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第65話 貴族

ジーナの顔が心配で曇り、キリルはこんな時に足手まといとなっている自分を恥じるように黙ってジーナの後ろをついてきている。


『大丈夫だ!何てったって俺だぞ?そもそも俺に護衛なんて必要ないんだよ。お前らも最初は監視だったはずだろ?いつの間にかこんなに仲良くなっちまったな。』


エクサは2匹に笑顔を見せ、前を向く。

魔狼たちは黙ってエクサについていった。

キリルの体調を気遣い30分ほどで宿につき、鍵を受け取ると早速さと部屋に戻っていく。


『さあ、部屋に着いたぞ。お前らのやることは3つ。俺の帰りを待つこと、シャーロットが来たら部屋に入れること、休むこと、だ。シャーロットの気配は覚えているな?』


『ああ。』『覚えている。』


『鍵の開け方はわかるか?』


魔狼たちは頷いた。


『よし、じゃあ行ってくる。戦場を駆け抜けたいまだ生きている俺の悪運の強さをお前らに見せてやるよ。』


そう言って休む間もなくエクサは部屋を後にし、魔狼たちは扉が閉まるまでエクサの出発を見守っていた。

エクサはやや早めの足で宿を出て、目的地へと歩く。

宿を出る時、怪しい視線を感じたが気にしている暇はないと先を急ぐ。


「あらあら、お早い到着ね。」


受付嬢の時とは打って変わり、その耽美な体を更に強調するかのような赤のドレスで身を包んだ女のティーヴァが店の前で男を侍らせ待っていた。


(受付の男か。髪を下ろしているからか雰囲気が全く違うな。)


「ああ、待たせたな。そっちの彼も一緒かい?」


「ええ、でも私のそばに立っているだけよ。何かあったら怖いじゃない?食事はあなたとだけよ♡」


男の顎あたりをすらりと指で撫でる。

黒の燕尾服を着て、まるで女のティーヴァの従者であるような格好ををしている。


「さあ、立ち話はこれくらいにして入りましょう。」


店に入ると、店員がどうぞこちらです、と誘導し、個室に案内された。


「込み入った話ですものね。」


女のティーヴァが振り返りエクサに耳打ちをした。

男がエスコートして女のティーヴァが椅子に腰をかけた。

エクサも続いた腰をかける。


「単刀直入に聞くぞ。目的は何だ。シャーロットはどうした。」


エクサはいつもよりも低く、感情を抑えた声色で口火を切った。


「うふふ、気が早いのね。自己紹介から始めましょう

。私の名前はエカテリーナ。エクサ、今日は来てくれてありがとう。」


エカテリーナが首を動かすたびに耳の上のあたりから生えている2本の角が妖しく揺れる。


「まずは、目的、から話しましょうか。今日のあなたの入札する姿、勇ましかったわ。しかもあれを落札するなんて。ねえ、私を買わない?情報や、落札を有利に進めるための根回しなんかもできるわよ。最近競売に来る金持ちが減って、私のお客も減ってきたのよ。どうかしら、私を使ってみない?」


シャーロットのように直接乗り込んでくる方法とは違って、エカテリーナは売り込みをかける手法でカモを勝ち取ってきたのかもしれないと、エクサは感じた。

エカテリーナの後ろに佇んでいる男は表情ひとつ変えず、ピクリとも動かないで立っている。


「いや、断る。」


個室の扉が叩かれ、くびれたグラスが目の前に置かれて、透明の発泡した液体が店員の持っている瓶から注がれていく。


「あら、そうなの?残念ね。そんなにシャーロットが良かったのね。それでシャーロットのことだけど、その前に今日の落札を祝して乾杯しない?」


エカテリーナはグラスを手に取ったが、エクサは一向にグラスを手に取ろうとしない。

彼女はそんなエクサを見てニヤリと笑い、一口でグラスを空けてしまった。


「うふふ、シャーロットが辞めるって言ったのは本当よ。もう競売会場の支配人にも彼女の口から伝えられているわ。今回の競売までで終わり。その後のことは知らないわ。でも、彼女を贔屓にしていたお客からしたら、どうかしら。残念だけど門出を祝う、なんていると思うかしら?私達はお客の所有物、金を払って手に入れたもの、程度よね。それが勝手にいなくなるんだもの。今頃どこかのお客に捕まって何かされているんじゃないかしら?」


