第85話 山村の浄化
オムがせっせと穴を掘り火葬の準備を進めているころ、コサックはリザルと話をしていた。
「ここに、不浄の地があるんですよね?」
「ええ、あります。そういえば、コサックさんたちの真の目的は浄化でしたね。申し訳ありません、疑っているわけではないのですが、まだ信じられなくて。」
「明日、寄っていただいてもいいですか?」
「ええ、構いませんよ。リベンが出身、と言っていましたね。もし浄化できるなら、彼は魔獣討伐と相まって心が救われるでしょう。それに次の目的地はここから少し離れていますので、そういう寄り道的なものは必要です。皆さんには落ち着いてから声をかけておきますね。」
「ありがとうございます。」
コサックはリザルに丁寧にお辞儀をして、汗を一人で拭っているヘルトのもとへと駆けて行った。
ヘルトからタオルを受け取ると背中をワシワシとコサックが吹き始めている姿が、遠目からでも確認できる。
リザルはセルヴェにコサックとの話を伝え、セルヴェも興味はあるのか、おう、と返事一つで了承した。
昼前に全ての片づけが終わり、燃えるヴェノセルペンテスの胴体を眺めながら昼食をバーリと孤児がつかれた戦士たちを労わるようにふるまった。
戦士たちも朝の激闘からか、あまり腹に入らないようで、平らげてはいたが昨日の夜のような盛り上がりはなかった。
戦士たちもシビルと同じように、疲れ切り眠りにつかせ、体をいやすため、見張りはバーリが引き受けていた。
「バーリさん。」
コサックが見張りに立っているバーリに話しかける。
「僕も手伝います。」
「いいわよ、私だけでもできるわ。」
「それではあっちの方を見てきますね。」
コサックは張り切っていて、バーリの言葉を聞いていなかった。
「ちょ、ちょっとコサック君!」
少し武装して駆けていく4歳児。
わざわざここまで来て火事場泥棒をするような輩はおるまいと、バーリもため息をついてコサックに任せた。
静かで暖かな午後の風に吹かれながら、バーリはきちんと見張りをこなし、皆が起きてきたのは夕暮れどきだった。
このまま野営し、今度は見張りに魔狼たちが加わり、部隊はほぼ全快に近い形になる。
孤児たちとだいぶ打ち解けてきたのか、話をしてるものがちらほら出てきた。
―
「今日は廃村を目指します。そこからさきの首尾はこのオムさんにお任せします。」
次の日、部隊は廃村を目指した。
ヴェノセルペンテスが通った後がそのまま道となり、良く均された道は荷馬車にとっては快適だった。
2時間ほど進むと、柵が外側に向かって倒された村の入り口から先が、沼のような場所にたどり着いた。
明らかに異質な沼、不浄の地である。
先頭を行くティゲルは、沼に近づくまいと、到着するなり後方に移った。
「苦手なんだよな、ここ。」
荷馬車の方で大きく動き始めた。
積んでいた荷物の一つから大量の模様の入った肌着が外に出される。
「えーここからワシが、やってくれる方、だけで良いんじゃが。この肌着をこの不浄の地にいる、フーマンでもエルフでもだれでも構わんので着せてほしいんじゃ。着せられた数が多ければ多いほど良い。まずやってくれる方は、ここにはおるかな?」
すでに肌着をかかえて不浄の地に入ったエクサとヘルト以外に、参加者を募ったオムだったが、1名を除いてほかに参加するものは現れなかった。
「どうすればいいんです?」
リベンがオムに問う。
「なーに、入って出てきた者に被せりゃいいんじゃよ。」
オムの簡単な説明にコサックは苦笑いを浮かべた。
5枚、リベンに渡すとオムも数枚肌着を持って不浄の地の中へ入っていった。
リベンが不浄の地との境界で入るかどうするか悩んでいるところに、コサックが現れ声をかける。
「一緒に行きましょうか。」
「あ、おい君、君はバーリさんのところに。あ、ちょっと、まだ心の準備が。」
「あ、おい、坊主。」
手を無理やり引いてコサックはリベンと一緒に不浄の地に入った。
ちゃんと訓練を受けて戦えるエルフやフーマンなどは、不浄の地に現れる穢れた存在、フィルシズに負けるようなことはないが、不死で殺しても殺しても襲い掛かってくるものは多少なり恐怖し、そのしつこさにげんなりして入ることをためらう。
リベンの足取りは重く、まだ部隊から離れていない場所を少しずつ進んでいた。
「ええいままよ。」
ティゲルが意を決して不浄の地へと入る。
ティゲルに続いてアベンとマーセンが入っていった。
「リベンさん!くるよ!」
少し離れた場所でコサックの大きな声が聞こえてきた。
ティゲルたちが慎重に進むと声のする方に2つの大小の影と、その奥に大きな影が映る。
余計なことを考えて、現れたエルフのフィルシズに気が付かなかったリベンは、肌着を広げるのにあたふたしてしまっていた。
「待ってろすぐ行く!」
ティゲルたちがコサックたちに向かって駆け寄る。
