イケメン神様とゲーマー女子
とある県内の病室、そこがここ数年間の彼女の居場所だった。
延々と変わり映えのしないクリーム色の天井は最初の一年で見飽きてしまった。
それでも最初の頃はまだ彼女の両親が気を利かせて、季節行事やら誕生日やらと
色々と楽しませてくれたものだ。
だがそれすらも三年が過ぎた辺りから彼女には無意味なものになっていった。
何千人に一人、何万人に一人という世間的に言えば難病というものに
侵された彼女は月日が経つほどに動けなくなり、話せなくなり
とうとう食事の一つすら不可能になっていた。
まだ彼女が思考を保っていた時期、彼女は毎夜毎夜自分の運命を恨み続けていた。
発症したのは中学二年の時、楽しみにしていた学校行事の直前だった。
青春を謳歌するはずだった……まだ恋愛すらろくにしていなかったのに。
これまでゲームばかりで色恋沙汰はあまり興味が無かったけれど
高校生くらいになったら……などという淡い期待は病魔に食い尽くされた。
(神様のくそったれ……末代まで呪ってやる)
「いやぁ申し訳ない」
ふとそんな声が聞こえて彼女は我に返った。
こんなに思考がはっきりしてるのはどれほどぶりだろうか
声がした方へ意識を向けると、そこにはまるでギリシャ神話のような
白い布を身にまとった白髪のイケメンが何かに腰かけているような姿勢で
彼女を見つめている。
彼女はふとこれが夢なのではないかと思った。
あまりに恨みすぎてとうとう神様とやらが夢に出てくるようになってしまったのかと。
それにしてもやけにイケメンだ……彼女が内心で腹を立てるほどに。
「そんなに怒らないでほしい。好きで君をあんな目に合わせたわけじゃないんだ」
イケメン神様が夢の中で謝罪、彼女には苛立ちしか感じられなかった。
神とかいうものが実際に居るとして、彼女の人生が神の御業ではないとするなら
誰を恨めばというのだろうか。
「お詫びと言っては何だが、君の望む姿で転生させてあげるけど……どんな感じがご希望かな?」
望む姿……その一言も彼女の思考を少しばかり別方向へ逸らしたが
それ以上にその後の「転生」という言葉が引っかかった。
それはつまり……
「うむ、済まない」
彼女は考えをまとめる前に謝られてしまい、ついにこの日が来たかと思った。
これがただの夢だとしてもいつの日かこういう日が来るのは避けて通れない
彼女自身、自分が死んだと仮定したうえで一番に両親の顔が浮かんだ。
「申し訳ないついでに、転生先も君の居た世界へは不可能なんだが」
チラッと浮かんだ両親の元への転生は先に断られてしまった……もう一度両親の顔が見たい、その為の転生ならば猫でも犬でも構わないとすら思っていた彼女は意気消沈する。
ならばいっそのこと魔法とかがあるゲームみたいな世界で大暴れしてみたいと考えた。
三度の飯より大好きだったゲームも、病気のせいで全然シナリオ進めれなかったし……ジョブのレベルもカンスト出来なかったし。折角だから超モテそうな外見で青春とやらも味わってみたい。もちろん超健康体で……。
「それが望みかい?」
イケメン神様の問いに頷きを返した彼女だが、最後にイケメンが悔しいくらいのさわやかスマイルを見せた辺りでその意識はまた深淵へと落ちていった。
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そして気が付けばゴツゴツの地面に気休め程度の藁みたいな植物で作られた寝床に寝そべっていた。
さっきの神様が居た思い出そうと思っても思い出せない変な空間でもなく、ましてや見飽きた病室でもない。
明らかに自然物……洞窟とか洞穴と言うべきだろう。
仰向けに寝ているらしい自分の上には、豆電球のような光源が一つ。
後は弱弱しい明かりに照らされた岩肌しか見えない。
そのまましばらく呆けていたが、ふと自分の身体に違和感がる事に気が付いた。
病室で徐々に増していった怠さが無い。息苦しさも無い。
有るのは随分と元気な心臓の鼓動と、もはや開けていることすら億劫だった瞼がぱっちりと見開いている事実。
夢だとしても嬉しかった。せっかくなら起き上がれるかやってみようかと
二年ぶりくらいに身体を使うことを試みる。
が、久しく動いてなかったせいか力加減が分からず、立ち上がろうとして足がもつれ思いっきり前のめりに倒れてしまった。
「……痛っ……たい?」
倒れたショックと、そして何より身体に電気のように走った痛覚に思考が停止してしまった。
