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第13話 文字

5度目の夏、4歳となったコサックは籠を卒業し、子供だった魔狼にまたがり移動するようになっていた。

魔狼とは対照的な黒髪で、長く伸びた後ろ髪を蔓で束ね、前髪は横に流して耳のあたりで束ね視界の邪魔にならないようにしていた。

つるつるになった流木を腰に巻いた帯のような布にさしている。

服は籠にあったボロ布を器用につなぎ合わせて、着流しのように纏っていた。

ずっと森で生活しているためか、この齢の子供にしては引き締まった体をしている。

長い間裸足で生活していたため足裏の皮膚も硬くなっていた。


ここまで、魔狼たちや梟も1匹も欠けることなく生き延びている。

生活している森が、不浄の地の浸蝕により活動範囲を狭められ、コサックたちは移住か残留か決めかねていた。

そんな中、不浄の地の近くにある浸蝕が及んでいない屋敷の探索に訪れていた。


『今日この屋敷に侵入を試みる。』


コサックは魔狼たちに伝える。


『窓はビクともしない。気配は、中に何かいるな。』


梟が周辺を飛び回り、やがてコサックのもとに戻ってきた。

大きな庭のような場所を進み、屋敷のちょうど真ん中に位置する観音扉を開けようとコサックが手で触れたとき、扉は音を立てて屋敷の内側に倒れた。

コサックが、やってしまったと頭をかきながら一歩前進する。

壁の照明に火がともった。

コサックたちは驚いて背後に飛びのき、恐る恐るあたりを見渡す。


(何もない。誰か入ると自動で照明がつくのか?)


入り口には雄が残り、雌2匹、子供たち2匹、雌と梟とコサックの3組に分かれて探索を開始する。

周囲を警戒しつつ扉を開け放っていく。


目ぼしいものは何もない部屋がいくつも続いた。

ベッドやシーツなど、居抜きの状態で残ってはいるが、物が散乱している様子はない。

3組とも収穫はなく、2階の探索を始める。

部屋数が1階と比べ少なく、1組に固まって一つずつ扉を開けていく。

また何も収穫がない部屋が続いた。


最後の扉を開けると、そこは書斎のような部屋だった。

埃被った棚の上に紙らしきものがいくつも置いてある。

コサックは埃を息で飛ばして紙を見たが、やはり何が書かれているのかわからない。

別の紙を見ると、絵が描かれていた。


(どうやらこの屋敷周辺の地図らしいが読めない。文字の習得は、やはり誰かから教わらないとダメか。紙かと思ったが、羊皮紙のようだな。)


コサックは地図を手に取ろうとしたとき、扉の前を警戒していた子供が威嚇し始める。

コサックは急いで地図を乱暴に掴みながら扉の外へと走った。


『貴様、何者だ。』


梟の目が光る。


『ただの魔猫さ。』


魔猫が梟の呼びかけに答えた。

するとコサックは戦闘態勢を解く。

魔狼たちは威嚇を続けており、入り口にいた雄が2階に駆け上がってきた。

雄は魔猫を挟み撃ちにするようにして威嚇をし始めた。

魔猫の警戒が強くなり淡い褐色の毛が逆立つ。

コサックが魔猫に語り掛けた。


『戦うつもりはない。ここで何があったのか、あんたの知っていることを教えてほしい。』


『教える義理はない。といっても、私もここが廃墟になってから住み着いたから何も知らない。』


『・・・嘘を言ってはいないようだな』


梟の目から光が消える。

今度は魔猫が目を光らせた。


『そちらも、不要な戦いは避けたいようだね。こちらもここを荒らされたくないんだよ。威嚇をやめな。』


魔猫の毛並みが戻り、しっぽ巻き座りをした。

足は靴下を履いたように黒い。


『しかし不思議なガキだね。あんたを見ると神の名前が出てくる。何者だい?』


コサックは魔猫に自分のことの話をすると、魔猫はつまらなそうにあくびをした。


『面倒なことやってるね。私は世界のことなど興味が無いよ。神にもね。』


梟が顔をしかめる。


『周辺に人族や魔族の集落はあるか?』


『何言ってるんだい、ここはエルフ族の領土だよ。ここは森の最奥でね、エルフも滅多にこない。この大陸はほかに比べたら森が深いからね。私がここに住み始めてから一度も見ていないよ。』


