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第六章 『出来ない』俺と『出来る』彼女


 御免ね、と、アトリはそう言った。

 小さくはあったが、有無を言わせぬ強い口調だった。

 それは、

「……なんだお前、また不安定になってんのか」

「……だって」

 アトリは言う。俯き、空いた皿を見つめながら、

「あんなどうでも良いケンカ止めようとして、『変身』しようとして……私、またナイトを困らせた」

 ねえ、と彼女は言う。

「私、ウザいよね? ナイトのおかげでそれなりの『力』手にして、それなのに自分のものみたいに言って。ナイトが居ないとなんにも


出来ないのに、感情に任せて……でもきっと、いつかまた同じことを言う」

 言って、彼女はテーブルの上に手を乗せる。

 俺はそれをテーブル越しに片手で取り、

「お前な」

 びくり、と彼女が身を震わせる。

 だから安心させてやるように、努めて穏やかな声を出せるよう意識して、

「ウザくない」

「だけど……」

 俺は言う。

「いつも言ってるだろう。お前の言うことは、いつだって微妙に『現実的じゃない』が、絶対に『間違ってはいない』」

 だから、

「自信を持て。その正義は正しい。俺が主張するものよりもずっと、な」

 先程俺が『駄目だ』と言った理由など、詭弁でしかない。

 しがらみも理由もなく振るわれるアトリ正義こそが真実なのだと俺は思う。

 だが、

 ――実際に振るうことの出来る『正義』などたかが知れている。

 故に、

「……『出来ない』事があるのなら、それは俺が教えて止めてやる。お前はただ、何でも『出来る』と思ってわがままを言ってりゃいい


 そうすれば、

「『出来ない』は全部俺のせい。お前は何でも『出来る』正義の味方になれるんだ」

 そしてそれこそが俺の願い。

 この世界に来た、きっとそれが理由なのだ。

 すると、アトリが俺の手を両手で包むように掴んできた。

 逃さぬ、と言うように強い力が込められ、それに頬を寄せられた。



「出来るかな」

「出来る」

「でも、私は今まで出来なかった」

「今は俺が居る」

「途中で嫌になるかも」

「そうなったらお前が引き戻せ」

「ロープとか?」

「手段は選んで欲しいが……」

 しかし、

「まあ、大丈夫だ。最後まで付き合ってやるよ」

 言うと、アトリが何故かピクリと眉を動かした。

「……どうしてそこまで言ってくれるの?」

「胸が大きいから……」

「おいコラ」

「冗談だ」

 半分な。

 それは、

「……俺の願いだからだよ。お前を、偶像じゃない本当のヒーローにすることが」

 そしてそれは、アトリの願いでもあったはずだ。

 だからこそ、本来何の役にも立つはずがなかった俺と彼女の『職業』は惹き合った。

「……」

 アトリが少しの間黙る。

 そして、

「……嫌いにならない?」

「なんで」

「すぐ不安定になるし。そうでないときテンションウザいし」

 自覚あったのか。

「アホだし、ベルトの使い方覚えないし、調子乗るし野菜頼むのに食べないし」

 それは食えよ。

「……もう一度訊くよ。嫌いにならない?」

「ならん」

「嫌いにならない?」

「ならん」

「嫌いにならない?」

「ならん」

「嫌いにならない?」

「何回訊くんだ」

「満腹になるまで……」

 だからそれはいつまでだ。

「ああ、でも……うん。もういいや」

「いいのか」

「うん」

 アトリは、ふ、と息を零して微笑んで、

「おなかいっぱい」



 ムジカが言う。

「……お前ら、毎日やってて飽きねえの?」

「一回飽きた、って言ったらすごいキレられた」

「キレた」

「……」

「何か言えよ」



 まあとにかく落ち着くと、アトリは肉を続けて消費し始めた。

「……野菜も食えよ」

「……」

 そう言うとアトリは、盛りの中に残っていた人参のスティックをフォークに刺し、それを口に運ぶ。

 だが、

「……草だけ食って生きてる連中の気が知れない」

「ンだとコラ」

 菜食が基本のドワーフが隣にいてどうしてそうハッキリと言えるのだろうか。

「あ、そうだ、ナイト」

「ん?」

 一本の人参スティックを五枚の肉で巻くアトリが、こちらを見ぬまま何かを思い出したように話し出す。

「明日さ、ちょっと朝からユルめのクエスト行かない?」

「ユルめ、って……採集とか?」

「とか、調査とか。まあちょっと……のんびりしたいなあ、って」

 クエスト、などとは言うが、アトリが言うこれは単独受注では子供の小遣いにもならないようなものだ。

 つまり、

「デェトかよ。弁当でも作ってやろうか」

「何が悲しくてオッサンの弁当でクエスト行かなきゃならないんだよ」

「て言うかムジカさんの言う弁当ってアレでしょ? 飼葉か何かでしょ?」

「てめえら……」

 ムジカがぎしりと歯を鳴らすが、まあ認識は恐らく間違っていない。

 最近は『変異種』の出没が多く、『外』に出る機会も随分と減っていた。

 故に俺はアトリの提案に、まあいいか、と快諾の返事を返した。



 採集クエスト、などとは言うが、ほとんどの冒険者はこれを片手間に行う。

 納期は一応あるため気軽に受けられる訳ではないが、他の依頼のついでとか、効率のいいチャートを組んで複数の依頼を同時にこなす、と言うのが、採集と言うクエストの基本工程なのだ。

 なので、朝、町の組合本部で行われる集団受注説明会に来るのも、討伐系とは違いパーティの誰かが代表して、と言うのが普通。

 故に。

 今。

 本部前の街道脇に集まった数人の中に。

「やあナイト、おはよう。昨日ぶりだ。清々しい朝だね」

 かのトップ冒険者、『チェーンラッカー』が居ることに、合理的な説明を付けられるものは誰もいなかった。


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