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深層の回復姫

ゴールドランクの冒険者が到着した為か、戦線に戻る兵士が一気に増えた為か、徐々に負傷して教会に出向く兵士や冒険者の数は減少しているようだ。

自力で協会に辿り着ける軽症者は入り口付近でシスター達がポーションを用いて対応し、運び込まれる重傷者のみを救護室に控えたカルミアがヒールで癒し、すぐに戦線に復帰していった。

いっそカルミアが戦線近くに居座った方が早いはずだし、そこまで行かずともせめて協会の外で対応すれば更に素早い処置が出来るのだが、それを進言したところラウクラースが即座に却下した。


「貴女のヒールは規格外ですのよ?なるべく人目につかない方が安全ですわ」


という事らしい。そしてそれは教会で普段からリッカのヒールを目にしている他のシスター達も同意しているようで、カルミアには一定の配慮が必要と判断し、戦線に出てほしいという気持ちを抑え治療を終えた戦士達にカルミアの名をも伏せている徹底ぶりだ。


「ヒーラー様!一名運ばれてきます!」


名を伏せた結果、こういう事になっていた。

治療を終え回復した冒険者の中には、カルミアの名を訊ねる者も居たが、ラウクラースが積極的にカルミアの盾となって接触を阻止し、シスター達に半ば強制的に追い出される形で戦線に戻っていった。

ドラゴンフライは単体ではそれほど強いモンスターでは無く、不意を突かれて重傷を負うのは実力の低い戦士達が多かったのも幸いだった。


「まったく……ドラゴンフライ如きに遅れを取る未熟者がカルミアさんを引き入れようなどと無粋にもほどがありますわね」


今しがたカルミアにパーティ加入を切望した冒険者が逆切れを起こしラウクラースに食って掛かったがあっさり転ばされ救護室を追い出された所だ。

ラウクラースの呟きに救護室補助の為に控えているシスターアレクシアが苦笑いで返す。


「治療された戦士達の口伝いにヒーラー様の話題が広がっているようですよ、教会に回復姫が居るとか」


見習いの若いシスターが用意してくれたコップの水を吹き出しそうになってカルミアが思わず咽る。


「な……何ですかその回復姫って」


シスターアレクシアは軽症者を手当てしたシスター達が耳にした回復姫についての話をカルミアに語ったが、名前を伏せているせいなのかラウクラースという如何にも騎士っぽい護衛が付いているせいなのか、噂話に尾ひれが付いて女神だ深層の姫君だと持ち上げられているようだ。


「これだから未熟な冒険者は困りますわね。戦場で噂話に花を咲かせるなどと……」


ラウクラースから酷評が漏れる。


「それだけ戦士達に余裕が出てきたということでしょう。牙狼が到着してからかなり有利になっていると聞きましたよ、明け方には戦いが終わるかもしれないと」


「流石ですわね土拳のバルト、ゴールドランクは飾りじゃないという事でしょうね」


こうしてカルミアとラウクラース、シスターアレクシアは雑談も交えながら負傷者を治療し続け、遠くの空が薄っすら明るくなりかけた頃、やや困り顔でシスターシアが救護室に入ってきた。


「あの、ヒーラー様。ヒーラー様と顔見知りだと仰るドワーフの方が見えているのですが……」


ドワーフの顔見知りと聞いて一人思い当たる人物が居る。シスターシアに通してほしいとお願いして少ししてから入ってきた人物はやはり彼だった。


「おぅやっぱりカルミア嬢ちゃんじゃったか!」


「ドグラさん!……どうしてここに?」


「シーブリックで防衛固めてたんじゃが一匹も飛んでこんからブライトの奴に見てこいと頼まれての。戦場に着いてみたら大体落ち着いとるし、冒険者の噂話で聞いた回復姫だかが嬢ちゃんじゃないかと思っての」


