第103話 対パンテラ戦 大詰
境界を超え、剣を地面に水平に構え、走ってパンテラに近づく者がいる。
「まて!」「くそっ!」「コサック!」
ヘルトとエクサが続き、オムが目を瞑り、防御魔法を展開、防衛に徹した。
ラベリーも出ようとしたが、オムの支援が手薄になるとその場に残ったが、不安で押しつぶされそうな表情をしている。
イブリスは王家や貴族の防衛で手一杯だ。
ランスはただ、パンテラに向かう3名の男を見ていた。
どの者も、白いモヤに包まれている。
突然、ヘルトの頭上に魔法陣が現れ、体が炎に包まれた。
ヘルトは攻撃魔法や支援魔法は行使できない。
使えるのは収納魔法と、この全身を炎に包む魔法だけであった。
戦場にて、ヘルトは幾度となくこの姿をさらし、近づく者、斬りつけた者、すべてを焼き尽くしてきた。
ヘルトの機動力も相まって、戦場は赤い炎に包まれる。
赤い旋風、そう呼ばれるようになった理由でもあるが、ヘルトはまったくこの二つ名を良しとは思っていなかった。
戦場で焼けるものの臭い、鼻が曲がり目がつぶれそうになるほどの刺激臭を放ち、ヘルトが立った戦場でこの凄惨な焼野原とならなかったことはない。
無残な殺し方、何名もの種族を殺めたことを示す、蔑称でもあった。
オムもエクサも、二つ名を蔑称として受け取り、自身に枷ている。
エクサが時間を引き延ばし、まるで瞬間移動をするようにパンテラ、いやコサックに向かって走っているが、パンテラもじっとしてはおらず、コサックに向かって駆け、爪撃を食らわせようと、跳躍して前足を振り上げた。
コサックは止まらなかった。
振り上げられた前足がコサックの体めがけて下りてくる。
エクサは間に合わなかった。
コサックも跳躍し、剣にありったけの神気を被せ、真横に振り抜く。
剣はかすりもしなかった。
しかし、全身に纏った神気でパンテラの攻撃もコサックには届かず、剣に帯びた神気が前足とぶつかり、足を切り飛ばして消滅、浄化をさせた。
パンテラは着地ができず、不浄の地に転がる。
その機をヘルトとエクサは逃さなかった。
自身の炎と装備の神気を混ぜ、パンテラの残った前足を焼き切る。
エクサは後ろ足の根元から刎ねるのは難しいと考え、両足首を刎ねた。
パンテラは転がりながらも首の突起物をまた無数に伸ばして3名に攻撃を仕掛けたが、オムに攻撃が阻まれる。
コサックはパンテラの腹に回り込み、腹を切り裂こうと向かったが、パンテラの腹が自ずと開き、の肋骨が伸びてまるで牙を何本もはやした口のようになり、コサックに噛みついた。
肋骨の先端と神気がぶつかる。
肋骨が溶けるように消滅していくが、肋骨を閉じたときの風圧で、コサックは後ろに吹き飛ばされた。
肋骨が収納されると同時に、足が再生する。
勢いよく根元から生えてくる。
先ほど取り込んだ死者の分は、おそらく消費させたであろうが、それでもまったく、浄化は足りていないのだろう。
吹き飛ばされたコサックが立ち上がろうとしたその時、再生が早かったパンテラがまたコサックに向け跳躍し、今度は突起物と前足の同時攻撃を仕掛けてきた。
一閃、コサックがまた真横に振り抜く。
今度は見事に前足に命中させ、足を切り裂いたが、剣に多く神気が集められ体の神気がおろそかになり、尖った突起物の先端は消滅させ刺さることは無かったが、神気を突き抜けてコサックの顔や体を何か所も突く。
オムの防御魔法が間に合わず、直撃を受けたコサックはまた後ろに吹き飛ばされ、パンテラもまた転がった。
コサックはランスたちのいる場所から遠く離れた位置となってしまった。
神気の消費か、負傷によるものか、コサックは立膝をついたまま立ち上がることができない。
ヘルトとエクサはその状況に気が付いていたが、目の前の足を切ることを優先させた。
どん、と真横からコサックに当たる。
その衝撃でコサックは剣を手放してしまった。
恐れて手を出せずにいた者が境界を越え、コサックを抱えて反対側の境界の外を目指して走る。
