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第110話 後ろ向き

「ラクシャーサ殿下、お初お目にかかります。ヘルト・イダルツと申します。」


ヘルトは軽くお辞儀をしてウィリスの横に座る。


「ああ、そろそろこの町の兵にも伝えなければならんな。同族と穢れを同時に相手するのは厄介だ。死を覚悟してもらうことを伝達するのは、何よりも辛い。」


タフトの町の治安維持に尽力し、タフトで生まれ育った者が兵に志願して町を警備している。

もちろん外の町から流れ着いて兵を志願して職についている者もいるが、ウィリスにとってはタフトに関わる者全てが家族だ。

もう誰も死んでほしくない、オムの死を聞いてすぐのウィリスにとって、予測していた事態とはいえ決断をして命令しなければならない。


「ウィリス卿、次の標的の町でことを起こすのは一週間後とみている。それまでの間に武具を運び、兵を揃えることは可能か?」


「はい、殿下。いつでも出発の準備はこちらでは整っております。」


「そうか・・・。こちらもできる限り、信頼のおける兵力を集めることに尽力しよう。前回までと同様、父と弟は自らの目で町の様子を見届けるはずだ。民になりすまして攻撃が開始されたところで迎え撃つ。その間に私とヤック、ベロニクで父と弟を討とう。民のなりすましにウィリス卿の力を借りたい。」


「承知しました。ヘルト、良いだろうか。」


「構わん。この町に置いてもらっている恩を返す時とも思っている。」


座っている子供たちを残して大人全員立ち上がる。


「父上!ヘルトさん!」


「ああ、わかっている。フロテラ、お前は私の可愛い息子だ。本来なら出るな、と言いたいところだが、それでは記憶を持って舞い戻った意味がない。それに良くここまで調べ上げた。さすがだな、フロテラ、ランドール。この戦いの行く末をしかとその目で見届けなさい。」


「はい!」


「ランドール、フロテラ()()のことは任せるぞ。」


ヘルトの、たち、という言葉を聞いたランドールは、今この場にいる子供2人だけが関わっているわけではないこともわかっていることを理解する。


「・・・はい!」


子供ら2名が勢いよく立ち上がる。

その表情はさっきまでの不安と焦りから、決意し戦場に出る勇ましさを感じるものになっていた。


「ベロニク、動きがあれば電報をする。またここタフトの使用人として、私の報告を待ってほしい。よろしいか?ウィリス卿。」


「ええ。よろしく頼む、ベロニク。私からも、この子らのことを見ていてくれ。」


「承知いたしました。」


ラクシャーサはヤックから外套を受け取り、フードを深く被るとベロニクが先頭に立ち応接間から出て行った。

ウィリスたちはその後ろ姿を無言で見守る。


(早く!ランスたちに伝えねば!)



辺境伯の屋敷からランス、リズリー、イブリス、マリッドとその侍女がしめしを合わせたかのようにタフトへとやってきた。

魔狼6匹を伴って。

キリルとジーナはエルヴスからアベニューを巡回した帰りにリズリーと会い、ソフィアとマクシムはフマニテの防衛協力のためランスと行動を共にしていた。


『コサックから、タフトのフロテラを手伝って欲しいと要請があった。今あの通り瞑想をしているから邪魔せずにティーヴへと向かいたい。』


『坊やが。わかった。行こう。』


結界のなくなった辺境伯の屋敷はこれまで以上の厳戒態勢を魔狼たちは敷いている。

獣も魔獣も、コサックが枯れた海を渡ってきたあの頃の比ではないほど戻ってきており、豊かな生態系になりつつあったがその分危険性も増加していた。

弱肉強食も活性化し、とても4歳の幼児と魔狼が共に生活できる環境ではない。

魔法を行使できないコサックには厳しい環境となっていた。

それでも不用心に瞑想を中庭でするため、警備に当たる魔狼は気が気ではないとミハイルたちに文句を言うこともある。


『ちょうどいい、このまま全員でウィリスのところへ向かう。いいな、ランス。』


『構わん。』


ランスたちがウィリスの屋敷に着くと、見慣れない服を着てフードを被った何者かが応接間から出ていくのが見えた。

しばらくフードの者らが完全に去るまで倉庫前で待機をし、応接間からフロテラたちがウィリスと一緒に出てくるのを確認して、駆け寄る。

普段姿を晒すことのないランドールが出てきたのを見て、異常の事態であることを魔狼以外の全員が理解した。


「フロテラ!」


リズリーが呼びかけると、大人たちは一度立ち止まったが再び歩き出しそのまま廊下の奥へと消えていく。

立ち止まったフロテラたちにランスらが群がった。


「始まるのか!?」


「・・・ああ、子供として何もすることはないが。一週間後、決行だ。神気武具は父上が集めていた。このタフトの兵全員分、壊れても3度付け直せるほどの量だ。父上とヘルト氏はほぼ毎日、武具に祈りを捧げていたらしい。父上には、やはり敵わない。」