ドグラの話を聞いて深い溜息を漏らすカルミア。


「何じゃい、元気が無いのぅ。魔力切れか?」


そう言ってカルミアの顔を覗き込むドグラは、少しニヤついていた。


「もぅ、からかわないでください!姫だのパーティに入れだのこっちは大変だったんですよ?!」


思わず愚痴ってしまった。だが、ドグラはそれを気にせずガハハと笑った。


「まぁそう邪険にしなさんな。嬢ちゃんのお陰で戦場の士気が上がったって牙狼の連中も喜んどったし、怪我をしても大丈夫だっつって若い守備隊共も気合い入っとったし、悪い事ばかりでもあるまいて」


どうやら回復姫が居るという安心感が戦場に良い効果を齎したようだ。


「っと、そうだ。ドグラさんこれ」


ふと思い出し鞄から緑色のマントを取り出した。ドグラから借りていた毛皮のマントの事を思い出したのだ。一応埃等を叩き落とし宿屋で干しておいたので大丈夫だろう。


「おぉ、そういや貸しとったな」


「ありがとうございました」


「なんのなんの、嬢ちゃんは律儀だのぅ。帰ってくるとは思っておらんかったわ」


そしてまたガハハと笑う。

そんなドグラとの穏やかな会話の後、朝日に照らされたモアス砦に法螺貝を吹いたような低めの音が鳴り響いた。


「どうやら終わったようですわね」


ラウクラースがほんの僅かだが肩を落としたのが分かった。今の音が戦闘終了の合図なのだろう……カルミアには"いざ、出陣!"というイメージが頭に浮かんで離れない音色だったのだが。


こうしてモアス砦側の勝利に終わった襲撃だったがカルミアの仕事がそれで終わりとはならなかった。

戦地を離れる事を良しとせず、限界まで戦い続けた功労者達が終結後に教会へようやく足を運び治療を受けていたのである。

その中にはモアス砦自衛団副隊長の姿もあった。


「副隊長様頑張りすぎです、(あばら)が折れているではありませんか……」


すっかり休みを取って魔力の回復したリッカがヒールを当てながら触診していた。


「部下を庇った時に少々な。この程度の怪我で持ち場を離れる訳には行くまいよ」


触診しては状態が酷い箇所へ重点的にヒールを送る。リッカが数少ないヒーラーの中でも突出しているのがその微細なコントロールだ。

ほとんどのヒーラーはカルミアも含め、対象の全体にヒールを行き渡らせる。カルミアの場合はそれで全身くまなく治療してしまうので問題は無いのだが、他のヒーラーは治癒力を薄く広く伸ばした状態になってしまう。結果、重傷になればなるほど治癒に時間がかかる訳だが、リッカは日々の治療を鍛錬としヒールを局地に集約する術を身に付けた。全体に薄く伸びるはずの治癒力を一点に集中させる事で治療時間の大きな短縮を可能にしているのだ。


「うむ楽になった。リッカ殿、(かたじけ)ない」


治療が済み、寝かせられていたベッドから起き上がった副隊長は、片隅に立て掛けていた2本の刀を腰に結わえ直しリッカに頭を垂れた。


「ときに、戦場で耳にした回復姫とは、窓際に居るあの者で間違いはござらんか?」


「あっ……はい。そうです」


「左様か。ならば彼の者にも礼を申さねばな」


そして窓際で待機していた虹の梺の3人とカルミアに近づいていった。フォルテとアルカは終戦の笛を聞いて救護室の2人に合流している。

同じ部屋の中で会話に聞き耳を立てていたラウクラースは近づいてくる兵士が何者であるかは既に知っていたので立ちふさがることなく彼を通した。


「ヒーラー殿、此度の助力心よりお礼申し上げる」


「あ、あの……頭を上げてください。私はシーブリックギルドマスターに依頼されただけですから」


明らかに年齢も自分より高く、兵士達の中で上の階級であろう騎士が深々と頭を下げるのでカルミアは思わず慌ててしまった。


「ぬ、それはギルドマスターの指名依頼という事であろうか?」


「その通りですわ副隊長様。彼女は教会での支援を、私達虹の梺パーティは彼女の護衛と補給物資の運搬をギルドマスターから指名されていますの」


「ふむ、あい分かった。現場の後始末が残っている以上今すぐ報告書を用意は出来ぬが、後ほど此方からシーブリックギルドに依頼完了の一報を送らせて頂く故、安心してシーブリックに帰還されよ。もちろん評価は最良にしておこう」