続いて走るものがいる。
その者は、コサックが落としてしまった剣を拾い、ついてきていた。
「待ってろ、救護班のところまで連れていってやる。絶対にお前を死なせはしない。」
パンテラの突起物が伸び、走る者たちに向かっていく。
突き刺される、見守る者は誰しもがそう考えた。
しかし、突起物は根元から、切られていた。
「水魔法、速ければ速いほど水はなんでも切れる刃になる。ただ黙って防御に徹するなんて、僕がするわけないじゃないか!」
イブリスが得意げに、何発もの水魔法を突起物にあて、地面に落としていく。
落とされた突起物を、また別の槌を獲物とする者が、しっかり槌から神気を発動させて叩き壊す。
神気のモヤが薄くなると、別の者と交代して、同じことを繰り返す。
エクサたちも、足を再生させて何とか立ち上がろうとバラバラに再生を急いだパンテラを、幾度となく足への攻撃を繰り返し、装備の神気がなくなりそうになったところで、交代する者が現れ、エクサたちと同じように攻撃を加えた。
「よし、行けるぞ!」
ランスが剣を握りしめ、今にもパンテラのもとに駆けていきそうなところを、ラベリーが止めている。
騎士団も数名控えてはいるが、いつパンテラの突起物がイブリスの攻撃魔法をかいくぐってこちらにやってくるかわからず、防御に徹した方が良いと判断したためである。
王の近くにある救護班の天幕に、コサックが担ぎ込まれた。
ヘルトとエクサは神気の装備を替えに下がっている。
コサックの体は見る見るうちに救護班の力によって回復した。
(体が、重い。)
やっとの思いで上体を起こす。
神気が少ないことを悟ったコサックだったが、前線へ戻ろうと、担いでくれた者と剣を拾ってくれた者に礼をいって、天幕を出た。
「おい救護班!あの子をちゃんと治したのか?!」
「ええ、治しましたよ!体は完璧です。ですが、なぜ辛そうなのかわかりません。」
コサックはただパンテラだけを見つめ、ランスに気付かず隣を通り抜けていこうとするのを、ラベリーに止められた。
「だめよ!行っちゃダメ!」
「でも、行かなきゃ。」
「わたしの隣にいて!陛下と殿下をお守りするの!手伝って!」
コサックはラベリーの顔を見た。
パンテラの方を向きながらも、その瞳には涙をたたえている。
またコサックがパンテラの方を向くと、パンテラの様子がおかしいことに気が付く。
首にあった突起物が消え、パンテラの足が一気に再生した。
ものすごい勢いでパンテラがぐるりと回るように飛び、尻尾で取り巻く者たちを薙ぎ払った。
尻尾の直撃を食らい、多数の負傷者が出る。
一気に形勢がパンテラに傾いた。
パンテラの少し動きは鈍く、負傷者を運び出す者を、誰も仕留めることができなかった。
不浄の地の中に誰もいなくなったことを理解したパンテラは、その赤い瞳をコサックの方にぎょろりと向けた。
不浄の地は狭まっていないところ、魂はまだ、パンテラの中に囚われている。
パンテラが再生した4本の足で地を蹴り、コサックの目の前までやってくると、また回転を加えて尻尾で薙ぎ払う動作を見せた。
ヘルトとエクサが装備を整えて戻ってきており、薙ぎ払いも何とか持ち堪え弾き返し、パンテラの体勢が崩れているのを逃さず、尻尾をエクサが切断した。
エクサがパンテラの下から戻って、パンテラも大勢立て直すと、口から青白い何か揺らぐものが見えた。
オムとイブリスが全力で結界を張る。
パンテラは、口から青白い炎を吐き出した。
オムとイブリスの結界が、硝子が割れるような音を出しながらもパンテラの炎を受け止めていた。
結界の中にいる者は動けず、外で避難している者もまた、炎が結界から跳ね返り、パンテラの体を包み込んでいるため手出しができない。
オムより少し後ろにいたイブリスは、2本の突起物がオムを突き刺そうとすんでのところまで迫っているのを見た。
間に合わない、そう思うのが先か、刺さるのが先か。