「ずっと戦ってきた方だもの。頼もしいじゃない。」


フロテラの自身を嘲笑するような笑みを、不意にリズリーに握られた手が払う。

フロテラの手にも力がこもる。


「そうだ、我々はこれから、真の意味で浄化を始めるのだ。」


「そうなの?またフィルシズと戦うんだね?!やった!!パンテラの時はほんとしてやられたから、今度こそは全員僕の魔法で守り切ってみせるよ!」


イブリスのだらしなかった姿勢が一気に直る。


「王と王子のことは良いのか?」


「ああ、ランスはラクシャーサを知っているか?」


「勿論だ。・・・じゃああれは?!」


「ああ、そうだ。そして組んだ。」


ランスは外套の2名を思い出していた。


「本当にいよいよなんだな。」


「そして1つ約束してほしい。おそらく内紛は父上とヘルト氏に任せておけば敗れることはない。問題は不浄の地だ。今回防衛場所は不浄の地から近い。戦没者が出れば。」


「アクシピトリ・・・。」


リズリーがつぶやく。


「そうだ、奴が出てくるだろう。そして我々は直接その身で経験している不浄の地の侵蝕。その侵蝕が一気にこのティーヴ内を覆だろうと、父上は予測しておられた。もしそうなった場合、ヌシらだけでも辺境伯の屋敷に転移してくれ。」


「フロテラ、君は。」


「私は、最期まで見届ける必要がある。このタフトも無事では済まされない。マリッド、エレンたちはこの廊下の奥の部屋で静養している。最悪の事態となれば、エレンたちだけでも救い出してくれ。」


「わかった。ちょっとエレンちゃんのところに行ってくるね。もしできるなら始まる前に移動することも考えなくちゃ。いくわよ!」


は、とマリッドは侍女を連れてエレンたちの部屋に向かった。


「・・・随分と頼もしくなったな。」


「フロテラやランドールよりも先に、私とマリッドは浄化を経験しているから、かもな。神気武具ならフマトに余剰分がある。私と同じ大きさの武具であれば、壊れてはいないから皆が1つずつ装備できるだろう。」


ランスが目を瞑る。

そして苦虫を潰したように口を歪ませた。


「しかし、くそ、こんな早く事が始まるなんて!せめて、せめて!」


最後まではランスは言わなかった。

言えなかった。

コサックのおかげで、コサックの神気でフマトに平和が訪れた。

その神気がここティーヴでは使えないもどかしさ。

ならばティーヴを先と思う反面、自領の平和を先んじる思いとぶつかり、そして自領を優先してしまった自分を悔やむ。


「不浄の地の張り出し方までは捉えられなかった。私の思慮の浅さが招いた事だ。」


『ちょっといいか?』


『なんだ、ソフィア。』


『ここの魔鳥の穢れには縁故がある。そいつを浄化させる義務がある。』


全員に念話を繋いでいるソフィアが過去アクシピトリと対峙した時のことを皆に伝えた。


『そんなことがあったのね。』


『あの鳥がどうして狂ったのか、浄化して聞き出し、失った子らを弔う。』


子供たちが、ふっ、と笑みをこぼす。


『ああ、ソフィアは強いな。』


『さすがはコサックの母親だ。』


『聞き出すのね。私も手伝うわ。』


子供らの反応にソフィアは首をかしげる仕草をする。


『なんだ?』


『私たちが後ろ向きの考えをしていたにもかかわらず、ソフィア、今言ったのは戦いが終わり浄化した後のこと、ヌシは生き残った未来のことしか考えていない。そしてそれができるものと確信している。このフロテラが、後ろ向きとはな!』


フロテラは天を仰いて込み上げてくる笑いを抑えられずにいる。


『当たり前だろう。できない時は死ぬ時だ。死ぬことなど考えてどうする。坊やとずっと一緒に生きるし、坊やがフロテラたちを助けてほしいと願っている。その願いを実現させるだけだ。』


『はあああ。僕もこんな母親がいたらいいのにな!感動しちゃったよ!!そうだね。前を向いていたのはソフィアと僕だけ。君達も見習った方がいいよ?!』


『・・・ちっ、今回ばかりは見習ってやる。』


『うわはああ!ランドール君に言われちゃ照れちゃうよ!』


小躍りするイブリスの前にマクシムが座る。


『イブリス。』


『なんだい?マクシム。』


『我々も戦うにあたり神気を纏う何かを手に入れたい。何かできないか?』


『そしたらシビルさんのところに行こうよ。始まるまでにまだ時間はある。何ができるか一緒に行って考えよう。他のアルトゥムカニス諸君もついてきてね。じゃあ早速行くよ。いいね?』


イブリスはニヤリとフロテラに笑いかけた。

フロテラが深く頷いたのを見たイブリスは快楽で身を捩らせるようにクネクネと体をくねらせる。


「この世界を食い物にしている奴をこの手で絶対に止めてやるんだからね。」


念話ではなく口で言葉を発し、皆に言い聞かせることでイブリスは自身を鼓舞した。

イブリスが転移していく魔法陣をフロテラたちは見送った。


「・・・リズリー?いつまで手を。」


「あらいいじゃない。減るものじゃなし。」


「ふっ、そういうのが好みか。」


「あのバーリさんの血も受け継いでいるからな。体には気をつけるのだぞ?」


「ヌシら悠長なこと言ってないでさっさと取り掛からんか!」


2名ともニヤつきながら、ランスはフマトに転移し、ランドールは倉庫の中に入るためウィリスを探しに行った。


「・・・リズリー、ヌシは何もしないのか?」


「あらもうしてるじゃない。私があなたのそばにいるわ。私がいる限りあなたは死なない。いいわね?」


「それは普通男が言うのでなはいのか?」


「いいわね?」


「・・・はい。」


「よろしい!」


繋いだ手を見て、フロテラはエルヴスに想いを馳せる。

そしてまた未来に希望を見出している自分に対して、笑っていた。

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