前のめりに倒れた姿勢をとにかくゆっくり起こして、腕やら脚やらに出来た傷を見つめた。
仄かな明かりしか無いのではっきりとは見えないが、土やら砂やら砂利やらに混じって血が出ている気がする。とにかく痛い……痛いのだ。
「夢……じゃない、とか有り?」
よくよく見れば腕も脚も病室に居た時の瘦せこけたものではなく、歳相応にしっかりと肉が付いてふくらはぎは程よく柔らかそうだ。手の指、足の指あたりからにぎにぎと動かしてみれば、しっかりと呼応する。
指から腕や脚、肩から首。座りながら動かせそうな個所の動作確認を少しずつ行って、立ち上がることに再挑戦してみる事にした。
久しぶり過ぎて立ち方すら忘れてしまった自分に苦笑いが浮かぶ。
まずはどうすれば良いのだったか……ぴょんと立ち上がるのはまた倒れそうだ。まず手を着いて、上体を前に起こす。ふらつくと危ないのですぐ傍の岩壁を掴んでゆっくりと脚に力を入れてみる。
片足ずつ、立ち方を思い出すように。岩壁を掴んだ腕の力も借りて身体を上へ。
ごつごつした岩壁に少し寄りかかりながらどうにか立つ事に成功した。
ただそれだけのことが、この上なく嬉しかった。
久しぶりの高い視線。立ち上がる事の出来たこの身体。声を出して泣きたいくらい嬉しかった。
立てた瞬間からもう涙は止まらなかった。
きっと近くに親友が居たら「立った!〇〇〇が立った!」と喜んでくれたに違いない。
泣きじゃくる事よりももっと身体を動かしたい衝動に駆られて、涙を流しながら壁伝いに歩いてみる事にした。
一歩、また一歩と徐々に歩くという基礎的な動かし方を必至に思い出す。
一歩歩けば涙を流し、また一歩前に進めば涙が顎を伝い地面へ落ちた。
壁伝いに歩くことが出来るようになれば、次は手を使わずに歩きたくなった。そっと岩壁から手を放し、脚だけで一歩。涙のせいで視界が滲むがそれでも足元をしっかり確認しながらまた一歩。
ゆっくりと進むと岩壁に到達する、もう一回とゆっくり方向転換してまた歩く。
何度か同じ行動を繰り返していると、岩壁ではなく鉄格子に辿り着いた。
岩壁ではなかったことに驚いて、ようやく涙を拭うという動作を思い出した。
鼻をひくひくさせながら鉄格子を掴んでその先を見た。真っ暗で何も見えない。何も聞こえない。
後ろを振り返ってみた。明かりが小さく見る余裕も無かったが、学校の教室より一回り小さいくらいの球体の空間で、奥にさっき寝ていたであろう藁敷きがポツンとある。出口らしきものは今立っている鉄格子の場所だけのようだ……よく見れば鉄格子の右手に屈めば通れそうな扉があった。
だが扉を確認してみれば当然のように鍵が掛かっているのか開けることは出来なかった。
身体はまったく疲れていないが、気持ちはだいぶ疲れた。ひとまず藁の方へ戻り座って休む。
地面の上に座るよりは痛くないはずだ。
体育座りで一息つくと気持ちも落ち着いてきた。そして考えなければならない状態だということに気づく。
くそ腹立つイケメン神様が言っていた通りこれが転生した結果だとするならば、なんともサービスが悪すぎる。食料も水も出口も無い牢獄みたいな場所に放置とか、人間を舐めているとしか思えない。
申し訳ないと思うならせめて金持ちの家の跡取りみたいな環境に落としてほしかった。
身に着けているのも布のワンピースのような服一枚と草鞋みたいな靴のみ。
とにかくイケメン神様が万が一もう一度目の前に現れたら一発ぶん殴ると決意して、次に考えることはこれからどうするか……である。
出口は無し、人が居る雰囲気も無し。
食料や水があるなら何日か籠城するのも良いかも知れないがそれも無し。
脱出しなければどうにもならないのが現状だ……だが脱出法が無い。鉄格子も扉も、さほど劣化が進んでおらず、女一人で破壊出来るような脆いものには見えなかった。
岩壁などは論外である。掘れる気がしない。
とすると、脱出する方法はただ一つ。他者に助けてもらう事のみとなる。
大声を出して誰かを呼んでみるべきか……だが自分の今の身なりを思うと人を呼んで助かる見込みが薄い気しかしないのである。どうみても奴隷とか、囚人って感じなのだ。
叫ぶか否か……相当に悩んだ。ただ座って悩んでいるのが勿体なくて屈伸運動から軽くラジオ体操も挑んでみた。
数年ぶりの健康体……感動でまた涙が出そうだが泣いている場合でも無い。
うんうんと柔軟体操をしながら悩んでいると、微かに砂粒を踏み潰すような音が聞こえてきた。
(っ!?誰かが来る!……助かる!?)
