第108話 消えるわだかまり
夕食の時間を過ぎてあとは地図を眺めるか布団に入るかのどちらかであったフロテラのもとに、息も絶え絶えランドールが戻ってきた。
「どうした!何が!」
「はあ、はあ、ラクシャーサに、会った。」
「ラクシャーサだと?!」
フロテラはランドールを椅子に座らせて自身も対面に腰をかけ、ランドールの息が落ち着くのを待った。
「フロテラ、悪い。まず、先に、謝っておく。」
ランドールから最初に出た第一王子の名前と次の謝罪の言葉、この2つからフロテラは強襲と内紛の標的にはなっていないだろうことを予測し、内紛に直接関わりがない、どちらかというと今の王政に否定的で第二王子とも仲の悪い第一王子と直接対峙したランドールの次の言葉に期待をせずにはいられなかった。
「構わん。息が整ってからで良い。顛末を話せ。」
ランドールはまず次の謀略の標的である町に赴き、第二王子が貴族の館に出入りしていたこと、その調査中にラクシャーサの手のものに捕まりラクシャーサに対面し謀略阻止の幇助の約束とフロテラ側の人物相関を説明したことを、フロテラにランドールは手早く伝えた。
「そうか。そうか!ランドール!よくやってくれた!1人危ない目に合わせてすまなかったな。これでもう手をこまねいて見て見ぬふりをすることはできなくなったな。」
「どういうことだ?」
「ラクシャーサに拠点はここだと伝えたのだな?ならばじきにここへ直接本人が出向いてくるだろう。」
「どうする、フロテラ。」
「ラクシャーサが近くで動きを見ている分、こちらよりも事細かに状況を把握しているだろうからそれを聞き出す。父上にも、ヘルト氏にも同席いただき、意見を聞こうとも思っている。」
ランドールはフロテラのこの頼れる存在というものを裏表なく、とても羨ましく思っていた。
彼の両親は、まだ彼が幼かった頃に内紛に巻き込まれ死亡、家族、家庭の温かさやありがたみをまた戦争によって奪われてしまった。
前世の記憶がなければ、途方に暮れ、悲しみに覆われ、できもしない復讐を企てていたかもしれない。
凄惨な経験を何度もしてきた戦場の記憶が、まさか転生後に役立つとはランドールも露ほども思わなかっただろう。
各地内紛の難民を受け入れているタフトにランドールが逃げ延びた際、リージオン・スアヴィと書かれた腕章を付けウィリスの隣で自信に満ち溢れたように胸をはって立っているフロテラの姿を見て、ランドールががっしりと、タフトの兵に取り押さえられながらもフロテラの腕を離さず合言葉を鬼気迫る表情で唱え、フロテラは目を輝かせやっと見つけた同胞を強く抱きしめウィリスに断りもなく屋敷へと招き入れたのが、2名の出会いだった。
ウィリスはフロテラが転生した者であることを理解しており、目を輝かせながら抱き留めたみすぼらしいティーヴァの子どもが、息子の探し求めていた転生した者であることを即時に理解し、何もとがめることもなく、何も聞かずにランドールを受け入れた。
「しかしこの町、おそらく数日中に戦禍に包まれるだろう。不浄の地からも近いところ、町丸ごと飲み込まれるかもしれん。」
「ああ、またアクシピトリに力を与えてしまうことになる。早いこと内紛にはけりを付けたいのだがな。」
「神気武具が揃っていない今ではどうやっても勝てる相手じゃない。内紛を阻止しようにもあまりに時間がない。この町はもう、捨てるしかないかもしれんな。ふわぁ、もう寝るか。子どもになってからどうにも睡魔には勝てんな。」
「よく寝ておけ。愛するウィリスさんのためにもな。」
「ああ、そうしよう。」
2名の子どもが寝る支度をして明かりを消したとき、閉め忘れた部屋の扉の外から影をくりぬいて明かりがさしこむ。
影が動くと、遮られるものがなくなり明かりがまっすぐ部屋の中に差し込んだ。
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次の日の朝、フロテラは独りで屋敷内をうろついていた。
