第113話 対アクシピトリ戦
闇を焦がす炎と魔狼の低い唸り声が闇の中へと消える中、マクシムとソフィアは大きな魔狼に対して唸り声を大きく上げていた。
『貴様ら、生きていたか!』
大きな魔狼からの念話がマクシムとソフィアに飛んでくる。
その懐かしい声色に過去を思い返しそうに夢想に入りかけそうになるところであったが、炎に照らされ否応無しに現実へと引き戻される。
マクシムとソフィアが振り返りざまに見たアクシピトリの炎が地面をうっすらと這い、ティーヴァたちに向かって伸びているのを見つけたその瞬間だった。
いち早く気が付いたマクシムとソフィアは逃れることができたものの、現王、ラクシャーサ、弟、その他大勢を炎の竜巻で包み、飲み込もうとしていた。
「っ!?くそっ!!」
「なん!うがあああああ!あつううううう!」
「うわあああああああ!」
炎の渦は順番に、内紛の功労者から燃やしてはバラバラにして、不浄の地へと送られる様を、ラクシャーサはその身をチリチリと焦がす炎の中から見ていた。
不浄の地の拡大が始まる。
足元まで迫った不浄の地に、空を舞うアクシピトリに、どうすることもできずただ燃やされる自分の番を待ち、だが目的の一つは達せられた、と剣を力なく下ろし地面に剣先をつけるとラクシャーサは肩を落とす。
はっこんなものか、と自嘲したその時だった。
「っ!!うわ!何を!!」
大きな魔狼がラクシャーサの首に噛みついては飛び上がり、炎の渦から一名と一匹が脱出した。
続け様にラクシャーサの集めた部隊が魔狼たちによって救出され、渦は範囲を窄めて中心に集約されると火柱を一本上げ、火柱は燃やした死体を不浄の地まで巻き上げ、ドサドサと音を立てると同時に地面に飲み込まれていく。
大きな魔狼がラクシャーサを地面に乱暴に下ろすと彼の前に立った。
『しっかりしろ。休んでいる暇はない。』
大きな魔狼がラクシャーサの頭を念話で揺さぶった。
アクシピトリを背にしていた大きな魔狼は次の標的として空に舞う影に定めラクシャーサから視線を切る。
『ようやくこの時!』
続け様にマクシムとソフィアの念話がラクシャーサの頭に響く。
大きな魔狼がラクシャーサの方へ鼻だけ振り返った。
まだ状況をうまく飲み込めずに声を出すこともままならずに座り込んでいるラクシャーサに、大きな魔狼は口角を上げニヒルに笑う。
『ふん、礼は奴を倒してからで構わん。』
大きな魔狼、かつての群れのリーダーであった魔狼は主従の契約を結ばされていたティーヴァの死によって解放され、今立ち向かうべき相手を理解しラクシャーサの首を噛んでアクシピトリの攻撃から脱出させたのであった。
アクシピトリを見据える大きな瞳は、幾度となくその目で体で経験してきた内紛から起こる不浄の地のざわめき、大きな魔狼はこの穢れた地を祓わなければ自身の命がないことを朧げながらも感じていた。
「・・・くそっ!」
渦から救い上げた大きな魔狼の判断の速さ、勇猛果敢な態度に鼓舞されたラクシャーサは立ち上がりアクシピトリに剣を向ける。
「剣に神気を込めろ!ラクシャーサ!」
遠くからの声、燃えたぎるアクシピトリに照らされながら、魔狼が四方から集まってきているのがラクシャーサから見え、その中に魔狼に跨る子供と駆けるベロニクが向かってきている姿が瞳に映る。
ラクシャーサは無意識ながらも笑みを見せ、アクシピトリを睨みつけた。
「防御は僕とソフィアに任せろ!」
到着するや否やイブリスは結界を張り防御に専念した。
イブリスの側に控えるソフィア、ウェラ、ジーンは回復と回避の補助に専念をするための魔法を放ち始める。
ティーヴ領から下げたはずの魔狼も不浄の地やってきては足を踏み入れ、威嚇し戦闘体勢に入る。
