第53話 族長
中に入ると、1名の見た目が老いているエルフが立っていた。
「皆さん、遠路はるばるようこそお越しくださいました。私はこの屋敷の家令をしておる者です。さあ、どうぞこちらへ、遅れずについてきてください。」
燕尾服のような服装で身を包み、物腰が柔らかくだが一つのミスも許さないような張り詰めた空気を纏ったエルフの老人が、玄関ホールから2階に続く階段を素早く上がっていく。
リザルとセルヴェが急いで後を追う。
「急いでください。遅れると何をされるかわかりません!」
コサックたちは走ってリザルとセルヴェの後を追った。
コサック以外のものは、家令以外の気配を幾つも感じとっていた。
『急げコサック。あいつら、本当に何をするかわからんぞ。』
マギローブが肩に止まったまま忠告をする。
階段を登りきり、今度は果てのないような真っ直ぐな廊下を進んでいる。
エクサを先頭にオム、ヘルト、コサックと追いかけているが、だんだんコサックが遅れ出す。
コサックはマギローブを前に抱え直して走るが家令が徐々に速度を上げており、とても4歳の子どもには追いつけない速さになった。
ヘルトがコサックの体に腕を回し、小脇に抱えて走り始める。
「ヘルトさん、すみません。」
「しょうがない。コサックには速すぎる。マギローブも飛んだら何されるかわからん。しっかり抱えているんだぞ。」
ヘルトがさらに速度を上げた。
オムに追いつき、オムは魔法で体を浮かせ、どうにかついていっているようで、額に汗がにじむ。
「魔力消費が激しいのう。何か仕掛けがあるようじゃ。このままずっととなると、ちと厳しいのう。」
家令がちらりと後ろを確認し、廊下の終わりにある大きな扉の前で立ち止まった。
「皆さん、ついておいでですか?これはこれは、優秀な方々ですね。何名かは脱落するかと思いましたよ。」
息がかけらも上がっていない家令はそう言って大きな扉の方に向き直る。
「さあ、お館様の御前です。粗相のないようにお願いします。」
リザル、セルヴェ、エクサは涼しい顔をしているが、オム、ヘルトは息が整っておらず、肩を揺らしている。
ヘルトはコサックをおろし、コサックの方に手を置いて息を整えようと深呼吸をする。
家令はコサックが下されたところを確認して、扉をコンコンと叩いた。
「カウス・パトリアルチ様、お連れいたしました。」
「うむ、ご苦労であった。こちらに通せ。」
扉の奥から声がする。
かしこまりました、と家令が扉越しにお辞儀をすると、ゆっくり扉を開けた。
1名のエルフが椅子に腰をかけている。
座っているエルフの後ろに大きな窓があり、逆光でエルフの顔などはよく見えないが、窓の外を向くように、こちらには背を向けている。
全員が部屋の中に入ると家令が扉を閉めた。
「失礼します、父上。早速ですが、光の筋のことで、関係者を連れて参りました。」
座っているエルフがこちらに向き直ったようだが、逆光でよく見えないことに変わりはない。
「うむ、まずはご苦労であった。その者たちは何だ。あの光の筋は何だったのだ。」
「まずは光の筋からご説明いたします。」
リザルは目の前のエルフに、不浄の地が浄化されたことと、浄化した者の紹介をした。
座っているエルフは机に肘をついて手を口の前に組み、リザルの話を黙ってきいている。
「ほう、それはそれは。大義であったな。申し遅れたが、私がカウス・パトリアルチだ。そこのリザルの父親で、エルフ族をまとめている。しかし、今の説明は俄かに信じがたいことだ。どれ、残る二つの不浄の地も浄化してみせてくれないかね。」
コサックたちは顔を見合わせ、何と返して良いものかと思案していると、リザルがコサックたちの方を向き、口を開いた。
「2つの不浄の地にはとても厄介な魔獣が2匹、他の大陸から流れて住み着いてしまっていると聞いております。魔獣たちに住む場所を追いやられ、ここエルフェンに逃げ込んできている現状です。どうか、魔獣退治と不浄の地の浄化に手を貸してくださいませんか?」
「リザル、やることが増えてるんだが。浄化の手助けはできるが魔獣退治は専門外だ。そっちでどうにかできないかい?」
セルヴェの鋭い眼光を気にとめず、エクサがリザルに言った。
「魔獣の調査は済んではいるのですが、その魔獣というのがヴェノセルペンテスとブラークテスディスでして・・・。あまり調査できず逃げ帰ってきたのが現状です。」
魔獣の名称を聞いてコサック以外がギョッとしたようになり、険しい表情に変わる。
「ヴェノ・・・とブラーク・・・って何ですか?」
リザルとセルヴェがコサックの言葉に少し驚いている。