ここままではまずいと考えたコサックがリベンから肌着を奪い取り、フィルシズの背後に回って飛びつくと、上手に肌着を着せることに成功した。
フィルシズの動きが止まる。
「・・・ん?なんだこれ?ん、お前は、リベンか?」
リベンは固まった。
「おお、やっぱりリベンじゃないか。この体ということは、うまく逃げられたんだな。よかった。」
「その、声は!!」
リベンが絞りだすように声を出す。
「村長!」
「ふふふ、なんでかわからんが正気に戻った。ところでリベン、ここで何を?」
「村の、みんなの仇を、討ちました。」
泣きながら声を出し、懐にしまっていたヴェノセルペンテスの鱗を村長と呼ばれたフィルシズに手渡した。
「これは、ヴェノセルペンテスの鱗か?お前が?討ち取ったと?ははは、まさか、と言いたいところだが、本当のようだな。よくやったぞリベン。」
優しく微笑む村長、その姿を見て涙が止まらない様子のリベン。
俄かに信じがたい光景を目の当たりにしたティゲルたち。
「しゃべってるな。」「いくら殺しても死なないやつが、正気を取り戻すなんて。」「生前の記憶もあるのか。」
「あの、村長さん、僕たちここを浄化しに来ました。あ、コサックって言います。フーマンです。あの、浄化のお手伝いをお願いしたいんですけどいいですか?」
「おおなんだ、こんな小さな子どもを連れてたのか。君、私が怖くないのかい?」
「怖いかどうか、リベンさんを見ればわかりますよ。あの、手伝ってくれますか?」
「はっはっは、そうか、いいぞ。手伝ってやろう。何をすればいい?」
コサックは村長に肌着を手渡した。
「その肌着、村長のような不浄の地に捕らわれた者を正気に戻す魔法陣が入った肌着です。それで浄化の手伝いをしていただける方を集めていただきたいんです。数がもっと必要なら、まだあるので持ってきます。」
「私の着ているこれがそうなのか。それだけでいいのかい?」
「はい、今はこれだけで良いです。再会の続きの後でも構いませんので。それじゃあ。」
「リベンさん。いっぱい話、してってくださいね。」
コサックは荷馬車のある方にかけて戻っていった。
話の流れとすべきことを理解したティゲルたちは、コサックにすぐに追いつき、肌着を物色しているコサックの前に手を置いた。
「坊主、早く俺らにもその肌着をよこせ。やることわかったし、それにこんな役に立つことはねぇ。早く!」
3名それぞれに5枚ずつ肌着を渡すと、3名は我先に不浄の地へと入っていった。
「んーみんな何してんだ?」
「あ、カトルさん。」
「コサック君だべか。この肌着、どうすんだ?」
コサックが着せるだけで良いと説明する。
「なんだべ早着替え競争か?そういうこと早く言ってくんねーと!」
出遅れたー、とカトルが肌着を10枚ほどむんずとつかんで不浄の地へと入っていった。
リザルとセルヴェが柵の外、馬上から様子をうかがっている。
まずはリベンが戻ってきた。
目の周りが赤くなり、泣き腫らした後だというのがすぐにわかる。
「どうだった。」
「話せて、良かった。あなたについてきて良かったぁぁ。あああああ。」
リベンが年甲斐もなく、周りの目をはばかることなく泣いてしまっている。
「そうだ、ここの村出身の孤児!」
リベンは孤児たちの集まっている荷馬車の近くに走る。
「おい、みんな聞いてくれ。まず、この村の孤児の子は、俺のそばに来てくれ。」
4名の孤児が前に出た。
「よし、今から村長に会いに行くぞ。」
「え、でも村長は死んだって。」「村は壊滅状態で生き残りはほとんどいないって。」「聞いているよ。」
「いいから、おいで!」
無理やり連れて行こうとするリベンをセルヴェが止めようとすると、コサックがリベンと孤児との間に入った。
コサックがリベンの手を払いのける。
「リベン、さん!ちょっと!力が強いですよ。」
「おい、今手を離したら!連れて行くんだ!皆に会わせなきゃ!」
今度は離すまいとして力を入れて孤児の手を握り連れて行こうとする。
「そんなに急がなくても、大丈夫です、よ!落ち着いてください。」
何とかリベンを制止するコサック。
「村長にお願いしたのですけど、今仲間を探していただいているところではないのですか?不浄の地にはエルフだったものがいるわけじゃないんです。獣だったものも、魔獣だったものも、いるんです。リベンさん1名で4名の子供を守り切れますか?」
リベンが握る手に涙を浮かべる孤児たちをみて、ハッと、手を離す。
「こちらから行くのではなく、向こうから来てもらいましょう。そっちの方が移動も速いって聞きました。だから村長さんが戻ってくるのを待ちましょう。」
「あ、ああ、取り乱して済まない。そうだな。ここで待とう。ありがとう、コサック君。」
「コサック、本当にお前4歳か?」
「はい、もうすぐ5歳になります。」
コサックは胸を張って、セルヴェの突っ込みにしっかり答えた。




