第66話 拘束具
店を出て競売会場の方に少し歩いた先の宿に、3名は来ていた。
「行くぞ。」
宿の中に入ると、フーマンやエルフなど、種族でごった返していた。
ウィリスが先頭を歩き、受付を目指してわき目も振らずに向かう。
ここネウトラルにおいてタフト子爵の名を知らないものはおらず、その行く手を阻む者もいない。
ウィリスの歩くその前に道ができる。
受付に難なくたどり着く。
「失礼。」
ウィリスが受付に来るなり前の男に耳打ちをした。
体を強張らせ直立不動で聞いている。
ウィリスが男から離れる。
「頼むな。」
「は、はい!かしこまりました!お部屋は34です!」
そういうと上の階の方で大きな破壊音がして、悲鳴が破壊音の後を追った。
ウィリスは片手を上げて受付の男に挨拶し、階段を目指すため歩き出した。
サヴィーヌが駆け寄り腕を組んで一緒に階段を上がっていく。
エクサも遅れないように走って後を追いかけた。
3階まであがるとウィリスが息を切らせて呼吸がおぼつかない。
そんなウィリスをサヴィーヌがお姫様抱っこをした。
「ありがとうサヴィーヌ、あと少しで死ぬところだった。」
「そんな華奢な体で無理をしてはいけません。さあ、ワタクシにもっとおつかまりください。呼吸が整うよう深呼吸をお願いします。」
サヴィーヌは愛おしげに目をキラキラさせてウィリスを見つめている。
ウィリスはサヴィーヌの言うとおりに腰に手を回して深呼吸をし始めた。
エクサは目の前に繰り広げられる光景に困惑し目が点になっている。
「ここだな。」
漢らしい声が聞こえたが、エクサの目の前にいるのは女に抱きかかえられた太った男の図、この2名のことに俄然興味が湧いてきていた。
「ありがとうサヴィーヌ。おろしてくれ。やはり我が妻は可憐で美しい。おい!ここを開けろ!」
どんどんとウィリスが扉を力の限り叩く。
中から返事はない。
「サヴィーヌ、この扉を打ち破ってくれ。ここの支配人と話はできている。」
ウィリスの言葉を聞いて恍惚の表情を浮かべたサヴィーヌが、一瞬にして鬼のような形相になり後ろ蹴りを扉にかました。
扉に穴が空き蝶番が壊れ、扉を足から外そうとして足を高くあげそのまま足を廊下の誰もいない方に振りおろした。
扉が足から外れて廊下を転がっていく。
エクサは呆然と扉が飛んでいくのを見守っていた。
「エクサ!突入するぞ!」
「あ、ああ!」
ウィリスの言葉に我に返ったエクサは部屋の中に飛び込んだ。
部屋の真ん中で宙に浮いている十字架のような拘束具に、顔や体が傷つき服がボロボロに破け縛り吊るされている痛々しい姿のシャーロットと、部屋の隅で震えてうずくまっている男がいる。
男の下の絨毯が湿っているようだ。
「シャーロット!」
エクサが拘束具のそばに駆け寄ろうとした。
「来ないで!」
シャーロットが叫ぶ。
「来ないで。だめよ、近づいたら、そこの男のようになる。」
エクサがうずくまってガタガタ震えている男の方を見る。
男をよく見ると、片腕片足がない。
出血部を必死に残った手で抑えているが、血が止まらないようだ。
お漏らしで濡らしたかと思われた場所は、多量の血でできたものだった。
鋭利なもので切り取られた腕と足がテーブルの下に転がっている。
十字架の前の壁に、2本斬撃の跡がある。
「なんだ、これは。」
ウィリスが男の方に歩み寄り、上から男に声を浴びせた。
「競売で説明を聞いていなかったのか。使っていいものと悪いものの区別もつかんのか!」
「五月蝿い!私は!私は!昨日シャーロットを待っていたのだ!シャーロットは!私だけのものだ!ぐふふ、だが、これで誰もシャーロットに近づけない。近づくもの全て、私のように切り刻まれるのだからな!」
「っち、小物が。エクサ!ここは中立都市の魔法師に頼んで防衛魔法で守りを固めてからこの拘束具を攻略する。おい、聞いているのか、エクサ?」
エクサは十字架の前に膝をつき胸に手を当て目を瞑る。
「何を、しているの?」
シャーロットの言葉が届いていないかのように、エクサが何かを呟いた。
魔法陣がエクサの体の下に展開する。
「やめろ!エクサ!お前だけでどうにかなる代物じゃないんだ!」「やめて、エクサ!」
エクサが一歩近づくと、重くどんよりとした空気に変わる。
「エクサ!」
ウィリスが叫んだ瞬間、何かがエクサを攻撃した。
エクサの後ろにある壁に新たに抉られた跡ができる。
宿の壁は戦禍を浴びても耐えられるよう魔法で特殊に堅牢に造られる。
宿泊代が高いほど設備に投資しており、エクサたちが今いる宿も高級な宿の一つであるが、その宿の壁が豆腐のように刻まれている。
エクサは、無傷で十字架の前に立っていた。
十字架に一歩、また一歩と近づいていく。
「どう、なっている。」
一歩進むたびに斬撃がエクサを襲うがエクサには当たらず、ただ部屋の中が傷だらけになるだけだった。
呟いたウィリスはサヴィーヌによって抱き上げられ、斬撃の当たらないように別室に避難し、壁の影から様子を窺っている。
「昨日会ったばかりなのに、何でそこまでするの!」
「さあ、何でかな。」
泣いて叫ぶシャーロットにエクサはぶっきらぼうに答えた。
(呪いの類か、そういう魔法か。斬撃の瞬間異形のものが現れて刀剣で攻撃してくる。シビルほどではないが、こちらも時間を引き延ばすことができる。いつもはそんなに魔力がもたないが、魔力増幅の魔法陣のおかげか。)
「捕まえた。」
エクサが十字架の下の端を掴んだ。
十字架が光り斬撃を繰り出していた異形のものが現れ、光を拡散させて崩れていく。
浮いていた十字架はその力を失ったように床に落ちた。
エクサは十字架を横たえると丁寧に拘束を解いていく。
全ての拘束を解き終わり、シャーロットを抱き上げた。
「まったく、大した男だな。」
ウィリスとサヴィーヌが出てきて、部屋の隅にいた男を確認する。
「こいつは、もう駄目だな。」
男のいた方を見ると、切り刻まれ血の海の上に男だったものの肉や内臓が散らばっている。
「この場は私タフトが引き受ける。エクサ、シャーロットを連れて宿に戻れ。ここが済んだら私たちもお前の部屋に向かう。いいな。」
「この人にはワタクシがついています。あなた方も、帰り道には気をつけてくださいね。先程の連中が待ち構えたいかもしれないわ。」
サヴィーヌがウィリスの腕を抱き、ウインクをエクサに送った。
エクサはそんなサヴィーヌに笑顔で答え、シャーロットにジャケットを掛けて抱きかかえ、斬撃でメチャクチャになった部屋から出て行った。