そう思ったが、ずっと考えている通り牢獄に閉じ込められるのは奴隷か囚人かだろう。この音の主が助けである確率はかなり低い。なんなら人間じゃなくて熊とか野生動物である可能性もある。
そうなれば逆にピンチである。藁敷きに横になり、まずは寝たふりをしておこう。
ゆっくりと……洞穴の中を確認しながら進んでいるのか、妙に速度は遅いがこちらに近づいてくるその音は足音のようだが、一人や二人程度のものでは無い。間違いなくそれなりの人数で歩いている。
あるいは四足歩行の猛獣か......。
「リーダー、こっちに牢獄らしき部屋があります」
「よし、リッカとシューヒスは牢獄内の確認を。他は先程の分かれ道に戻るぞ」
数人の話し声が聞こえた後、こちらに近づく足音がまさに鉄格子の直前まで到着したところで女性が驚いたような声を上げた。
「っ!あなた!大丈夫?起きれる?!」
「リッカ、リーダーに報告してくる。見たところ拉致被害者だろうから戻ってくるまでヒールを当ててやってくれ」
「わかったわ」
そう会話した後、男性は早足で来た道を戻っていった。
そしてリッカと呼ばれた少しばかり声の高い女性が鉄格子の前ですっと立ち、長さにして40~50㎝ほどの棒のような杖のようなものを構えてふぅぅと長く息を吸う。
集中しているのか目を閉じ今度はゆっくりと息を吐き始めると構えていた棒の先にぼんやりと光が集まり始めた。
寝たふりしつつ薄眼でその動作を見ながら、イケメン神様に「ゲームみたいな世界」と望んだことを思い出した。
リッカの棒に集まっていた光は少しずつ自分に向かって送られ始めていた。ヒールってことは回復魔法か……ゲームに精通する珍しい女子高生としてはあんなゆっくりした回復魔法じゃとてもボス戦には使えないなと勝手に批判する程度の低速っぷりだった。リッカという女性が見習いレベルなのだろうか。
出口側の方が暗い為に先程までは視認出来なかったリッカの身なりが、ヒールの明かりに照らされてぼんやりとだが確認できた。彼女は教会のシスターの様な服装だ。自分の体に触れたヒールの光はほんのりと暖かく、だが煙のようにすぐに消えていってしまう。
そういえば先程倒れた時の傷からヒリヒリとした痛みは消え去っていた。さすが回復魔法。
身なりといいリッカは「プリースト」とか……言わば聖職者あたりか。
そろそろ起きてもいい頃合かとたぬき寝入りを止めて……あくまでもゆっくりと弱ってますアピールをしつつ起き上がり、ゆっくりとリッカに近づいてみた。
「っ!良かった、どこか痛む?今仲間がこの柵壊してくれるからちょっと待ってね?」
とりあえずリッカが悪い人には見えないのでこくりと頷いておく。
「リッカ!どうだ?」
先程報告すると駆けて行った男性が戻ってきた。その後からは男性よりひと回り小柄な髭が目立つおじさんが付いてきていた。
「シューヒス……大丈夫、どうやら彼女は無事なようよ」
「そうか。ドグラさん、この柵お願いします」
シューヒスと呼ばれた男性に合図されて短く返事をした小柄な髭おじさんドグラが、腰に結わえていた斧を構える。
「嬢ちゃん、ちょいと下がっとれ」
大きく振りかぶったドグラがそう言うので、鉄格子から離れて様子を伺う。気合の一声と共にフルスイングされた斧はヒットした鉄格子数本を強引にひん曲げる威力だった。小柄な体型にたわわな髭、そしてこの怪力とくれば私の中では「ドワーフ」という某アクセサリー物語でお馴染みの種族がぴったりフィットした。
どうにか通り抜けれる隙間が出来たのでシューヒスの手を借りながら牢屋からの脱出を果たした。
リーダーとやらに合流する的な話をしながら人が2人並んで通れる程度の洞穴を進み始めた時だった……シューヒスよりはやや軽装な男性が駆けてきて
「シュー!まずいぞ!盗賊団がこっち向かってる!」
「くっ、予定よりだいぶ早いな。リーダーは別の道だ!急げっ!」
シューヒスはそう指示すると軽装な男性が駆けてきた方へ進み始めた。リッカもドグラもシューヒスの後に続く……私としては盗賊団なんてものにお目にかかりたくはないのであまり気乗りしないのだが、リッカがぴったりくっ付いていて拒否権が無さそうな雰囲気だ。
嫌だ嫌だと思っている時ほど出口というものはあっさりとその姿を現す。思ったより外は薄暗かった。というか陽が暮れ夕焼け空だ……朝焼けかもしれないが、ともかく鬱蒼と生い茂る周囲の木々のせいで空以上に暗い。洞穴の出口で番をしていたらしい身軽そうな女性は私たちを見るとやや険しい表情で林の先を指さした。
「距離にして100mってところね。迎撃するしか無いわ」
リッカに入口に居てねと言われた。入口と言わず何なら少し奥に引っ込んでいたい気分……
シューヒス達がそれぞれの武器を構え林の先を睨みつけている最中、自分の周りに居る彼らはどれくらい腕が立つんだろうかと疑問に思った瞬間だった。
ピッという軽い音とシューヒスの頭上にまるでターゲットアイコンの様な逆三角形の目印が現れた。更にシューヒスの横にウィンドウが表示されステータスと思しき文字列が並んだ。
〖シューヒス〗
種族:エルフ/男性 24歳
ジョブ:ナイト/… Lv31
HP:206/211
MP:43/43
STR:23
VIT:47
AGI:12
INT: 7
DEX:29
LUK:60
紛うことなきステータスウィンドウだ。
しかし何の冗談かナイトのクセに幸運(LUK)が一番高いとは。試しにとドグラの方を意識してみた。ターゲットアイコンがドグラに移り、彼のステータスが表示された。
〖ドグラ〗
種族:ハーフドワーフ/男性 51歳
ジョブ:鍛冶屋/戦士 Lv51
HP:315/315
MP:13/16
STR:50
VIT:38
AGI:20
INT:12
DEX:49
LUK:23
(ハーフドワーフ???)
