第114話 対アクシピトリ戦 大詰
「あ、ああ、あああああああ!!!」
ランドールは乱暴に剣を投げ捨てヘルトに近づいて両膝をついてヘルトに手をかざすのだが、応急処置の方法も回復魔法もわからず、涙ぐんで手をヘルトの上で声を荒げながらブラブラとさせるばかりのなっていた。
「へ、ヘルト、様・・・!」
小隊の叫び声がアクシピトリに群がる兵の手を止めさせ振り向かせ、歓喜の表情が青ざめた困惑と悲哀の表情に変わっていった。
アクシピトリは攻撃が止んだことを好機として不浄の地の中へと沈み姿を消してしまった。
アクシピトリがまたどこから出現するかわからない生者にとって不浄の地に残り探すことは危険であると誰もが考え、地の外で焦りや悲しみで塗りつぶされた小隊がヘルトの応急処置を施しており、その場に駆けつけたウェラが回復魔法をヘルトにかけてなんとか安定した呼吸を聞くことに成功した。
ヘルトの様子がアクシピトリに群がって攻撃を加えていた兵たちを青ざめさせる。
もし、魔鳥が羽を失ってはいてもしっかりと二本の足で立っていたとしたら、ヘルトよりさらにひどい有様となっていただろう、全滅もあり得た、と簡単に考えるに至る。
アクシピトリの炎によって空を舞ったは良いものの対象に近づけずにいたウィリスは、空からアクシピトリがどこから沸いて出てくるのかを入念に確かめながら旋回して飛んでいる。
広大だった不浄の地も先ほどの兵たちのダメ押しの手によってフィルシズが多く浄化され、ウィリスの旋回も狭い範囲となり監視もしやすくなっている。
「これまで、か。」
「喋らないでください!お願い、します。」
小隊らはヘルトを担ぎ、ラクシャーサのいる防衛陣まで急ぎ、必死についていこうと足がもつれてしまうランドールを置き去りにして、イブリスの後ろまでやってくるとヘルトを横にして安置をする。
「ヘルト・・・。」
「私はここまで、のようだ。奴の前では不浄の地の餌がいいとこだ。足手まといにしかならん。だが離れがたい。殿下、私はここで行く末を見物したいのだが、良いだろうか。」
「・・・ああ、構わない。どうかその目で、我々の勝利を見届けてほしい。」
ラクシャーサは改めて周囲を見渡し、戦力が半減どころかヘルトを失った今、戦意を消失したタフトの兵やラクシャーサの親衛隊が、戦いの中覗かせる精一杯の攻勢の表情から、意気消沈の表情に変わってしまっていることに、ラクシャーサ自身も希望というものを失いつつあった。
「ん、あれは。ウィリスっ!!」
張り上げられたヘルトの声。
徐々に高度を落として旋回するモービルに、炎を纏った触手のようなものが撃ち落とさんと勢い良く伸び、ウィリスは避け切ることができずに反重力の駆動部となる部分を焼き切られ、ウィリスと大きな魔狼はそれぞれ別方向へと弾き飛ばされ落下していく。
羽を持たない人と魔狼は空中ではなす術がなく、不浄の地より生えてくる触手の餌食となろうとしていた。
「父、上・・・!!」
風で消し飛ばされそうなほどか細い声で、フロテラが叫ぶ。
ガシーン、とモビールが地面に叩きつけられる音が、フロテラにはとても遠く、ゆっくりと聴こえた。
誰もが恐れていた、もう一人の引率者の再起不能となる瞬間を、足を振るわせ固唾を飲んで見守った。
ウィリスに刺さるその手前、動きを止めた触手は光となって霧散する。
誰もが、そこにいる全員が空を見上げてことの顛末を見守っており、地面で起こっていることに気が付かずにいた。
魔狼たちがここぞとばかりに不浄の地で暴れ、その毛並みから放たれる優しい光に視線を戻したものから呆けた表情で息を呑む。
その中で1名、ようやく我に返ったものがいた。
「ベロニク!ヤック!」
ラクシャーサが名を呼ぶと同時に、落下する1名と1匹目めがけ、2名が脇目も振らず突進する。
飛び上がったベロニクがウィリスを掴みだき抱えたのも束の間、ベロニクの背中を別の触手が鞭打つ。
「かはっ。」
ベロニクとウィリスは触手に打たれたその力の方向に進路を変え、地面に激突する。
その奥で大きな魔狼も地面に叩きつけられていた。
「ベロニク!」
ベロニクより少し後ろを走っていたヤックが、ウィリスとベロニクの倒れる場所にすぐに駆けつけ、空から攻撃してくる触手を切り払い、ベロニクをすぐに立たせウィリスを二人してラクシャーサの元へと連れて行った。