「お前はその客が誰か知っているのか?まさかお前が焚き付けたんじゃねーだろーな。」


エクサの表情に怒りがこもる。


「だったらどうなのかしら。戦争が始まって、毎日どこかで誰かがいなくなり、死んでいく。彼女もそのいなくなったもののうちのひとつよ。気にかける必要はないわ。」


「この世界に、死んで良い命なんて、ない!」


エクサが立ち上がり、テーブルに両手を叩きつけた。

エカテリーナに手を出さないとわかっていたのか、後ろの男は微動だにしなかったが、その目はエクサを睨みつけている。

エカテリーナも同様に、こなれた顔でエクサを見ていた。


「シャーロットはどこにいる!誰に売った!」


「さあ、知らないわ。私もそうだけど、多からず悪意を持っているものはいるわよ。私たちに貶められた連中は皆、私たちを狙っている思うわ。だからこうして彼がいるのよ。」


エクサは歯を食いしばり、手に血が馴染むほど強く握っている。


「辞める彼女のことなんて、どうでもいいじゃない。」


「お前」


「ちょっと失礼するよ。今の話は本当かね?」


エクサの言葉を遮るように扉がガラッと開き、個室に入ってきた。

そこには太った男と派手な女のティーヴァがいた。


「な、あなたは!」


「何だあんた。その目線・・・。つけてきたたのはあんたか!」


「さあどうかな。姑息な手段は使わない主義だ。それよりも、辞めると言った受付嬢はどうした。どこにいる。貴様が何かしたのか。」


エカテリーナと後ろの男は目の前にいる太った男に釘付けになり言葉が出ないでいた。


「あ、あなたのような方がなぜここに。」


声を絞り出すようにエカテリーナの後ろの男が言った。

瞬間、男が後ろに吹っ飛んだ。

派手な女が胸元で拳を握っている。


「ワタクシの旦那様に同じことを二度言わすなど、ありえない。」


派手な女は次にエカテリーナを睨みつけた。


「こ、これはこれは、御高名で慈悲深いと有名であらせられるタフト子爵様ご夫妻ではございませんか!あ、あ、此度の入札では誠にざ」


タフトの妻がエカテリーナの口を鷲掴みにした。


「ワタクシのウィリスはそんなことを聞いてはいない。」


ふがふがとエカテリーナは何か喋ろうとしているが、タフトの妻に掴まれておりうまく発音できないでいた。


「離しなさい。世界で最も尊く私が愛してやまない妻サヴィーヌは、手で猿轡の代わりになるような真似はしない。」


その言葉を聞いた瞬間、サヴィーヌは手を離しウィリスにベッタリくっついた。

ウィリスの方が背が低く、サヴィーヌがベッタリくっつくと腰を異様に突き出す姿となり、とても不恰好に映る。

ゲホゲホとエカテリーナは咳き込んでいる後ろで、男が大の字になってのびている。

エクサは目の前の情報が処理しきれずにウィリス一点を見つめていた。


「もう一度、問う。誰と、どこに、いる。」


エカテリーナが恐怖で怯え、ガタガタと歯を鳴らし震わせながら答えた。


「き、今日のら、落札、しゃの、こ、古代、の、ご、拷問、につかっ、た拘束、具、を手にし、た男てす。」


「そうかあの男か、それならあそこの宿に泊まっているな。サヴィーヌ、行こうか。」


サヴィーヌはウィリスの腕をギュッと抱きしめ、ウィリスは踵を返して個室から出て行こうとして、エクサの方を半身だけ振り返る。


「何をしているそこのエルフ。行くぞ。着いてこい。」


その言葉が、エクサにはとても漢らしく聞こえた。

エクサ、ウィリス、サヴィーヌは店を後にした。

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