表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/27

第三章 『ドワーフ』のおやっさん枠


「イエ――」

「おう」

 言って、俺達はエールの入ったジョッキを叩きあわせる。

『仕事』を終えた俺達は、元居た酒場に入りなおし、祝杯を挙げるべく喧騒の中同卓を囲んでいた。

 酒場の隅、二人席の机に並ぶものはエールの入ったジョッキと、肉系のプレートがいくつか。

 アトリが『女子なので!』と頼んだコスパの良好な野菜盛りは、多分俺が消化することになるものだ。

「っと」

 乾杯でジョッキの中身が散り、それが俺の顔にかかった。

 逆側に居るアトリの胸にも飛沫がかかり、ついでにゆさりと揺れるが、

「――」

 容姿も含め魅力的であろう彼女を、周囲の男たちは誰も見ない。

 わざわざ地雷を自分で踏み抜きに来るような輩は、もうこの町には居ないからだ。

 いや、バレないように横目で見てくる程度はあったが、

「――」

 俺がそちらに睨みを利かせると、それもやがてなくなる。

「……ハァ――……」

「何なに? 辛気臭いよ、溜息なんて。何があったか知らないけど、呑んで忘れな? 今日のところは勝利を祝おうぜ?」

「……いや、のんきなモンだな、と思って……」

「? 良くわかんないけど……ホラ! ホラ!」

 言って、アトリが身を乗り出し、催促するように何度もジョッキを掲げてくる。

 その度に目線の高さで胸が揺れ、

「……」

 俺は仕方なくアトリに合わせてジョッキを掲げた。

「……いえい」

「イエ――――」

 と言って、彼女がジョッキの中身を一気に煽る。

『仮面戦士』の職業は、ステータス補正として常時の『頑健』を保証する。

 それは内蔵機能にも例外なく働くので、あの程度の酒は彼女からすればはけの良い水みたいなものだ。

「……ぶはぁ!」

 苦にする様子もなく中身を飲みきり、

「……ユミルちゃぁ――ん!」

「はいはーい」

 ノータイムで店員におかわりを要求して、ようやく一息だ。

 俺もまた手にしたジョッキの中身を半分くらいまで煽り、

「……ふぅ」

 まあ、彼女の言う通り少し気分は高揚した気がする。



 そうしてしばらく飲み食いを続け、アトリが三杯目のジョッキと四枚目の肉を平らげた時だった。

 酒場の入り口。俺達が座る壁際の席から対角となる方向だ。

 そこに、白い髭を蓄えた禿頭の男が入ってくるのが見えた。

「お」

「あ」

 俺達は揃って声を上げ、その姿に呼び声を送る。

「ムジカ」

「金づる!」

「……」

 その言葉に、はぁ、とこれ見よがしに溜息を吐いた禿頭は、満席に近いホールを横切ってこちらへと近づいてきた。

 身長百四十センチ前後の小柄な姿。

 それに対し不釣合いなほどに盛り上がった筋肉が、俺達の席に辿り付くなり、

「痛っ」

 手に持ったバインダーの角でアトリの頭を叩いた。

「……金づるとはなんだ、アトリ」

 しかし、叩かれたアトリは頭を押さえながらも、へへー、と笑い上機嫌だ。

 男が次いで、俺の方を見る。

「おめえの方も……相変わらずみたいだな。つーかなんだてめえ、ウサギの真似か?」

「いや……」

 それは、野菜盛りをバリバリとつまみにする俺に対しての言葉だ。

「……自然の流れと言うか」

「なんだそりゃ」

 訳が解らない、と言う顔をされるが、

「ま、いいさ」

 そして、男、ムジカが言う。

 バインダーとは逆の手に持っていた麻袋を机にごとりと置き、

「……とにかく、今日もお疲れ様だな。今日の報酬だ。期待はすんなよ」



 ムジカが、新たな椅子をどこからか引いてきて、俺達が着いていたテーブルに腰を落ち着けた。

 彼が持ってきた麻袋を笑顔でいそいそと確認するのはアトリだ。

 彼女が、その中身を見た途端に手を止める。

 半目をムジカに向け、

「シケてんねー……」

「んだとコラ」

 男が、ドワーフ特有の深い髭に埋もれた口端を明らかに歪める。

「こちとらな、心もとない特別復興費からどーにかこーにかてめぇらの取り分捻出してやってんだ。感謝されこそすれ、苦言呈される覚えはねーんだぞ」

