第56話 孤児
翌朝早く、オムとリザルが家の庭に一緒に立っていた。
「ここで良いかの。」
「ええ、構いません。」
リザルの言葉に頷いたオムが目をつぶり、呟くように詠唱した。
地面に大きな魔法陣が展開する。
魔法陣は徐々に小さくなっていき、握りこぶし大くらいの大きさになり、魔法陣の光が集まり輝いて見える。
オムが懐から石を取り出して光にかざした。
すると光が石に吸い込まれ、石に魔法陣が刻まれた。
オムがもう一度同じ作業を繰り返し行う。
「こっちはワシの分。そっちはお主の分じゃ。荷馬車くらいの大きさまでなら一緒に飛べるぞい。回数はっと、50回じゃな。」
オムが魔法陣を真実の目で確認し、浮かんだ回数をそのままリザルに伝えた。
オムとリザルは、エルフェンの転移石を作っていた。
「ありがとうございます。50回も飛べるのですか。このような良質な転移石は初めてです。通常の転移石は20回くらいがいいところですから。」
リザルが転移石を腰にかけた小型の皮のバッグにしまう。
「辺境伯の屋敷に戻ったら、お前さんにも屋敷までの転移石を渡すでな。」
「なんと感謝をしたら良いのやら。それに私たちの手伝いまで。」
「いいんじゃよ。これも神の巡り合わせじゃ。本物の神の使いがおるしの。」
リザルは少し微笑んだ。
オムとリザルが連れ立って家に戻っていく。
家に近づくと、朝餉の匂いが鼻をくすぐる。
ぐうぅと、さんの腹の虫が鳴り、オムとリザルがお互いに笑い合った。
笑い声に気が付いたのか、ヘルトが窓から乗り出してオムとリザルを朝食に呼んだ。
「今朝はヘルトさんに手伝ってもらいました。」
「さあ食べてくれ。昨日の食事でも思っていたが、やはりこの目で見ることは訳が違うようですね。リザル様の奥方はとても良い料理の腕をお持ちだ。」
リザルとセルヴェとともに、いただきますの挨拶をして食事を始めた。
リザルの妻とヘルトとの合作料理は、朝から食べて大丈夫か心配になるものばかりであった。
しかしながらその心配も一口食べればどこかへ吹き飛んでしまうほどのものだった。
あっという間になくなったかと思うと次の皿が出てくる。
皆おかわりをして全て平らげてしまった。
「こんな、朝から食べたことなんてありません。」
リザルが膨れた腹を撫でながら満足そうな顔をしている。
食後少し休んだ後で、コサックたちは帰りの準備を始めた。
家の前に整列してリザルの妻に各自お礼を言った。
「もう少しゆっくりなさっていけばよろしいのに。」
リザルの妻が残念そうにしている。
「なあに、またすぐ会えるじゃろうて。」
『食い物、美味しかったぞ。また風呂に入ろう。』
ソフィアがリザルの妻にそう言うと、リザルの妻がソフィアに抱きついてきた。
「この友情は決して終わることはないわ。このバーリが誓うわ。またいらっしゃい。」
ウェラとジーナもリザルの妻に顔を近づけて親愛の証のように顔を舐めたりしている。
「リザルの奥さんってバーリっていうのか。ジーナがあれだけ信頼してるなら、大丈夫だな。」
御者台から眺めていたエクサがポツリと言った。
「そういえば紹介していませんでしたね。私としたことが。妻とも仲良くしていただいて、本当にありがとうございます。それでは孤児院に向かいましょう。」
バーリがコサックたち一行が見えなくなるまで手を振っていた。
市街地から離れ道路の舗装がどんどん荒れていく。
退廃地区の一歩手前のような、建物が崩れそのまま放置された場所に入る。
ただゴミなど道端に落ちてはおらず衛生管理は保たれているようだった。
小さな平屋の建物前で、リザルが立ち止まった。
「皆さん着きました。」
リザルが馬から降りて手綱を引きながら門の前まで進む。
門を開けようとすると中から誰かがこちらに向かって歩いてくる。
修道服のような服装の老婆のエルフだった。
「これはこれはパトリアルチ様。ようこそいらっしゃいました。」
「院長、突然の訪問となり申し訳ございません。中を見学したいのですがよろしいでしょうか。」
「ええかまいません。どうぞお入りください。ただ、そのアルトゥムカニスは・・・。」
