第107話 浄化された者
ちょっと長いです
「コサック様、いらっしゃいますか?」
フロテラの執事が辺境伯の屋敷にやってきて、律儀に中庭から正面玄関に回り込んで元気よく声を上げる。
「はい。ああ君はフロテラくんのところの。いらっしゃい。用件は何かな?」
少年執事の口調はとても穏やかで威厳をも感じさせるが、声色はまだ声変わりをしていない高音のよく通る少年の声で、そのちぐはぐがコサックは少年に会うたびに期待してもっと話を長引かせるように言葉を投げかけていた。
「神気を武具に込めたいのですが、人形、依代を持ってまいりました。神気の込め方をお教え願えないでしょうか。」
依代、これはいい表現だとコサックが感心しつつ、食堂に人形を置き、祈りをおくる。
「祈る内容はなんでもいいよ。フロテラくんのこと、神様のこと、両親のこと。無病息災を祈る、浄化がうまくいくことを祈る、今計画していることが上手くいくことを祈る、恋が実ることを祈る、なんでも。やってみて。」
少年執事の物腰は柔らかく、跪いて人形に祈りを捧げた。
「よくできていたよ。ディーヴの浄化に使うのかな?」
「はい、フロテラ様から神気武具の調達を任されております。体はこのようですが、蓄えてきた知識がまだこの時代においても有効ですから。それに、お仕えしているタフト家には他方から武具が自ずと揃いますので、こんなに仕事のしやすい場所はありませんよ。」
「ふふ。僕も君がタフトさんのところにいるのは心強いよ。」
少年執事は微笑み、食堂の人形を持って玄関へと歩みを進める。
フロテラのもとに帰るのだろうと中庭に直接向かうことをコサックは勧めたが、少年執事はがんとして譲らず、ありがとうございました、と笑顔で玄関から出ていった。
(ティーヴの浄化。アクシピトリは朧げで怖かったということしか覚えていない。もしアクシピトリ挑むというのなら、父さんと母さんにフロテラ君たちのことを見ていてもらうようにお願いしなきゃ。兄さんたちにも。僕は、まだ足手まといだ。)
コサックは屋敷の外に出て、今日の屋敷の護衛に携わっている念話でミハイルとウェラに呼びかけた。
『ティーヴで何かあるかもしれない。動きがあったらウィリスさんたちを手伝ってあげて。父さんと母さん、キリルとジーナにも。』
『わかった。じき冬になる。体には気を付けるんだぞ。』
『父さんみたいなことを言うね。』
『それはそうだろう。親だからな。コサック、お前も親になるんだぞ。』
『あなたの子、楽しみね。』
ウェラが少し微笑んだように、コサックには見えた。
世界各国を忙しく回っているとはいえ、表情が豊かで心が満ち満ちていることをコサックは感じ取る。
ティーヴの砂浜で出会った時の雌の魔狼とはもう全く別の存在であると。
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フロテラのもとに少年執事が戻ってきた。
「フロテラ様、ただいま戻りました。」
「おお!早かったな!してコサックは息災であったか?神気については学べたか?」
「ええ、とても元気な様子でした。ですがあの屋敷から動かないところを見るに、神気を限界まで使ってしまっているものと思われます。まだ療養は必要かと。」
少年執事の言葉が徐々にフロテラを笑顔から真顔に戻していく。
療養が必要という言葉を聞いて、フロテラは目を瞑る。
同じ転生者だというのに自分に神気がないのはなぜなのか、神と大きくかかわるコサックだからこそなのか、自分にその力が備わらないこと、たった1人に負担を強いることに、フロテラは嘆き若干の怒りを覚えていた。
「屋敷に持ち込みました依代でも神気は溜められるそうです。以降、この依代の近くに手に入れました神気武具と一緒に祈りを捧げることがよろしいかと存じます。」
「うむ、わかった。ご苦労であった。では引き続き転生した仲間の捜索に戻ってくれ。」
