第47話 浄化
エクサが不浄の地を駆けていく。
長年遊びつくし知り尽くした庭のように、どこにどのような障害物があってどの道順が最短距離なのか、すべてを把握しているかのように、エクサは疾風のごとく駆け抜けていく。
まずは屋敷に近いエレン班の魔法陣を設置した。
ミハイルがシビルを、ウェラがエレンを乗せて設置された魔法陣に陣取る。
『位置についたぞ、キリル。』
『こっちは中央の設置が終わった。オム、頼むぞ。』
『任せなさい。ワシも持ち場に着いたぞい。』
『最後の魔法陣設置が終わったわ。急いで、コサック。』
『私が先についている。コサックは慌てずにこい。』
コサックを乗せたソフィアとマクシム、ヘルトがマギローブの待つ最後の魔法陣に到着した。
「始めるぞ!お前らああぁ!」
ティーヴァのフィルシズが怒号にも似た号令を響かせる。
三つの魔法陣に像がおかれ、淡く光始める。
正気のフィルシズがその魔法陣を見ておお、と小さく歓声を上げると、勢いよく肌着を着ていないフィルシズたちを拘束しはじめた。
鳥型のフィルシズが魔法陣の近くにいるものたちに向けて突っ込んでくる。
それぞれの班は鳥型をうまく魔法陣に誘導するように避け、鳥型が魔法陣の効果範囲に入るとすぐに光となって天へと消えていった。
『よし!鳥型は天へ還ったぞ!』
『こちらは四足獣が逝った!行けるぞ!』
『肌着が破けて正気を失ったものがいる!肌着はあるか?!よし、そっちに誘導するから肌着を着せてくれ!』
念話がこだまする。
魔法陣に入るたび、フィルシズたちは小さく光り、光の粒になって天へとのぼる。
しばらくすると、不浄の地の3地点で大きな光を放ち、天への道が開けたかのように、絶え間なく光が立ち上っていた。
『神気が切れそうだ!残りの像に代える!』
『なんだ、像が粉々に砕けたぞ!神気を失うと粉々に崩れるぞ!』
魔法陣の発動だけでなく天に還すことにも神気を消費することがここにきて判明した。
『そんなの織り込み済みじゃわい。じゃから、消費量を抑え込んだんじゃろうが。』
『慌てないでいいわよ。予想の範囲内よ。像が崩れることもね。』
オムとシビルはここでも冷静だった。
フィルシズの数が落ち着き、立ち上る光が少なくなってきた。
「よおし!残っている獣はいないな!」
「不浄の地が狭まっている!みな魔法陣のもとへと迎え!人型を魔法陣に入れる!」
スアヴィの号令に、ぞろぞろと正気のフィルシズが最寄りの魔法陣に集まってくる。
恐る恐る魔法陣に正気のフィルシズと拘束されたフィルシズが入ると、体は光り輝き、傷一つない生前の体に戻った。
肌着を着ていないものも正気に戻っているようで、体を目にしたときは喜びの表情をしていた。
次から次へと魔法陣に入っていっては、泣き顔、笑顔、疲れ切った顔、様々な表情を残して天へと還っていく。
「よし、あとは正気の物だけだな!」
「皆!よくやってくれた!魔法陣に入って、ゆっくり休んでくれ!」
フィルシズが歓喜の声を出して、魔法陣へと入っていった。
「素晴らしいではないか・・・」
リージオンたちの姿があった。
従者たちが幾人か拘束したものを連れている。
「なに、大したことはしとらんよ。お前さんの研究が、こうして実っただけじゃ。」
「ありがとう!すまない!」
リージオンが、やっと報われ果たされた自身の務めに、嗚咽をもらし周りに憚らず大きな声で泣いていた。
「行きましょう!お父様!」
「ああ、行こう!」
「待ちなよ。辺境伯様よ。」
「!!!お前はレボルト!まだ正気を保てているのか!」
「くふふふう。体に描いた魔法陣だけなないのさ!」
レボルトが身についているローブのような布を翻すと、そこのは正気化の魔法陣が完璧な状態で描かれていた。
リージオンの方に向かって近づいていく。
レボルトはリージオンの目の前で立ち止まった
「そこの魔法師と敵対しても厄介だし、どうせすぐにでも浄化されちゃう。お互いここで会うのが最後でしょ?だから僕はね、辺境伯。あなたの一番好きなものをぶっ壊してぐちゃぐちゃにしてから浄化されることにするよぉ!」
リージオンと手をつないでいる少女のフィルシズに向けて小石を放った。
「学習しないのう。じゃからお主はダメなんじゃ。」
オムの鋭い眼光がレボルトに刺さる。
放たれたと思われた小石は全て、オムの魔法によってレボルトの近くに落とされた。
レボルトの手だけが少女のフィルシズ向けて勢いよく空を切っただけだった。
レボルトが膝から崩れる。
「ぐぬぬぬぬ、くっそお!くそくそくそくそくそくそぉ!僕の夢は!不死の王、魔王となってこの世界を統べる夢は!こんな形で終わるのか!僕はお前を超える魔法師になって!生まれ変わって!お前を超えて世界をまた手にするんだ!あはははは!」
「こいつが、スアヴィさんを殺した魔法師ですか。」
ヘルトがレボルトを見て蔑むように言った。
「そうだ、ヘルト。私がこいつに後れを取ったのは一生の不覚だな。」
リージオンの従者がレボルトを拘束する。
