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第五章 笑う『女騎士』


 声の主は、床に倒れ伏した二人の男を一瞥すらせず、つかつかと歩みを進めた。

 その背後には初老と思しき燕尾服の男を付き従えている。

 見た目に解りやすく、執事だ。

 彼女ら二人の向かうその方向は店の奥。

 即ち、

「やあ、ナイト」

「……あんたか」

 そう言って俺が顔を上向けた先に居たのは、紛れもない『騎士』だった。

 否。彼女の『職業』が騎士である、と言っているのではない。

 ただ、全身を覆うような騎士甲冑を身に纏った、長身の女がそこに立っていたのだ。

 本名は知らない。俺に興味がないからだ。

 だから、誰もが由来も解らぬまま使う呼び名を使い、

「……『チェーンラッカー』」

 着込むのは、胸を覆う金属プレートにそれと同じ素材の肩当て。

 可動域のためか腕を覆うのは前腕を守る手甲だけだが、上腕にも刃を弾ける程度のチェーンインナーが見えている。

 女性ゆえか、華やかさを意識してか、下半身を覆うのは軽量級のアーマースカートだ。

 ただ問題は、

 ――金ピカ……。

 それら全ての装備が、繋ぎと関節の皮素材以外、悪趣味な金色の輝きに満ちているのだ。

 しかしどうしてか、それらは彼女が放つ超然的な雰囲気に絶妙にマッチしていた。

「あんた、とはご挨拶だな」

 彼女が言う。ふふ、と自然な笑みを口端から零しながら、

「私にそんな口の利き方をする人間はこの町にはいない。何故だか解るか?」

「知らん」

「この町での仕事がなくなるからだ」

 そう言って、強い意志のこもる視線で俺を見下ろしてくる。

 だが、

「別に困らん」

 強がりでも何でもなく、本当の話として俺はそう言った。

 この女が組合において『そう言う』権力を実際に持っているのかは別として、俺たちの収入源はムジカを通した『非公式な』ものが主。

 無論、町の『外』での活動が一切なくなればそれなりに響きはするが、俺とアトリ、二人で生活をしていくに困るものではない。

 故に、俺は女の笑みを崩してやるつもりでそう言った。

 だが、

「……くく」

 チェーンラッカーが、虚を突かれたようにしてその表情を変えた。

 破顔したのだ。

 笑み、と言う意味ではそのままだが、先程までの優雅さを失い、耐え切れぬ、とでも言うように断続的に息を漏らす。

「……ふ、くく。は。……いや、失敬。ちょっと嬉しくなってしまってな。何故だか解るか?」

「変態なのか」

「貴様のそう言うとこ好きだぞ」

 俺の正面で事態を見守っていたアトリがガタンと椅子から滑り落ちたが、酔いが回ってきたのだろうか。今六杯目だから当然だが。

 チェーンラッカーが言う。

「だが、そうではない。この町唯一の『九』等級冒険者。そして『組合』会長の孫娘であるこの私に、そうまで無礼な態度を取れる人物が居ることに歓喜しているのだ」

「やっぱり変態じゃねえか」

「貴様がそう言うならそうなのかもな」

 言って、満足したのかチェーンラッカーは踵を返す。

 するとその横から執事が進み出てきて、

「こちらを」

「これは……」

 それは、手に収まるサイズの封筒だった。

 受け取るかどうか図りかねていると、

「何だか解るか?」

 そうチェーンラッカーが話しかけてきた。

 サイズ、そして俺が酒場で食事中であることを鑑みるに、

「奢ってくれるのか?」

「私のブロマイドだ」

「受け取ると思うか」

 少しの残念と大半の呆れを感じ、俺は封筒を手で払いのける仕草をした。

 チェーンラッカーが言う。

「少し刷り過ぎてな。文字通りバラ撒いている。裏にメモ書きの罫線が引いてあるので存外便利だぞ」

「それブロマイドじゃなくないか」

 そうかも知れん、と言って、今度こそ彼女が出口の方へ向かって歩き始めた。

 だが、

「……おい。何か用事があって来たんじゃないのか」

 彼女は、こう言ってはなんだが高貴な身だ。

 あまり自覚がないのかそう言う信条なのか、こう言った場末の酒場に顔を出すことも珍しい訳ではないが、今の彼女は明らかに俺を訪ねて来た。

 ならば何か用があったのだと、そう思ったのだが、

「何。実は少し確かめたいことがあったのだが……それはもういい。満足したからな」

 言って、

「では、また会おうナイト。次は冒険者同士、互いの利を競い合う場で」


 

