第94話 日常に戻る
風呂場に向かう途中でオムに出くわす。
「おお。コサック、元気かね?」
だいぶ老け込んだように感じ、また4歳のころ見上げていたオムの身長を今は抜いて目線が逆転している。
「オムさん、そんな小さかったっけ・・・。」
思わずボソッと口にしてしまったことに、しまったとコサックは口を押さえ、オムに謝った。
「いいんじゃよ。若者が成長する姿は良い。ましてやコサック、お前さんが成長した、歩く姿を見られたことに感激しとるんじゃよ。」
コサックは話題を変えようと、オムの弟子たちのことに話を振ってみる。
「エレンとマギローブは、どのくらい魔法が使えるようになりましたか?」
「そやつらはもう数年前にワシから卒業したわい。今ではワシより魔法を行使できるのではなかろうか。シビルの支援、ワシの攻撃、両方ともそつなくこなすしの。じゃから、あんな姿にもなったのじゃろうな。もはや、あの2匹の右に出る種族は、ワシの知る限りおらんと思うぞ。」
出藍の誉れ、オムが弟子たちをほめちぎり、自分の実力を抜いたことを嬉しそうに話すオムの姿を見て、コサックはほっとした。
「これからヘルトさんに髪を切ってもらいます。」
「おおそうか、男前になるじゃろうな。可愛らしかった顔もだいぶ精悍になってきておるしの。屋敷の連中がほっとかんぞ。ほっほっほっ。」
コサックは何やら見透かされているような気がして少し気恥しい気持ちになり、オムに挨拶して足早に風呂場へと向かった。
脱衣所から風呂場に入ると、頭にハチマキをしてタンクトップのような服と膝丈のズボン、サンダルを履いたヘルトが仁王立ちをして待っていた。
「おお、来たかコサック。だいぶ身長が伸びたな。すぐに私の身長も抜かされてしまうな。だが、筋肉がまるでないな。稽古をつけてやるから体づくりをこれからしていこう。」
ここに座れ、とヘルトが指さした風呂椅子に腰かけ、首から下を布で覆うと、器用に鋏を使った散髪が始まった。
前髪は眉の少し上になるようにやや斜めになっているが切りそろえられ、耳の前で束ねていた髪はバッサリ切り落とし、もみあげと襟足もバッサリ鋏を入れて耳が見えるように刈り上げられた。
毛量を抑えるため髪をすき、結果的に肩まであった髪の毛は上手に切りそろえられ、髪で隠れていたコサックの顔が良く見えるようになった。
「よし、うまく切れたな。頭の形も良いし、多少失敗してもどうにかなったな。」
ええ?!とコサックが振り返ると、ヘルトはいたって真面目な顔をしている。
冗談か真面目か、線引きが難しい。
「ありがとうございます。ヘルトさん。」
「ああ、これから不浄の地で浄化を行うにあたり、少し厄介な相手がいてな。お前さんなら何とかしてくれることを期待している。それに不浄の地の浄化はもう少しのところまで来ていて、国王などは興味がそっちに向いているからな。も変な格好のやつが来たら締まらないから、切らせてもらったぞ。」
ヘルトの満足そうな顔を見て、コサックは恐縮した。
「どうした、コサック。」
「また期待にこたえられるかどうか。」
「大丈夫だ。お前は目覚めた。神気についてはいまだ謎の部分が多いし、クレイブも神気についていろいろ確かめているようだ。自分で作ったもののはずなんだがな。スライムが予想を反して進化を遂げたなんてことも言っていたし、たとえ神であったとしてもなんでもかんでも自分の思い通りにはいかないようだな。だから、あまり気にするな。神気を使う量にだけ、気を配ってくれればいいんだ。それの特訓もできればしたいんだがいいか?」
「はい、お願いします!」
「はは、チビたちと一緒に励もうではないか。」
「ちび?」
誰のことか分からず聞き返す。
「メルチャント夫妻とパトリアルチ夫妻の子供らを預かって稽古をしているんだ。その中に混ざってもらうぞ。賑やかでいい。」
コサックが少し疑問に思ったことをヘルトにぶつけてみる。
「ヘルトさん、その、結婚は?」
ニヤリとヘルトが笑う。
「したぞ。家内は今ティーヴのタフトの街で子供らと元気にしているぞ。」
コサックに衝撃が走る。
次の言葉をなんとが探し出しぶつけてみた。
「その、お、奥さんとお子さんと、一緒に居なくていいんですか?」
固唾を飲んで見守るコサックをよそに、ヘルトはすまし顔で答えた。
