それは魔力ではない。おそらく神気じゃ。」
コサックは皆の表情を理解した。
また倒れてしまうことを皆怖れたのだ。
「わかりました。驚かせてごめんなさい。」
しゅんとするコサックを見て、長く伸びた白い髭を触りながらなだめるようにオムが言う。
「しかし、神気を纏いその濃度を自分の意思で変えられる、扱えるとなると、話は変わって来るのう。限界まで使うとまた眠ってしまうのだろうからちと怖いが、このモヤを調べれば長年謎だった神気について、何かわかるかもしれんな。」
「仰っていることはまったく理解しかねます。せっかく目覚めたのに、危険を冒してまで研究する必要はありません。不浄の地ももうすぐ浄化し終わります。彼の神気を利用することなんて、今後はありえない。だから研究する必要などかけらもありません。私から彼を取り上げないで!」
シビルが捲し立てる。
エレンとマギローブもシビルに全面同意するように深く何度も頷いている。
「まあシビル、落ち着きなさい。浄化か。コサックには今の状況を伝えたいと、風呂場で話した。今ここで世界の状況をコサックに伝えたいが、いいな?」
ヘルトが語り始めた。
現在不浄の地は、エクサやヘルトを中心に各領を周り、消化できる場所は全て浄化し終えている。
残っている場所には強大な力を持つフィルシズが、あの声の主により配置され、脅威となっており、不浄の地に近づくものを取り込んでその勢力を拡大している。
不浄の地は、フマニテ領に1つ、ティーヴ領に1つ、ドワーフ領に1つ、獣人島に1つの4箇所。
フマニテにはパンテラという魔獣のフィルシズが現れ、不浄の地を二歩、半身くらいなら外に出ることができ、それを知らなかった種族が境界の外に逃げきって安心したところを襲われ餌食になってしまうことが多々あった。
また大型とは、本来の魔獣パンテラとは比較にならないほど規格外の大きさということもあり、不浄の地から出られる範囲が大きく、無残に食い殺されてしまったという報告も多く残されている。
ティーヴには炎を纏うアクシピトリのフィルシズがいる。
もともと、このフィルシズは発見されていたが、ここ数年で炎を纏い、火魔法で遠く離れた獲物を焼き殺して、また炎で死体を回収する。
遠距離魔法が使え不浄の地の外でも襲われることから、今一番厄介で勢力のある不浄の地となってしまっている。
ドワーフの不浄の地には、伝説とされている魔獣、ドラゴンのフィルシズが現れた。
ドワーフたちは持ち前の技術力で対抗しようとしたが、ドラゴンの力にあっけなくやられ、島の半分が侵食されてしまっている。
ドワーフからエルヴスとフマニテに、武器作りの天才などと称されるドワーフたちが渡り、保護されている。
自分から動き回るタチでないのか、それ以降ドワーフのドラゴンによる侵蝕はあまり進んでいない。
最後に獣人島だが、種族全てを掛け合わせたような、喋るフィルシズが現れた。
魔法もそれなりに行使でき、多くの獣人が餌食になってしまい、ティゲルとカトルを代表する部隊でフィルシズと戦い侵蝕をなんとか食い止めている。
魔法の範囲はそれほどでもなく、境界から5メトレ以上の遠距離魔法を行使したことはないという。
「不浄の地の状況だ。あと戦争の状況だが。」
ヘルトが続けた。
10年前、リザルが戦犯の族長カウスを討ち、不浄の地をエルヴスから全て取り除いた功績が讃えられ、リザルがエルヴスの代表となっている。
エルヴスは停戦、戦争の放棄を提言し、エルヴスでは戦争に加担しないこととし、今この世界で一番平和で安全な領となっている。
フマニテも、一度は停戦を受け入れたがまた戦争を始めてしまう。
だか、好戦的だった王が王子の謀反により討ち取られ、フマニテも戦争の放棄を宣言し、今は不浄の地の浄化に心血を注いでいる。
ティーヴは戦争の相手がいなくなってしまい、戦争で金儲けをしていた貴族たちが内紛を起こすなどして、まだ戦禍が燻っている。
タフト家を中心に好戦的な貴族の相手をし行き場を失ったティーヴァたちを引き取り、街を発展させている。
世界規模の戦争は無くなったが、その爪痕が残っている状況だった。
「今フマニテの浄化の先導をしているのは、現国王の王子、齢10にして浄化のためにと立ち上がり、指揮を取っている。リージオン・スアヴィの精神のもと、浄化の同志を集めている。リージオン・スアヴィがなんのことなのか、我々はなんとなく予想できるが、おそらく前世の記憶持ちを集めているのだろうな。ちなみにパトリアルチ家の長女も、この言葉を聞いて王子に会わせろとただこねてな、連れて行ったらやはり意気投合していた。私も戦うなんて言ったが止めて、せめて基礎をしっかり固めてから浄化の手伝いをするように嗜めているところだ。ウィリスの息子ももう王子との謁見を済ませており、彼もまた独自に浄化の手段について、ウィリスに隠れて何かやっているようだ。もうすでに何人か自分の従者を集めているようだな。フマニテの王子と近縁の貴族の令嬢と平民からのし上がった天才魔法師が、王子と一緒になって事にあたっているというのを聞くと、おそらくその令嬢も魔法師も、何かしら縁がある者なんだろう。コサックと一番最初に浄化した、この辺境の不浄の地で登場したフィルシズたちが、今浄化に活躍中、といったところなのかもしれないな。」
「スアヴィさんに、エクサのお姉さん、リージオンさんに、レボルト、か。もう1名、覚えているのはティーヴァの戦士だけど、今の話には出てこなかったね。」
「ああ、だがおそらくはどこかで活躍しているのだろう。ティーヴはまだ戦争で燻っているからな。この燻りが無くなった時にその名声が轟くのかもしれないな。」
「みんな、それぞれすべきことに全力であたってる。」
はやる気持ちを抑えられずにコサックが言葉に出した。
「ああ、10年前も言ったが、焦るなよ。コサック。少しずつでいいんだ。」
「はい。」
ようやく、皆の目に余裕ができたが、まだ心配は残っているようだった。
コサックはリズリーに、おかえりよろしくね、と声をかけると、パァッと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ねぇねぇずるい。」
シャリスがむくれ、コサックの膝の上にちょこんと座った。
「シャリスはにぃにぃのお嫁さんになるの!」
一瞬、場が凍てつき、同志、小娘め、見る目あるさね、と言う声がどこからか聞こえた。
「にぃにぃかっこいいもん。」
悪戯にシャリスが微笑んだ。
パンテラ:大型の虎の魔獣。(虎の学名Panthera tigrisより)