混血ってことなのか……少しばかり予想と違った事に驚きつつも、ドグラの方がレベルもステータスも高めだという事は把握出来た。ならば自分は……
リッカや入口の番をしていた女性も気になるがまず自分を知らねばと意識を自らに向ける。
〖名前を入力してください〗
種族:人間/女性 18歳
ジョブ:ノービス/… Lv1
HP:1050/1050
MP:900/920
STR:10 ◁▷
VIT:10 ◁▷
AGI:10 ◁▷
INT:10 ◁▷
DEX:10 ◁▷
LUK:10 ◁▷
《ステータスポイント残り:100》
《スキルポイント残り:100》
これはまた何の冗談なのか……名前を決めろってのはゲームチックだけど体力がそこにいらっしゃるドグラさんの3倍。そのくせステータスは……残りって事はステータスを振れるタイプなのか。
ステータスを上下させるっぽい矢印も付いてるから間違いない。とすれば何に振り分ければ良いのか……
考えている内に入口前が騒がしくなった。盗賊団のご登場か……だとすればあまり悩む時間は無い。
そっと入口から様子を伺う。すぐ近くにリッカが立っている。他の3人はわーわーと喚きながら短刀の様なもので切りかかってくる盗賊団をそれぞれで対処しているようだ。
時折シューヒスが受けきれなくて手傷を負うのかその度にリッカがヒールを飛ばしている。ドグラがギリギリ攻撃を避け続けているあたり、回避と思われるAGIは20も有れば良いのだと推測した。
となればまず生き残るためにもAGIは確保すべきだ。念のためAGIを30まで振ってみた。ステータスポイント残りが80に減っている。
1ポイント=1ステータスが何処までなのかは不明だが取り直しなどがない場合もあるので慎重に振る数値を決めなければ。
そういえばスキルポイントなるものもあったな…そう意識したらウィンドウが切り替わって「習得可能スキル」という文字が表示された。
その項目には「ヒール」そして「フルスイング」が書かれていた。ヒールはリッカが、フルスイングはドグラが使っていたものだろうか……だとしたら見れば増えるという仕組みなのかも知れない。
物は試しと盗賊達に目を向ける。といっても入口を守るように立っているリッカの横から覗き見る感じなので全体が眺められる状態ではないが、丁度ドグラが盗賊の攻撃をすれすれで避けているのを見れる。
〖盗賊①〗
種族:人間/男性 18歳
ジョブ:盗賊/… Lv21
HP:107/194
MP:15/20
STR:12
VIT:16
AGI:30
INT: 5
DEX:16
LUK:10
ドグラを囲んでいる数人の盗賊団はほぼこのようなステータスだった。ドグラよりはAGIが高いのに双方ろくに攻撃をhitさせることが無いのは命中と思わしきDEXの影響か……それとも職業補正あたりが働いているのか。
AGIに振ったポイントの数値に若干の不安を感じたその時だった。
「っ!?ぐっ……」
ドグラに仕掛けていた盗賊数人の後ろから明らかに団長クラスと思わしき盗賊がほんのわずかなスキをついてドグラの真後ろに入りこみ、ドグラが纏っている重そうな鎧の隙間に短剣を突き立てた。
「ドグラっ!」
周囲の木々を軽やかに飛び移りシューヒスのフォローをしていた女性が声を上げる。シューヒスに向けていたヒールを慌ててドグラに送るリッカも相当に慌てている様子だ。ドグラに一撃を加えた盗賊はドグラのフォローへ回った女性の追撃をかわしてあっという間に下っ端達の後ろに下がってしまった。
(やばい流れだなぁ……)
「サラ済まぬ、後ろを頼む」
「任せなっ」
手負いのドグラを庇うように背中合わせに腰を低く、両手にチャクラムのような円形の刃物を構えたサラと呼ばれた女性とヒールを送っているリッカ。当然それまで2人のフォローを受けていたシューヒスが今度は苦戦を強いられ始めていた。
下っ端相手に苦戦するシューヒスに何時団長クラスが襲い掛かるか……時間の問題であることは明白だった。
彼らが敗れれば間違いなく盗賊団は洞穴に進軍してくる。中に居るはずのリーダーとやらがどのくらい強いか不明だがその前に私の身が危ない。改めて「習得可能スキル」を確認する。
「バックアタック」に「庇う」というスキルが増えている。やはり見ることで項目が増えていくようだ。
とりあえずこの状態を打破するには……ヒールだ。