「もうここら一体以外は泥から土へと変わっています、オムさん。おそらく浄化が進んだとみて間違いないと思います。」
コサックやエレンが中心の魔法陣に集まってきた。
「・・・もしやその猫は!エレンか!」
リージオンが驚いた様子でエレンを見た。
するとリージオンと手をつないでいた少女のフィルシズが手を放し、エレンに駆け寄るとぎゅっと抱き上げた。
「お久しぶりね、エレン。私ずっと寂しかった!」
少女のフィルシズにもみくちゃにされながらも、エレンはじっとされるがままになっていた。
少女のフィルシズの行動が落ち着くと、エレンはひょいと着地してリージオンに言った。
『お久しぶりです、リージオン閣下。閣下がその者によって殺されたことは存じております。私は、屋敷にずっとおりました。』
「そうか・・・。エレン。すまなかった。帰りを待っていたお前を残してしまって。すまなかった!」
「エレン、寂しかった?」
『ええ、お嬢様、とても寂しく思っています。今も、こうして再会できたにもかかわらず、お別れですから。』
「エレン・・・。」
少女のフィルシズがまたエレンをぎゅっと抱き上げた。
”ふふふ、皆さんお集まりで、良い雰囲気のところ割って入ることを許していただけると幸いですね。”
「だれじゃ!」
”私はそこにはいませんよ。声だけ、皆さんに送らせていただいています。私の魔法、ディルティはいかがですか?その魔法、魔力をため込んで、ディルティが消滅するとため込んだ魔力が私のもとに来るのですよ。”
「また次の不浄の地を作るつもりか!」
”いえいえ、作るつもりはありませんよ、名もなきディーヴァさん。神を殺すには今あるディルティで十分なのです。ディルティがすべて消えたとき、私の力は神を超える、私が神となってこの世界を統べる!今まさに、天地創造の神クレイブは最高に弱っていることでしょう。もう回復することなど、あり得ませんね。まあ別にディルティが浄化されなくとも、このまま浸蝕し拡大してこの世界を覆うのならば、それはそれで私の目指す世界に変わりありませんが。”
(この声の主は信仰によって力を得ることを知らない?どうやって情報を掴んでいるかわからないな。黙って聞いている方がよさそうだ。)
「お前がこれを作ったというのか?」
「黙れレボルト!」
「うるさい!これを作ったのはお前かと聞いている!」
リージオンの従者に二人がかりで押さえつけられているレボルトは、構わず空を見上げ叫んだ。
”そうですが、何か。”
「そうか、お前がこれを作ったのか・・・。そして神になると・・・。反吐がでますね。この世界を統べていいのは僕だけだ!魔王は、僕一人で十分だ!」
”矮小なものが何を言っているのかわかりませんね。結局、お前は私の魔法で遊んでいた小物ではないですか。興が冷めました。今日はここで終わりにしましょう。コサック、あなたが私のもとにやってくることを楽しみにしていますよ。それではごきげんよう。”
「おい!待て!僕の話はまだ終わてないぞ!」
レボルトの声を無視するかのように、重々しかった空気が軽くなった。
「はぁ、はたまた厄介な奴が出てきたのう。」
リージオンが空を見上げ険しい顔をしていたが、エレンの方に向き直り優しい顔になった。
「エレン、私はこの者たちと行かねばならぬ。天に帰らねばならない。生まれ変わりお前と再会するようなことがあれば、またお前と共に時を過ごしたい。」
『閣下、私めのために、もったいないお言葉です。』
「いや、エレン、私は誓おう。必ずやこの地に戻り、お前と過ごせなかった時間をまた取り戻しに来る。その時まで、待っているんだぞ。」
少女のフィルシズの胸に抱かれながら、エレンは泣いていた。
エレンは何か言葉を絞り出そうとするが、感情が、涙がそれを邪魔する。
「エレン、私も必ず会いに行くからね。私たちはいつも一緒よ、忘れないでね。」
リージオンたちはリボルトを連れて魔法陣に入り光に包まれた。
「エレン、またね。」
少女はエレンをそっと離すと、リージオンたちは光の粒となって消えた。
『うわあああああああぁぁ。』
光の粒を捕まえようと必死に伸ばした前足は空を切り、泥の中に落ちてしまった。
エレンは体が汚れてしまったのを厭わずそのまま泣いていた。
「さて、そろそろ私たちも行きますか。」
「そうだな、世話になったな、坊主。ほかのやつらも。」
「じゃあいぐね、エグザ。」
3体とも同時に魔法陣に入った。
体が元に戻っていく。
「姉さん!必ず、このエルヴス領はもちろん、他領の不浄の地を浄化して見せるぜ!」
「ええ、私も手伝えたらいいのだけど。」
「声が・・・体が戻った!大丈夫だ!姉さん、ここの閉じ込められていた分、外の世界で楽しんでくれ!」
「ありがとう。」
「坊主、またな。」
「ヘルト、コサック君のこと。頼んだぞ。」
そう言い終わると3体も光の粒となって天へと還った。
魔法陣の光が消え、中央にあった像は灰になるかのように崩れ、風に飛ばされていった。




