第67話 救出
エクサは人だかりの増えた宿からやっとのことで脱出し、キリルとジーナのいる部屋を目指す。
日は完全に沈み、夜の帳が下りる。
シャーロットは疲れ切ったのかエクサの腕の中で眠ってしまっていた。
眠ってしまったシャーロットを起こさないように、顔を見つめゆっくりと歩いていた。
エクサたちが泊まっている宿が見えてきたところで、エカテリーナと顔が歪んでいる男が暗がりから現れ、エクサの前に立ちはだかった。
「無事、見つけたようね。無様な格好、いい気味だわ。」
エカテリーナが強がるようにエクサに言い放ったが、エクサはどこ吹く風でエカテリーナの横を通り過ぎた。
歪み顔の男がエクサの前に回り込む。
「邪魔だ、どけ。」
男は両手を広げてエクサの行手を阻む。
「つしゃあああ!」
男が気合を入れて吠える。
瞬間横に飛んでいった。
「疲れてんだ。余計な体力使わせるんじゃねえよ。」
エカテリーナの空いた口が塞がらない。
「あ、あな、いったい、な、なにを。」
エクサが立ち止まる。
「ああ?回し蹴りしたんだよ。見えなかったか?毎回驚きすぎじゃないか?お前。」
そう吐き捨てるとエクサはまた宿の明かりを目指して歩き出した。
エカテリーナはヘタリとその場に座り込んで、エクサをただ目で追うことしかできなかった。
受付で応対した女のフーマンは最初エクサとシャーロットの姿を見てギョッとし、すぐに嫌そうな顔をし始めたが、タフトが部屋に来ることを伝えると急に態度を改めててきた。
アンポウレや包帯など必要なものを指示し、エクサは部屋に戻っていく。
部屋の前につき取っ手を回すが鍵がかかっている。
『俺だ。帰ってきた。開けてくれ。』
キリルとジーナに念話を飛ばし反応を見ていると、鍵がかちゃりと開いた音を出した。
扉が開く。
『エクサ、おかえり。無事で何より。』
ジーナの迎えにホッと胸を撫で下ろしたエクサは部屋の中に入りシャーロットをベッドに寝かせ、破けた服を脱がして体を拭く。
横になっているシャーロットにガウンをかけると扉を叩く音が聞こえた。
そっと扉を開けると受付の女が救急箱を持ってきており、礼を言って受け取り扉を閉じた。
ベッドに救急箱を運び、傷口にアンポウレの薬液を垂らしていく。
シャーロットは悶え苦痛な表情をしているが、そんな表情とは裏腹に傷口がどんどん塞がっていく。
「これは、良質なやつだな。タフトのやつの名を出しただけでこれか。」
独り言を呟き、包帯に薬液を染み込ませて腕や足を巻いていき、深い傷口には薬液を流し込んで包帯で傷口が固定されるようにした。
顔の傷には布に薬液を含ませてトントンと当てていく。
体全ての処置を終え、エクサはフーッと息を吐いて椅子にもたれかかった。
『エクサ、頑張ったな。』
復活したキリルがエクサを労う。
『おう、キリル。元気になったみたいで何よりだ。ここは何かあったか?』
『何もなかった。お陰で回復した。』
エクサがキリルの頭をワシワシと撫でた。
ジーナもエクサの足元に来て座る。
『俺が何があったか、聞かないのか?』
『無事に帰ってくれば、それでいい。』
ジーナが寂しそうにクーンと鳴いてエクサを見つめる。
エクサはジーナの頭もクシャクシャに撫で回した。
魔狼たちを撫で回しているとまた扉が叩かれた。
「私だ。」
聞き覚えのある声が扉の奥から聞こえた。
エクサが椅子から立ち上がり歩いて行って扉の鍵を開けた。
「どうぞ。タフト子爵様。」
エクサの言葉を聞いたウィリスは心底嫌そうにした。
「ウィリスで良い。」
「ではウィリス卿」
「卿もやめろ。ウィリスで良い。」
ウィリスがエクサを睨みつける。
「はいはいわかったよウィリス。中でシャーロットが寝ているから静かにな。」
ウィリスは、ふん、と鼻息荒く部屋に入っていく。
「うふふ、エクサはウィリスに気に入られているのね。」
サヴィーヌが口に手を当て微笑みながら部屋に入って行った。
エクサは首を傾げながら扉を閉めて鍵をかけた。
エクサが部屋の中に戻ると、椅子を3脚用意して先にウィリスとサヴィーヌが座っている。
キリルとジーナはエクサが招き入れたものとして許容はしているが、空いている椅子の横に陣取り、警戒をして2名を見つめている。
エクサがドカッと椅子に腰掛けるとウィリスが待っていたかのように話し始めた。
「競売の奴らがシャーロットとエカテリーナの手玉に取られているのは知っているな。今回の件は中でも熱狂的で嵌ってしまったやつの犯行だ。シャーロットにも全く非がないわけではないんだが。競売会場からこんな事件が出てしまっては継続は難しいだろうな。一応明日明後日の競売は開かれるようにはしたが、この判断が良いか悪いかは分からん。」
「そうか。シャーロットが辞めるとなったことと関係がありそうだが、寝ているしな。」
「・・・エクサ。」
ウィリス、サヴィーヌがベッドで寝ているシャーロットを見、エクサは立ち上がってシャーロットの手を握った。
「大丈夫か?」
「ええ、平気よ。辞めた理由よね。」
「嫌なら話さなくても」
シャーロットの指がエクサの口を塞ぐ。
「好きな人ができたの。」