「イブリス!抜かるな!ランス!ランドール!行くぞ!リズリーは防衛陣を死守だ!」
「フマニテ同様、この地を救ってみせる!」
フロテラ、ランドール、ランス、リズリー、イブリスがその身につけた武具が、白く光り始めた。
ラクシャーサはフロテラの言葉のとおりに神気武具に集中すると、自身の武具が想いに応えるかのように白く光る。
穢れに唯一対抗できる手段、ラクシャーサはその白い揺らぎにどこか温かさを感じながら、不浄の地の底から沸き立つ何体ものフィルシズに視線を切り替える。
「この数、どうする!」
「タフト卿が部隊を連れてここまでくる!それまでアクシピトリを牽制しつつ地面の奴らを殲滅する!」
ラクシャーサの問いにランスの怒号にも似た声が響き渡った。
『首輪をつけられたカニス諸君は爪撃で攻撃すること!首輪から神気が出るからね。でも過信は禁物!神気は無限じゃないよ!』
イブリスの念話が魔狼に行き渡り、攻撃に出るものと防御に回るものとに分かれて、魔狼たちの攻撃が始まった。
『君にもこれをつけてあげる。』
イブリスはラクシャーサの近くにいる大きな魔狼に魔法で首輪をかけようとし、大きな魔狼は動かず甘んじてイブリスが取り付けるのを待った。
首輪を取り付け終わると同時に、大きな魔狼が天に向かい地が震えるほどの咆哮をあげると、何匹かの魔狼がつられて遠吠えで返す。
進化もしていない魔狼の迫力にフロテラたちや他の魔狼たちが圧倒されたのも束の間、大きな魔狼は真っ直ぐに走り出し、行く手を阻むフィルシズたちをその爪で蹴散らし光へと変えていく。
天へと昇る光の球が遠方から立ち昇る。
大きな魔狼に負けじと、マクシム、ミハイル、キリルも不浄の地で大いに暴れる。
「す、すごい・・・。」
ランドールから声が漏れ、震えていた武器を持つ手に落ち着きを払う。
「行くぞ!フロテラ!ランドール!」
最初に踏み出したランスに続き、ランドール、フロテラ、そしてラクシャーサとヤック、ベロニクが続く。
大きな魔狼が狩りこぼしたフィルシズたちを、三名は一生懸命に剣を振り、殲滅を試みた。
ランスの大人顔負けの剣捌き、ランドールの剣でなくとも絶命させられるだろう力強い腕の振りに、フロテラは自分の力に劣等感を抱きつつも目の前に現れるフィルシズに向かう。
フロテラはぎこちない動きで立ち回り、その腕を掴まれれば誰かの助太刀が必ずフロテラを救い、命からがら踏ん張りを効かせていた。
「うわあ!」
「っ!!フロテラ様!」
地面から伸びる手にフロテラは捕まってしまい派手にその場に転がった。
何年も仕えてきた屋敷の子息の危機にベロニクが反応する。
「私は良い!殿下から離れるな!」
フロテラがベロニクに指示を飛ばす。
ランスとランドールがフロテラを拘束する手を刻み事なきを得るも、起き上がり様に見たアクシピトリはまだ動かず、悠然と空に控えている。
「これでやられるようでは。我々が戦うに足る者であるかどうか高みの見物か。」
「ならば空から引きずり下ろすまで!ヤック!ベロニク!大いに暴れろ!」
ラクシャーサの号令に反応したヤックとベロニクの瞳の色が冷たい色に変化する。
戦闘中に瞳の色が変化するティーヴァがおり、その冷徹さを表すような瞳の色となり殺戮のかぎりを尽くす兵器となる。
周りから見ればあまりにも冷たい眼差しと変わらぬ表情に恐れを抱くが、当名はいたって冷静であり敵味方の判断もつき、体も心も制御できている状態だ。
幼少期突如として発現する瞳に戸惑い、その瞳の色から倦厭されることもあり不遇な時期を過ごす経験が表情を消し、成長するほどに兵器として確立されていく。
不浄の地で戦う彼らの活躍で地の拡大は止まり、縮小を始めた。
そして遂に、空で構えていた怪鳥が動き出した。
