第4話 古戦場
雌たちは狩り場とする拠点を見つけられずにいた。
秋も深まりもうじき冬が到来する。
雌たちは森から少し外れたところにある不浄の地、3種族が争った跡地にきていた。
植物はなく、地面はぬかるみ、無数のこの世物もならざるものたちが闊歩していた。
そのものたちは何故か、不浄の地から出ることはない。
ただ一歩不浄の地に踏み入れるだけで、どのように察知するのか不明だが、踏み入れた先に集まってくる。
不浄の地は移動はしない。
だが、とても緩やかではあるが確実に周りを侵蝕し、範囲を広げていた。
前まで不浄の地の範囲外だった場所が気がつけば範囲内になっており、気がついたときにはすでに取り囲まれて彼らの仲間入りとなるものが後を絶たない。
本格的な冬に備え、寒さから赤ん坊の身を守るために、雌は不浄の地に残った布を探していた。
狩りで得た獲物の毛皮では、なめすことができず腐らせてしまう。
不浄の地に入る前に、赤ん坊を2匹に任せ、雌単独で不浄の地に入っていた。
不浄の地の所々に穢れていない場所がある。
過去にここで野営したのであろう場所には、泥で汚れているだけの旗や、使われずに置き去りにされた衣類残っており、赤ん坊を包むのには十分な量を確保することができた。
雌は急いで2匹のもとにかける。
不浄の地では気配が多すぎて2匹の気配を辿ることができなかった。
しばらく走った先の不浄の地の範囲内で、2匹の後ろ姿を遠目から確認すると同時に、雌は違和感を感じた。
(何故中にいる。)
何かと対峙している。
追跡していた雄の姿がある。
雄が上、空を見上げている。
翼を広げると5メートルはあるだろう猛禽類に似た姿をした魔鳥が、あまり高くない位置を旋回している。
足に傷痕があるのを見て、雌は戦慄した。
忘れもしない、雌の子供らを奪った仇だ。
足の傷痕は、魔鳥に対してがむしゃらに攻撃した雌がつけた傷だった。
雌がいきりたつ。
(また奪われてたまるか。)
雌は地面を抉りながら目にも留まらぬ速さで駆け、口に布を咥えたまま跳躍した。
雌は魔鳥に爪撃を繰り出したが、すんでのところで躱される。
雌は地面に向かって落下し始め、着陸の態勢を取ると同時に魔鳥を注視する。
魔鳥からの追撃はない。
雌が地面に着地し子供たちと合流する。
雌の目には焦り戸惑いがあった。
その魔鳥は、凛々しさを感じさせる姿形をしていたが、焦点が合わず知性も理性も感じられない瞳をしていた。
(魔鳥は狂っている、攻撃の瞬間が読めない、このままここで戦うのはまずい。)
雌はそう直感した。
雄と、少し怯えている子供たちと目線が合う。
雌は赤ん坊の籠に布を押し込むと合図をして、4匹は森に向かって駆け出した。
雄を先頭、雌が最後尾、子供たちを中心とするように隊列を揃え駆ける。
魔鳥は上空をくるくると旋回している。
魔鳥が大きく3回羽ばたくと、顔が空の方に向いた。
空の方を向いていた顔が、重力に従うように魔鳥の顔が徐々に地面の方を向く。
魔鳥が羽を滑空の態勢になり、隊列めがけて急降下した。
魔鳥の顔がこちらを向く。
焦点の合わない目、だらしなく半開きの嘴、ゲェゲェと下衆な鳴き声を出しながら、魔狼の全良疾走を嘲笑うように隊列との距離を一瞬で詰めた。
ギャー、という歓喜にも似た鳴き声を発しながら魔鳥はそのまま地面に激突し、首を左右に素早く振った。
隊列は、すぐ横に墜落してきた物体に恐れ慄きながらも、素早く動く首に捕まらないように、立ち止まってはいけない思いだけで、ひた走っていた。
魔鳥は、ゲェゲッヒャーと鳴き快感に身震いするように立ち上がる。
片目は涙をこぼし、もう片方は恍惚を感じさせる目をしていた。
今度は二足で隊列めがけて走り出す。
速度が乗ってきたところで羽を広げ一つ羽ばたく。
地面すれすれのところを飛んでいる。
目の前を走る隊列を低空飛行で狙い続けた。
真っ直ぐ隊列を見据えゲヒャゲヒャと鳴きながら迫る魔鳥に、隊列はただ早く森に逃げ込む以外になす術がなかった。
森までもう少し、魔鳥に追いつかれるのが先か、逃げ込むのが先か、魔鳥は隊列にすぐそばまで迫る。
ドカガガッ、と大きな音を立てて木々が薙ぎ倒された。
魔狼が寸でのところで森に間に合ったのだった。
グエー、と大きな声を出して魔鳥が転がる。
この機を逃すまいと、雄と雌が魔鳥に飛びかかった。
魔鳥は喉元を掻っ切られ、翼をズタズタに切り裂かれた。
そんな致命的な傷を負わされたのにも関わらず、魔鳥は飛び上かった。
魔狼たちは、木々に身をひそめ魔鳥を静観する。
魔鳥が血をダラダラ流しながら、森から不浄の地まで飛んで行った。
やがて飛ぶことができなくなったのか不浄の地に降り立つと、そのままその地に飲み込まれてしまった。
魔狼たちはただ茫然と目の前の出来事を見つめる。
しばらくして不浄の地から魔鳥に似た何が這い出てきた。
魔鳥に似た何かは飛び去った。
雌は体を引きずり、子供たちから籠を受け取ると、中を覗き込んだ。
赤ん坊は何が起きたかわからない様子だったが、見慣れた顔を見つけて微笑み手を伸ばす。
魔狼たちは安堵した。
疲れ切った魔狼たちは安全な森の深くまで歩き、4匹かたまって泥のように眠った。