第112話 内紛の首謀
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秋も深まり風も冷たく、木々が燃えるように紅葉している。
ちょうど、ソフィアたちがアクシピトリと不浄の地で出会ったのもこの季節だった。
10年越しの決戦。
あの時はただなすすべなく逃げ惑うだけだった魔狼たちも、力と知恵を蓄え来たる決戦に向けて英気を養っている。
イブリスが訪ねたシビルは、今回の件を予測してか屋敷の地下に魔狼用の首輪を作って保管していた。
武具同様、神気を溜め込み、首輪をつければ神気をその身に纏うことができる。
溜め込める神気の量は首輪ひとつなので少なく、持続時間も少ない。
ただ多量にシビルは作り祈りを捧げていたのだろう、静養前に神気を十分に溜め込んでいた。
イブリスは爪撃がフィルシズに通用するのか試したいところではあったが、手頃な不浄の地は全て浄化をしてしまっており、本戦でその効果があるのかを確認することとなってしまった。
『防御さえしっかりしていれば申し分ない。』
マクシムの言うとおり、死なないこと、アクシピトリの力を削ぐこと、自分自身がアクシピトリの餌とならないこと、これらが必須条件だ。
攻撃は魔狼の方で行えなくともウィリスら兵の武器がある。
ウィリスの屋敷にある武具に合わせ、ランスの持ち込んだ神気武具を足して、タフトの塀だけであるなら十分なほどのその数を増やした。
ランスは、ティーヴにおける内紛の刺激を避けるため、ランスを追いかけた文官には武具を集めさせるだけ集め、一度辺境伯の屋敷に運びこみ、その後はランドールと共にウィリスの屋敷の倉庫に運び込みを行った。
マリッドはエレンと出会い、腕に抱き上げることのできる存在でなくなっていたことは残念がっていたが、その大人の体と大きくなり始めた腹に触れ、ただただ喜び、そしてエレンと新たな友となったマギローブ、そしてランスのために祈りを天に捧げる。
ティーヴにおける異変はエレンとマギローブ2名とも感じ取ってはいたが、タフトの恩を考えれば、ここを最後の最後まで結界で守り、かなわなければエルヴスへの移動をする、ということをマリッドに伝え、マリッドはギリギリまで戦う2名の覚悟を胸に置いた。
マリッドが伴った侍女はイブリスにこそ拒絶の反応をするが、ランドール、フロテラ、リズリーについてはその覚悟を見て一目置くように接するようになり、子供らを信じてやまないエレンとマギローブの心意気に内心惚れ込んでしまう。
そしてもし、この浄化がうまくいき、ランスとフロテラ、ひいてはラクシャーサが活躍するようなことがあれば、マリッドは英雄の妃となり、侍女のその地位は確かなものになる、目論見は違えど目指す場所は同じであるならば、協力は惜しまない方が良い、と侍女は考えていた。
魔狼たちは進化していない個体をティーヴから必要最低限数残して引き上げさせ、フマニテの防衛線に送った。
こうして、1週間など、瞬く間に過ぎて行った。
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「ウィリス様。」
「うむ。」
ベロニクがウィリスのもとにやってきた。
これはラクシャーサの合図。
立ち上がり、ベロニクに兵長に伝えるよう手で指示する。
ベロニクはそのまま一礼して、廊下を駆ける音を響かせた。
「ヘルトのところに。いやはや緊張してきたな。はは。」
独り言を呟きヘルトの元へと向かった。
その道すがら、動きやすい服に着替えたサヴィーヌに鉢合わせる。
「あら、旦那様。今日でしょうか?」
「ああそうだ。ここを頼むな。」
「ええ、かしこまりました。」
「あと、モビールを使わせてもらうぞ。」
「はい、存分にお使いください。壊れてしまっても構いません。ウィリス、あなたが帰ってくるのなら。」
ウィリスはサヴィーヌを抱きしめ熱い口づけをかわす。
これが最後とならないよう、もし最後になるのなら忘れることのないように。
存分にウィリスの唇を味わうサヴィーヌの、閉じられた瞼から一筋の涙がこぼれた。
「じゃあ行ってくる。」
「お気を、つけて。」
ウィリスの大きな後姿が見えなくなるまでお辞儀をして送る。
その大きな背中は、視界から消えたのか、それとも溢れる玉のような涙によって滲んで見えなくなってしまったのか。
サヴィーヌは両手を顔に当てその場で泣き崩れた。
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ウィリスはヘルトのいる部屋に向かっている。
目的地にたどり着くと同時に部屋の扉が開いた。
「ウィリス。」
「ああ。」