アクシピトリは大きく一つ羽ばたくと上空へと舞い上がり、金切り声を上げながら地面に蠢く集団の内でラクシャーサに狙いを定め、風に乗り凄まじいスピードで降りてくる。
また金切り声はフィルシズを炎で焼き包み、それでも死ぬことを許されないフィルシズは生けるものに接触すればその身が爆ぜる爆弾と化して、その場にいる生けるものに襲い掛かった。
『お前たち!!』
ソフィアが叫ぶ。
魔狼の雄が雌を庇うために燃え盛るフィルシズの前に出ては爆散し、魔狼がその数を一気に減らしては不浄の地の拡大を許してしまうも、そのすぐそばで爆発から逃れ、フィルシズとなった仲間を神気で天に送るを繰り返し、魔狼もフィルシズも数が減り始め、地の拡大から縮小へと徐々にだが確実に変わっていた。
アクシピトリは攻撃を、数の少ない子供のフーマン、エルフ、ティーヴァに絞り、嘴の先から、翼の上や下から、火球や火の矢を作り出しては無数の攻撃を浴びせかける。
ようやく立ち上がったフロテラは、リズリーが迎え撃とうとしている炎のついていないフィルシズからリズリーを守ろうと走り、両者の間に入り込んだと同時に、フィルシズが一気に燃え上がり一呼吸置く間もなく爆散する。
「うわ!」「きゃっ!!」
「っ!!フロテラ!リズリー!!」
ランスは降り注ぐ弾幕を剣で斬るなやすを繰り返して辛うじて傷を受けずに済んではいるが動くことができず、爆風に巻き込まれた親友のもとへと近づけずにいた。
「う、私は、大丈夫だっ。」
煙幕の中からフロテラとリズリーがひどい火傷を負いながらも出てくる。
ソフィアら月光魔狼の治癒によってフロテラもリズリーもことなきを得るが、リズリーですら、爆発の恐怖が先に立ち、構え直した剣先が震え、及び腰となってしまう。
イブリスは、目の前で繰り広げられる仲間の負傷など眩暈のするような戦況の変化に苛立ちを隠せずにいた。
「くっ!くそっ!この僕が!押されるわけが!ないんだっ!!」
強力な火の魔法に、貫かれそうな部分を修復しては結界を張り直す緻密な作業をイブリスは繰り返し、それと同時に各個人が命を落とさぬよう、戦況に応じて結界の強弱を見極める途方もない作業をイブリスは独りで行っていた。
しかしそれでは足りないと、イブリスの苛立ちが募る。
(こんなで、こんなじゃ、あの声のやつになんか、遠く及ばないじゃないか!!)
「あっ。」
ベロニクが体をこわばらせたのも束の間、ズドドドドン、という爆音が全員の耳をつんざく。
その音は、イブリスからアクシピトリの炎の魔法に向けられた迎撃の魔法だった。
「これは・・・。ヤック!ベロニク!攻めろ!これは好機!!」
怒りに苛まれる場合、思考が止まり目の前のことが目には映っていても脳にまで達せず自我すら認識することに時間がかかり、このような緊迫した状況において圧倒的に不利な立場に仲間を、自分を晒し、戦況を変えてしまうこととなり得るのだが常人であろうが、イブリスは違った。
研ぎ澄まされ、更に高次元の情報の処理を可能にさせ、結界を張るだけでなく攻撃魔法の陣をイブリスは翼を広げるように展開させていた。
アクシピトリの近くに着弾したイブリスの魔法が、アクシピトリの翼から風を奪い若干のバランスを崩させ、かなりの低空へとアクシピトリを落とし込んだ。
「あいつっ。」
ランドールがフィルシズを近くで斬り捨てる中、ランスがイブリスを返り見てすぐにアクシピトリに視線を戻すと、マクシムがアクシピトリに向かって飛んでいる姿が、ランスの視界に飛び込んでくる。
だがマクシムが飛んだその腹の下、炎を纏ったフィルシズが地面から勢いよく上へと、肩車をしているかのように何重にもなって生えてきていた。
(このままでは?!)