「感謝致しますわ」


ギルドの依頼は納品系しかこなしてないカルミアはこういうやり取りには疎い。ラウクラースが率先して纏めてくれていることに安堵を覚えた。ラウクラースがそれで納得しているのだからそういうものなのだろうと。


「やったねー!アルカもいっぱい頑張ったもんね!」


「ん、いっぱい落とした」


「うむ、教会側からドラゴンフライを撃ち落とし続けたアーチャーの件も聞き及んでおる。この砦の生命線を守り抜いてくれた事、改めて礼を言おう。そなた等のおかげであの数のドラゴンフライと相争ったとは思えぬほど死傷者は少ない」


「それだけじゃ無いぞぃ。モアス砦を迂回してシーブリックに向かってた一団体を牙狼と嬢ちゃん達が撃ち落として進んだらしいからの。シーブリックへの被害防止にも貢献しとる」


情報収集に出ていたドグラが救護室へ戻ってきて副隊長にそう告げた。


「これはこれは、ドグラ殿ではござらんか。まだご健在であったか」


「人を年寄り扱いするんじゃない。まったくお前さんは昔から変わらんの。だがこんなところで油を売っとって良いのかのぅ?被害状況の把握やらゴールド共との報酬の打ち合わせやら仕事は山積みじゃろう?」


「ぬ、そうであった。それではヒーラー殿と虹の梺のお三方、これにて失礼」


ドグラと顔馴染みのような会話をした後、副隊長はカルミア達に一礼をして救護室から颯爽と退出した。その背中を見送った後、カルミアはドグラに聞いてみることにした。


「副隊長さんってドグラさんのお知り合いなんですか?」


「そうさのぅ、あやつもブライトも近所の悪ガキだった頃からの腐れ縁じゃな。2人とも両親揃って自衛団だったからわしが兄替わりに面倒見ておった時期があっての」


「ぶ……ブライトさんが悪ガキ??」


「今のあのお堅いイメージからは想像も付かんだろ?あぁ見えて昔は結構ヤンチャだったんじゃぞ?」


そう言ってニヤニヤとドグラが笑う。その様子を見ているとヤンチャしていたのはドグラな気がしてきたカルミアだった。


「さてと、わしは帰って戦勝報告するとしようかの。ブライトの奴が首を長くして待ってるだろうからのぅ」


そう言ってカルミアに手を振り、ドグラは救護室を後にした。


「自衛団隊長のブライト氏に五ツ星職人のドグラ氏……カルミアさん、一体どうやって知り合ったのです?」


「えっ……えっと、盗賊に攫われて閉じ込められてた所をブライトさんに助けられたんです。その時ブライトさんと一緒に居たのがドグラさんやリッカさんで……それまで山奥で暮らしてたんですが家も無くなっちゃったのでシーブリックに」


盗賊に攫われ、家も失ったと説明したらラウクラース達の表情が一気に暗くなったので少し失敗したかと思ったカルミア。


「そっかー。カルミアちゃんも大変だったんだねぇ」


「あの……でも、ブライトさん達にすぐ助けられたので!両親とはもう会えないですけど、冒険者として生きていこうかなって……」


サラに盗賊に攫われた女性達の悲惨さを聞いていたカルミアは咄嗟にフォローしようとするも苦しい説明しか出てこない。


「そう……でしたの」


ラウクラースが一際心痛な表情を見せる。


「そっかーそっかー、だからカルミアちゃんは冒険者の基礎っぽい事も知らなかったのかー!」


さらりとフォルテに痛い所を突かれた気がする。林に入るのに水すら持たなかったり、街の警鈴を知らなかったり思い当たる節は既に山ほどある。


「カルミアさん、虹の梺の皆さん」


軽く凹んでいた所にシスターアレクシアが近付いてきた。


「任務お疲れ様でした。外の方も治療が済み兵士達も居りません、もう外へ出られても大丈夫ですよ」


「感謝致しますわシスター。さぁシーブリックに帰りますわよ、あまり砦内を彷徨くとカルミアさんの正体に気づかれてしまうかも知れませんし……後片付けに追われている今が好機ですわ」