ただの一言。
言葉を交わしウィリスを先頭にモビールを格納している場所に向かって歩き始めた。
暗い倉庫のような場所につき、明かりをウィリスが付けると2台のモビールが光に照らされた。
「運転は大丈夫か?」
「問題ない。妻と2人乗りをさせてもらったときは爽快だった。」
2名がモビールにまたがると、倉庫の大きな入り口が上に開いていき下から光が倉庫内に差し込む。
反重力装置を起動させると歯車同士が軋む機械音が倉庫内にこだまする。
音が鳴り止み、光が庫内全体を照らす。
「ウィリス・タフト子爵の出陣である。敬礼!」
兵長が既に外に鎧を着けて待機をしていた。
「これより戦場に出向く。皆の命、私に預けてくれ。」
はっ!とウィリスの決して大きくない声にタフトの兵全員、声が揃う。
隊列の先頭に控えている馬に兵長が乗り込み、隊列の指揮をとった。
隊列のしんがりにウィリスとヘルト、そしてベロニクが控える。
隊列が街をゆく。
戦地に赴く兵に激励の声をあげる者、歓喜し咽び泣く者、帰らぬ命となるかもしれないと不安に駆られて狂ったように叫ぶ者、それらの者の声を聞いているのかいないのか、ただ無言のまま、前だけを見据えて隊列は前へと進んでいく。
ベロニクの後ろ、ランス、フロテラ、ランドール、リズリー、イブリスが、フマトの紋が入った装備をつけてウィリスとヘルトの背中を追った。
ソフィアたち魔狼は別に行動しているラクシャーサのもとに駆けつけていた。
『お前を守れとフロテラの指示があった。』
「これは、流暢な言語を扱う魔狼がいるものだ。だが心強い助っ人だ。王の反逆者であった者が大きな魔狼を従属させ、そばに控えさせている。その魔狼と反逆者はそこのヤックと組んで対処して欲しい。」
『構わん。我らの目的はただ魔鳥のみ。立ちはだかる者があるならば排除するまで。』
マクシムの言葉に虚勢は感じず、ラクシャーサは心強い味方が増えたと安堵した。
しかしマクシムとソフィアは、大きな魔狼、という言葉にどうしても思考が囚われる。
2匹はその目で真意を確かめるためにラクシャーサの集めた少数精鋭の部隊の先頭を陣取り、他4匹の魔狼はラクシャーサの身辺警護に回した。
現王とラクシャーサの弟が、不浄の地からも戦火を振りかけようとしている町からも遠からず、その存在を知られないように姿を変えて高みの見物を決め込んでいるその場所を目指して。
夜、民衆が寝静まる頃に放たれる内紛の種火。
日が落ちる手前にラクシャーサたちは、大きな魔狼を連れた行商人の集団が町の方を向いて高台となっている場所で野営をしているところを発見した。
―
ウィリスたち行商人と町を介して対象の森の中に陣取り、モビールを森の中に控えさせる。
「町に入れ。」
ウィリスの静かな号令のもと、さまざまな年齢の兵が暮れゆく町の中に散って行く。
町の警備と成り代わる者、兵舎を制圧する者、と静かに町の兵がタフトの兵に成り代わって行く。
敵役と貴族側の護衛役として、現王の手の者が既に持ち場に控えており、兵の変化して行く様を気にかけるほどの感覚の鋭い者はその場にはいなかった。
今日も戦火を免れた、内紛の対象ではなかったと安堵して各々の住まいに帰って行く。
民衆に扮したタフトの兵が訪れた闇の中に溶けて行く。
街が闇に包まれた頃、何かが街の空を横切り貴族の屋敷に落ち、そこから火が燃え広がる!はずであった。
幾度となく成功させてきた慢心か、何事も起きない暗く静かな夜に疑念の塊となった首謀者たちは様子を見るように町には数人送り込んだ。
町に偵察隊が到着し、侵入したことが合図となり一気に町中が昼のように明るくなり、数人が明かりのもとに晒されている。
「なんだ!何が起きている!」
思わず声を出したティーヴの現王の声に潜んでいたラクシャーサたちが反応し、一気に首謀者一団を包囲しては串刺しにせんと剣を向けた。
「父上!ここまでだ!」
大きな魔狼がラクシャーサを相手に唸る。
ラクシャーサは、降伏させ捕らえること、何より死者を出さないことを優先させなければ全てが台無しとなってしまうと、魔狼を牽制しつつ父親と兄弟に声を張り上げる。
「両手を頭の上に!妙な動きをすれば手足を!」
「お、おい!あれ!!」
首謀者一団の視線がラクシャーサから上へ上へと上がっていき、その顔は恐怖に染まっていった。
それとほぼ同時に、魔狼がラクシャーサの背後を睨み唸り始めた。
「ラクシャーサ様!」
ヤックに呼ばれ振り返ったラクシャーサも、闇に浮かぶ大きな魔鳥に目を奪われてしまう。
音もなく集団に近づき、魔鳥の体を一気に燃え上がらせ闇を払い、その幻想的とも見える光景にその場の魔狼以外が息を呑む。
「あ、アク、シピトリ!!」




