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第70話 モービル

夕日が差す丘にエクサたち荷馬車はたどり着いた。


『もうこれは必要ないな。』


キリルとジーナは器用に首輪を外しエクサに投げ返すと、名残惜しそうにエクサが首輪を受け取り腕輪を外した。

シャーロットがおもむろに腕輪をつけ、エクサに首輪を嵌める。


「はい♥」


満面の笑みでエクサを見るシャーロット。

エクサはその眩しい笑顔に惚けてただシャーロットを見つめている。

パシューッと音がして我に返ったエクサは音のした方をみると、タフト夫妻がまた奇妙な乗り物になって登場した。


「ネウトラル一周はやはり素晴らしいな。」


ご機嫌なウィリスが荷馬車近くに乗り物を寄せた。


「さて、着いたがこの後どうするのだ?」


「これからエルヴスにこの転移石で飛ぶ。それにしても大丈夫かな。その乗り物。まさかエルヴスに着いても乗らないだろうな。」


「このタフト子爵にお主は歩けとのたまうのか?」


エクサはため息をついた。


「はあ、こんなとこで貴族感出さないでくれ。まあいいや。この転移石で旅立ちの岬に行く。そこから辺境伯の屋敷を目指す。最短でも3日だ。ウィリスは野営はしたことはあるか?」


「あるに決まっているだろう。ただ、この荷馬車では設備が心許ないな。」


エクサが首を横に振る。


「貴族社会にとっては最底辺の設備かもな。だが一般庶民からしたら贅沢な設備を俺は持ち合わせていると自負している。ここからの案内役は俺だ。俺に従ってもらうぜ。」


タフト夫妻は顔を見合わせ、笑い合った。


「その庶民とやらを存分に味わおうではないか。」


タフト夫妻は乗り物から降りると手をかざす。

乗り物は自ら形を変えていき、真っ黒な直方体に姿を変えた。

荷馬車に直方体を乗せる。


「じゃあみんな荷馬車に乗ってくれ。転移するぞ。」


エクサは全員に馬車に乗ったことを見て、転移石を胸元に握りしめて旅立ちの岬と短く唱えた。

エルヴスに着くと早速ウィリスが荷馬車に何かしている。


「ここをこう取りつけて、よし。馬を荷馬車に乗せろ。落ちないように縛り付けておけよ。」


ウィリスとサヴィーヌが直方体からまた変形させた乗り物に跨り、馬に取り付けていた御者台から伸びている金具を取り付けた。

指示通り馬を荷馬車に乗せるとタフト夫妻は乗り物を発進させた。

徐々に速度が上がり、荷馬車の車輪がガタガタと音を立て始めた。

どんどん速度が上がっていき、車輪がけたたましい音を上げて、横に外れて飛んでいきそうだ。

荷台の馬は恐怖で立ち尽くしている。

荒ぶる荷馬車は馬の倍速以上の速度で進んでいく。

エクサはシャーロットに手を回し、落ちないように必死にしがみついている。


『もうここか!次の別れ道を右だ!はっ、もう少し速度を、くっ、落とせないか!』


エクサが念話を飛ばして辛うじて道に迷ったり行きすぎたりしないで済んでいた。

3日の行程の半分以上を既に進んでおり、岬に着いた時から時刻はあまり変わらずまだ空は茜色をしている。

前の方でウィリスが何か叫んでいるが荷馬車が地面を転がる音とフシューという機械音が声をかき消す。

2体の鉄の馬に獣たちは恐れをなし逃げていく。


『速度を落とせ!もう目の前だ!』


エクサが怒号を念話で飛ばすと前を行く鉄の塊が徐々に速度を落とし、やがて空中に静止した。

馬が直立不動のまま泡を吹いて白目を剥いている。

エクサは荷馬車の上にへたり込むのをよそにキリルとジーナが荷馬車から勢いよく飛び出し前の空間に消えていった。


「ゆっくり前進してくれ。結界を通るぞ。」


「なんじゃ騒々しい。」


ウィリスが跨ったまま目を細めてオムを観察するように見た後、驚いた表情を見せた。


「あ、あなたは、フマニテ王国最高位魔法師であらせられたオム・サピルス様ではありませんか!」


ウィリスは軽やかに降りると地面にひれ伏した。

オムはどこの誰だかわからないといった表情でウィリスを見る。


「この金属でできた・・・。モービルか?」


「はい!貴方様がお造りになられました重力制御型空中走行装置です!」


「そういえばそんなもの作ったの。」


ほっほっほっと顎を撫でながら笑い、昔を思い出すような遠い目を空に向けた。 


「エクサ、なんじゃそんなとこでへたっておったのか。ワシが先陣切ってここにきたんじゃが、ん?そこの麗しい乙女は・・・。エクサ、何しにネウトラルに行ってきたんじゃ?」


オム周辺の空気感が一変し、爆弾がいつ爆発してもおかしくないような緊張感と圧迫感が周りにいるものに襲いかかる。


「まあよいが、ワシの部屋を石だらけにした罪は、重いぞ。」


更に圧迫感が増す。

ウィリスは目を見開きオムを直視できないで俯いたまま、球のような汗をかいて地面を濡らす。

サヴィーヌもウィリスの腰に手を当てて、目の前にいる叩けば飛んでいってしまいそうな杖をついた老人のどこからこの殺気が出るのかと恐怖し、鬼気迫る表情に圧倒されていた。

シャーロットは目をギュッと瞑りエクサに抱きつき耐えている。


「ちょ、ま、待って、オムじいさん。訳は中で話す!」


「何してるんですかオムさん。あエクサおかえり。」


この状況下で平然としている子供がオムの横に立つ。


「あ、コサックか!ただいま!中に入れてくれ!」


「うん、おかえり。一緒にいる方々は?敵意も害意もないね。仲間に迎えるなら中で話そうよ。」


コサックがオムの手を握ると、周囲を占拠していたオムの殺気が一瞬でかき消え、オムの表情が穏やかになる。

孫と手を繋ぐ老人のそれだった。


「コサック、エクサがワシの部屋に転移石をぶちまけての、部屋で眠れなくなってしまったんじゃ。」


「なんだ、後でヘルトさんと一緒に片付けしましょう。客間に行ってこちらの方々の話を聞きましょう。エクサも行こうよ。」


「あー、助かった。ありがとよコサック!荷馬車を止めたらすぐに向かうぜ!」


コサックはオムと手を繋いで結界の中へと入っていく。

エクサも馬を正気に戻して荷馬車を引かせる準備を済ませて御者台にシャーロットと一緒に座り込むと、ウィリスとサヴィーヌに目配せをした。

タフト夫妻は立ち上がりモービルを直方体にして荷馬車に乗せ、モービルの上に腰をかけた。

荷馬車が結界を通る。

すぐに大きな屋敷が目の前に現れた。

屋敷の中庭に荷馬車を止め、馬を解放し、シャーロットを御者台から手を差し伸べて降ろす。

サヴィーヌはウィリスを抱きかかえて荷馬車から飛び降りた。

エクサを先頭に屋敷の中へと入っていった。

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