「ウィリス!!」
叫ぶラクシャーサの声など聞こえていないのか、ウィリスは抱えられながら自分の足を探していた。
「っ、まだだ。まだ動く。・・・サヴィーヌ、力を貸してくれ。」
怪我はない、ベロニクがしっかり受け止めた、と皆が思っていたウィリスであったが、横っ腹に大きな血の滲みを作り上げていた。
ウィリスが這いつくばりながらヘルトの乗ってきたモビールに移動し始めた時、ぬかるむ地面より再度その顔を見せたアクシピトリが浮上しながら不気味で甲高い鳴き声をあげ、その声に呼応するように触手が何本も生え、先程霧散した触手の地面へと炎を巻き上げ、幾度となく突き刺す。
その猛攻の下で、一つの白い揺らぐ影が触手を弾き返していた。
「ソフィア!!」
剣を噛み、持ち前の魔法で幻影を作りその毛並みから白の余韻を残しながら、縦横無尽に走り回っている。
ソフィアやマクシムをはじめとする魔狼の猛攻に触手が魔狼以外に対しての攻撃する隙を与えず、触手は光となって霧散し、力尽きた魔狼に情けをかけることなくフィルシズとなってすぐに神気で浄化していく。
仲間に対して非情とも思える行動によって、アクシピトリは力を少しずつだが確実に勢いを失っていき、行動を制限されていった。
気がつけば魔狼は、当初の半数より少ない数となってしまった。
だがそれでも、たとえ自分の子供たちが生き絶えていく様を目の前で見たとしても、ソフィアとマクシムは力の続く限り攻撃の手を緩めることはなかった。
ソフィアは、無抵抗なまま子供を奪われ途方に暮れた経験が、マクシムは、何もできないまま目の前で群れが滅んでいく様を見ていた経験が、2匹を突き動かしていた。
勇敢に戦いそれで死んだのならそれでいい、と。
「ウィリス!」
「ヘルトか。」
医療班のもとで大人しく戦況を見ていたはずのヘルトがサヴィーヌのモービルに乗ってウィリスの横へとつける。
「任せるぞ。」
「ああ。」
ウィリスを乗せたモービルが止まったまま低音から高音に唸りを変える。
ドス、という音とともにモビールの反重力がやや重力の利く方へと沈む。
『乗せろ。やつを叩く。』
「いくぞ!」
ウィリスはリズリーの横で呆然自失に首を傾げ震えているフロテラに、一瞬微笑んだ。
その一瞬が、フロテラの震えを抑え自分を取り戻すには十分すぎるほどであった。
「父上!」
モビールが急発進し、その速度は最高に達する。
ヘルトが片手片足でモビールを操り、ウィリスはヘルトと大きな魔狼に腕を回して命懸けでモビールにしがみつく。
死にかけの2名と1匹にどこにそのような力が備わっているのか、ただただラクシャーサや周りの兵らが不浄の地を低空で飛び、火球や触手を置いてけぼりにする黒い塊を見ていることしかできずにいた。
アクシピトリの真下にモビールがたどり着くと急停車をし、モビールを地面から垂直に立てると、ヘルトとウィリスは咆哮を上げる。
垂直に飛び立ったモビールは闇に燃えるアクシピトリに一直線に、一呼吸も許さない速度で近づき、体当たりをぶちかますところで。
ガギーン、とモビールが何かに止められる音を上げた。
「あ、ああ、父、上・・・。」
アクシピトリに対し直線で動いたモビールは狙いが容易く、衝突する直前でアクシピトリの大きな鉤爪がモビールを受け止め、そして、宙に投げ出された2名と1匹に火球を浴びせた。
ドオン、ドォン、と2発の爆音を轟かせ、その少し後にズドドンとまた2発の轟音が響く。
アクシピトリがモビールを受け止めた時、ウィリスたちはモビールに体を激しく打ち付けたが、大きな魔狼はアクシピトリの体に遮られ衝突することなく、慣性に従いモビールから上へと打ち出され、魔狼をアクシピトリが3発目に火球で狙いを定めた結果の音だった。
黒焦げになりながらも、大きな魔狼がまだアクシピトリの真上に浮いている。
四つの足や尻尾が焼けて無くなろうとも、耳の鼓膜は破けようとも、大きな魔狼は一切動じず、恐ろしく冷静で冷徹な眼光を放つ魔狼にアクシピトリの体が僅かに硬直し、それを魔狼は見逃さなかった。
「ぐるるるる!うがう!!」
アクシピトリの背中に大きな魔狼の剣がずぶりと柄まで刺さり、鳥の腹まで貫いた。
首を大きく横に振った魔狼の剣が、その剣身以上の斬撃を放ち、アクシピトリを腹から頭の嘴まで切り裂いた。