ウィリスとエクサは、へっ?と訳がわからない顔をした。
サヴィーヌは黙って、微笑みながらシャーロットの言葉を聞いている。
「その人が私のことを好きじゃなくてもいい、ついて行きたいなって人ができたの。そう思ったら、受付嬢なんかしてたらついて行けないって、辞めることにした。とても気持ちは晴れやかなのよ。こんなことになってしまったけど、悔いはないわ。エクサが助けてくれたもの。」
サヴィーヌは、あはーんとなるほど、と言うように口に指をあててしてニヤニヤしている。
「・・・あー、なんだ、ことの発端はエクサか?シャーロット。」
ウィリスは額に手を当てて、確認するようにシャーロットを見て言った。
「うふふ、そうかも。私をちゃんと見てくれたの。お客も、これまでも、私は物か何かの扱いしか受けてこなかった。エクサも最初はそんな男たちと一緒だろうと思ったの。でも違った。ありがとうって言ってくれた。私を私としてちゃんと見てくれた。」
サヴィーヌが立ち上がるとシャーロットに抱きついた。
「その気持ち、よくわかるわ!」
満面の笑みでサヴィーヌがシャーロットを見て、シャーロットも釣られて微笑む。
ウィリスはそんな2名、というよりサヴィーヌに見とれているようだった。
「エクサ、あなたの行く先に、私も一緒に連れて行って!私はずっとあなたと一緒にいたい!」
エクサは顔を手で拭い、目を瞑る。
エクサの抱えている秘密を話して良いか躊躇っていた。
「甲斐性なしですか?エクサ。」
サヴィーヌがエクサに食ってかかる。
結構長い間エクサは沈黙してしまっていた。
『エクサ。』
ジーナからエクサに語りかけ、エクサはジーナの方を見た。
『屋敷いる仲間のように見抜けないけど、彼女は大丈夫な気がする。この貴族たちもね。』
『そうか?俺も信じたいんだがな。』
『ジーナの言葉は聞いてもいいんじゃないか。』
キリルがエクサに畳みかけ、エクサがシャーロットの、方に向き直る。
サヴィーヌがエクサに掴みかかろうとしたところでエクサが意を決して語り始めた。
「シャーロット、俺が今から話すことを聞いてから、決めて欲しい。俺は、シャーロットの熱意に応えたい。ウィリス、サヴィーヌも聞いてくれ。」
エクサが今までのこと、これからしなければならないことを3名に語り、理解を促した。
しばし沈黙し、ウィリスが口を開いた。
「俄かに信じがたいが、エルヴスではそんなことが起こっていたのか。少年をぜひ見てみたいものだ。」
「旦那様、ワタクシは」
「わかっている。加勢したいのだろう?サヴィーヌ、私がいつ加勢しないと言ったのだ。我が領地でも悩みの種であったことが解決するのだ。絵空事でなければ乗らない手はない。」
サヴィーヌが目をキラキラさせてウィリスに抱きついた。
「さすが、ワタクシの旦那様♡」
「エクサ、改めてお願いします。私を連れて行って。」
シャーロットは、最初の愛の宣告の時と変わらない表情で、握った手をさらに強く握り、エクサに言った。
シャーロットへ返事は、とても自然で滑らかに、エクサの口から発せられた。
「ああ、シャーロット。一緒に行こう。」
サヴィーヌのシャーロットを見る目には涙が浮かんでいる。
ウィリスは少しニヤついた表情をした後、すぐ真面目な顔に戻った。
『どのような支援をしてくれるのだ?』
キリルが全員に念話を繋ぎ、ウィリスに尋ねた。
ウィリスやサヴィーヌはキョロキョロとあたりを見回し、エクサが指でさしていることに気が付き、指の先にいる魔狼を見た。
「しゃ、しゃべるのか?私は契約していないぞ。」
『契約?支援の話だが。』
キリルの反応を見て、ウィリスとサヴィーヌがじっとキリルを見つめた。
「ごほん。エクサ、明日明後日な競売についてだが、その魔獣討伐に必要だと思われる武器は全部競り落としてくれ。費用は全て私タフト家で負担する。立場上、直接手を貸すわけにはいかないが、武器を工面するくらいなら可能だ。パトリアルチ家にも繋がっているものがいる。屋敷に戻ったらパトリアルチ家の御子息と面通しをしてほしいが可能か?」
ウィリスの提案にエクサは頭を下げた。
「おそらく可能だ。ありがとうな、ウィリス。」
「まだ始まったばかりだ。礼は、そうだな魔獣討伐がうまく行った時まで取っておいてくれ。」
「わかった!」
エクサとウィリスが、敵対心の微塵もない固い握手を交わした。
「さて、部屋に戻るか。サヴィーヌ、明日は家に帰るぞ。」
「承知しました。面通し、楽しみでございますね。」
「電報を送る。待っていてくれ。」
ウィリスはエクサの言葉に片手をあげてわかったと答えると、自室に戻っていった。
エクサがベッドに戻りシャーロットを抱きしめる。
「今日は疲れただろう。ゆっくり休むといい。」
「ええ、少し寝るわ。おやすみなさい、エクサ。」
シャーロットの手がエクサの頬を撫でる。
「ああ、おやすみ。」
エクサはシャーロットの手に手を被せ、額にキスをした。
シャーロットを抱き寄せ、頭を撫でてそのまま寝てしまった。
魔狼たちはエクサとシャーロットの眠るベッドの下で、2名を守るように仲良く眠りについた。




