第99話 所長
「ここに来たってことは、もしかしてパンテラの浄化に参加するのかな?奇遇だね、僕も参加するんだ。シビルさんだっけ。僕の作った魔法陣をあんな風にするなんて、ほんとすごいよね。小型化も、あんな文字列は考えも及ばないよ。今日はシビルさんいないのかい?」
「シビル君はここには来ないぞい、イブリス君。」
「そうかい。またわがままを言っているのかな。」
「いやあ、ワシから言うのもなんなんじゃが、妊娠して安静にしておるぞ。」
ガタン。
イブリスが立ち上がった勢いで椅子が倒れる。
「な、なんだって。あんな、国の宝を、誰が、どうして!」
「落ち着きなさいイブリス君、シビル君の、自分の意思じゃ。まさかお主、シビル君のことを?」
「何言ってるんですかオム先生!シビルさんは尊敬すべき先輩で国の宝です。そんな存在を、軽々しく妊娠させるなんて!あり得ない!」
「いや、子供が欲しいって、絶対に自分の好きな男の子供が欲しいと事あるごとに言っておったし。念願叶ったんじゃなかろうか。そんな宝と言われる存在なら、子供も期待できるのではないたろうかな。ワシは期待しとる。」
「は、オム先生は相手の男を知っているのですか!」
「知っとるも何も、なあ、コサック。いや、先に謝っておこう。すまん。夜声が大きくての。エレンもマギローブもじゃが。最近は、お主もじゃぞ、ラベリー。いや、聞くつもりはないんじゃ。声がな。」
コサックの顔が強ばり、オムをそのまま見て、オムは髭を触りながら罰悪そうにして、ワシも引っ越そうかの、と言っている。
イブリスが驚愕の眼差しを、ゆっくりとコサックに向けた。
あんぐり開いた口を閉じて、咳払いをして姿勢を正す。
「ううん゛。そうか、君か。君なら、その、なんだろう。わかる気がするよ。僕から見ても、整った顔をしているし、うん。変な意味でとらないでおくれよ。シビルさんの趣味にあってるって話だ、僕の趣味じゃない。それに、率先して不浄の地を浄化する姿勢は、僕も一目置いているんだ。10年前のこと、聞いたよ。誰しも命が惜しい。死にたくない。それでも自分のことを二の次に、誰でもできることじゃない。ただの馬鹿か、勇気ある行動か意見は分かれるだろうけど、僕は後者だね。そうか。君か。10年間寝ていた割に筋肉あるね。」
やけに納得して語るイブリスの言葉に、ラベリーが少し嬉しそうな顔をする。
「話がだいぶ逸れたね。僕の悪い癖。パンテラの浄化だけど、パンテラ以外の浄化は全く進んでいないよ。浄化を始めて何体か天に送っても、どこからともなくパンテラが現れて浄化していた生者を飲み込んでしまうから、結局フィルシズの数は減らないんだ。しかもこの計算だと、浄化に派遣できる者はどんどん減って行く一方だから、我々がジリ貧ということになるよ。ったく、厄介な相手を送り込んでくれたよね、あの声の主は。」
表情が段々と苦虫を潰したようになっていく。
「まあ君たちには大いに期待しているよ。コサック君、君は我々の最終兵器だ。君以外に神気を扱える者はいない。奴らにとって天敵の君なら、どうにかしてくれるだろう、そうだろう?シビルさんの子供が神気を使えるなら、君がもし死んでも代わりはいる。」
「滅多なことを言うでないぞ、イブリス。」
イブリスの発言がオムの逆鱗に触れたのか、10年前と寸分変わらない物凄い殺気が辺りを包む。
イブリスは息を呑み、椅子から転げ落ちそうになっていた。
「オムさん、ある程度の覚悟はできています。そのような事態も想定している。だが、イブリスの取り越し苦労となるようにしましょう。」
オムの気配が穏やかになる。
「そうじゃな。危なくなったらワシが守ろう。それくらいは、まだできるはずじゃ。」
10年の間に、神気の武器は改良され、溜め込んだ神気を誰もが放出できるよう、剣を振れば浄化ができる仕様に改良されていた。
屋敷にあった剣は一番最初に作られた剣で、発動に神気を当てる必要があるが、今の神気の武器にはその必要がない。