 そう捨て台詞を残し、今度こそチェーンラッカーは酒場から出て行った。

 周囲、こちらを盗み見るような気配もなくなり、室内には元の喧騒が戻ってくる。

 倒れた二人の男が椅子と共に運ばれていくのを見ながら、

「……おい、返せよ」

 言って、俺はムジカの手からジョッキを奪い返す。

「あ、お、おう。まあなんと言うか、相変わらずだな、あのお嬢さんは」

 彼が言うのは無論、チェーンラッカーの事だ。

「一切周りを気にせず、ただ言いたい事だけ言って帰っていきやがった。お前の連れであろう俺やアトリにすら目もくれねえ。……ああまで図太いと清々しくすらあるな」

「……ジョーダン」

 俺は言う。

「マジで言いたい事しか言わないし、聞きたいことしか聞かないからな。だから、何でああやって俺にカラんでくるのか、ってのもさっぱり解らん」

「……割と最近になってから、だろ? 何かやったんじゃねえのか?」

「何か、ねえ……」

 俺がこの町に来てアトリと出会い、冒険者として活動を始めたのは三ヶ月前。

 まあ色々とあった濃い三ヶ月ではあったが、トップ冒険者である彼女と接触した機会など数えるほどだ。

 しかもそれこそ、すれ違ったとか、遠目に見たとかそれくらい。

 可能性があるとすれば、

「……もしかして、『バレてる』んじゃねえのか、お前の……と言うか、アトリの正体が」

「……それこそまさか、だろ?」

 町を守る正義の冒険者。

 仮面ファイター。

 その正体を知るものは、この町においては数えられる程度。

『そう』でなくてはならないのが正義の味方のつらいところだ。

 しかし、

「……一応、出来うる限りは細心の注意を払ってる。そうそう露見するようなことは無いはずだし……」

 それに、

「正体、って言うんなら、『アレ』の正体はアトリだ。俺に付きまとう理由にはならん」

「……そりゃあそうか」

 ムジカはそう言って、皿に残っていた野菜盛りの続きを突っつき始めた。

 すると、

「……ナイト」

 チェーンラッカーが来てから帰るまで、黙って成り行きを見守っていたアトリが、声を掛けてきた。

 ただしそれは、きっと俺にしか聞こえなかっただろう。

 何故かは解らないが彼女は、虫の鳴くような、今にも消え入りそうな声を俯き加減に放ってきたのだ。

 その理由が解らず、俺は言う。

「……なんだ、アトリ。どうした?」

 すると彼女は、

「……御免ね」



 夜の街がある。

 街道に面した商店街。人通りはまばらだが周囲の飲食店や酒場からは、笑い声を含んだ喧騒が響いてきていた。

 その中を、金色の甲冑に身を包んだ私は足早に歩く。

「ふ」

 笑いが堪えきれない。

 こんなところで大声を出せばきっと周囲の人間が好奇の目で見てくることは避けられないが、

「ふふ、ふは。はは。ふふふははははははは!」

 無理だった。

 後ろに付き従う執事服姿のセガールが、私の横に歩み出て言う。

「お嬢様、馬車を回しますが」

「構わん! 少し歩きたい気分なんだ!」

 言うと、御意に、と言ってセガールが再び後ろに控えた。

 彼は、礼儀と分をわきまえた本当に良い従者だ。

 しかし、その気遣いに礼を言うのも忘れて、私は笑う。

「ふ。ふは。ふははははは。くく……面白い。本当に面白いぞ!」

「お嬢様。嬉しそうですね」

 セガールがそう語りかけてくるが、当たり前だ。

「は! こんなに楽しいことがあるか!」

 何故なら、

「あの男だ! あの男は私の権威に全く屈しようとない! 何故だか解るか!」

「感性がまともなのでしょうか」

「お前のそう言うとこ好きだぞ!」

 セガールが、もったいなきお言葉、と慇懃に礼をする。

「だがそうではない! この町で私に頭を垂れない理由など二つに一つだからな!」

 それは、

「私より強いか、私より裕福か、だ!」

 しかし彼が、そのどちらかであるとは思えない。

 三ヶ月前にこの町に来たばかりの、新人冒険者だと言う話だ。

 等級は『二』。

 普通であれば、日々の生活にも困窮しているべき男だ。

 ならば、

「……きっとそうなのだ! そうに違いない! だって少女マンガでも鉄板だからな、この展開は!」

「ソースが不安なのですが」

「信頼出来る作家だぞ、『ドリーム歌子』先生は!」

 いえそうではなく、と言葉尻を収めたセガールだが、構わずに私はテンションを上げる。

 何故って、下げる必要がない。

 つまり、

「……あの男が! ナイト・シキシマこそが!『仮面ファイター』の正体なのだ!」


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