シューヒスにリッカの代わりにヒールを送るしかない。前衛が崩れれば後衛に為す術無し……RPGの鉄則。習得可能スキルのヒールを意識すると「習得しますか?」というボタンが見えた。するする!そう思った瞬間「ヒールLv1を習得しました」という文章と一緒に「習得済みスキル」というウィンドウが出てきた。
〖習得済みスキル〗
ヒール:Lv1 ◁▷
《スキルポイント残り:99》
どうやらスキル自体のレベルも上げることが出来るようだ。リッカみたいにちまちま回復している時間は無い。どこまで振れるか分からないがとりあえずポイントを振れるだけ振ろうとした……が、ヒールLvは5で止まってしまった。
5で大丈夫なのか……そう思った瞬間に別のウィンドウが「ヒーリングフィールドの取得が可能です」と告げた。スキルにある程度ポイントを振ると上位スキルが出てくる……スキルツリーのようなものがあるのだろう。
どうせならとヒーリングフィールドを即座に習得する。
ヒーリングフィールドに振れるだけスキルポイントを振るとヒーリングフィールドはLv10まで上げることが出来た。
〖習得済みスキル〗
ヒール:Lv5
ヒーリングフィールド:Lv10
《スキルポイント残り:80》
とりあえずこれで彼らのフォローは出来るはずだ。
あとはステータス。
いくらスキルを覚えてもMP不足やら演唱時間が長ければ使えるはずもない。ステータス振りは慣れたものだ……まずMPの数値を確認しながらINTに1ポイント振り分けてみる…MPが5増えた。コストパフォーマンスが素晴らしい。
参考にリッカを調べてみたら最大MPは100と少しだった。30ほど減って残り70少々。ヒールを何発か撃っているはずなのでヒールの消費量自体はさほど重くはなさそうだ。
ヒーリングフィールドになると分からないが元々900もあるのだ十分足りるだろうとINTへの振りは止めにした。演唱に影響しそうなDEXはリッカが35だったのでもっと必要だと感じて50まで上げてみる。そしてAGIだ、自分の装備を見てみると洞穴に寝そべっていたせいか薄汚れたワンピース一枚しか着てないのだ。こんな状態で一撃でも喰らえばたまったものじゃない。ポイントが勿体ないとか言っていられないのでがっつり振り分ける。
〖名前を入力してください〗
種族:人間/女性 18歳
ジョブ:ノービス/… Lv1
HP:1050/1050
MP:920/925
STR:10 ◁▷
VIT:10 ◁▷
AGI:60 ◁▷
INT:11 ◁▷
DEX:50 ◁▷
LUK:10 ◁▷
《ステータスポイント残り:9》
《スキルポイント残り:80》
(準備は出来た)
ふぅと軽く息を吐く。不安も緊張も最高潮だ。失敗すれば全滅もあり得る……洞穴の奥に進んだと思われるリーダーとやらを待つのも手だがそれ以上にドグラがまずい気がする。
やるしかない。
シューヒスにターゲットアイコンが付いたのを確認してヒールを意識する。
「ヒール!」
うっかり口に出してしまったことに自分が気づけないくらい緊張していたらしい。唱えた瞬間にシューヒスの周囲にリッカのそれとは全く明るさの違う光が纏わりついて煙のように消え登っていった。
シューヒスが自身に起こった出来事に戸惑い大きなスキを見せたが、それ以上に盗賊もリッカも空気が凍り付いたように目を見開いている。
(……次はっ)
周囲の状態など構っている余裕はない。最も重体だと思われるドグラにターゲットを移す。
「ヒール!」
シューヒスと同じようにドグラにも光が纏わりそして消えていく。
「なっ!?」
ドグラもシューヒス同様に戸惑いの声を上げたが年の功だろうか、すぐ自身の体が癒された事に気が付いて態勢を整える。その様子を見ていたサラも戸惑いつつもドグラを庇う姿勢を変え木々の上へ飛び上がると、シューヒスに襲い掛かっていた盗賊が見せたスキを突いてバックアタックを綺麗に決めた。
サラに後ろから致命傷を与えられた下っ端盗賊がどさりと地に伏したところでようやく盗賊達が我に返って戦闘を開始する。
「あなた一体……あんな早いヒールを見たのは初めてだわ」
前衛が全快し少し余裕が出来たのか、入り口側にやや下がってきたリッカが私へそう呟く。いや、回復魔法が遅かったらまずいっしょ?なんたっけ、兵は神速を尊ぶだっけ?