丁度そこに母であるサヴィーヌが通りがかる。
「どうしたのです?フロテラ。」
「母上。この屋敷にエレンがいると聞いたものですから。」
「あら珍しい。政治や世界情勢にしか興味がないものと思っておりましたよ。エレンたちがこちらに来るときも、私は良い後でにする、と言っていましたから。」
ウィリス同様、サヴィーヌもフロテラには前世から受け継がれた知識が備わっていることを知っており、その足で独りで動けるようになってからというもの、フロテラが欲しいと言ったものだけを与えるという奇妙な親子関係を築いていた。
ウィリスとサヴィーヌは、最初は戸惑い自分たちの子どもが子どもでないような気持にこそなったものの、子どもらしく甘えたくなる時があれば甘えさせ、奇妙ながらも絆をはぐくんでいた。
フロテラは、フロテラ・タフトという名前と立場に誇りを持っており、両親に誰の生まれ変わりであるかというのは伝えてはいない。
そんなフロテラが転生した者ではないエレンに興味を示したこと対してサヴィーヌは少し嬉しくなり、足を弾ませてエレンとマギローブのいる部屋へと案内した。
「おや、これは珍しいお客さんだね。」
サヴィーヌとともに現れた少年が、フロテラであることはウィリスから聞かされていたが、実際に会うのはこれが初めてだ。
エレンたちは特に屋敷の中にいる者に対して興味を持ってはおらず、大きなお腹とそのお腹の父親にだけ全神経を注ぎ、自分たちが身を寄せている屋敷の防衛にある程度の力、結界魔法を使っていた。
適度な運動も必要であると、屋敷内を1日に数回、彷徨くことはあってもフロテラのいるところまでは出向くことがなく、フロテラも最近は自室に篭もりがちになっていた。
「エレン、か。お前が。」
「坊や、お前、とは随分だね。」
エレンの鋭い視線にフロテラは動けなくなる。
「何の用だい?」
「妊娠、してるのか?」
やっとの思いで発したフロテラの言葉は、大きなお腹のことだった。
「ああ、そうだよ。生命の神秘ってやつさね。」
「そうか、もう寂しくはないのだな。」
「寂しい?なんでアタシが寂しがるんだい?好きな男の子を身篭り、今はこの上なく幸せだよ。これで浄化が進めば。浄化、まさか、あんた。」
「いや、いい。幸せなら構わん。」
フロテラは泣いていた。
屋敷に残した命が今こうして、どういう経緯で人の姿となったのかはわからないが、それがどうでもよく、エレンから幸せという言葉を聞くことができたことにより、自分の思い残しが晴れて嬉しさのあまりに泣いていた。
「邪魔をしたな。」
「待ちなよ、なんて呼べばいいんだい?」
「フロテラだ。最愛の両親から賜った大切な名だ。もうリージオンではない。」
「おかえり、フロテラ。」
「ああ、ありがとう、エレン。」
とても短い間ではあったが、フロテラにとってはとても濃密で価値のある時間だった。
最愛の男、言わずもがなあの男に若干の嫉妬をしながらも、意気揚々と胸を張って廊下を自室に向かって歩いていく。
「エレン、リージオンとは?」
「今コサックの住んでいる屋敷の元主、フーマンのリージオン辺境伯のことさね。アタシを普通の猫から魔猫に変えるきっかけを作った、アタシの家族。」
「そう。ならエレン、ワタクシとも家族ね。」
「そうかい?」
「フロテラの家族なら、最愛の親であるワタクシも、ウィリスも家族よ。」
「そうかい。」
黙り込む2名を面白そうに眺めるマギローブ。
「サヴィーヌ、いい顔だな。」
「そうかしら?」
「ああ。そう思うぞ。」
「アタシも、最愛の、なんて言われてみたいもんさ。」
「ふふ、あなたたちもすぐ、言われるようになるわよ。あの子の気持ち、聞けて良かったわ。」
エレンとマギローブは、サヴィーヌの廊下の方に向けた我が子を慈しむ眼差しがとても眩しく、そして目指すべき姿であることを同時に感じ取っていた。