「小僧、そんなことも知らないのか?絵本や図鑑は読まんのか。魔獣の知識は常識だぞ。」
「はい、どちらも読んだことはありません。どんなものかわかりません。」
セルヴェがため息をつく。
「はあ、ヴェノセルペンテスは全身が鱗で覆われて足のない魔獣だ。毒を体から発して相手を弱らせてから捕食する。かなりでかいやつだ。ブラークテスディスは、こいつもかなりでかい。背中が硬い骨、甲羅になっている。動きは遅いんだが水魔法、特に氷の分野が得意な魔獣だ。氷の魔法で相手が動かなくなっているところを喰らう。2匹とも厄介な魔獣さ。」
(でかい蛇と亀かな。)
セルヴェの説明に、頷いたリザルが続けて説明する。
「2匹とも、もともとこのエルヴス領にはいませんでした。どうやら魔獣の大陸から海を渡ってきたようです。海といっても、ほぼ陸地みたいなものですから、ここまで渡るのは大したことはないでしょう。それに、今はどこも餌不足からでしょうから、魔獣が餌を求めて大陸から渡ってくることは普通に考えられます。」
「その魔獣が村を襲って、たまたま近くにあった不浄の地が拡大した、ということでよろしいですかな?」
ヘルトの問いにリザルが答える。
「そうですね2箇所とも魔獣がきてから、拡大は加速しています。」
「話は済んだか?それでは直ちに取り掛かってくれたまえ。朗報を期待している。」
カウスがそう言うとまた窓の方を向いて外を眺めだした。
リザル、セルヴェがカウスに向かって腕を前に交差させて軽くお辞儀をする。
さきほどの家令が見計らったように扉を開けた。
「それでは皆様、私が外まで案内いたしましょう。先ほどのように急ぐことはありませんので、ごゆるりとまいりましょう。」
家令はそう言って、入室時とは打って変わってコサックの歩調に合うようにゆっくりと進み始めた。
『気配はそこのエルフ以外感じられない。まったくなんだというのだ。』
ずっと黙っていたマギローブが開口一番不満を念話に乗せる。
エクサも言葉にはしていないが、すべてにおいて不満といったぶすっ面をしている。
何事もなく屋敷を出て、荷馬車の前に戻ってくると、ソフィアたちがコサックの方にかけてくる。
『特に襲われたりなどはしなかった。ずっと監視はされていたようだが。』
マクシムが報告すると、エクサが片手をあげてマクシムに礼を示し、御者台に乗り込んだ。
「さっさと行こうぜ。家長も家長ならその従者も従者だぜ。ったくなんだってこんな振り回されなきゃいけねーんだよ。」
エクサが、カウスのところまで届かんばかりの大きな声で、厭味ったらしく言った。
「申し訳ありません。皆さん、今日は本当にお疲れ様でした。どうぞ私の家に泊ってくださいませんか。」
リザルがエクサの言葉に苦笑しながら、コサックたちに勧める。
「これだけの所帯じゃが、全員上がれるのかね?」
オムの疑問にセルヴェがリザルの前に出て答えた。
「全然問題ないな。ここは主人の厚意に感謝してほしいところだ。それにしてもよくエクサはカウス様の御前で黙っていられたな。」
セルヴェの言葉にエクサが反応する。
「ああ?別に大したことじゃねーよ。ただ話したくなかっただけだ。それよりなんでセルヴェがリザルの代わりに答えるんだよ。あんたはあそこの高慢やろうに仕えてるんじゃないのかよ。」
「いや、パトリアルチ家でも俺が仕えているのはリザル様だ。っちっ。」
セルヴェの機嫌が一気に悪くなった。
そんなセルヴェを気にもとめず、エクサはセルヴェとその奥にあるリザルに聞こえるように話す。
「ほーん、そうなのか。まあ、辺境伯の屋敷に帰るのはここに泊ってからでも遅くないか。せっかくのお誘いだ。ご相伴にあずかろうぜ、なあみんな。」
コサックたちはエクサの言葉に頷く。
「そうですか、よかった。それでは皆さん、噴水のところまで戻ります。ついてきてください。セルヴェ、先に行って客人を連れてきていることを家の者に伝えてくれ。」
「御意。」
セルヴェが馬に乗り込むとすぐに走り去った。
カウスの屋敷に来た時と同じように、リザルとセルヴェを先頭にコサックたちがついていく。
程なくして噴水に着くと、右手の方に曲がりしばらく道なりに行くと、古びた屋敷、にしては小さな家屋が見えてきた。
「あの家が私の住まいになります。」
「族長の屋敷からずいぶん離れているな。そもそも一緒に住んでいないことが驚きだがな。あんたら家族は一体何なんだ?」
「・・・それは、家の中でご説明いたします。とにもかくにも、ようこそいらっしゃいました。さあ、中へとお上がりください。」
キリルとジーナを荷馬車の護衛に残し、コサックたちはリザルに促されるまま家の中に入っていった。