「ともかくありがとう、おかげでヒール以外の補助が出来るわ。MPが大丈夫ならヒール頼める?」
ヒール以外も見れば覚えれそうだしMPは10も減っていないので頷いておく。私が同意したのを確認したリッカはシューヒスへ棒……もとい杖を構え直す。よく見ればただの棒ではなくきちんと装飾が彫り込まれているので多分杖だ。長く太くした感じのつまようじに青い石を埋め込んで更に模様を掘った感じ。リッカは私にヒールを撃った時のように呼吸を整え集中しているようだ。少ししてリッカの杖の青い石が発光して同じ光がシューヒスの体をぼんやりと包む。
「サンキューリッカ!」
先ほどまで浅くも攻撃を受けていたシューヒスが盗賊の猛攻をドグラ並みに避け始める。
気になってシューヒスのステータスを確認すると
〖シューヒス〗
種族:エルフ/男性 24歳
ジョブ:ナイト/… Lv31
HP:206/211
MP:43/43
STR:23
VIT:47
AGI:12 +10
INT: 7
DEX:29
LUK:60
黄緑色の数字でAGIにプラス補正がかかっていた。もしやと思い「習得可能スキル」を確認すると「ハイステップ」というスキルが増えている。
要するに回避アップ。実にシンプル。
使い勝手は良さそうなので習得し、Lvを5まで上げてみると「ヒットアップ」が習得可能になった。間違いなく命中アップだ。ここらのバフスキルは持っていて損は無いはずだとヒットアップも習得してLvを上げる。
5まで上げたところで更に「ヘイスト」が出てきた。回避と命中はもう覚えたしヘイストが何に適用されるのか疑問点が浮かんだがヘイストといえばド定番の速度アップ魔法だ。これも覚えて損は無いはずだと覚えて5まで振ってみた。
そうしているうちに洞穴の奥から駆け足で近づく数人のカシャカシャとこすれる金属音。私の横をすり抜け、リッカの横でぱっと周囲を見渡し即座にシューヒスへ加勢したこれまた大層な重装備を身に纏ったナイスミドル。
「済まん、待たせた」
「リーダー!」
どうやらようやくリーダーのお出ましのようだ。盗賊に囲まれそうになっていたシューヒスの後ろにつき周囲を警戒しているリーダーとやらにターゲットを合わせてみる。
〖ブライト〗
種族:人間/男性 41歳
ジョブ:ナイト/… Lv50
HP:398/401
MP:43/43
STR:40
VIT:64
AGI:20
INT:21
DEX:29
LUK:31
さすがリーダーって事なのか、レベルも防御力もシューヒスよりだいぶ高い。が、やはり回避と命中が難点だ。ドグラと比べても大差はない。人数が増えてもこれでは埒が明かない。
ヘイストの出番のように思える……だが誰に撃つべきか。効果がどれほどか不明な状態で使うのだからターゲットは慎重に選ばねば。いや、いっそ全員に掛けてしまえば良いだけなのだが……どうせなら一撃で、出来れば盗賊団の団長辺りを沈めてしまいたい。ということで木々の上部を見渡す。ターゲットアイコンがサラを捉えた……姿が見えなくても居場所が分かる。
便利すぎだターゲットアイコン。
そして意識する、今度は口を閉じたままかけようとした……が発動しない。唱えないと駄目なのか。リッカは何も唱えてなかったと思うんだがまぁいい。
「ヘイスト!」
青々と茂る木の枝の間に隠れて盗賊団の司令塔への一撃の機会を待っていたサラは突然の高揚感に驚く。自身に何が起こったのか……まるで羽のように体が軽い感覚と、仲間や盗賊達の動きがやけにはっきり捉えられる不思議な状態。だが間違いなくサラにとっては好機だ。ようやく視界に収めた盗賊団の団長らしき男の死角へ。
音もたてず舞い降りたその姿は死神か、地獄の女王か。
右手のチャクラムで一閃、盗賊の首を跳ね落とし瞬時にまた木々の上へ身を潜ませる。
隊列の後方に居た団長らしき男が倒され周囲の盗賊達がどよめく。すぐさま伝言ゲームのように自分たちの頭が倒された事が伝わり、前線でシューヒス達と打ち合っていた下っ端も、トップの死に衝撃を受け徐々に逃げ腰になり……中核っぽい盗賊の撤退の合図で場からさっさと逃げ出した。
後方で何があったか知るはずも無いが、自分の目論見通りサラが動いたのだろうと推測した。ただでさえブライト隊トップを誇るサラのAGIとDEXがヘイストLv5の効果で+50ずつされていたのだから当然の結末だった。
撤退を始めた盗賊団の内、遅れていた数人がサラの追撃を受けどさっという音が微かに2回ほど聞こえてきたところでブライトが指示を出す。
「サラ!追撃は不要だ集合!」
ドグラやリッカあたりも戦闘態勢を解除しブライトの傍へ集合する。
「被害状況は?」
最後にサラの集合を確認したブライトがリッカに説明を求めた……が、誰もが今起きたとんでもない事を詳細に説明できるわけもなく。
「ドグラさんが負傷しましたが……牢獄に捕らわれていた彼女のヒールを受け瞬時に回復……」
「あれはやはりヒールじゃったか。てっきり秘宝かと思うたぞ」
「つまり私にかかったとんでもないバフも?」
追撃を止めて戻ってきたサラが会話に加わる。
「多分彼女でしょう。たった一言唱えたのは聞きましたが……私の耳がおかしいのでしょうか」
ブライト含め全員が入り口に居る私を見る。
(止めて恥ずかしい)
「とりあえず我らも急ぎ砦に戻らねば日が暮れてしまう。結局このアジトに生存者は彼女一人だけという事か……いや、一人救えて奴らを追い払えたのならば大収穫だというべきか」
「救われたのは我らかもしれませんけどね」
サラがボソッと呟くとドグラが豪快に笑う。
「がははははっちげぇねぇ!嬢ちゃん!礼を言うぞぃ!」
そう言いながら私に寄ってきたドグラは入り口から一歩外へ出た私を見て目を見開いた。
「こりゃぁ驚いた。とんでもねぇべっぴんさんじゃねぇか!おぅ待っとれよ、そんななりじゃ寒そうじゃ」
ドグラは革製のウェストポーチ的な鞄に手を突っ込み、ごそごそと漁る。漁れるほど大きな鞄でも無いはずだが……
「あったあった。ほれ、これ羽織りなさい。砦までは長いからの」
そう言いながら明らかに鞄に入るわけがない質量の毛皮を加工したような緑色のマントらしき布を渡された。
言われてみれば確かに寒い。ありがたく羽織ってみると見た目のわりに軽く温かい。ドグラの鞄が4次元にでも繋がってるか確かめたい気持ちを抑えて帰り支度を始めた彼らに付いていこうとしたが……
「っ!」
空洞の中はともかく、薄っぺらい草履のような靴を履いている私が夕暮れの中で森を歩けば当然ながら雑草や棘のある植物で足を怪我するのは当たり前だった。私の後ろ、最後尾を歩いていたブライトが心配して声をかけてくる。
「歩きにくそうだな……そらよっ」
(わっわっわっ!)
