第7話 目覚め
夏を迎えた。
赤ん坊は二足歩行をし、自分の胸の高さくらいならよじ登れるまでに成長しており、籠から勝手に出て行ってしまうことがあるため、魔狼たちの手を焼いていた。
相変わらず母乳を飲んでいた。
ある日の午後、遊び疲れて籠の中で眠っている赤ん坊と一緒に雌と梟が寝ていた。
子供たちは狩りに出かけて不在、雄は周囲を警戒するため少し離れた場所にいた。
突如として赤ん坊が苦しみ出す。
赤ん坊の苦しむ声に、慌てて雌と梟が起きた。
約束の一年が経った。
苦しんでいる理由がわからない雌と梟は狼狽えていた。
梟はすぐに気を取り直し目に光が宿る。
雌が固唾を飲んでそれを見守る。
梟が必死に状態を読み解こうとするがわからないことが多過ぎた。
雄は狼狽える2匹の獣を横目に警戒を強くするとともに、何度も籠の方を振り返っていた。
平常心を保つように歯を食いしばり唸る。
赤ん坊の様子が変わった。
うめき声をあげては静かになることを繰り返していた。
強制的に記憶が流れ込んでいるためか、脳にかなりの負荷をかけ、負荷が痛みに変わり赤ん坊を苦しめている。
赤ん坊は、頭を抱えるようにして暴れ回り、痛みに耐えかねて失神、また次の痛みに目を覚まして発狂、を繰り返していた。
知識が増えるたび脳に皺が増えるという表現はよく使われるが、赤ん坊の場合、脳に強制的に皺を増やすために彫刻刀で無理矢理にでも脳にシワを彫り込まれているような、そんな激痛を赤ん坊は味合わされていた。
(このまま失神と覚醒を繰り返しては、苦痛に耐えかねて死んでしまうのではないか。)
雌と梟は同時に思った。
雌が念話で赤ん坊に向かって叫んでいたが、届いていないようだ。
梟は雌の正気を保てるよう、必死に目を光らせては雌と赤ん坊に念話で声かけを続けていた。
(浮かび上がる文字が!言葉がわからない!この苦しみの原因はなんだ!)
『だれか、この子を助けておくれ!』
梟が苦悩に顔を歪ませ首が半回転する。
雌がたまらず吠える。
そうこうしているうちに、赤ん坊から叫び声は聞こえなくなった。
死んだような眼差しで、ただぐったりしていた。
とりあえず落ち着いた赤ん坊を見て、憔悴しきった雌と梟は少し安堵していた。
子供たちが戻ってきた。
ただならぬ雰囲気に獲物を離して雌に駆け寄った。
赤ん坊の目は半開きで生気は無く、息はしているがぐったりしていることに子供たちは困惑しうろうろしていたが、この雰囲気の中とりあえず誰も死んでいないことに気が付き平静を取り戻した。
雄は子供たちが雌に駆け寄ったことを確認し、警戒しながらゆっくりと籠のある方に近づく。
雄が籠の中を覗き込んだとき、赤ん坊がゆっくりと四つん這いになった。
その場で座り込み天を仰ぐ。
何かをぶつぶついったあと、手足を確認しているようだった。
魔狼たちは目を見張った。
雌が念話で赤ん坊に声をかけた。
赤ん坊は答えなかった。
赤ん坊は雌の方を見た。
梟と同じように目が光っていた。
赤ん坊は子供たち、雄、梟の順に目を光らせながら見た。
その光景に魔狼たちは赤ん坊に異質なものを感じた。
今までの赤ん坊ではない、根拠はないが直感した。
また赤ん坊が頭を抱えうつむく。
痛みに耐えるような顔をしていたがすぐ治ったようだ。
梟が目を光らせて赤ん坊を見る。
以前の赤ん坊に見えていた項目が1つ増えていた。
名前がある。
梟は急いで魔狼たちに伝える。
雌が赤ん坊に念話で恐る恐る語りかける。
赤ん坊はたどたどしい念話で答える。
『かあ、さん。』
コサックは雌にそう答えた。