三十六話
さて、エリク君の将来的な問題はともかく、男爵の問題が無難に片付いた事は何よりだよ。
だが同時に、増えた疑問も確かめねばなるまい。今後の自衛の為にもね。
「それにしても、よくそれだけの人員を集める気になれましたね。」
「うん? どういう意味だ。」
「万が一に、エリクオル君が勝っていたとしたら、そのお三方がせっかく集まって頂いた事も無駄足になる所でしたでしょう?」
「ああ、そうだな。」
特に動揺は見えないか。或いは気づくかどうかも試されているのかな?
「なのに日数をかけて、わざわざ確証も無い備えを確実に用意した訳ですね、学園も王家も。
まるで俺たちとエリクオル君の実力差を最初から知っていた様に。」
「……ふむ。」
更にもう一つ、これは入学当初から抱いていた疑問なのだが。
下級クラスの分け方についてだ。
実は五つのクラスは、王都を中心にした『半国線』(王都から国境までの直線距離の半分を結んで歪な円にした境界線)の内側を『中央圏』、東西南北それぞれを四圏として貴族の勢力圏が分かれており、俺が所属していたクラスは『東圏』出身ばかりで固められていたのだ。
ただ一人だけ、『西圏』に領地がある筈のアドヴェンチェル家子息が混ざっているという例外を除けば。
「まあ、学園には確実に【鑑定】持ちが居たでしょうし、LVなどの個人情報を抜かれている程度は想定内でした。王家にはそれだけの権力もありますしね。」
「そうだな、国法にも触れない正当な権利だ。」
「その上で、彼を俺たちのクラスに配置したのは……他のクラスだと、より大げさな騒ぎを起こすと看做されていた。
同時に、彼の性根を『へし折れる』人材が居る場所に宛がおうとした、なんて事はありませんよねぇ、先生?」
「………。」
「ひょっとしたら、その役は俺でもドーラバル殿でも、どちらでもよかったのでしょう?
何しろ二人とも、貴族としてはあまり血生臭い事を好まない性質みたいですしね。」
騒動が起きると、ほぼ確実に予期される事態ならば、その対策を怠るほど王家や学園の歴史は浅くない。
この事は、騒動の後にドーラバル殿と言葉を交わす中で、同じ疑問を抱いていた彼と検証しながら導き出した仮定だったりする。そして実際に、先生の反応から見ても大きく間違っては居ないんじゃないかな?
確実に一枚噛んで居ただろうしね、彼女。
「ふむ、一教師である私には答えの及ばぬ話だな。だが、言われて見れば可能性は無くはないだろう。お前たちは上手く事態を乗り切ってくれた訳だしな。」
「そう評価して頂けるなら、少しくらい個人的にご褒美が欲しいなと思ったりするのはいけないでしょうか?」
「ん? ……そうだな、実際君はよくやってくれた。私個人的にであれば、問題も無い。出来る範囲でならだが。」
よし、言質は取ったぞ?
「では、一つお願いが。」
「言ってみたまえ。」
「今この場で、ちょっと俺を抱きしめてくれませんか。」
「……なんと?」
「先生に、ぎゅっと、抱きしめて、欲しいなー、と言っているのですが。」
うむ、クール系美人熟女教師のポカン顔頂きました! ご馳走様です!
とは言え先生、実年齢よりはかなり若く見える外見なんだけどね。LVが上がると老化現象が遅延する効果がこの世界にはあるらしいので、冒険者をやっていた彼女ならさもありなんだろう。
「ん、ん゛んっ。私なんかに、だ、抱きしめられる程度が褒美になるのか?
君ならほら、隣の若い従者に幾らでも同じ事が望めるだろう。」
「それは確かにそうですが、彼女にして貰ってもそれは『命令』になってしまうじゃないですか。
先生に対しては『お願い』ですから、叶えて貰えるならばその価値が違いますよ?」
実際、必要性は皆無なんですけどね。ちょっと先生で俺の『才能』を試させて貰おうかなーと。一応、メイドたち二人で練習はして来たけど、関係ない他人にはまだ実績が無いからね。
「……だめですか、レカリール先生。俺は、貴方に抱きしめて欲しいんです。」
「うっ。」
必殺『幼げが最も可愛く見える角度で小首を傾げる様に相手を下から見上げ、瞳を潤ませて甘えるように訴えかける子犬』モーション!
母上譲りのイケショタな美貌でこれをやると、たとえば『俺はアリアが大好きだよ。』と試した場合、アリアは一瞬で撃沈し夜が凄く熱烈になるし、レイセルバージョンだとちょっと我を忘れて襲い掛かってこられて、かなり消耗させられたりしたのだが(後で不敬だったと凄く謝罪されたけど、俺的には寧ろ美味しかったです)。
果たして、レカリール・クラニッツァ女史(三十二歳・独身)への効果は如何に?




