第80話 帰郷
エクサたちが辺境伯の屋敷の中庭に転移して来た。
稽古中のところに転移し、相変わらずコサックはヘルトに今日も勢いよく投げ飛ばされている。
荷馬車から降りたエクサたちはコサックの稽古を見学していた。
「あ、エクサ、シャーロットさん、おかえりなさい。」
「稽古か、少しはできるようになったか?」
ヘルトが手を休め、エクサと交代する。
両者構えて、エクサが軽く踏み込み手を突き出し顔を狙う。
コサックは突き出された手首に小さな手を添えて体を横にしてかわす。
「2週間でこれか。これなら、まあまあいいんじゃないか?」
様子を見ていたバーリがコサックの横に歩み寄る。
「ダメよ、甘やかしちゃ。自分でやるって言ったんでしょ?今エクサさんは手加減をしていたのはわかるわよね?この世界は魔法が使えて当たり前なの。そして、何かしら他者より長けた魔法の技能、才能を磨いている。生半可なことでは、魔法を使えないものが使えるものには勝てないわ。魔法に関する特技も才能もないあなたは、本当に魔獣討伐に参加するつもりなの?」
「まあまあ、待てよ。コサック、ヘルトのダンナ、みんなを集めてくれ。魔獣討伐についてちと話したいことがあるからよ。」
バーリの言葉に何も言い返せずに俯いていたコサックを庇うようにエクサが入り込んだ。
ヘルトはバーリの台詞を反芻するようにうなずき、屋敷の中へと入っていく。
コサックもバーリにお辞儀をしてから屋敷の中へと向かっていった。
はあ、とため息をついてエクサはエルフたちを連れて食堂へと向かった。
「集まったな?まず紹介したいのが、リザルのとセルヴェは知っていると思うが、リザルの奥さんのバーリだ。」
リザルの隣に座っていたバーリが立ち上がり、お辞儀をしてまた座った。
エクサは魔獣討伐の武器についてオムに説明を促し、武器の確保ができていること、魔法付与は終わっており、搬入する場所が必要で今仮の置き場を作っていることを説明した。
そしてエクサから、魔獣討伐の部隊について、カウスから孤児を連れて行くことを必須としそのために20名ほど募った隊員が5名にまで減ってしまったことを告げた。
だが、エクサからの話も聞いてもオムもヘルトも、顔色ひとつ変えない。
「有象無象が集まって足の引っ張り合いになっても困る。ちゃんと理由があり臨んでいるものがいるのならば問題ないでしょうね。かえって都合が良かったのではないでしょうか。あと、子どもがどれだけ増えても変わりませんよ。全員守るだけです。ねえ、オムさん。」
頼りがいのある言葉をごく当たり前のように口にし、同意を求められたオムも何も動じずにただ頷き続けた。
「カウスは、お主の気力を削ぎ、周りからの信頼も失墜させる気なんじゃろうな。討伐に行って孤児を助けられませんでしたでは済まされんし、そもそも討伐に行かないとなると口だけ達者ということになろう。孤児を守って死亡でも、厄介払いができるというもの。まったく嫌われたもんじゃな、かっかっか。」
「本当に大丈夫なのでしょうか?孤児のこともそうですが、私はコサック君も心配です。」
オムのおどけた態度に、こめかみに太い筋を浮かべながら神妙な面持ちのバーリが、中庭でコサックに言ったことをまた蒸し返す。
「そんなに心配ならお主もついてくるとよかろう。そちら3名の中で一番腕が立つのであろう?こちらとしては大歓迎じゃ。」
「最初から、そのつもりです。」
オムからの誘いに苦笑いするリザルと真剣な表情でオムの言葉にも眉一つ動かさないバーリ。
「一緒に行く孤児たちのことは、コサックに任せるのがいいかもしれませんね。同じ齢の孤児たちと共に行動するのは良い刺激になるかと。」
なっ、とひどく驚いてバーリが声を上げる。
「遠足か何かと勘違いしていませんか?10名いる孤児たちをコサック君だけで守り切れるわけがありません。」
ヘルトは真剣な表情をして返答する。
「コサックに全てを預けるわけではありません。もちろん私たちも孤児たちの状況は都度は確認します。」
「でも!」
「バーリさん。心配なのはわかります。ですが私たちにとって、孤児が増えたことは大した障害にならないのです。荷物持ちが増えるのならばこちらとしてもありがたいんです。私をはじめ、回復や支援、防御については私たちは十分すぎるほどそろっているのに対し、攻撃が少ない状況でしたが、残られた5名が全員攻撃勢というのは朗報です。コサックをはじめとする子供たちには私たち支援側にいてもらい、アンポウレなどの補給をお任せするのはいかがでしょうか。それならコサックも孤児たちに手を回せますし、魔獣から離れての対峙となる私たちと一緒なら安全かと。」
ヘルトに続けてシビルの補足にバーリが唸る。
「それが最善だろうな。」
セルヴェがとどめの一言を口にした。
「はぁ、わかりました。」
息を吐き諦めたような顔をしてバーリが言った。
「ではコサック君。ヘルトさんは倉庫づくりに忙しいようなので、討伐までの間に私と特訓しましょう。私の不安が少しでも払拭できるように。」
俯きがちにしていたコサックが、バーリの言葉に一拍おいて、え?と声を出す。
「こうなってしまうと、もう梃でも動きません。一緒に私の家にきてもらえると、ありがたいですね。」
リザルが申し訳なさそうに、だが少し嬉しそうにしている。
「そういうわけだ小僧。一緒に特訓しようや。」
コサックのもとに歩いてやってきたセルヴェは、肩に手を置く。
『一緒に行くぞ。』『同行する。』
立ち上がるソフィアとマクシムを横目にマギローブとエレンがものを言いたげにしている。
「私もついていきたいけど、ちょっと研究しなきゃいけないから残るわ。コサック、気を付けて行ってらっしゃい。」
シビルのほんの一瞬だけ見せた慕情を、バーリとシャーロットは見逃さなかった。
「あなた、まさか。」「ちょっと、流石の私もそれはまずいと思うわ。」
女性陣から発せられる言葉に男性陣はついていけていない様子だ。
シビルは2名のエルフから押し寄せる言葉の嵐をよそに、それでは、と食堂を出て行った。
思うところのすべてを代弁したというように晴れた顔をしているマギローブとエレンもシビルに続く。
バーリがコサックのもとに駆け寄り、抱き上げる。
「ますます、ここには置いておけません!」
足をぷらぷらさせているコサックは、鼻息荒く顔を赤くしているバーリを見上げ、下に視線を移し抱えられた腕をまじまじと見ると筋肉が盛り上がっている。
盛り上がった筋肉を指でなぞる。
「何やってるのコサック君。」
はっとするコサック。
「いやああの、その、触ってみたくなって触りましたごめんなさい。」
「コサック君は、女性の腕が好きなのかしらん?」
「あ、いや、筋肉が」
微笑むバーリの圧力と、腕に込められる力から、コサックは命の危機から脱することを選択する。
「はい。」
「うふふ、そうよね。私の手足は長くて白くて、つい触りたくなっちゃったのよね。」
したに降ろされたコサックは項垂れ、無意識にセルヴェのズボンの端を掴む。
セルヴェはコサックに同情してか、コサックの頭をワシワシ撫でてやった。