突起物がオムの背中から腹を貫通し、こめかみから貫く。
オムの光を失った目、だらりと開いた口、ぶらぶらと力なくぶら下がる腕と足。
青白い炎がやみ、パンテラはゆっくりとオムを口に運び、一口に飲み込む。
ニヤリ、とパンテラが笑ったような気がした。
「ああああ、ああああああああああああああああ、ああああああああああああああああああ」
言葉にならない叫びをあげるコサック。
ラベリーが何かを叫んでいる。
エクサも何か、悲しみからか叫んでいる動作をしている。
ヘルトが激情の表情でパンテラを見据えている。
音のなくなった世界で、コサックはただ叫び、剣を横に構えてパンテラへと向かっていく。
何もかもがゆっくりに見える。
パンテラもコサックを見据え突起物を伸ばして前足を振りかぶる。
コサックは神気をすべて剣に移し、神気を剣の形にして剣身の何倍もの長さに変え、パンテラに振りかぶった。
エクサが先攻し前足を切り飛ばす。
前足と同時に背後から2本の突起物がコサックを突き刺そうと狙うが、動き出していたヘルトが1本弾く。
突起物の残った1本がコサックを襲う。
コサックは跳躍してパンテラに斬りかかろうとしたところに、右の太ももに突起物が突き刺さる。
突き刺さるとほぼ同時に、伸びた剣をまっすぐ下に振り下ろした。
剣は本体に当たっていないが、伸びた神気がパンテラに当たるとそこから消滅していき、真っ二つに切り裂かれた。
太ももに刺さった突起物が折れる。
「があああああああああああああ。」
左足だけで着地し、動かなくなった足を振って腰を回し、真横に剣を振り抜く。
十字に切られたパンテラの目には、もう何も映っていないようだった。
回転から倒れそうになったコサックは、無理矢理に地面に剣を突き立てた。
魔法陣が発動し、浄化の光が辺りを包む。
不浄の地に返るよりも早く、ぴくぴくと動くパンテラの肉塊が浄化の光に包まれパンテラは消滅した。
無数の光の球がパンテラがあった場所から現れ、天へと還っていく。
コサックつけていた防具が役目を終えて崩れ、風に流されて行った。
大きく息をして俯いているコサックの前に、一つの光の球が寄っていく。
「コサックや。」
ハッとコサックが声のする方に顔をあげた。
「そんな顔をするでない。別れを言えずに還るところ、クレイブが気を利かしてもらっているからの。コサック。」
オムが天を指さして続けた。
「ワシはな、どうせろくな死に方をしないと思っておったんじゃが、案の定じゃったの。ほっほっほっ。しかしこれで、ワシの犯した罪が消えてくれるといいんじゃがな。謎の少年とエルヴスで出会い、ようやくワシの人生の歯車は回りだしたんじゃろう。お前さんと出会ってから、楽しいことの連続じゃった。時にはつらいこともあったの。10年、寝ていても不思議といつかは起きると希望をもって過ごせたんじゃ。このワシが希望を胸に生きるなんてな。さてコサック、ワシは役に立てたかの?」
コサックはオムに抱き着こうとするが、オムの体をすり抜け、そのまま地面に倒れ込んだ。
「うう、う。」
涙が溢れて起き上がれない。
「コサック、神気をほぼ使い切ったようじゃな。この姿だとよく見えるわい。また倒れないようおすそわけじゃ。クレイブのじゃがな。ほっほっほっ。あと、その右足も、治しておいてやろうな。魔力を周囲が集められるのは話したな。懐かしいのう。」
コサックの体が光に包まれる。
右足に魔法陣が展開した。
「さあコサック、立ち上がるんじゃ。そしてまた、みんなを導いておくれ。エクサ、嫁さんと子どもたちと息災にな。ヘルト、お前さんも家族を大事にな。ラベリー、コサックのこと、よろしく頼む。あとワシの可愛い弟子たちにも伝えておいておくれ。達者でな。」
コサックから光が消え、オムは光の球となり、天へと還っていった。
神の息吹の中、涙を拭いて立ち上がり、それぞれの想いを胸に、オムを見守った。




