第77話 シミに願いを
「それでは、辺境伯の屋敷に戻るぞい。」
「もっとゆっくりしていただいても、ワタクシたちは構いませんのに。」
サヴィーヌが寂しそうに、ウェラの頭を撫でてオムに言った。
「また今度じゃな。魔獣討伐が無事終わったらお呼ばれしたいもんじゃ。食事は大変おいしかったしのう。部屋も快適に過ごせた。」
サヴィーヌは笑顔に戻り、ウェラを何か話をしているようだ。
「次会うときはエルフたちとの顔合わせだな。楽しみにしているぞ。」
オムたちはウィリスたちから離れ、オムが転移石を天にかざすようにして目的地を唱えた。
オムたちが掻き消える。
「さて、国宝級が倉庫に山ほどある。護衛に誰かつけねばいかんな。」
ウィリスの言葉に使用人が反応した。
「それでしたら適任者が、というより状況を知っている兵長に任せるのが良いかと思いますがいかがでしょうか。」
「そうだな、兵長に伝えておいてくれ。」
かしこまりました、と使用人は足音無くお辞儀をしたまま消えていった。
―
辺境伯の屋敷の庭に魔法陣が展開し光る。
オムたちが屋敷に帰ってきた。
「おかえりなさい!」
ヘルトと中庭で稽古をしていたコサックが元気よくオムたちを出迎えた。
「早速じゃが、ヘルト。倉庫の修理を頼みたいんじゃが。」
「私は地下室に戻りますね。」
辺境伯の屋敷にある倉庫に向かう途中、オムがウィリスの屋敷倉庫にある武器防具の搬入に使用することをヘルトに伝え、ヘルトは悩まし気に唸っている。
「そうですか。屋敷の修繕はなんとかなったのですが、倉庫は・・・。このとおり完全に崩落しています。修繕というより新しく建造した方が早いかと思います。」
倉庫であっただろう建物が、崩落し長い年月を経てただの石の山となっている。
「うーむ。建造物資の分類は魔法で何とかできそうじゃな。建築技術はワシにはないからのう。石を積み上げるだけでは倉庫の役割にならんじゃろ?」
「ええ、ちゃんと建築しないと簡単に崩落します。私も最初からとなると、明るくないですね。」
オムが両手を前に伸ばし、石を浮かせて並べていく。
石の隙間に潜んでいた獣たちが慌てて外に向かって逃げ出し、森の中へと消えていった。
建造物資がきれいに並び、石の下から砕石と割れた岩が顔を出した。
「基礎から崩れているようですね・・・。小屋でも作りますか。」
「そうじゃな。小屋ならワシも手伝うわい。」
コサックは黙って2人の様子を眺めていた。
前世の記憶でも基礎の上に家屋を乗せるまでの知識しかなく、大工仕事も実際に手をつけたわけではないので、梁や柱に適した材木がわからなかった。
ましてやここは異世界、動く木がいるような場所でどのような建て方をするのか見当もつかない。
オムによって整列された石材も、コサックでは持ち上がらず、足手纏いになるのは必至だ。
「コサック、私はこれから伐採に行く。屋敷で待っていてくれ。」
「わかりました。」
コサック派ヘルトに素直に従い、中庭の方へと歩いて行く。
オムとヘルトはそんなコサックの寂しそうな背中をじっと見ていた。
コサックは中庭に着くと、今自分にできることと周りに主張するように、1人受け身の練習や相手がいることを想定した回避の動作確認を始めた。
そんなコサックのもとに1人の少女が近づいていく。
「あたしが相手をしようかね。」
「うん。お願いします!」
エレンが斜に構えてコサックをうかがう。
少女のものとは思えないほどの踏み込み速度で構えているコサックの手を一瞬で掴む。
コサックは全く反応できず、遅れて回避行動を取った。
今までヘルトにつけてもらっていた基本の稽古がコサックの反応の足を引っ張っていた。
ヘルトの稽古は言わば型で、型通りの動きしかできないコサックは、ヘルトの体格も動きも全く異なるエレンに全く対応できなかった。
それでもエレンは表情ひとつ変えず、言葉もかけずに、何度もコサックを攻める。
エレンになんとかついて行こうとするコサックだったか、息が上がり始めたところで、エレンに羽交い締めにされ全く身動きが取れなくなり、その場で膝からへたりこんでしまった。
