第73話 タフト
「ぎゃあああああぁぁぁぁ。」
シビルの叫び声を置き去りにして、海だった場所をモービルが飛んで行く。
エルヴス領から南下する方向で、ウィリス一行は飛んでいる。
中立都市ネウトラルを中心に、北にエルヴス、南にティーヴ、西にフマニテ、とあり、ネウトラルの東にドワーフ、北東に獣人族の領土がある。
フマニテとエルヴス、フマニテとティーヴの間に海溝があり、まだ水をたたえているため領土の境界が戦場になることがなく、いずれかの領土内が犠牲となっていた。
魔獣大陸はフマニテの更に西に位置し、エルヴス、フマニテ、ティーヴを半月状に囲うような地形をしており、この世界において一番大きな大陸である。
この世界も球形で、魔獣大陸を更に西に行けば獣人族の領土やドワーフが見えてくる。
魔獣大陸とドワーフの距離は遠くにあるが、飛行能力に長けている魔獣が飛来することもある。
ウィリスはこの地図が頭に入っており、領土を刺激しないようネウトラルの東側を通過してティーヴを目指していた。
わずか半日程度で目的地までの道のりの中間地点を既に通り過ぎている。
シビルの声はいつの間にか止んでいた。
ミハイルとウェラも、魔力消費をしてはいないが瞬間移動を繰り返して、疲れ切った顔をしている。
「オム様、もうすぐティーヴに入ります。タフト家は王都ティべリスから外れた場所、領土の北にありますので、まもなく見えてくると思います。」
ウィリスが少し後ろを向いてオムに話しかけた。
「えー?なんじゃてー?」
モービルの前方から空気抵抗を受けないように膜のようなものが張り出しており風を直接受けずに済んでいるが、風を切る音が大きくオムの耳には届かない。
『もうすぐかの?』
オムが念話でウィリスに尋ねると、ウィリスは前を見たまま頷いた。
『皆、もうすぐ着くらしいぞい。最後まで気を確かに持つようにのう。』
オムの励ましがシビル、ミハイル、ウェラに飛ぶ。
ウィリスがサヴィーヌに手で合図を送り、サヴィーヌもウィリスに合図を送り返すと、サヴィーヌがウィリスと離れて進路を変えた。
オムは何が起こっているのかわからないまま、ひたすらにウィリスにしがみつく。
ティーヴの領土に入り平原をひたすすむと、前方に白い城のような建物が見えてきた。
目的地と思われた場所からこちらに向かって銃撃、砲撃が開始された。
弾幕の中を特に避ける動作はせず、城の方へ低空飛行で突っ込んでいく。
ミハイルは弾幕の手前で転移しており、かろうじて蜂の巣にならずにすんでいた。
城を囲む防壁の隙間、門に向かって飛び、門の中が視認できるまで距離を詰めた所で砲撃が止んだ。
その一瞬でモービルの高度を上げ、門の上を通った。
そのまま高度を上げ続け、城を空から直進して抜けるように、ウィリスはそのまま直進した。
城を抜けると攻撃が止み、ミハイルが転移して毎度の如く置き去りにされる。
ウィリスの左後方から何かが追い抜いた。
後ろに黒髪を靡かせた白衣の女性が、前にいる女性の腰にしがみついているのが見えた。
ウィリスが並んで親指を立てた。
城を抜け平原から森に変わる境界でようやくモービルの速度が落ちる。
森に入ってしばらくすると、また前方に建物が見えてきた。
森の中に隠れるように建てられ、あまり高くない防壁と木の柵が並んでいるのが確認できる。
防壁を横から過ぎ、回り込むようにして進むとすぐに門が見えた。
ウィリスとサヴィーヌはモービルを門の前に寄せる。
ディーヴァの屈強な門兵であろう男3名がモービルに走って近づいてきてモービルの横に整列する。
装飾はなくもみあげから顎のあたりまで覆っている兜をかぶり、鎖かたびらの中に長袖の羽織りものを着ている。