「あ、はい。彼らはここで待機させます。」
コサックが魔狼たちに待機を伝え、魔狼たちは荷馬車の近くに集まった。
リザルと院長で門を開け、コサックたちは孤児院の中を見て回った。
人形や像のようなものがないか探しつつ、塵一つ落ちていない廊下や教室などを見学した。
孤児が教室に集められ授業を受けている。
「・・・このように、魔獣大陸にはアルトゥムカニス、魔狼にも種類があって、白魔狼と黒魔狼とも呼ばれています。黒魔狼はこの魔獣大陸にのみ生息しています。エルフェンの外で見かけるアルトゥムカニスは白魔狼です。」
女性のエルフが小さなエルフの子供らに講義をしている。
「あ、お前!昨日の!おんなおとこ!」
廊下を通りかかったコサックを見るなり指をさして、大きな声を出した子供のエルフがいた。
「ああ噴水で見た子か。やあ君ここにいるんだね。」
「なんだよ。大人ぶってるのか?俺はお前より年上だぞ。」
女児エルフが席を立ってコサックに詰め寄ってきた。
「この夏でもうすぐ5歳になるけど、君も変わらないんじゃない?」
「俺は7歳だ!ふふふお前よりも2つも年上だぞ。」
どうだと言わんばかりに胸を張りいばり散らしている。
そんな女児エルフの意に介さずコサックはリザルの方を向いた
「あのリザルさん。エルフとフーマンで成長に差はあるのですか?」
「そうだね。幼少期はあまり成長過程は変わらないかな。成人して大きくなったら老いるまでの時間がフーマンに比べて長いかな。老いた姿での時期もフーマンとは違って長期になるよ。」
この世に性を受けた年数は2年しか変わらない。
コサックは女児エルフに向き直り笑顔を向ける。
「なんだよその顔は。あんまり年齢変わらないじゃないかって顔してるぞ。俺の方が年上で強いんだ。もっと尊敬した顔をしろよ。」
「尊敬の顔ってなんだろ。」
子供たちが寄ってくる。
オムとは長い髭に興味を持った子供たちに囲まれていて動けなくなってしまった。
ヘルトは子供たちを腕にぶら下げて小走りをしている。
講義をしていたエルフの女性が近づいてきた。
「ほらほらラベリーさん。見学にいらっしゃったパトリアルチ様を困らせないで頂戴。そこのあなたも、この子、男勝りでごめんなさいね。」
「いえ、気にしていませんから。」
「あら、随分とおとなしいのね。」
よしよしと頭を撫でられたコサックは満更でもない顔になった。
エクサが指を咥えて様子を見ている。
「なんだ!男なんてみんなそうだ!先生の体がすごいから喜んでるんだろ。」
コサックが改めて女性のエルフを見た。
露出がなく修道服のような服を着ているが、明らかに体の線が隠しきれていない。服の下に豊満な体を有しているのが簡単にわかってしまう。
コサックは女性のエルフと目が合ってしまい顔が赤くなる。
女児エルフがジト目でコサックを見ている。
リザルが苦笑して女性のエルフと話をした。
女性のエルフが歩いて廊下の奥に姿を消し、すぐに手に何かを持って帰ってきた。
「こちらが当院で有している人形などです。2つだけですね。遊び道具として子供たちが使っています。」
「そうですか。リザルさん、ここにあるものはやめておきましょう。」
「そうですね。配慮感謝します。」
「そうだ先生、ヴェノセルペンテスとブラークテスディスについて教えてください。」
女児エルフがピクッとなった。
ほかの子供のエルフたちも反応をして、中には泣き出すものまで出てきた。
女性のエルフが厳しい顔でコサックの目を見た。
「ここにいる子たちね、あなたが今言った魔獣に両親を殺された子たちがほとんどなの。名前話出すだけでこんな感じになってしまうわ。悪いけど、ここでは教えられることはないわ。」
コサックはやってしまったとすぐに反省した。
「すみませんでした。」
「皆さん、行きましょう。ありがとうございました。先生も、院長も、今日はお世話になりました。」
「またお越しください。」
院長たちがリザルに頭を下げて挨拶をした。
「おい!おんなおとこ!俺がヴェノセルペンテスとブラークテスディスを倒す!覚えとけ!」
ラベリーが右手を上にあげ、コサックに向かって叫んだ。