突然のお姫様抱っこに思わずブライトにしがみついてしまった。目の周りが熱い感じがする。
重くは無いのだろうか……私を抱きかかえながらも速度を落とさずシューヒス達と進んでいる。
「私の名前はブライトだ」
(分かってますっ!分かってますからっ)
「我が隊を救ってくれて感謝している……砦に到着したら家までの護衛を出そう」
送ってくれるのはありがたいけど……
(……家?)
あの憎たらしいイケメン神様曰く、私は転生したわけだ。家なんて知るわけがない。
「あ、あの……家とか無いんですよね……」
多分無い。記憶には全くない。少なくともこの世界には。
「む?……さっきの盗賊達に家ごとやられたのか…?」
そうか、さっきの盗賊には悪いけど、でっちあげちゃえばいいのか。
「はい。えっと、その……山奥に住んでたんですけど、家も……家族も」
とりあえず帰る場所が無いことにしておこう、そうしよう。うん。
「ふむ、そうか。それは……辛かったな」
信じた!っていうか慰められた!なんというナイスミドル!さすがリーダー!なんて思っているうちに前を歩いていたドグラがお姫様抱っこ状態に気づいたようだ。
「なんじゃぃブライト、べっぴんさんを抱っことは羨ましいのぅ。儂ももうちぃっと背があればのぅ」
「止めてくれドグラ……確かに彼女は美人だが俺はそんなつもりは……」
「そうよドグラ、私らのリーダーはそっち系疎いんだから、からかったら可哀想よ?」
サラさん……それフォローになってないわ。にしても私ってそんなに綺麗だっけ?いや断じて無い。そういえばイケメン神様にモテモテって頼んだんだっけ?外見も変わってるのか確認が必要だな。
「サラ、周辺の索敵は済んだのか?」
ため息をつきながらブライトが木の上を見る。そっちにサラが居るようだが相変わらず姿が見えない。
「ここから馬車までは犬コロ1匹居ないわ」
クスクスと笑いながら答えるサラ。お姉さんこわーい。
その後しばらく歩いていると道らしい開けた場所に一同は到着した。路肩に割と大きめの馬車2台と木に繋がれている馬が2頭。そこまで来てようやくお姫様抱っこから解消された。
「あ、ありがとうございました……」
「いや、気にしなくていい。さ、馬車に乗りなさい」
促されたので馬車へと乗り込んだ。馬車の荷台には私とサラ・リッカ。手綱を握るのはブライト。
もう1台は手綱を洞穴奥までブライトを呼びに駆けていった男性が握り、荷台にシューヒスとドグラ……もう一人弓使いらしい男性が乗り込んだ。
「……しっかしまぁ何だね、とんでもない子見つけちゃった感じ?」
馬車の中での女子会は私への質問攻めだ。とりあえず山奥に住んでいて世間離れしている設定は功をそうしたようだが両親も魔法使いだったのかやらどういう修行をしたやら答えに困る質問へとどんどん話が膨らんでいく。
「ほんとですね……道具も無しでただ一言で、あんな高速な魔法を遠隔発生させるなんて」
リッカの話を聞く限り、どうやらリッカくらいの回復魔法は割と普通……むしろリッカは優秀な方で能力を買われて教会から派遣されているくらいの実力の持ち主だという話だ。つまり彼女らから見れば私が圧倒的な規格外。
「世界は広い……」
リッカは遠い目をしている。慰めるようにサラがリッカの肩をポンと叩く。
「っと、そういや君の名前聞いてないや。私はサラ、偵察が主な役割の冒険者よ。君は?」
そうだった、ゲームで言えばこれはチュートリアル。そろそろ名前を決めねばいけないようだ。あまり悩んでいると変な空気になりそうだ。みんなのステータスを見る限り苗字という物は無いようなので名前だけさっさと……
「えっと…カルミアです」
結局ゲームで主人公によくつける名前をぽっと言ってしまった。名前の由来は確か花言葉だったかな。
「カルミアさん、私はリッカと申します。普段はシスターをしてますが時にこうして部隊のヒーラーとしてお供させていただいてます」
握手を求められたので右手で受ける。どうやら挨拶はゲームチックなこの世界でも同じようだ。
「そして今御者をやってるのが我らが誇るリーダーブライト、港町シーブリックの防衛の要でもある」
サラがにやつきながらあえて声を大きくしているのは当然ながらブライトを弄るためだろう。
「サラ……あまり持ち上げないでくれ。小さな街の小さな自衛団を任されているというだけの話だ」
馬車の運転席からブライトの声が聞こえた。謙虚!