尾っぽだけが繋がった、歪に裂かれた魔鳥が滑落する。
アクシピトリは鳥の姿の戻ろうと尾から順に戻そうとするが、きりもみに落ちていくために通常の再生速度より遥かに遅く、裂かれたまま不浄の地へと体を叩きつけることとなる。
アクシピトリにとっては今再生せずとも、潜ればすぐに元に戻る。
だがアクシピトリの再生を急がせたのは、その落下地点に向かって走る3名の姿を見たからであった。
頬を紅潮させ、怒りか悲しみか、どちらの感情か分からず歯を食いしばり走る子どものフーマン。
今にも泣き出しそうにしながら足をもたつかせながら何かを探し、だが探し当たることはないと頭で理解しており、混乱の様相を呈して走る子どものティーヴァ。
そして、顔面を土気色にし、使命だけが体を動かしているとばかりにひた走る青年のティーヴァ。
3名がほぼ同時に、アクシピトリの落下点にたどり着いた。
三者三様に空を仰ぎ、白いモヤを纏う剣を抜く。
「っはあああああああああ!」
「ああああああああああああ!」
「やああああああああああっ!」
3名の咆哮がアクシピトリの地面への着地を妨げる。
教え鍛えあげられたランスとラクシャーサの目にも止まらぬ速さで振り捌く剣技と、泣き叫ぶランドールは、やぶれかぶれだがその振る速度は2名に劣らず、3名の剣がアクシピトリを微塵にし光へと変えていく。
最後、かろうじて繋がった首以外は光と霧散したアクシピトリにキイン、と三つの剣が尾を串刺しにしたのだが、3名の持つ武具からは光が失われていた。
「あ、あとひ、」
「くっ!!」
「あああああああああ!!」
「あがあああああ!」
下から突き上げられた剣が、串刺しにされたままのアクシピトリの頭を貫き、白い神気のモヤが刺さった剣を中心に爆ぜる。
最後の一手、その剣の持ち主は、フルフルと震え、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった、フロテラであった。
息を飲みフロテラを見つめる三組の目に一番に光が走り、剣など無用と離し捨て、フロテラに抱きつく。
「っうわあああああああああ!!あああああああああああん!!」
悲しみに溢れる子供らの嗚咽が、勝利の勝鬨へと成り代わった。
構えていた戦士達の肩から力が抜けていく。
疲弊と多く払い過ぎた犠牲に、アクシピトリを討伐した事へ喜びで沸き立つ者はどこにもいなかった。
不浄の地で、溢れる神気が3名を囲い、覆い、神気に触れたアクシピトリの破片は光の球となって空に無数に上がっていく。
その球の中にひと際大きな玉、鳥の形に姿を変え、空に舞い上がろうとしているところをソフィアが呼び止めた。
『お前は、子どもたちを襲ったな。ようやくここで無念を晴らすことができた。しかし、なぜあの時、お前は涙を浮かべて楽しそうにしていたのだ。』
『お前はあの時の魔狼か。子らを生かすためには他者の肉が必要だ。そこでお前の子らを襲い、我が子に捧げた。だが我が子は、どこからか飛来してきた雄にすべて食われてしまったのだ。共食いは犯してはならない禁忌。それを破るものがいた。この世界から食い物が減り、肉はなくなっていたからな、破るものが居てもおかしくない。だが解せぬ。なぜ我が子が。問い続けた。何度も。何をしているかもわからない中。子を失い、気が付けばその雄をも殺し、食らい、行き場もなくしていたところにいたのがお前だ。雄との戦いで満身創痍であったが、お前の残った子らを見ると我が子を思い出す。すべて消し去ってしまえ、それが最後の記憶だ。我はここで何もかもを食らっていたのだな。だがこうして、ようやく、何も食らうこともなく、子らのもとへ逝ける。息災にな、魔狼の。』
そう言い残すとアクシピトリは光の玉となり空へと消えていった。
しかし不浄の地は、その大きさは小さくなれど、まだ浄化される様子を見せない。
空から大きな魔狼が不浄の地の上に落ちてきた。
柔らかい着地を見せる魔狼が口に咥えた剣を地面に落とす。
その体はもう、とうに限界を超えている様子でもなお、大きな魔狼を4本の足で立たせている。
『お前、序列2位の。最後の仕事だ。』
大きな魔狼の呼びかけにマクシムは応じずにいた。
躊躇いを感じるなど、とマクシムは自分に驚いていたのだ。
『その剣を拾え。そして突き刺せ。これで全てが終わる。長きに渡った従属も、忌々しい殺戮の過去も、群れを率いてこの地から避けるように移動した記憶の甦りも。全て。』