腰から下は獣の皮を舐めしてあつらえたズボンに脛当てをはめ、剣闘士さながらの格好を皆している。
ウィリスがモービルから降りて門兵の前に立つと、腕を前に突き出して手は握り拳、直ぐに胸元に引き寄せ拳を肩の前につけた。
ウィリスも同じ動作をする。
「「「おかえりなさいませ、タフト子爵夫妻様。」」」
訪問者を圧倒するような大きな声が揃う。
訪問者であるオムとシビルといえば、モービルの上で意識が迷子になっており、魔狼たちはへばって地面に伏せている。
ウィリスとサヴィーヌはちょっとやり過ぎたかと客人2人と魔狼2匹を見て苦笑した。
その日のうちに、空が暗くなるころティーヴ領タフトの街に一行はたどり着いたのだった。
「私の大事な客人だ。粗相のないようにな。・・・肩を貸してやってくれないか?」
「「はっ!」」
「タフト子爵様!」
「なんだ?」
「女兵を連れて参りますのでしばしお待ちいただけますか?!」
「ああ・・・、そうだな。そうしてくれ。」
門兵がウィリスの了解を得られ、嬉しそうにお辞儀をすると街中に建っている兵舎の方へ駆け足で去っていった。
扉を開けたかと思うとすぐに連れ立って門兵が2名になって戻ってくる。
兵舎から続々とタフト夫妻の帰還を待っていた門兵が続々と出てくる。
「「お待たせしました!」」
男と女が揃って声を出す。
「失礼します!」
シビルの横で女兵がお辞儀をすると軽々とシビルを持ち上げ、横抱きの姿勢をとった。
オムはなんとか自力でモービルから降りたが足がガクガク震えて今にも崩れそうになっているところを屈強な門兵に背負われた。
「このアルトゥムカニスも連れていく。ミハイル、ウェラ、ついてきてくれ。」
魔狼たちは立ち上がり、ゆっくりとタフト夫妻の後ろに並ぶ。
すると門兵の間で歓声が起こった。
「タフト子爵様がまた偉業を成し遂げたぞ!」「アルトゥムカニスを従えるなんて!従属魔法を使えるものですら難しいとされているのに!」「しかも2匹も!」「おい雄と雌の番だぞ!奇跡だ!」「俺、こんなに何度も奇跡を見せていただける方のもとで働けるなんて、感激だ!」「次の奇跡は一体なんだ!俺は何としてもこの目で現場を押さえるぞ!」
街の入り口が騒がしくなっていることに住民たちもぽつぽつと気付き、門の方へ集まってくる。
「タフト子爵様だ!お帰りになられたぞ!おかえりなさい!タフト子爵様!」「おかえりなさい!あれ?門兵が担いでいるのはなんだ?」「おいあれフーマンだぞ?!」「まさかフーマンを2人お助けになられたのか?!」「子爵様の後ろにいるのはなんだ?」「狼か?」「門兵がアルトゥムカニスって騒いでたぞ。」「まさか・・・」
住民たちの間で門兵と同じように歓喜の声が上がる。
「全員気を付け!」
怒号のような大きな声が歓声をつんざく。
門兵たちは一瞬で黙り、タフト夫妻の前に整列し、それを見た住民たちも歓声もすぐさま抑え静まり返った。
「ご苦労、兵長。ちょうど良い、皆の者よく聞きなさい。この2人は私の客人だ。旅での疲れを私の屋敷で癒してもらおうと考えている。このアルトゥムカニスも同様だ。皆。暖かく迎えてやってくれ。」
わーっと歓声が起こる。
ウィリスが両腕を地面に水平に伸ばし、下に押さえつけるようにして歓声を止めるように体を使って示した。
静かになったところでウィリスが住民たちに笑顔を向けると、少し笑いが起こり、街の中へ散っていった。
門兵たちも兵舎に戻るもの、門に駐在するものに分かれる。
「兵長、後で屋敷に足を運んでもらいたい。」
そうウィリスが兵長に伝え、兵長はウィリスに敬礼をして答えた。