ランスは自分が思うよりも早く、無意識のうちにその炎のフィルシズに神気を剣に帯びさせ飛び掛かっていた。
結界をも簡単に吹き飛ばすほどの威力を持った爆弾に自ら無策に飛び込むなど、とランスの考えとは真逆の行動をしていた。
それを見たランドールがランスを止めようと必死に、服でも何でもとにかくランスを止められれば良いと手を伸ばす。
マクシムの爪撃が、フィルシズの炎が、ランスの剣が、ランドールの手が、空を切った。
「イブリス!マクシムに集中ぅっ!」
その声は、イブリスにとって、この不浄の地で戦う子供なら誰もがよく知った、大人の声だった。
とんでもないスピードでランスとランドールを黒い影が掻っ攫うとイブリスは言葉のとおりに反射的に結界を、防御をマクシムに集中させ、マクシムが爪撃をフィルシズに構うことなく振り抜いた。
神気がマクシムの爪撃の残像を見せるかのように淡く白く光消える。
上空へと羽ばたこうと体を起こしたアクシピトリの腿から下を、マクシムの爪撃が斬り刻み、胴体から離れた足と、切られた胴体の少しを浄化し、マクシムは今までのフィルシズ単体の爆発から更に強さを増した爆発に巻き込まれた。
イブリスが視線を上にする。
上空にはすでに脚が再生したアクシピトリが舞い、不浄の地では爆発から生じた砂埃が吹き荒れる。
イブリスからは、イブリスの近くまで後退していたフロテラとリズリーからは、アクシピトリ以外の敵はおろか味方すらも見えない状態となっていたが、所々で聞こえる魔狼の声や攻撃の音に、フィルシズは不浄の地の中いるものは全て索敵できることを改めて痛感させられていた。
「こんなの・・・。こんなの・・・。」
「フロテラ!どうした!腰でも抜かしたか!」
フロテラの後ろから声がする。
その声は怒声であった。
「あ、あ。ち、父、上。」
「フロテラ!貴様は、その程度か!」
その程度か、モビールに跨るウィリスの言葉がフロテラの、リージオンの心に突き刺さる。
(その、その程度。私は、その程度?私は、私は何のために記憶をもって。何のために記憶を、持ったまま生まれ変わった?誓っただろう?だがあれは穢れであったから。死なない魂であったから。今は、また、せっかく肉体を得たのに、また死ぬのか?どうして、どうしてコサックはこの恐怖に勝てた?あの小僧が、どうして。私は。私は。)
強張るフロテラにウィリスは、今度は優しく微笑みかけ、小脇に抱えて気を失っているランスと意識のあるが大人しくしているランドールをフロテラに預けようと体をまだ背の低い少年のフロテラに寄越す。
「しかし、よくやった。フロテラ、私はお前を失うわけにはいかん。絶対だ。大切な我が子だ。この戦い、せめてその手をずっと離さず背で守っていたリズリーを守りきれ。いいな!フロテラ!生きていればいい!ヘルト!」
ウィリスに呼ばれたヘルトはモビールから降りるとウィリスを見て頷いた。
「私は地上の浄化にかかる。空は任せたぞ!ウィリス!」
おおおおおお!という声がヘルトの背後から轟音となってやってくる。
タフトの兵が不浄の地へと辿り着いたのだった。
ヘルトと兵たちはすぐさま不浄の地へと入る勇姿を子どもたちに見せる。
イブリスの防衛陣も兵でその頭数が増える。
気がつけば、爆音が止んでいる。
『おいお前、乗せろ。奴に用がある。』
どこからともなく帰ってきていた大きな魔狼がウィリスに念話で話しかけると、ウィリスは魔狼が乗っても体勢が崩れないようにモビールを変形させた。
大きな魔狼の首輪が外れかけているのをイブリスが新しく付け替える。
「イブリス!頼んだぞ。」
イブリスは結界の魔法陣を消し、迎撃用の魔法陣を幾つも展開させ、タフトの魔法兵から感嘆の声があがる。
同時に、上空でただ旋回していたアクシピトリからの攻撃が再開された。
「おい!大丈夫か!みな!!」
ラクシャーサ、ヤック、ベロニクが陽光魔狼三匹の先導でまだ煙る砂埃の中から現れた。
そしてラクシャーサには目もくれずに空を見据えるウィリスにラクシャーサは慌てて制止を試みる。
「っ!!タフト卿!奴は!」
「何故だろう、この背後に乗る魔狼が旧友であるかのように、しっくりくる。そしてあやつを落とせ、こいつなら落とせる、と心がざわつく。・・・ラクシャーサ殿下、ここから全ての指揮、お任せします。」
「・・・それは、この者たちを?」
「では、行って参ります!!」
「あ、おい!くそ!」
ウィリスはラクシャーサの言葉を聞かず、強引にラクシャーサに場を任せモビールで魔狼を連れて上空へと旋回して飛んでいく。
アクシピトリの攻撃が一時的に止んでいる今を好機と二名の大人が戦場へと飛び出していった。
フロテラとリズリーがラクシャーサを力のない目で見つめる。
「フロテラ、君は、そうか。私と一緒だな。不甲斐ないな。恐れ慄いてしまった。この戦いに。だがまだ立たねばならない。このティーヴ領のために。どうしても奮い立たさねばならない!どれほど恐怖に塗り潰されようとも!天に剣を掲げろ!やつを倒さねばこの夜は越えられない!みな、立ってくれ。そして私に力を貸してほしい。」
フロテラとリズリーの瞳と同じものをしたラクシャーサの瞳の奥に炎が宿る。
「幸いにもマクシムがやつを刻んだお陰で爆発が止まっているようだ。不浄の者はいくらでも沸き立つが爆発をしないのであればどうということはない。私でもどうにかできる。ゆえに、地上で我々も殲滅にかかる。そうすればこの地も縮小するはず、だったな?フロテラ。かの偉大な、この領を恐怖に貶めた赤い旋風に続き、この脅威を退けてくれ。お願いだ。もう一度言う。力を、貸してくれ!」
完全に萎縮してしまっているかに見えたリズリーが膝を地面につき、手を合わせて祈りを捧げる。
「神よ、どうか私に力を・・・。」
その様子を見たフロテラやラクシャーサら三名、その他その場に集まる数少ない仲間がつられるように祈りだした。
すると、身につけている武具が白く光を帯び始める。
(この光が、私を守ってくれる。いや!この光で皆を守る!私のすべきことは父上が照らしてくれた!私はもうリージオンではない!このフロテラ・タフト!)