「はっ。失礼します。」
少年執事がフロテラに一礼して部屋を出ていく。
フロテラは机に広げたティーヴの地図に目を落とし、人差し指で一点を突く。
「さて、どうしたものか。」
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(次はここで騒ぎが起こるって情報だったな。あの貴族の屋敷に領主、現王の次男坊が入っていくのは確認しているから、まず間違いはないだろう。しかしな、やつをどうして白日の下に晒すか。)
ランドールはタフトから大人の足で3日の距離にある、タフトからほど近い沿岸部の町に来ていた。
彼がタフトの街からここまで、子供の足では倍はかかるだろう距離をわずかな時間で移動できるのはイブリスの作り出した靴に秘密がある。
イブリスは元来、魔法陣の研究に含蓄がある。
シビルの作り上げた付与の魔法陣を独自に読み解き、ランドールの履いている靴に移動に特化していると考えうる魔法を魔法陣に変えて付与をしている。
おかげでランドールは、音もなく短時間で長距離の移動が可能となっていた。
ランドールが今回の調査目標である貴族の屋敷の柵の外でポケットに手を突っ込んでフードを深く被り中の様子を窺う。
身長はそれほど高くないが鉄格子から中の様子は容易に見ることができた。
ランドールは立ち止まり、正面玄関から出てくる王子の弟を凝視する。
「君。あのお方に何かようかな。」
ランドールは飛び退いた。
見えるはずがない、気がつくわけがない。
フードのついた外套には、これにもイブリスの手がかかっている。
気配を消し、着ているものの姿を歪ませて存在自体を消し去るよう込められた魔法陣が外套の内側に大きく記されている。
イブリスの完全無欠の魔法陣を見破るなどあり得ない。
「どんなことをしても、この目からは逃れられないんだよ。」
男のつけた特殊な眼鏡。
常に魔法陣が展開し仄かに光を放つ魔法陣には見覚えがあった。
「真実の、瞳。」
「内紛が起こる前に必ず姿を現す謎の少年。どこから来てどこへ行くのか。今日は意を決して話しかけさせてもらったよ。」
「何の用だ・・・!」
「どうやら君と私たちは同じものを見ているようだ。会わせたい者がいる。さあ行こうか。」
不意に腕を掴まれたランドールは、もうこの手からは逃れられない、服従を強いられると思わせるほど実力に差を感じさせられる。
ランドールは男に素直に従い、男はあたかも親と子のように振る舞って街中を闊歩する。
1つの安宿の前につき、宿の主人は部屋の奥から出てくる気配はなく男も主人のことなど気にせずに階段をランドールの腕を掴んで登っていく。
最上階、その一番奥の部屋の前で男が足を揃えて姿勢を正す。
扉を一定の間隔で叩くと中から若い男の声がしてきた。
「失礼します。」
ランドールの腕を掴んだまま丁寧に扉を開けて中に2人入っていく。
必要最低限の掃除のみで、棚の上には白く薄く埃がかぶっているのが遠目からでもわかる、いかにも安宿と言った装いの部屋の中、見窄らしい格好をした男が椅子に座っているのがランドールの目に入った。
そして見逃さなかった。
「あ、あんた、その耳飾りは!」
「おっと、私としたことが、見えてしまったかい?」
今日の調査目標と同じ形の耳飾りを目の前の男がつけている。
長兄には赤色の耳飾り、次兄には緑色の耳飾りをつけることがここティーヴ王族の習わしとなっているのは、この領土に住まう者なら全員知っていることだ。
「何であんたが。いえ、失礼いたしました。貴方様がこのような場所に?ラクシャーサ殿下。」
「それは私の質問に答えてからにしてほしい。君はなぜ今日ここに現れたのか、教えてくれないかな?」
ランドールは目の前のティーヴァに驚きを隠せずにいたが、躊躇わずに自分がこの街にいる理由、紛争の原因としてラクシャーサの弟であるパピヤスについて調査監視をしていることを告げた。
