七話
現在、王都までの旅路にある俺です。
道中はやはり貴族の見栄よろしく、各町停車でそれなりの宿に泊まり、なるだけ夜営は避ける方針だったんだが。
まあ、そう云う時にかぎって出るんだよね、そう云うのがさ。
「おっと、ここからは通行料が必要だぜぇ、お貴族様よぉ、ぎひひっ!」
「身ぐるみ全部、それから命も置いてきなぁ!」
「お、ガキの癖に女連れかよ。たっぷり可愛がってやらねぇとなぁ、うひひっ。」
うん、テンプレに知能低そうな盗賊連中ですねー。
数的にはこちらの護衛騎士が三十、道中及び学園の寮で世話役として認められるメイド二人に俺と、それなりの人数で抑止力に成る筈だったんだが。
何処にでも莫迦は湧くものなんだなー……、よりによってうちを襲うとか。
盗賊連中は、騎士達の中で気配察知スキルを持ってた者が接近前から既に察知してたから、数は五十を越えてるのも判明して、こっちは迎撃態勢疾っくに整ってるし。
その上でうちの連中のレベルだよ? お前たちもう屠殺以外の未来が見えないよ……。
「で、それはいいとして、なんで護衛対象の俺まで外に出てるんですかね。」
「いやいや坊ちゃま、これはいい機会ですぞ? 折角だからここで童貞を捨てて行きましょうぞ。」
「はぁ?」
そんなもの疾っくに、いや、メイドたち、俺を見て頬を染めなくていいから。確かに何度も世話に成ってるけども、ここはそういう意味じゃないよね?
うん、まあ、気づきたくないけど理解したよ。詰まり俺に、人間相手の『狩り』を、経験させたいと。
アカン、身体が震えてきた。マジで、俺、ここで『人殺し』せなあかんの!?
ビビリまくった俺を他所に、周囲では早速雄叫びを挙げて襲い掛かってくる盗賊連中に、騎士達は実に、実に楽しそうな笑みを浮かべて動き出したよ。
うん、それなりにレベル上げた俺でも目にも止まらぬ速さで、全身金属装備の騎士達が消えたり現れたりするんだが。
一足飛びで盗賊の背後を取って、気づく前にずんばらり。
真正面から盾を構えた奴を、から竹割り。
一瞬で手足全てを斬りおとし、そこから連続突き。
血飛沫が、肉片が、内臓やその中に在った物が、吹き上がり、撒き散らされる。
臭いが、絶叫が、助命嘆願の声が上がり、暮れかけた街道が惨劇の光景に変わる。
「うぶっっ、おぇ、げぇえっ!」
「坊ちゃま、御気を確かに。」
「将来お家を継ぐ御身には、避けては通れぬ道で御座います。」
堪らず踞り吐瀉してしまった俺に、普段はフルバーストで甘やかしてくるメイド達が、俺を気遣い支えながらも、そう囁いてくる。
普段から皆は俺に対して過保護だが、同時に貴族として必要な事に対しては譲ってこなかった。つまりは、これもそうなのだろう。
王国は国境を幾つもの国に囲まれているが、中には友好国も在れば、険悪な国もある。
数年越しに、或いは王が変わる度に侵略戦争を仕掛けてくる碌でもない隣国の事も、家庭教師の授業でしっかりと学んでいた。
王家に忠誠を誓う立場として、将来に出兵を求められれば戦場に出るのは必須となるのだ。
この手で、敵国の兵を手に掛ける未来が、高い確率でやってくるのだろう。
だから、皆はここで経験させようというのだろう。
胃液だけしか出なくなった頃、周囲の騒音が静まり、生き残りの盗賊数人が騎士達に引っ立てられて、俺の前に並べられる。
どの顔にも絶望が、悲壮が、慈悲を請う瞳が俺の前に突きつけられる。
「……坊ちゃま。どうか、我らが主君としてのお覚悟を。」
「っ。」
筆頭騎士の、普段はおちゃらけて俺の緊張をほぐしてくれる彼、レーベリン・グダーイスキ(三十二歳、レベル九十八)が武人としての顔を見せて、俺の手に先ほどまで使っていた、赤い雫に塗れた長剣を捧げ持ち、差し出す。
「待ってくれっ、殺さないでくれ! 俺には十になる娘が居るんだっ!」
「もう二度とこんなことはしねぇです、奴隷にでも何でもなります、だからっ、だから!」
そんな声を、言葉を聞きながら、目を閉じて、息を斉えて。母上の、メイド達の顔を思い浮かべて。
破裂しそうなほど高まる動悸、呼吸しようとしても満足に吸えない。
だが、ここで逃げては駄目なのだろう。
彼らが向けてくれる忠誠に、俺は応えなければいけないのだ。そういう『家』に産まれたのだから。
そうして俺は、動かぬ的を、幾つも、手に伝わる感触を、耳に韻く雑音を、無心に成って。
この日、『童貞』を捨てた。