第32話 狂気
コサックたちは屋敷に向かって不浄の地を駆けていた。
もうすぐ境界が見えるところに、1体のフィルシズがただ立っている。
変だとは思いながらも屋敷に戻るためにはその立っているフィルシズの方向が最短距離であり、早くこの地から抜け出したいという気持ちから、まっすぐ立っているフィルシズに向かって走っていた。
今まで向かってきていたフィルシズの攻撃が、立っているフィルシズに近づくにつれ止んでいく。
コサックたちに背を向けて立っていることがわかるくらいまでの距離になり、走るのを止めゆっくりと警戒しながら距離を詰める。
「やぁ、君かい?この地をうろついているのは。」
ぐるんと上体を関節がないかのような角度で反らし、逆さになった顔でコサックに話しかけた。
(しゃべった?!)
『警戒しろ!』
『なんだ、こいつは!明らかにほかのやつと違う!』
ソフィアとマクシムが殺気立つ。
マギローブはコサックの肩にとまり目の前のフィルシズの様子をうかがっている。
屋敷の周囲を警戒していたミハイルとウェラもソフィアたちの殺気を感じ取り、境界の向こう側に姿を見せた。
フィルシズの体勢が戻りまた境界の方を向いた。
「おやおや、増えたね。でも観客が多いに越したことはないな。」
(異質だ。そしてやばい。フィルシズ、なのか?)
周囲の異変を感じ取ったのか、エレンもミハイルたちと合流した。
フィルシズがコサックの方に向き直る。
「ふふふ、全員揃ったかい?今日はね、見せたいものがあるのさ。君たちがこの地をうろうろしていたのは知っていたよ。この地に入った瞬間から、だれがどこからどこに向かって、どのくらい滞在したか、どのくらいの穢れと対峙したか、全部ね。」
「ここ、不浄の地はね、侵蝕して拡大しているのは知っているよね。それを早める研究をしててね。ふふふ、今日はその研究成果のお披露目なのさ。それでは、お披露目する前に問題。どうすれば侵蝕が早まるのでしょう、か。」
フィルシズの身に着けているものはかなり年季が入っており所々破けている。
風で服がなびいた時、コサックはフィルシズの体にマギローブが描いた魔法陣と同じものを、腹のあたりに確かに見た。
「ぶぶー時間切れー。答えは単純!生きているものが不浄の地で死んで飲まれることだ、よう!」
フィルシズから不快な圧迫感が押し寄せる。
「あははは、みんなここで死んでくれ。僕を楽しませてくれ。あはははは。」
『『『狂っている!』』』
ソフィア、マクシム、ミハイルは同時に叫ぶように言った。
思い出される魔鳥の異常性。
3匹の体が強張る。
「まずは、ぬふふ、お前だっ!」
フィルシズがマクシムを指さした。
マクシムに向けてフィルシズの額のあたりから何かが射出される。
マクシムは反応できずに直撃を受けてしまった。
マクシムが後方に吹っ飛ぶ。
ソフィアはフィルシズから目を離さず唸っている。
恐怖から唸っているのか、怒りで唸っているのか、ソフィア自身もわからなかった。
ただ、目の前の敵から一瞬でも目を離してしまっては今度はマクシムのように吹き飛ばされてしまうだろうことを直感した。
「あはは、まずは1匹。殺しちゃ、った♪やったね。僕はね、屋敷で研究していたんだ、ここをね。つまらなかったなー。浄化を研究しなくちゃいけなくてね。成果もあげなきゃいけなかったから真剣には取り組んでたよ。そして成果も出した。でもね退屈なんだよ。なんでこんな面白い場所を浄化しなきゃいけないのかってね。だってここの穢れに、フィルシズになれば死なないんだよ。ずっとこの世界にいられる。この不浄の地が世界を包み込んだら、って考えたら、もう興奮しちゃって。興奮しすぎて射精しちゃったくらいだったよ。それもここでさ、理性を失わずにいられたら、フィルシズを従えられたら、もう王でしょ。不死の王。かっこいいでしょ。だからね、不死の王になることに決めたんだ、僕。」
「研究?まさか、お前は、屋敷の、辺境伯を殺したのか?!」
「正解ー。子どもの見かけによらず鋭いね。中身はなんなのかな?正解者には、これをどうぞー。」
フィルシズがこちら正面を向き両手を広げる。
またフィルシズから何かが射出される。
ズドドドン、と何かが当たる音が連発する。