「エルヴス先代族長の真似事を辞めさせ、ティーヴで団結して不浄の地に巣食うアクシピトリを討つことが私の目標です。改めてお伺いします。ラクシャーサ殿下はなぜここにいらっしゃるのですか?」
少年とは思えぬ言葉遣いにラクシャーサは感心しつつ、少年の問いを真摯に受け止め言葉を紡ぐ。
「私も、君と同じ結末を願い行動している。金と血の匂いに飢えた王は恣意的に内紛を起こさせ武器を売り至福を肥やしてきる。パピヤスも王に付き従い、より近く戦禍の中に身を置くことで血の匂いを深く堪能しているのだ。私はこの2名を止めたい。ティーヴで起きた内紛の死者の数を考えれば、必ず殺さなければならない。これが私の目的だ。君の言う浄化というのは、ここ数年で各領の不浄の地の浄化を進めている者たちがいると聞いてはいたが、君はその者たちの仲間なのか?」
「はい、ラクシャーサ殿下。仲間、と言いますか、私はその者たちに救われた身ですので、今度は私が彼らの役に立つために方々駆け回っている次第です。」
現在ティーヴ内の不浄の地はアクシピトリの巣食う場所のみ。
かつて不浄の地を監視するために作られた都市がアクシピトリに襲われて飲み込まれ廃墟と化し、今は跳ね橋を残すのみで原型は留めていない。
「救われた、と言ったが。内紛に巻き込まれてしまったか。それは私の不徳のいたすこと。」
「いえ、私の前世は不浄の地に囚われておりました。」
ランドールが失礼を顧みずラクシャーサの言葉を遮る。
「エルヴスの不浄の地に囚われていた私の魂を彼らは救い出してくれました。それては救われた我々は誓ったのです。救い出した少年たちの前に必ず舞い戻り力を尽くす、と。」
ラクシャーサが再び驚く。
今度は声を出せず、ただランドールの目を見て、そして口をつぐんだ。
「私からよろしいでしょうか。」
ランドールがしばらくの沈黙のあとでラクシャーサに口火を切った。
「失礼を承知で申し上げます。我々は私ランドールのほかに数名で組織して、本件内紛について調査をしております。ラクシャーサ殿下、お互いに利害が一致していることは先程確認いたしました。私としては、我々の目的達成のため殿下の見聞と力をお借りいたしたく存じます。」
「私を利用する、ということだね?」
「そうなります。」
またしばらくの沈黙、だが今回はラクシャーサがランドールを見つめ手を口に当てて考え込んでいる様子であり、先程の驚きのあまりに言葉を失い沈黙した状況とは違う。
「殿下、発言よろしいでしょうか。」
ランドールをこの部屋に連れ込んだ男がラクシャーサに発言の許しを求めた。
「構わん。」
「失礼します。少年に伺いたい。貴殿は、かの有名なティーヴァの武将であらせられたアスラ様では、ありませんか?」
かすかに、ランドールの眉がピクリと動く。
「アスラ様は私の祖父を庇ってエルヴスの地で没されたと伺っております。なんでもフマニテの辺境伯とやらが浄化研究のために建てた屋敷の近くがそうであると。我が一族をお救いになられた英雄が君、ランドール君で、アスラ様の生まれ変わり、そうではありませんか?」
ランドールは天井を見上げ、そして男の方に振り向く。
その目は悲しみと怒りに満ちていた。
「不浄の地に囚われ何百年もただ彷徨い続けたアスラの名は、俺が浄化された際に彼の地に置いてきた。今はランドールの名を両親から賜り、こうして不正を暴くことに心血を注いでいる。この領のため、俺を救った坊主のためにな。」
男が求めている答えとはかけ離れた回答であったが、男はランドールの言葉に涙を流して跪いた。
「ああ、やはり!殿下!私は。一族に語り継がれた英雄が今目の前に。」