ただし、使える時間がごく限られており2分保てばいい方で、戦闘は短時間に効率よく進める必要がある。
普通のフィルシズであれば、一振り当てることができれば浄化ができるうえ、フィルシズの本能から、生者に向かってくる習性を利用して、ただ不浄の地に立って襲いくるフィルシズに当てていれば浄化が終わる。
他の小さな不浄の地ではそのようにして、魔法陣と像があまり出る幕のない浄化方法をとっていた。
「今回は従来の方法では無理が来る。まずパンテラを浄化し、その後で魔法陣と像を使って浄化する方法ですすめることになっているよ。いったいパンテラのどこが急所で、どのくらい攻撃すれば全て浄化されるのか、全然わかっていないから、戦闘は気をつけてね。僕も現地で支援をするけど、使い物になるかどうか、自分でもわからない。わかっている情報としては、このパンテラは自分の骨を使って突き刺す攻撃をしてくる。この骨がどこまで伸びるのかはわからないけど、多分体長の2倍は伸びるんじゃないかな。不浄の地の外に攻撃するなら、それくらい伸びるのではないかと言う予測でしかないけど。」
よいしょとイブリスが椅子から立ち上がり、こちらに進んでくる。
「さあ、時間だよ。コサック君のそれは自前の装備かい?現地にも用意があるから見てね。それじゃあ行こうか。あとは任せたよ、主任。」
部屋まで案内してくれた研究員にイブリスが声をかけ、すぐに転移石を使う。
小さい声だったため、目的地を聞き取ることができなかった。
魔法陣が辺りを包み、コサックたちを運んだ。
見知らぬ部屋に転移したコサックたちは、なんの説明もないまま歩き始めたイブリスの後を追いかけ歩く。
オムはどうやら場所が分かったようだ。
「謁見の間の前かね。」
「さすがはオム先生。ここの王様の許可はちゃんととってるよ。僕だから許される行為だよね。」
オムがため息をつき、イブリスの次になるように速足で歩き始めた。
ヘルトもオムの思惑に気が付いたのか、隊列の一番後ろに並ぶ。
「王様はいるかい?謁見したいんだけど。」
巨大で重そうな扉の前にいる、いかつい体の兵がイブリスを睨みつけた。
どうやらこの兵はイブリスを信用しておらず、煙たい存在として見ているのだろう。
「その者たちはなんだ。」
「王様が今回浄化に当たる場所の助っ人さ。」
「ならばここではなく、騎士団の兵舎前に集合のはずだが?」
兵の口調がどんどん強くなるが、イブリスはまるで気にしていない。
「浄化の糸口を見つけた僕の方法をさらに確固たるものにした功績者だよ。そんなぞんざいに扱っていいのかな。こちらは魔法研究所の名誉研究員であるオム・サピルスとその名を知らない者はいない元騎士団の豪傑ヘルト・イダルツだよ。」
「ヘ、ヘルト様、だと?!」
まじまじと兵がヘルトのことを見て、本人であると確信したのか態度を改めた。
「ヘルト様!事実無根の罪に問われ、一度は騎士団を出たものの、先代フマト王の悪事を暴き、その時に現フマト王の御身を護衛し飛び交う魔法や武器の嵐をその身一つですべて退けた、フマトの、いやフマニテの安寧に寄与された名誉あるお方。お目にかかれて幸栄です!さぁ、どうぞお通りください!それからオム様も!どうぞ!」
「なんでそんな説明口調かな。ヘルトさんのことくらい誰でも知っているよ。それに僕と全然態度が違うね。なんでかな。」
(全然知らなかった。)
イブリスが兵に少し絡み始めたが、扉が開き始めたので身を正して完全に開くのを待った。
コサックにとっては掃除の凄い強いおじさん程度の認識だったため、兵の話を聞いてヘルトに対する態度を改めようと決意した。
「コサック、この話を聞いても態度を改めないでくれよ。息苦しいからな。」
ヘルトのひそひそ声が聞こえ、コサックの決意はヘルトによって一瞬で砕かれた。
謁見の間の扉が完全に開かれた。