マギローブに直撃したように思えたがが、無傷のまま、吹っ飛ばされることはなく肩にとまっている。
「あれぇーなんでぇー?死なないのか、な!」
マギローブは肩から動かなかった。
マギローブの、もとよりソフィアの目の前で、射出されたものがすべて撃ち落されたように見えた。
「小石か?」
「またまた正解ー。スゴイネキミ。そうだよ、小石。フィルシズはね、この地に魔力を吸われ続けるんだ。この地を作った者の魔力を行使しなくとも、現地調達できれば存在し続けられるもんね。思いついた人あたまいー。魔力量が多ければ多いほど、この地は活発になるのさー。おわかり?でもね。僕は魔法陣があるから、ある程度魔力が残るの、さ。だから魔法使えるんだよ、凄いね。小石でも、速度を究極に速くすることができれば、強いよ、ね。それにここ、小石くらいしか、ない、し。」
言葉の合間に小石を放ってくる。
「もしかしてシエルドかい?すごいねーそのストリーギ。魔法陣を出さずにシエルドができるなんて。ほしくなっちゃうよ。」
『風の防御魔法のシエルドだ。やつの攻撃が激しくて魔力消費が多い。あまり、持ちこたえられない。』
マギローブの苦しそうな声が聞こえる。
「ふふふ、いくらできるとはいえ長くは使えないよね。これなら、どうかな!」
フィルシズが小石を連射をしてきた。
マギローブの顔が苦痛に歪む。
「ははは、獣なのに表情が豊かだね。いいね。その苦痛で歪む顔、わけがわからないって顔。快感で出そうだよ。そのまま死んでしまえよ、さあ!」
フィルシズの股間が膨らむ。
(エレンの、言ったとおりかよ!)
両手を前にフィルシズが構えた瞬間、何かがフィルシズに体当たりしたかと思うと、フィルシズの腕を咥えてソフィアの後方に放り投げた。
コサックの瞳に血に染まったマクシムの姿が映る。
『今だ!ここから出るぞ。』
ソフィアが境界めがけて一直線に駆け抜ける。
マクシムもソフィアに続いた。
「いったいなーっ、なーんてね、全然痛くないよ。逃がさない、よ!」
ソフィアとマクシムに向けてとんでもない数の小石が射出された。
「ふははは、あったりー。ってあれ?」
命中したはずのソフィアとマクシムが歪む。
そのまま2匹はかき消えた。
「月魔法のスティアルスとイルシオンかー。スティアルスで姿を眩ませて、イルシオンで幻影を見せる。僕は幻影を攻撃したのか。ははは、まんまとやられた、ここまで本物そっくりの幻影とは、やるね!そこのフェリスちゃん♪」
エレンがゾクっと体を震わせる。
フィルシズがソフィアとマクシムの本体を捉えたときには、すでに2匹は不浄の地から抜けた後だった。
「失敗かー、残念だなー。そこにいられちゃ攻撃できない。威力もこことそこじゃ段違いだからねー。今日はこれで退散するよ。やっぱりこの魔法陣は失敗作だなー。どこに何がいるかの反応が鈍いなー。しょうがないか。それではみなさん、ごきげんよう。またすぐに会いに行くからね♪」
フィルシズが姿を消した。
ドサ、と音がした方を見ると、マクシムが苦しそうに倒れていた。
マクシムの首に穴が数箇所空いており、血がダラダラと流れている。
『すぐに助ける。必ず!生きて!』
ソフィアがマクシムにありったけの魔力を込めて回復魔法を使った。
ウェラもソフィアと同じようにマクシムに回復魔法をかける。
早かった呼吸が次第に安定し、マクシムが起き上がる。
『まだ起きてはダメだ!』
『心配かけてすまない、ソフィア。傷は完全に塞がった。全て貫通していて異物も残っていないようだ、大丈夫だ。』
『そうか、そう言うなら、いい。』
『一度屋敷に戻るよ!あんなのがいるなんて!あいつの対抗手段を考えるよ。さあ、ミハイル、マクシムに肩貸してやんな。ソフィア、ウェラ、ご苦労だったね。コサックはいつまでソフィアに乗ってるんだい、早く降りな!』
エレンがテキパキと指示を飛ばす。
『ありがとうマギローブ、助かったよ。』
『オムに魔法を習っていてよかった。今日は疲れた。』
屋敷に戻り、食事をマクシムに与えて皆でマクシムにくっついた。
そのまま寝てしまった。
『疲れただろうね。おやすみよ。』
エレンが不浄の地の方を目を細めて見ていた。




