第109話 対話
フロテラの読みどおり、早い到着だった。
エレンと会話したその日の午後、ラクシャーサがタフトの屋敷に内密の話を進めたいと遣いを寄こし、ウィリスは最初驚いていたがこれを了承、了承後間もなくラクシャーサが現れたことにまたウィリスは驚いたと同時に辛気臭さを感じていた。
深くフード被り目立たない外套を身に纏った2名の男が、ウィリスの待つ応接間に通される。
「ようこそ、我がタフトへ。第一王子殿下。」
「無いにも等しい肩書きは結構だ。ウィリス卿。」
フードを取り外套を脱ぐと、あの耳飾りと煌びやかな衣装に身を包んだテーヴァにしては端正な顔立ちの男が現れた。
もう1名の男もラクシャーサの外套を受け取った後でその身をウィリスの前に現す。
ラクシャーサの近侍、としてはとても身なりの整った格好をしており、流石は王子のそば仕えといった出立ちをしている。
近侍の男がウィリスに話しかけた。
「今日、こちらに伺いましたのは、フロテラ殿と内紛についてお話をさせていただくためでございます。いらっしゃいますか?」
ウィリスがラクシャーサに向けた作り笑顔が一瞬で崩れる。
「なんのことでしょう。」
「・・・ふふ、そうか。フロテラは独自で動いていたか。ウィリス卿、フロテラをここへ、そしてランドールもいればここに連れてきてほしい。」
ラクシャーサの言葉、フロテラを呼んだことで彼の意図を勘づいたうえで、だが失礼があってはならないとウィリスは使用人を呼び、フロテラとランドールを呼び出して2名の到着を待った。
しばらくして応接間の扉が叩かれ、ウィリスは中に入るよう促す。
「お連れいたしました。」
1つお辞儀をしてフロテラとランドールが部屋の中に入ってきた。
フロテラは大きな羊皮紙を巻いて持っている。
「ご苦労だった。」
本来ならウィリスが言うところをラクシャーサが発する。
すると女の使用人、以前オムとシビルがタフトの屋敷を訪れた際に身の回りの世話をした者がラクシャーサの近侍の男の隣に立つ。
何が起きているわからないウィリスはもちろんだが、フロテラとランドールもなぜ女使用人がそちらに立つのか混乱する。
「長い間ご苦労だった、ベロニク。もういいぞ。」
「はっ、ラクシャーサ様。」
「これはどういう。」
堪りかねてウィリスが誰でもなく問いかける。
すると近侍の男が話し始めた。
「ウィリス卿、この度は失礼を承知で、ラクシャーサ殿下に代わり申し上げます。まず私ヤックと申しまして、近侍として普段は殿下にお仕えしておりますが、本来の仕事は密偵にございます。ベロニクもまた、私と同じ殿下の密偵でございます。」
驚きから怒りへとウィリスの表情が変化する。
それでもなお、ヤックと名乗った密偵は続けた。
「ベロニクは、陛下より殿下に、兵器や武器を保有するこの屋敷の警戒にあたるよう任命され、密偵である彼女を派遣させておりました。保有する兵器はウィリス卿の収集癖によるものであるとベロニクから逐一報告がありましたが、陛下より任務継続の指示がありましたため、殿下よりベロニクに指示をしておりました。そして今、その任務と解き、また殿下のもとに戻ったという状況でございます。」
ウィリスは、王の指示で自分が監視されていたことに腹を立てはしたが、若者に元使用人が報告していた内容を聞き、ほっと胸をなでおろすと同時に疑問が胸の中に湧く。
「兵器で王の寝首をかくと報告されていたとしたら、ここはすでに焼け野原となっていたことでしょう。ですが殿下、どうして密偵に任務を解かれたのでしょう。陛下に対する背信行為ではありませんか?」
「ああ、そうだ。」
ラクシャーサの即答にウィリスは言葉を飲み込んだ。
「そう・・・でございますか・・・。では本腰を入れると?」
「やはり、話が早そうで助かる。」
「そうですか。どうぞおかけください。実を申しますと、私からもベロニクに、フロテラとランドールの動向を調査するよう指示をしておりまして、大まかなことは把握しております。しかし、この内容は殿下には伝わっていなかったのでしょうか。」
子供たちはウィリス側に、ラクシャーサらはウィリスの正面に机を挟んで腰をかけ、ウィリスの言葉を聞き入った。
「ああ、ベロニクからは兵器の用途の報告しか受けていない。指示どおり、報告は絞っていたのだろう。」
「私からの報告は、殿下のみであればもっと詳細を逐一報告したのですが、王族全員に伝わってしまいます。私は殿下の密偵です。殿下の立場が悪くなるような報告はいたしません。それにここタフトはティーヴ領で稀に見る安全かつ健全な領地です。ここに戦火を降らせるなど言語道断であると判断いたしました。殿下、密偵としてお役に立てず申し訳ございません。」
見方によっては使用人としても密偵としても、信頼に値し仕事のできる存在であることを、ベロニカは示していると言えた。
よい、とベロニク合図をするラクシャーサの、その懐の深さも窺い知ることができる。
大物、ウィリスは目の前の男を直感した。