「必ずやこの戦い、勝利する!生き残る!」
フロテラは祈っているリズリーの手を強引に握っては離すまいと引っ張り、最初驚いて体を強ばらせたリズリーはフロテラをじっと見つめていると、その瞳には火がついたように輝き、何かを考えながら空を見据えるフロテラがリズリーの瞳に映り、優しく、頬を少し赤らめフロテラと同じ方向をみた。
「私は、あなたと生き残る!」
フロテラとリズリーは頷き合い、手を離すと剣を両手で強く握った。
二名のその手は少し名残惜しそうに、だがこれが終わればまた強く手を重ねられるという強い意志をも感じさせ、側にいたラクシャーサら三名と親衛隊の手にも同じ思いを握らせる。
「ヤック!ベロニク!赤い旋風に続け!フロテラ!リズリー!防御陣の防衛だ!私の目の前に現れた敵は全て薙ぎ倒せ!防衛陣!結界を地の中に入る者たちに強く張れ!迎撃と牽制を怠るな!アクシピトリの様子は逐一私に報告するんだ!」
はっ、と揃った掛け声を出してはすぐに行動を開始した。
ヤックが先陣を切り不浄の地へと駆けていく。
フロテラとリズリーはその駆けゆくティーヴの兵を見送り、少し不浄の地に踏み入れ現れるフィルシズを片っ端から斬っていく。
「早く動ける者は武具を持って中に入り、あの不思議な光が消えたものと交換するのだ!」
ラクシャーサの声にタフトの兵が潔く応じ、武具を手に持ち一名数組の武具を担いで地の中へと入っていった。
先程から縮小の速度が速まり、防衛陣の前進が著しいのだが、まだ広大な不浄の地の外周で武具を持って回り込ませることは非効率であるとラクシャーサは判断をしたのだった。
『ソフィア、いいかな。』
『なんだ、イブリス。』
上空から絶え間なく攻撃を加えるアクシピトリにイブリスは額に大粒の汗を湛えながらもソフィアに念話を送る。
迎撃に集中しており、念話にまで気があまり回らなかったのか、子供たちと念話が繋がってしまっていることにイブリスは気がつかなかった。
『生きてるカニスちゃんにこの地の大きさの測定をお願いしたいんだ。』
『何故だ。』
『少しでも、縮まってるって希望、僕欲しいんだ。広がっていけば僕らの負けということにも。いい?』
中でヘルトと共に戦っているランドールが剣のグリップを強く握りしめた。
負けるということも、考えなければならない。
あのイブリスですら若干の弱気となっていることに子供たちは不安になってしまう。
『ああ、分かった。今も勢いよく地面がなくなっているが、それでお前がその魔法陣をさらに増やせるなら何でもしよう。』
『・・・はあ、無茶苦茶だよ。・・・くくっ。そうか!僕はまだまだやれるって思ってくれてるんだね?そうだね?!よおし、僕が脅威であるって、あの声に知らしめてやるんだ!やっぱりソフィアは!いつだって僕を更に上へと高めてくれるんだ!!』
ソフィアの言葉が、ランドールら子供たちに力と勇気を与える。
先ほどの不安など微塵も感じさせない戦士となり、殲滅にかかっているヘルトがランドールのその気構えの変遷に笑みをこぼした。
(戦いの最中に子供が出張るのもこれが最後とならんことを。無論、祈りは届くだろう。なあグレイブよ、私に力を!!)