確かにコサックたちもこの森に来て3年はエルフなど見たことがなかった。


『文字を教わるにはどうしたらいい。』


唐突にコサックが魔猫に問いかけた。


『文字ぃ~?私に何を聞いてるんだい?・・・魔法で浮かび上がるあれが読めないのかい?』


コサックは頷いた。


『全く神は何を考えてるんだい。真実の瞳は人族らに特化した魔法だからね。文字も共通語が使われているよ。私らのように知能が高いものは共通語も少なからず心得ていて、それでようやく使えるかどうかのところだよ。』


『魔猫はどうしてわかるんだ?』


『・・・昔愛玩用として飼われていた時期があってね、そこの子供が私と一緒に文字の練習をしていてね、覚えたのさ。全員、戦争で死んだがね。』


『すまない、悪いことを聞いた。』


『構わないよ。ずっと昔の話さ。』


『死んだ後、不浄の地に飲まれたのさ。まだあそこに囚われているよ。忌々しいもんさ。嫌な思い出だけが残り続けるなんて。神がこの状況を作ったんじゃないなら、誰が作ったんだろうねえ。こんなことできる奴なんて狂気の沙汰だね。ああ、面倒ごとは嫌いだよ、まったく。』


魔猫はどこか寂しげだった。


『文字は教えられないが、覚え方なら知っているよ。』


『本当か!教えてくれ!』


『今はこういう時代だからね、教育に時間はかけてられないのさ。文字だとかそういう基本的な知識を魔法で無理矢理頭ん中にぶち込むのさ。戦争の指揮官とかになると、文字だけでなく戦略などの知識も追加で叩き込まれるらしいよ。とにかく、覚えられる魔法があるってこった。』


『・・・痛そうだな。』


『なんだい、知ってる痛みかい?よくわかったね。相当な痛みを伴うらしいよ。なんでも脳みそを刃物で抉られるような感覚だってさ。死人は出たことないみたいだけど、狂っちまうやつは出るみたいだね。』


その痛みなら、コサックはすでに経験している。


(またあの痛みか。だか、文字が読めないと何も始まらないな。)


『その文字を覚える魔法はどうしたら受けられる?』


『やる気かい?あんたの持ってるっ羊皮紙を使って魔法をかけるのが一般的だね。できる人になると羊皮紙すら必要ないみたいさね。羊皮紙は街に行かないと手に入らないだろうね。この廃墟では見たことないよ。まあ、羊皮紙に書かれた文字を読むのだろうから、あってもここにいるものでは誰も使いこなせないね。』


『ところで、お前さんをそこまで育てたのは、そこのあんたかい?』


母親の魔狼が答える。


『そうだよ、それが何か?』


『・・・いや、よくやるね。大したもんだよ。』


母親の魔狼がしたり顔をする。

魔猫は羨ましそうに見て、遠い昔を思い出しているようだった。

コサックたちは魔猫に礼を言って屋敷を後にした。


『集落に出るのか?』


『うん、約束を果たすためには行かなきゃいけない。でも母さんたちを危険に晒すことになる。』


『大丈夫だよ、私たちはそう簡単にやられはしない。心配には及ばない。それにそこの梟があなたにぴったりついて行く気みたいだよ。』


『真実の瞳を使いこなしたい欲求でいっぱいだ。危険を承知でついて行く。』


梟が目を光らせる。


『明日、集落に向かって出発しよう。屋敷にあった地図を確認する。』


地図は屋敷を中心に描かれている。

上側から下側に向かって描かれているようで、下側はまだ空白が多い。

右側に太陽が登る絵が描かれており、左側に太陽が沈む絵がある。

右側が東、ということ示しているようだった。

どれほどの距離を北上することになるのか、地図からは読めなかった。

狩りをして食事をし、祈りを捧げ眠りについた。



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