再会は麦茶で。
…なんの前触れもなく、異世界に強制的に転移させられた…
勝手に職業という、名札をつけられて…
勇者、剣士、まじゅちゅ師、神官、賢者、狩人、そして遊び人である俺。
日本から、突然、異世界にある、アジノヒラキ大陸に無数に存在する国の一つである
メカブ王国へ転移させられた、当時のオレ達はまだ学生だった…。
ホッケ地帯に住む魔王率いる魔族達が人間族の領域まで勢力を広げ始め、
人間族は団結し軍隊を率いて応戦したが、魔族相手に抵抗虚しく徐々に侵食を受け、
人間族は…民は勿論、治世者である王達も疲弊し、窮地に追い込まれていく…。
人々は、最後の希望として、
召喚士7人のナニカと引き換えに行われた、対魔王用人類決戦法術である、
伝説の禁術
"勇者とその仲間召喚!"
…によって俺達を喚び出したのだ…。
そして…なんやかんやあって…、
そう、それは、もう、なんか、ホント、色々あって
召喚された勇者パーティは、魔族と人間族を仲直りさせるという
偉業を成し遂げ、世界はそこそこ平和になった。
ただ、何と不条理にも、地球に帰る方法は見つからず、
オレ達はこの異世界、"ウミトヤマノサチ" でそれぞれの人生を歩む事になった。
そして更なる不条理がオレ達を苦しめる。
数年経った頃だろうか…、オレ達の身体は召喚された時と全く変わらない事に気付いた…。
髪や髭、爪は伸びるし、鍛えた分筋肉もつく、しかし根本が変わらないのだ、
成長も老いもしない…
恐ろしかった。この世界の自然の摂理から疎外された気がした。
しかし、それぞれが幸せになるために努力をし、
勇者は平民の呉服屋の一人娘を嫁に貰って穏やかな生活を。
剣士は王立騎士団へ就職を。
魔術師は地球への帰還方法を模索しに
賢者と共に世界へ旅立った。
神官は、宗教なぞ知るか!と、普通に病院を建てて、経営に回った。
狩人は、僕の封印されし左手が…と、怪我もしていない左手に包帯を巻いて
何かをアピールしようとしていたが知らない間に居なくなった。元気かなあ。
俺は野原で蝶々を追いかけたり小動物達と戯れたり、
異空間で迷子になったり、
秘密基地を作ったり、
また異空間で迷子になったりと、
遊んでいたらいつのまにか5,60年ほど経っていた…。
異空間から地上に戻ってみると、
魔術師から手紙が来ていた。俺は定住所を持っていなかったので
行きつけのパン屋さんに俺宛の手紙を預かってくれるよう契約していたのだ。
内容は、行方不明だった狩人も居るので皆で集まらないかというものだった…。
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「お、きたきた、遊び人ー!こっちだ!」
指定された飲み屋の大テーブルの方から魔術師の元気な声が聞こえてきた。
「ほら、駆けつけ1杯!」
「店員さん、ホット麦茶、ポット大でお願いしまーす」
「飲まねえのかよ!」
そんなやり取りをしつつ約半世紀ぶりに会うメンツは顔は変わらないのに、
纏う雰囲気が随分変わっていた。
久々の再会に乾杯も何もなく適当に飲んだり料理をつまんだり、
自由気ままにダラダラやる習慣は変わっていなかったが。
「オイ、ちょ、勇者どうしちゃったの…?」
「…しばらく前に、勇者の嫁さん、亡くなったらしい。ショックですっかり落ち込んじまっててさ、
狩人がたまたま遊びに行って発見しなかったら、かなりまずい状況だったって神官が言ってたわ。」
そっと賢者が教えてくれる…、うおお、知らなかった…。
ついこの間結婚して幸せそうな顔してた様な気がしたが、
半世紀以上たってるんだもんな…。
勇者の隣に座り、ホット麦茶をおちょこに注いで、
おちょこを手に握らせる。
そして勇者の丸まって痩せたゴツゴツする背中をさすりながら、
「あったけぇ麦茶だ」
そっと麦茶を飲む勇者…。ため息をはいてから、俺の顔を見上げて、
「…っ、ふ、」
「……ウッ、グ、ふ、うぉぉ」
俺に背中をさすられながら、
テーブルに顔を伏せそっと泣き始める