ヘルトの攻撃に激しさが増す。
ソフィアから指示を受けた魔狼が計測を開始したのだかそれをするまでもなく不浄の地が瞬く間に縮小していき、アクシピトリも中心に向かってバランスを崩しつつも羽ばたかざるを得なくなっている。
移動を余儀なくされたアクシピトリは急に上空へと舞い上がり、重力に逆らう限界までくると、今度は体は水平にし嘴を地面に向けて羽をたたみ、滑空の態勢を取った。
『あれは?!』『気をつけろ!!』『来るぞ!!』
キリルが念話で叫び声をあげ、マクシム、ミハエルがキリルに続いて声を張り上げ、遠吠えをもし始めた。
ソフィアら魔狼四匹には決して忘れることのない動作であり、前回は狂いもがいていた魔鳥であったが今回は冷静沈着であり巨体の直接攻撃は体格差重量差のある魔狼では対向のしようのないものであることを危険察知が告げている。
また10年前との相違点、それはアクシピトリが炎を纏うということもあった。
アクシピトリがたたんだ羽を大きく一つ羽ばたかせて勢いをつけると、ドンっという爆発音をあげて火だるまと化したアクシピトリが不浄の地に向け爆進し、その軌道から命からがら逃げ出した三匹の魔狼であったが、ヘルトに続くタフトの兵、ラクシャーサの親衛隊、地から這い出るフィルシズがアクシピトリのぶちかましに避けきれずに巻き込まれ、生者も穢れも関係なく燃え盛る炎に焼かれアクシピトリに悲鳴をあげる間もなく吸収されていく。
魔鳥の姿は完全なものへと戻っていく。
アクシピトリの進む先にはヘルトがおり、ヘルトは猛進するアクシピトリをその小さな体で迎え撃とうとしていた。
アクシピトリはこの不浄の地において一番戦力があり浄化能力に長けるヘルトに、万全の状態で挑もうと、圧倒的な力の差を見せつけようとしていた。
「離れていろランドール!!ぬんっ!!」
ヘルトの前に魔法陣が展開する。
それはヘルト自身が唱えた魔法であり、防御力を高める、結界とは違った魔法で火の球や水柱などちょっとした攻撃魔法を弾くものであるが、迫り来るアクシピトリを弾けるほどの能力はない。
ヘルトは武術で魔法の足りていない分を補うため、正拳突きの構えをした。
ランドールはヘルトに言われたとおりに離れ、影響のないであろうところまで距離を取り、現れるフィルシズを斬りながらもヘルトを案じ、内心では焦りでいっぱいとなっていた。
両者正面より相手を捉え、アクシピトリは嘴からヘルトに突っ込む。
ヘルトは全く避けようともせず、ただその場から動かずに右腕に巻かれた魔狼の首輪によって神気を纏い、突きの間合いに魔鳥が入ってくるタイミングを窺っている。
完全に回復したのかアクシピトリはさらに炎をあげ、広げた羽や尾を炎が伸長する。
それでもヘルトは狼狽えず、力を溜めるかのようにゆっくりと腰を深く落とし、左手を前に突き出して右腕を引いた。
目の前に迫る嘴から目を逸らさず、アクシピトリの瞳をヘルトは睨みつけ、そして衝突しようとする瞬間、ヘルトは右腕をアクシピトリに向け、放った。
どごん、とヘルトの正拳突きをしたときに出す掛け声をかき消すように、ぶつかり合った両者から爆音や爆発と突風が吹き荒れ、一瞬両者が止まっているかのようにラクシャーサらの眼には映り、止まっていた時間が進むかのようにアクシピトリがヘルトを横切り、不浄の地に墜落しては泥水のような地面を噴き上げ、その巨体で痛がるように体を捩り、片翼ではバランスが取れないと地面でばたついている。
ばたつくアクシピトリを見たタフトの兵とラクシャーサの親衛隊は、少し遅れて感嘆の声を出し、その声が力強く喜びに変わっては歓声と威勢の良い鬨が轟く。
半数ほどに減ってしまった兵たちではあったが、仲間の弔いとアクシピトリに向かっては神気を帯びた武器で刻み、羽の生え始めたアクシピトリからまた飛行部位を奪っていく。
アクシピトリに群がる兵とは別の小隊とランドールが、功績者であるヘルトを探していた。
ヘルトはアクシピトリが横切った際に放たれた衝撃波によって、アクシピトリの軌道から外へと吹き飛ばされていたのだが、程なくしてランドールが不浄の地の外に彼を見つけると、右膝から下、右の肩から先を失い血を滲ませたヘルトが転がっていた。