「ああ、はいはい。感謝してるよ、ムジカさん」

「てめえ……」

「まあまあ」

 俺は目線を半目と半目でぶつけ合わせる二人を手で制し、

「感謝してる、ってのは本当だよ。何せ本来は無償になっちまう突発的な魔物退治に、『組合』の予算から報酬を用意してくれてるんだから」

 本来、『正体』を隠したまま行われる俺達の活動には、報酬が支払われない。

 無論正式な『手続き』を経て事後報告を行えば『魔物退治』としての賃金は出るだろうが、それを行えないのが『仮面戦士』と言う『職業』なのだ。

 だが、無償のまま慈善活動として『魔物退治』をいつまでも行えるわけはない。

 そこで、『組合』幹部の一人であるムジカが融通を利かせてくれている、と言うのが俺達の現状だ。

「俺はもちろん、こう見えてアトリだってちゃんと、な。ちょっと態度は悪いが、勘弁してやってくれ。胸のデカさに免じて」

「……ま、言うほど気にしてる訳じゃねえから別にいいんだけどよ。胸がなかったら解らんかったが」

「き、君ら普通にセクハラで訴えてもいいんだかんね!」

 片手に持ったジョッキを掲げながら、アトリがこちらに指を指して抗議する。

 何故かそのまま飲み干し、

「……ああ、もう! ユミルちゃぁ――ん!」

「は……ああ、もう出来上がっっちゃってるんですかアトリちゃん」

 と、アトリが誤魔化すように椅子を後ろに蹴り倒して立ち上がり、給仕の店員にカラみに行った。

 机に残された俺はエールをチビりと煽り、半分以上残されている草をかじる。

 両手に盆を持った店員の尻を触って爪先を踏まれるアトリを眺めていると、

「……どうだよ、アイツの調子は」

 傍らのムジカが、野菜盛りを一つまみで半分くらい持っていきながら語りかけてきた。

「どう、って……」

「あいつは、己の『職業』に誇りを持ててんのか、って聞いてんだよ」

 それは、

「……この町で生まれ、冒険者を志し。『仮面戦士』なんて意味解らんユニークジョブを見出されて腐ってた時期のアイツは、見てらんなかったからな」



 俺は問う。

 こちらの世界に来て、アトリと出会い、もうすぐ三ヶ月経つが、

「……詳しく聞いてねえんだ、その頃のこと。そんなに酷かったのか?」

「酷いなんてモンじゃねえさ」

 ムジカは言う。

「ただ健康で格闘能力が高い、ってだけ。通常の『戦士』や『闘士』のようなマッシブバフも持たず、『術師』や『衛士』のようなマジックスキルもない。だったら諦めて町中でフツーに人生謳歌してりゃいいってのに、それも出来ずにただ目的も解らねえ努力を重ねてた」

「……親父さんが、冒険者だったって?」

「とびきりのな」

 この世界には、二種類の人間がいる。

 即ち、『職業持ち』かそうでないか、と言う二者択一だ。

 こう聞くと『職業』とは何か特別な『ギフト』であるかのように感じるが、何てことはない。

 俺が元居た世界と同じ。

 要は、才能があるか、ないか。

『職業』とは、単にそれが可視化されているかどうか、と言うだけの違いだ。

「逆に『職業なし』ってんなら救いもあったんだろうけどな。努力次第で、どうとでも開ける道がある。『専門職』には及ばないまでも、な。だが……」

「……あいつにあった才能は、目が良い、耳が良い、健康。それだけ、か」

「それでも町に骨埋めるつもりなら、猟師や船乗り、って手もあっただろうが」

 だが、アトリはそれで満足しなかった。

 追いかけたのだ。己の夢を。

「いくら体を鍛えても身に付かなかった。いくら弓の訓練をしても的に当たる回数は増えなかった。いくら魔法の訓練をしても小火一つ起こせな……いや小火くらいは起こしたか。俺の家の蔵が燃えた」

「……その節は……」

「なんでてめえが謝るんだよ。昔の話だっつうの」

 笑い、

「だから、今のアイツの笑顔を見てるとな。本当に、おめえが来てくれて、アイツの相棒になってくれて良かった、て、そう思えるんだ」

「……親気取りかよ」

「そのくらいは気取らせろよ。何せこの髭がアイツのおんぶ紐代わりだった」

 何か気持ち悪い情報が出てきたが冗談の類だろうか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