4人は頷きあって手荷物をまとめた。

教会の裏口に案内されるとギルドの馬車が待機していた。シスター達の計らいで人目につかず出られるように裏手に用意されていたようだ。


「皆様、この度は誠にありがとうございました」


シスター達に見送られて馬車に乗り込む。見送りの中にリッカの姿もあった。


「カルミアさん、ほんとにありがとうございました!今度は是非遊びにいらして下さいね」


「はい!リッカさんもお元気で!」


教会のシスター達に手を振って出発したカルミア達は復旧作業に慌ただしいモアス砦を素通りし、入口の門番に挨拶をして砦を出発した。

空は快晴。風は初夏のように爽やかに吹いている。絶好の馬車日和……かと思いきや、砦を出て早々道に横たわる大量のドラゴンフライの死体を運んでいる兵士達を目にして罪悪感に襲われる4人。


「……あの時はそこまで頭が回りませんでしたけど」


「あははー、ごめんなさいだねぇー」


「ん……不覚」


牙狼の馬車はドラゴンフライをこれでもかと吹っ飛ばしていたので道の上に落ちている死骸は全て虹の梺とカルミアが撃ち落とした物だ。


「何故土拳のバルトが出の遅い技ばかり使っていたのか……考えれば解る事でしたのに……私達もまだまだ未熟ですわね」


ゴールドランクのバルトは格下のドラゴンフライ相手に不必要に火力の高いスキルを使用していた。それは道にドラゴンフライを落として残さないようにという配慮からだった。

緊急時の冷静な判断力という点において、ゴールドランクとの明確な実力差を見せつけられた4人はしばらく静かに馬車に揺られていたのだった。


「そういえば……ドラゴンフライの死体ってあの後どうするのですか?」


砦を出ておよそ2時間後。一度目の休憩をしていた時、ふと素朴な疑問が浮かんできたのでラウクラースに聞いてみた。


「そうですわね、本来であれば丈夫な頭や羽を加工して武器や雑貨にするのでしょうけれど、あれほど数が多いと処理しきれないでしょうしほぼ焼却処分されるのではないかしら」


「そうだねー。放っておくと鳥類型のモンスターが匂いに釣られて来ちゃうかもしれないもんねぇー」


その後はドラゴンフライの羽で作られたランプやシャンデリアなど雑談で盛り上がり、二度目の休憩を挟んで午後になり、ようやくシーブリックの門へ到着した。

カルミア達が到着する前に帰還していたドグラが虹の梺の活躍を報告していたようで、門兵に労われ民衆に感謝され4人は嬉しいやら恥ずかしいやら複雑な気持ちだった。


「お気持ちは有難いのですけれども……私達だけで解決した訳ではないのにこうも持ち上げられると、なんとも気まずいですわね」


声を掛けられるので馬車から手を振っていたラウクラースがぼやいた。


「ドグラさんだな……あの人絶対大袈裟に言いふらしてるんだわ、あのニヤけ顔で!」


「ん……まずギルド」


「まぁーカルミアちゃんの事だけはちゃんと伏せてくれてるし良いんじゃないかなぁー?」


4人は急ぎシーブリックギルドに向かうのだった。


馬車はギルドの裏手に止まり4人は御者をしてくれたギルド員にお礼を言ってギルドへ入った。


「虹の梺!ようやく帰ってきたか、ご苦労だった!」


ギルドのドアを開けたら熊……ではなくダッカが仁王立ちしていた。

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