「そろそろ砦が見えてくるだろう、もうすっかり暗くなってしまったな。今日は砦内で宿をとって街に戻るのは明日にしよう」
馬車は順調に進み、石レンガを積み上げたような大きな砦まで問題なく辿り着いた。門を過ぎたあたりで自衛団のメンバーらしい人物がブライトを見つけて駆け寄ってきた。
「隊長!任務ご苦労様です!馬車をお預かりします」
「うむご苦労。さぁ皆、宿屋で食事をとろう。飲みたい奴は1杯俺が持つ」
その声に後ろの馬車に乗っていた男性陣が歓喜の声を上げる。ずいぶんと嬉しそうだ。かくいう私も病院食以外の料理はかなり久しぶりだ。異世界の料理というのも興味が湧く。
「ささカルミアちゃん、宿屋はこっちよ」
サラに手を引かれ飲むぞとはしゃぐ男性陣と共に宿屋まで歩き始めたところでリッカがリーダーを呼び止めた。
「ブライトさん!私はここで」
「あれぇリッカ、帰るの~?」
サラが少し寂しそうに後ろを向く。
「予定より遅くなってしまいましたし、シスターフランシアが心配しているでしょうから」
そういって頭を下げ、砦の更に奥のほうへ向かって歩いていった。
リッカが抜けての打ち上げは男性陣がこれでもかと私を美人だ綺麗だと捲し立てるので終始むず痒くて仕方がなかった。転生前は良くて普通、発症してからは情けないほど痩せこけていったのでここまで褒められるのはほとんど経験がない。
更に砦の駐屯兵らしき男性達がブライトの凱旋を聞きつけ宿屋に集まりドグラが酔っぱらいながらお姫様抱っこの話を言い広めるものだから収集がつかなくなっていった。
「……ふぅ」
ようやく落ち着いたのは打ち上げもほぼ終了し、ドグラの酒豪っぷりに挑んだ駐屯兵達がこぞってノックダウンしている状態になって自然とお開きになりサラとの相部屋に入ってからだった。
「くそぉ化け物ドグラめぇ……」
駐屯兵の誰よりもドグラと渡り合ったサラはすっかり酔いが回りベッドにふらふらと倒れこんでブツブツと呟いた後そのまま寝てしまったようだ。
騒がしい中でも久しぶりに美味しい食事をとれて空腹が満たされた私は今日の疲れがようやく圧し掛かってきているようで眠気に襲われ始めていた。
睡眠の支度をする為に備え付けの水回りを確認する。洗面台的な水が出そうな場所を発見したのと同時にようやくこの世界で「鏡」を発見する。地球の鏡とはずいぶん出来が違う気もするがこれでやっと自分の容姿を確認できると鏡を覗きこんで思わず唖然としてしまった。
黒かった髪は鮮やかな快晴の空を思わせる透き通るような水色で肩ほどまで伸びている。肌はそばかす一つ無いつるつるの素肌に思わず何度も頬を撫でまわした。目はどんなメイク道具も不要なほどぱっちりとしており瞳は深いディープブルー、鼻はすっと通っている。唇は健康なピンク色で艶がある。でも全体的にはやや童顔寄りだ。
(おいおいおい誰だこれ……)
鏡に誰か細工でもしてるんじゃなかろうかと疑うほどの変化。後ろに縛ってあった髪を解くとさらりと流れる。確かにこれは美人だ。
私でもこんな人が目の前に居たら惚れてしまいそうだ。同じ部屋で酔いつぶれているサラも相当な美人だが鏡に映る自分がこれまた規格外……渋谷とか歩いてたら絶対スカウトされる。
自分の容姿にさっと引いた眠気も、支度を終えベッドに横になるとすぐ巻き返してきて時間も掛からず深い眠りに落ちた。
「やぁどうかな調子は?」
あぁまたあんたかイケメン神様。
「気に入ってもらえたかな?」
それなりに……でもこの外見やばくない?
「そうかい?希望通りのモテモテだと思うが」
モテモテだろうけど……それよりこれから先どうすりゃいいのさ?
「さすがにそっちの世界は管轄外なんでね、幸運を祈るよ」
待て、まかりなりにも神様なんだろ神が祈ってどうすんだよ……
イケメン神様をハリセンで滅多打ちにしたい、そう思わせる夢を見た気がするが頭がぼんやりし過ぎて覚えていない。今何時だろうか、目をこすり部屋を渡すとサラの姿は無かった。