「10年前の武具の使用は報告しなかったのかね?」
「はい、致しませんでした。エルヴスで使用されると聞いておりましたので、ティーヴ内での使用でないのであれば報告に値しないと、それにその武具は名もなき屋敷に譲渡されるという話でしたので。中での出来事は私の理解の範疇を超えていた、というのもございます。説明が、その、困難を極めます。」
確かに、とウィリスが懐かしむように天井を仰ぐ。
オムとシビルが付与した炎を纏う剣、転写さえ出来れば量産が可能な魔法陣を作り上げた天才たちの仕事の風景。
「もう、見ることはできないのだな・・・。」
ラクシャーサが黙ったままウィリスを見続けた。
その行為がウィリスの感傷の邪魔をするような無粋な輩では無いと訴えるように見える。
だがしかし、ラクシャーサは別の感情が蠢いていた。
自分が動かせる力はそれほど多く無い。
ましてや相手は自分の父にして現王、力の数としても信頼としても、ラクシャーサは父よりも劣っている。
今ここで目の前の男の気分を害するようなことがあっては、味方を失っては、もう父を討つことはできない。
柔和な笑みの奥に極度の緊張を秘めていた。
「話をしても、よろしいか?」
「ああ、ああ。殿下、申し訳ございません。老いるとどうも、涙もろくなるものですな。内紛のお話でしたな。その手引きを現王、殿下のお父上が扇動されていらっしゃると。そして弟君も。私としても争いに終止符を打たせていただきたく、フロテラを泳がせて動向を見張っておりましたが、ついにあの町を襲うと。殿下はご存知ないかもしれませんが、10年以上前、ティーヴの歴史に類を見ない不浄の地の大侵蝕が起こったことがあります。」
ウィリスの話にヤックが反応する。
「監視都市の乱、ですね。大きな魔狼を連れたティーヴァの戦士が母国を裏切り監視都市を不浄の地の中に沈めたという。その時に不浄の地が50メトレは外に張り出したとされる大侵蝕。それが今回とどのような関係が?」
「不浄の地の侵蝕は生者を取り込んで大きくなります。取り込む量が一気に増えるなら、侵蝕もまた加速を。」
「ということは。」
フロテラが立ち上がった。
「父上!あの町で内紛が起こって侵蝕が拡大したら、被害を受けるのはその町だけじゃない?!」
フロテラは手にずっと持っていた羊皮紙を父親の前の机に広げた。
フロテラが寝る前に見ていた地図だ。
「ああ、そうだフロテラ。次の内紛を止めなければ、不浄の地はタフトに到達する恐れがある。そして不浄の地に意思があるものとして、侵蝕は次に飲み込むところを目指して範囲を広げる。タフトよりも不浄の地に近い場所、不浄の地はティーヴの領土の真ん中に巣食っているから。」
「ここは?!」
「そんな!」
「・・・なんと愚かな、我が一族は。自分で自分の首を絞める結果になるなんて。」
ベロニク、ヤックとは対照的に、ラクシャーサはいたって冷静で驚きよりも落胆が感情を支配しているような、どす黒い声を出した。
「ティーヴの首都が飲み込まれれば、この領は終わりです。不浄の地の観測は魔狼たちにやってもらっています。意思を持つ、と申し上げましたのも少しずつではありますが、この10年で不浄の地は生者の多く住まうところ、つまりここタフトのような町を目指していることが分かっています。ようやく今ここにきて、不浄の地は監視都市の次に侵蝕を加速させる町まで手を伸ばしてきました。別に内紛など起きなくとも、アクシピトリが出現し、その攻撃の範囲の中に入ってしまえば。」
「・・・終わり。種族がこの世界から1つ消える。」
あまりの内容にラクシャーサら3名が絶句した。
「・・・父上は!このことを知っておきながら何もしなかったのですか?!」
「お前も分かっているだろう。内紛の首謀者を暴き出すには体力がいる。首謀者が分かったとしても次の行動を起こすための準備と後片付けの体力も必要だ。全面戦争になってしまえば不浄の地の侵蝕をただ早めるだけ。タフトの民をただ苦しめるだけとなる。本当はフマニテよりも先にここティーヴの浄化をコサックたちに任せたかったのだ。アクシピトリの攻撃に対抗できるのは、おそらくオムさんだけだろう。そしてコサックでアクシピトリを削り・・・。だがそれはもう。」
「・・・失われた力は、大きい。神気も。」
「ああ、そうだ。」
フロテラは拳を握りしめ唇を噛み締めた。
また見ているだけで終わってしまうのか、辺境伯の時と同じように。
この屋敷にいる者全て、エルヴスの屋敷に避難をさせたい、エレンをまた悲しませてしまうことになるかもしれない。
フロテラ本人の意思に関係なく、涙が溢れてきた。
不意に応接間の扉が開き、入ってきてはウィリスの隣に移動する。
「2名の代役を探し続けて、やはり神気の方は見つからなかったが、魔法師の方はどうにかなりそうだ、ウィリス。今保有している神気武具で対抗するしかないだろう。」
無礼も何もかも承知で話し始めたヘルトの姿があった。