「タフト家で世話になっている。ウィリスも子供らの友達が多い方が良いと、屋敷の一部を学校にして解放しているんだ。お前さんが言葉を覚えたようなやり方ももちろん行っているが、学問を発展させたいとウィリスは新しいことに挑戦している。俺の子供らも、喧嘩は良いが、いがみあったり、戦争につながるようなことは馬鹿馬鹿しいと、一生懸命に学んでいるよ。子供らの世話はほぼ丸投げなんだが、それでも笑顔で居てくれるあいつがいるから、こっちで頑張ってるのさ。それに、オムさんが作った大量の転移石があるから、帰ろうと思えばいつでも帰れるんだ。夜の就寝はタフトに帰って寝ているよ。お前さんが寝ていたから、この屋敷が我々の行動の中心となっていたが、もうお前さんも起きたし、それぞれが拠点や家を変えて行動する時期になった。エクサもお前さんの世話以外はエルフェンが拠点だ。私はティーヴ。ああ、いかん。積もる話もある。今日の食事の時間にいろいろ変化のあったことを話そう。」
コサックがまだ現実に戻れないような、空いた口が塞がらないような顔をしているのに自分で気がつき、蛇口に手を当てて頭をワシワシと洗い始めた。
「おい、冷たい!水だぞそれ。何やってるんだコサック!」
ヘルトの声はコサックに届かなかった。
ヘルトが文句を言いながら風呂場の掃除をしてから稽古に向かうと言っていたのを聞き、エクサのお古に着替えてコサックは先に中庭に出て待つことにした。
中庭に昔見た獣が何匹も座っている。
一斉にこちらを向いたが、何事もなかったかのように屋敷の外をまた見つめた。
コサックも手持ち無沙汰を紛らわすため中庭の大きな石に腰掛けた。
夏前の風だろうか、心地よく耳を撫で、鼻をくすぐっていく。
『前方に敵影多数、至急応援求む。』
突如として念話が入ってきた。
無差別に飛ばしているようだ。
『何かあったか?!』
コサックが聞き返す。
『!!お前は誰だ!聞き慣れない声をしている!さては敵』
念話が途中で途切れた。
中庭にいる獣を見ると、全員こちらをじーっと観察するように見ている。
森の中から大きな影が飛び込んできた。
『その姿は、ミハイル?』
『キリルだ。』
続いて同じくらいの陽光魔狼、一際大きな陽光魔狼、月光魔狼が中庭にやってきた。
『母さん?父さん?』
『坊や、髪を切ったのかい?随分似合っているね。』
『ああ、さすがはわが息子だな。顔がいいのは俺でもわかる。』
『あのさ、ここにいる魔狼たちは?』
『俺らの子たちだ。お前の弟たちだ。見るのは初めてか。よし!全員集まれ!』
マクシムが号令をかけるように短い遠吠えを一つすると、森からぞろぞろと魔狼がわんさかやってくる。
『こいつらはまだ進化できていないが、紛れもなく俺らの子だ。お前の兄弟だ。これからもずっとだ。改めて挨拶するんだ。』
マクシムが、今度は長く遠吠えをした。
その声に呼応するように、多重の遠吠えが始まった。
遠吠えがやむと、コサックは一番近くにいた魔狼の子を撫でてやった。
子はますがままに撫でられ、目を瞑り、撫で終わると周りの子らに自慢するように座って撫でられた部分を見せつけた。
先程の無関心の視線は消えている。
「マクシム!状況はどうだ!」
後ろから大きな男の声がした。
『うむ、ここ最近魔獣が活発化している。魔獣大陸にも個体が増え始めたのだろう、エルヴスに飛来する魔獣が増えている。なんとか我々で阻止しているが、数が足りない。まだ増やす予定だが、1年で増やせる数は限られているから、なかなか難しいところだ。山奥の町リベリスにいた家族がやられた。死んではいないが前線復帰に時間がかかる。港町アベニューも同じ状況だ。」
「わかった。次の襲来に合わせて我々も出よう。まったく、海ができて渡る魔獣が減ってきたというのに、翼のあるものには無意味だな。」
吐き捨てるように、だが使命感を帯びたヘルトの声は、どこか頼られて嬉しそうにも聞こえた。
「さあコサック。稽古の時間だ。」
いつの間にかエルフの子供たちが4名、ヘルトの後ろに整列していた。
可愛い胴着を身につけてやる気満々の顔をしている。
コサックも勢いよく立ち上がり、子供たちの隣、序列が一番下とされる右側に並んだ。
「にぃにぃはあっち。」
頬を膨らませてリズリーの左側を指さすシャリスに早速コサックは怒られるように指摘を受けて、渋々左側に並んだ。




