四十四話
三か月も過ぎた頃になると、それなりの手応えが得られてくる。
経営学の講義の一つである経理は、特に俺との相性が良かったよ。何しろ前世社畜な物で、数字が絡む事に対しては滅法強かったからね。当時はサビ残の悪夢でしたなかったけどさ!
「ライハウント君は、本当に計算が早いわね。私もこういうのは得意だという自負があったのですけれど。」
「実家では、財務の家臣と仲が良かったので、ちょくちょく仕事も覗いていたのですよ。家庭教師だけでなく、彼らからも実践的な手ほどきを受けてきましたので。」
「ふふ、私も実家の商会で小さい頃から色々と学んできたのだけれどね。何かコツとかあるのかしら?」
コツというか、前世の親が算盤が得意で、俺もその手の教室に通わされたからなんだが……説明出来る筈もないよなぁ。検定は受けてないから持ってないけれど、暗算にはそこそこ自信があったし、その辺の経験を今世に受け継げたのが一番のご利益だろうね。お陰で子供らしくない子供に育っちまったけど。
物心ついた頃に父親を失った影響とか思われたり、周囲の過保護な反応で誤魔化しが効いたのはよかったよなー、うん。
あと貴族の子息は、『色々』な意味で情緒の形成が早いからね、ほら、早すぎる『教育』とか、あれなあれでな?
文化文明がこちらより数世代は先んじていただろう、前世日本で受けていた義務教育。
細かい事は覚えてなくとも、あれがかなりの下地となっているのは間違いないね。向こうで生きていた時は、周囲も皆同じだから意識もしないけど、こちらに転生してからはあれがどれだけ身の為になっていたのかと、しみじみと再認識させられたからね。
「そうですね、例えば書式の表記や纏め方でしょうか?」
「あら、書式とか関係してくるのかしら?」
「ええ、結構これが大事ではないかと。」
「それは貴方の家特有の? ……教えては、頂けないのかしら?」
「こればかりは、申し訳ありません。」
会社で取らされた簿記資格だが、三級程度で十分領地経営に通用するくらいだもの。
こっちの経理って、縦に箇条書きで項目と金額を書き並べる書式をいくつも作っていたんだが、これがまあ見づらいわ効率が悪いわと。更に嵩張るしさ。
なので財務の家臣たちに、子供の思い付きとして『貸借対照表』の簡素な奴や、『減価償却法』などを無邪気なふりをしながら開陳してみたんだが。
最初は微笑ましく見守っていた彼らの前で、俺が書式に纏めていくとどんどん目の色を変えて食いつきが変わっていったからなぁ……。その後は『坊ちゃまは天才だ!』とか彼らに持て囃されるわ、母上まで報告が上がって『うちの子は神童だったのね!』と騒がれるわ。正直『やっちまったぁ!?』って頭抱える案件になったわ。
ちゃうねん、そのうち才子になって、いずれ只の人になる予備軍なだけやねん。
とまあ、そんな騒動の結果、その辺の情報はライハウント子爵家の財務『秘匿』情報扱いにされたし。ただ、財務系からは計算は楽になった、残業が減って家族サービスする時間が取れるようになりました、と彼らから物凄く感謝されたので、まあいいかと。
残業は辛いよな、そして仕事優先な父親が家族との『距離』が離れていくのを実感し悩んだりするのは、どの世界も共通なんだなぁと(しみじみ)。
「……ねえ、ライハウント君。今度私的なお茶会を開くから、私の部屋にいらしてみないかしら?」
「! よろしいのですか? 私のような下級貴族の出の者が、ヴィンテルジ様のお近くになるなど。貴女様の『品格』を落とされてしまうのではないかと……。」
よっしゃ、キター!と内心は小躍りしている俺なのだが、ここで飛びついてはいけない。
相手は大商会を成功させ、王国内でも飛び抜けた財を築き上げ、今も増やし続けている伯爵家の令嬢。年齢に見合わぬ知啓と、時折こちらに向けてくる探るような視線を見せるトスティナ・フォン・ヴィンテルジ嬢なのだ。
言葉の裏に一物や二物は、隠されていると考えて置くべきだろうね。
「我が家は、その様に身分で人を計りはしませんわ。人とは財産、才能は金脈に等しきもの。貴方からは、それを感じさせられますもの、ね?」
うーん、この子。事前に元主人公君を潰してなかったら、あれに取り込まれていたんじゃないかね? サブヒロインみたいな役どころになっていたのかも。きっと個別ルートなエンディングもちだな!(ゲーム脳)。
妙な勢いで人を惹き付ける所があったからなぁ、彼は。あのタイミングで潰しておいて正解だったのかもしれん。
「……そこまでおっしゃって頂けるならば。不肖の身に余る光栄、喜んでお受け致します。」
「ふふ、そう、よかったですわ。……では、また詳細は後日に。」
「し、承知致しました。」
うん、目がね? 獲物を捉えた蛇みたいなんですもの、この美少女。十三歳でこれだから、高位貴族の子息子女って怖いねん(冷や汗)。
凡人の精神はか弱いんだから、もちっと手加減して?