大きな魔狼は、アクシピトリに放った体を分断する一撃、その時既に体はフィルシズとなり剣は神気を纏わずただの剣を振るっただけであるが、短期間ながらもウィリス、ヘルトから請け負った命を賭した責務から、本来の力を凌駕する一撃となったのだった。
大きな魔狼はそれを実感し、群れ、仲間について思考しながら、マクシムの元へと悠然と近づき立ち止まった。
その威厳に、二位であり続けていたことをマクシムに思い起こさせた。
自身の尊厳からか、一歩、また一歩と剣に近づくマクシム。
やがて口に剣を咥えて神気を纏わせる。
『なぜ、話せる。』
ふとでたマクシムの疑問にイブリスが背中に手を置いて答えた。
『シビルさんがね。首輪、つけたでしょ?その首輪は神気を纏って穢れの攻撃を防ぐだけじゃないんだ。もうひとつ、魔法陣がついてる。穢れとなっても自我を失わずに会話ができるもの。もしこの中の誰かが穢れに落ちても、シビルさんはちゃんと別れが言えるようにしておいたんじゃないかな。シビルさんの優しさと、この魔法陣を念の為につけておかなければならないと考えたその気持ちの葛藤ははかり知れないよね。だから、尊敬してるんだ。僕だと、怖くって悲しくてこんなの作れないよ。』
『さあ、やってくれ。序列2位の。いや、我が群れなど。あとは頼んだぞ。』
大きな魔狼の言葉を聞いたマクシムの目には、もう戸惑いも不安も何も感じさせない、強い意志を持つ目となっていた。
マクシムはゆっくりと大きな魔狼に近づき、自身の首を大きく素早く、左から右に滑らせる。
マクシムの口の左から生えた剣は大きな魔狼の首を斜めに斬り、首から上を宙に跳ねさせた。
ごとり、という音が通常なら響いただろう。
首は宙で力の粒となり、線香花火のように形を霧散させ、地面に落ちる頃には完全に消え去り、大きな魔狼は光となって、天へと消えて行った。
途端、不浄の地の縮小が始まり、荒野が広がる中ほんのりと不浄の地が残った。
『フロテラ。』
『ランドール。』
残った地に二つの光の球、そこから発せられる2名を呼ぶ声。
「父上・・・?」
「ヘルトさん!!」
『声だけでなく粋なことをしよる。全く創造主というやつは。』
『もう泣くのはやめなさい。しかし、よく頑張ったな、ランドール。それにフロテラ、ランス。私は鼻が高いぞ。』
カランと剣が乾いた地面に落ちる音がひとつ聞こえるや否や、武具を地面に捨て払い、あるいは脱ぎ捨てて光の元へと戦士達が声を荒げては集まってくる。
『最後の一太刀、素晴らしかった、フロテラ。』
『ランドール、ランスに引けを取らないまでに剣の腕を上げていたのだな。知らずにすまなかった。ランス、素晴らしい剣技だ。陛下も誇りに思うだろう。』
泣き声を抑えることができず、光に触れようとしてもすり抜けてしまう。
『殿下、いや、陛下、となられるのかな?ラクサーシャ様、この領土はお任せいたします。』
「お、・・・両名とも、良くやってくれた。とても大きな財産を、今日同時に失ってしまった。部下も、貴殿の兵士も、その損害は計り知れないが、其方達の働きがなければ、なければ。」
ラクサーシャの血色がみるみるうちに回復していく中、光から高らかな笑い声が上がる。
泣き顔を垣間見せ、恥ずかしさが勝り、ラクサーシャは頬を紅潮させた。
『徐々に慣れていきましょう。』
『その調子で、必ずやこの領土の権利を勝ち取り、治めてください。』
目を瞑り、短く無言のまま一礼をしたラクサーシャが再び目を開けると、二つの光が天へと昇っていく。
「父上!待って!!」
かつてリージオンの名を冠した名残などなく、ただ目の前で父親が死体もなく死に去ってしまうことに、酷く怯え荒げた声を上げたフロテラであったが、光はその声を待たず上昇し、無情にも神の息吹によって完全に両者は分たれてしまった。
力なく項垂れる子供たちを他所に、大人たちは目まぐるしく変わる目の前の景色に圧倒され、地を這う大樹に育つ木の根に足を取られそうになりながらもその様子をただ見ている。
解放された直後のティーヴ領は、あの時ああしていればと悔やみ、どうして逝ってしまったのかと嘆き悲しむ声に包まれていた。
難しかったです!
あまり謀略的な話は得意でないかことがわかりました。