「大丈夫さね。誰も足手纏いなんて思ってないよ。それぞれに役割がある。急がず、焦らず、自分のできることをやればいいんだよ。」
エレンは優しくコサックに声をかけて、泣き出してしまったコサックを背中からそっと抱きしめた。
屋敷の影から一部始終を見ていたシビルとマキローブは、コサックに近寄るとシビルは立膝をついて頭を撫でやり、マギローブはその身を温めてやるかのようにコサックに寄せた。
泣きつかれそのまま寝てしまったコサックを、シビルの細腕で抱き上げてベッドに運び、寝かしつけ額にキスをして部屋を出ていった。
部屋を出た後、自分の行動があまりにも自然な流れで、シビルはハッとして両手を頬にあてる。
自分がなぜそのような行動に及んだのかいろいろな理由をつけようとしたがどれも腑に落ちず、悶々としたまま地下室に向かって行った。
地下室の自分の椅子に腰をかけたシビルは、机の上にある研究に使う片眼鏡を掛けるでもなく手でいじくり回している。
シビルは気がつかなかったが、エレンも、マギローブも、シビルと同様に地下室にこもって何をするでもなく近くにある道具をいじっている。
『変身、いいな。』
マギローブが呟くように念話をおくる。
それを聞いてか、エレンが無言で近くの羊皮紙に転写を試みた。
解析ができていない魔法の魔法陣はそれっぽい形を作り、霧散して、羊皮紙には何も残っていない。
『あたしの変身は、ずっとあのときのお嬢様の姿のまま、成長しないのさ。贅沢を言っているのは承知しているよ。コサックと一緒にいる時間が、猫の時とお嬢様のときと、違う気がしてね。あたしは、お嬢様の姿、いやフーマンに近づきたい。あーあ、どうしたんだろうね、全く、あたしらしくない・・・。』
『エレン、獣人になるにはどうしたらいい。鳥の姿の獣人もいると聞く。この姿では、コサックを抱きしめてやることができない。』
『そんなの知ってたら、すぐにでもやっているさね。シビルは何か知らないのかい?」
片眼鏡をつまみ上げていたシビルは、片眼鏡を落としそうになり、慌ててお手玉をしている。
『なんで私に聞くのよ。』
片眼鏡を捕まえたままの姿勢で2匹に返す。
何も返さない2匹に一瞥もくれず、シビルは座り直し、片眼鏡を見つめながら語り出した。
『獣人の発生は諸説あるわ。単純に人族、フーマンとかティーヴァとか一般的な呼び方は今はあえて控えて学術的な言い回しにするわ。人族と魔獣が交わって発生した説、進化の過程で脳が大きくなり人族と大差のない姿になった説。前者は否定的よ。交わることはできても子をなすことは不可能である、とイカれた研究者の狂気の研究結果が示されているの。人族と、鳥類、犬類、猫類、馬類、牛類、魚類、爬虫類、考えられる組み合わせを試したそうよ。また別のイカれた研究では、獣人族は、人族はもちろん、魔族やエルフとも子をなすことができるとされているわ。両者の良いところが子供に遺伝するんだけど、その次の子、掛け合わせたもの同士で子を作っても自分と同じように優秀な子ができるわけじゃない、だったかしら。話が脱線したわね。後者だけど、何かを代償に脳を発達させるというのが一般的ね。例えば猫や犬が獣だったころの聴力から比べると、格段にその能力が劣るとされているわ。でも獣人族が進化して今の姿となったなら、人族とは何者か、魔族とは、エルフとは、いったい何の進化なのか。疑問が自分たちに返ってくる。これに関してはもう誰もわからないわ。都合よく、神が作ったものとして深く考えることはやめてしまっている。もしかしたら、進化ではなくて神がただ作りたかったから作ったのかもしれないわね。実際に神の声を聴いていることだし。』
シビルは天井を見あげる。
『願ったら、叶ったりしてね。』
シビルに触発されるように、マギローブとエレンが天井を仰ぐ。
((フーマンは無理でも、獣人族の姿になれますように。))
一方、目を覚ましてもベッドで横になっていたコサックも、天井を見ていた。
(みんなを守れる強い人になれますように。)
2匹と1人は、天井の目についたシミに、願いを込めた。