「武将の話、私も伝え聞いたことがある。当時ティーヴァ内におけるどの戦士よりも猛々しく、魔法師よりも明晰であったと。私たちが戦争において散々辛酸を舐めさせられたオムというフーマンに匹敵するほどの使い手であった、と。」
オム、ここでも彼の名が轟いていることにランドールは心が躍り、すぐに逝去ってしまったことへの悲しみが覆う。
「オム・サピルス。彼は私を救った者の1名です。先にフマニテで行われた浄化に際し、その命を落としました。現在フマニテはエルヴスに続き、全領土において浄化が完結し不浄の地に怯えて生活するなくなったと喜びに湧いている、と聞いております。」
オムの死亡、ティーヴァ2名が驚愕の声を漏らしたが、ランドールの次の言葉の新たな疑問が頭をめぐり、ラクシャーサは問い掛けずにはいられなかった。
「その情報はどこから?私がフマニテの浄化の件を聞いたのはつい最近のことなのだが。」
「殿下。それをお答えするには、先程の力をお貸しいただけるかどうか、判断をまず先に伺えないでしょうか。」
ラクシャーサは考えた。
(今回の取引、この少年たちと手を組めばことが簡潔にそして早々に終わらせられる可能性がある。真実の瞳でしか見抜けないほどの高性能な外套を身につけている彼らの技術はなんとしても手に入れたい。この少年の後ろにいる存在が後々自分に牙を向けることになっても、今は自分のすべきことのために、手段は選んでいられないのだろうな。)
「わかった。力を貸そう。最初からそのために声をかけてここに呼んだのだからな。して、その情報源は?君の拠点はどこにある?」
「ありがたきお言葉。では申し上げます。情報はフマト第一王子ランスから、拠点はタフト子爵邸になります。」
「タフトだと?!」
ラクシャーサが今日一番の驚きを見せた。
「しかも、ランス王子とは。」
「ランス、タフト家のフロテラは私と同じ、前世の記憶を持つ者です。またエルヴス領よりパトリアルチ家長女のリズリーも同様です。」
「・・・パトリアルチ家とは親交もある。そうか。君の後ろはとんでもないな。タフト家、なるほどだからか。赤い旋風となぜ親交があるのかはっきりした。不浄の地の浄化で全員繋がっているのだな?」
「はい。」
「そうか、して君が今動いているということは、このティーヴにおいて内々にことを進める必要があるという事だな?確かにその通りだ。現王はとても好戦的だ。戦とならばティーヴ全領土から兵を集めて全面戦争を始めるだろう。内紛はその全面戦争に向けての憤懣感を各地に植え付けるため。そして戦争に勝っても負けても、現王と敵対する相手に戦の全責任が覆い被さるようにする。勝つことが正義、というわけにはいかん。ティーヴァの歴史からも先代王に打ち勝った者が王の座に即位する。私たちが現王に勝利したとしても、私たちが疲弊しきったところで新たな刺客に倒されてしまうことだってありうる。そこまで読んで、無用な争いを避け、最小限の流血のみで解決しよう、ということだな?」
「詳しくはフロテラと、一度お話になられた方が良いかと存じます。私としては、全面戦争だけは避けたい、そう思っています。」
「今日、君に声をかけてよかった。私の力などなくとも君たちは現状をどうにかしてしまいそうではあるが、私としては何が起きたか知らぬままわからぬまま過ぎるのでは沽券にかかわるだろう。機を見て連絡する。その者を外へと案内しろ。」
「はっ。さあ参りましょう。」
この部屋に連れてきた男のランドールに対する態度が一変していたが、ランドールは気にもかけず、王子に挨拶もなく部屋を後にした。
フロテラやランス、リズリーへの相談なしにラクシャーサに交渉をしたこと、その反応についての方がランドールにとっては気がかりだった。
「それではまた、お会いしましょう。ランドール様。」
宿の外に出るや否や、男が踵を返して宿の中へと戻っていく。
ランドールは街を出て、一目散に脇目も振らず、タフトに足を向けた。
次回も不定期です