痩せてしまって一回り小さく見える勇者の肩
狩人と神官が涙ぐみながらその光景をみていた。
魔術師と賢者はちびりちびりとやりながら優しい目でうなずいて、
剣士は盛り上がってる他のテーブルに溶け込んで騒いでいた…。
◇◇◇◇◇
今日は飲み屋から近い神官の家に泊まる事になった。
神官は、かなり儲けているらしく豪邸に住んでいる。
むさい男ばかり6人もいるのに一人一部屋、
三つ星ホテルのスィートクラスの様な部屋を充てがわれた。
勇者は痩せすぎて足取りが危うかったので剣士におぶわれていた。
部屋のベッドに転がすと、なんとなく安らかな顔で、すぐに寝入ったようだった。
「…遊び人、ありがとうな…」
藪から棒に神官が礼を言ってきたので何のことかと驚いた。
寝ている勇者以外全員集まって大広間で呑み直しているところだった。
--なんでも、狩人が勇者を見つけた時、ほとんど餓死寸前で。急いで神官を呼び出して、
てんやわんやしつつ、治療をしたそうだが、
しばらく経っても、ほとんど反応がない日々が続いたらしい
狩人曰く生きる気力が残ってない状態だったとか。
昔の仲間達に会えば少しは刺激になるだろうと何度か招集をかけたが、
俺だけずっと捕まらなかった。
ごめん、俺、大半は異空間で迷子になっていたからね。
俺の行きつけのパン屋さんには何度も俺宛の手紙を預かって貰っていたそうなのだが、
俺が異空間から帰ってきたらパン屋がリニューアルしてるし
店主がいつの間にやら顔なじみのバアさんから
ひ孫に代替わりしていて、玄孫の幼女がカウンターに立っててびっくりだよ。
5,60年ってあっという間かと思ったけど世間はそうじゃないらしい。
代替わりで引き継ぎが上手く行ってなかったらしく、
一番新しい手紙だけが俺の手元に届いた。という次第だった。
--「俺達、どうしていいかわからなくてさ、ふと、思ったんだよ、
遊び人ならどうにかしてくれるんじゃないかって、
召喚されて右も左もわからない当時からずっと
皆の精神的な支えになってくれてたからさ。いまさらだけど…ありがとな。」
そう魔術師に面と向かって言われて、口をへの字にして面映ゆい思いをしていると、
「そうそう。昔から遊び人がいると不思議と空気が変わるっつーか、な。
勇者の食事とか下の世話とかは、神官トコのヘルパーさんにお願いしてっから、
何が大変とかはないんだけどよ、ダチがあんなんなってんのに、
俺、ホント何も出来なくてよ、マジ助かった…。」
何故か剣士もに俺に礼を言ってくる。
「…俺、ただの遊び人だぞ?、今回だってお前らがいなきゃ、
取り返しのつかない事になってたはずだ…。
俺はなにもしてねぇ、むしろ皆ありがとう、特に、狩人、神官、
本当に間に合ってくれてありがとう…」
頭を下げて礼を言う。…しばらくして神官が口を開いた。
「…お前が来て、初めて勇者が泣いたんだ。
感情がごっそり抜け落ちたみたいだったのに、きっと、やっと、泣けたんだろう。」
「うん…。治る兆し、みたいな気がした…。」
狩人も柔らかい表情で微笑んだ。
「そっか…」
「あれだよな、遊び人って、兄さん…とか、お父さん…て雰囲気あるからか
そばにいると落ち着くんだよ。」
何言ってるんだ賢者…同じ歳だろうが…。
「遊び人は長男だからじゃないか?」
神官、話を広げるな、確かに長男だが。
「因みに私は末っ子だ。」
ゴミ情報ありがとよ神官。と半目になりながら、さっきまでのいい話みたいな
空気は何処へ旅に出たのかと、思っていると、
「僕も末っ子。」
「俺もだ。」
「はっ!俺も!あと勇者も確か末っ子!」
狩人、賢者、魔術師が謎申告してくる。
なんだこの末っ子縛りパーティは!!
「道理で遊び人の長男パワーで安心する訳だ」
「この安心感、長男の祝福とでも名付けるか…」
「いいなそれ!」
何その謎ワード…俺を除いた皆で頷き合っている。
「俺、次男だぜ!!」
剣士が高らかに宣言する。
「でも姉ちゃんもいるから末っ子ともいえるがな!!」
普通に末っ子だった。