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一.ツクヨミとスサノオ、地上へと帰還する

 イザナミとの和解を経て、アマテラスの魂を取り戻し、黄泉の国を後にするツクヨミ達。

 その帰路は、順調であるかに見えた。


**********


 黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)を通る際、桃木の女神オオカムズミと再会した一行。


「そうか――アマテラスの『魂』、取り返せたようじゃの」

「ありがとうオオカムズミ。これもアンタの助けのお陰だぜ」


 スサノオはオオカムズミと言葉を交わし、礼を言ったものの――気がかりな事があった。

 道中、内なるツクヨミは一切口を開かず、またその神力も実に弱々しいものだった。


(おいツクヨミ……大丈夫か?)


 黄泉(ヨミ)の深淵にて、大掛かりな術を立て続けに振るったのだ。並大抵の疲労ではないのだろう。

 最初スサノオはそう考え、ツクヨミを休ませるため敢えて声をかけなかったのだが……すでに五日が経過している。さすがに不安になった。


 スサノオが躊躇(ためら)いがちに呼びかけて、しばらくした後――ようやく、蚊の鳴くような細い声が聞こえた。


『…………酷く疲れた。雷神と黄泉醜女(ヨモツシコメ)甚振(いたぶ)られ、激しく精神を損耗したのでな』

(大丈夫なのかよ? もし厳しいんだったら、オオカムズミに頼んで桃の実を――)

『…………それには及ばん』


 にべもないツクヨミの言葉。スサノオは腑に落ちなかったが、それ以上は何も言わなかった。

 ふと周囲を見やると――黄泉(ヨミ)の亡者の姿が目に入った。


 足を踏み入れたばかりの頃は、おびただしい数の荒ぶる魂がひしめき合い、(アリ)の通る隙間も無かった程だったが。

 今はすっかり亡者たちはまばらになり、心なしか鎮まっているように思える。


(いつか償いをしねえとな。オレが奪っちまった命を弔う為にも)


 黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)を抜け、スサノオ達は久方ぶりの地上へと辿り着いた。

 無論の事、未だ空には暗雲が漂い、昼夜の区別もつかない闇の世界のまま。

 一刻も早く、取り戻した「魂」を天岩屋(アマノイワヤ)に眠る、太陽神(アマテラス)の下へ送り届けなければならない。


「やれやれ。黄泉(ヨミ)の国にいた時は気にならなかったが……

 俺たち揃って、ひでェ臭いだな! ずっと(けが)れに晒されてたんだし、仕方ねえけどよ」


 タヂカラオは笑い、ウズメやオオゲツヒメから無神経ぶりを非難される一幕もあったが。

 近くの川で身を清め、(みそぎ)を行ってから、それぞれの故郷に出発する事に満場一致で決まった。


「あれ……? そういえば、オレ達が産んだ女神……キクリヒメは……?」

 スサノオは不思議そうに辺りを見回したが、物言わぬ女神の姿はいつの間にか、忽然と消えていた。


『彼女は……元の住処(すみか)に帰ったよ』ツクヨミが言った。

『キクリヒメは元来、神や人の抱く想いによって招かれ、形を成す神だからね』


 そしてその真実を知る者も、ツクヨミを除けば存在しない。

 彼女は己の力を誇示する事も、語る事もない。

 ただ幸せな「想い」を映す、鏡のような概念(もの)だからだ。


**********


 その日の夜。ウズメが木を削っている音を聞いて、スサノオは目を覚ました。


「……ウズメさん。何を作ってるんだ?」

「もう、スサノオくんってば。あたし達、苦楽と生死を共にした仲間なんだからさ。

 いつまでも『さん』なんて他人行儀な呼び方しない! もっと気さくに『ウズメちゃん』って呼んで!」


 いきなりまくし立てられ、スサノオは一瞬言葉に詰まったが。


「…………ウズメ、ちゃん」

「声が小さい! 照れがある! やり直しっ!」


 ウズメのように奔放な女神との会話に慣れぬスサノオは、羞恥心に苛まれつつ呼び方の練習をする羽目になった。

 十回近く「ウズメちゃん」呼びを言わされ、ようやく合格を貰ったところで、ウズメは最初の質問に答えた。


「オオカムズミちゃんから貰った桃の枝で、お面を作ってるの」

「お面? なんでまた」


「記念よ。この旅が終わったら、オオゲツヒメちゃんともお別れになっちゃうでしょ?

 だから彼女の顔を象ったお面、作ろうって思ったの」


 どうやら黄泉(ヨミ)の旅路の最中にも、暇を見つけてはお面作りをしていたらしい。

 すでに大部分は出来上がり、ウズメが作ったお面はふっくらしたオオゲツヒメの顔を再現していた。


「よしっ、完成!」


 ウズメは早速お面を被り、皆に見せびらかす事にした。


「どう、スサノオくん。似合ってる?」

「えぇと……うん、似合ってる……んじゃねえかな」


 ウズメのような美女が、ふくれっ面のお面を被るのは滑稽にしか映らず、スサノオはどう答えていいか分からなかったが――とりあえず無難に返答した。タヂカラオは俯き、笑いを堪えている。

 だが一柱だけ、ウズメの作ったお面を気に入らなかった者がいた。案の定ウケモチである。


「――お前の目、オカシイ。オオゲツヒメ、ソンナ下膨れジャナイ!」

「ええー? そんな事ないわよウケモチくん。ちゃんと参考にして作ったもん」


 ギャーギャー喚き散らしながら言い合いを続ける二柱を尻目に、当の見本(モデル)にされたオオゲツヒメは「あらあら」と困ったように微笑んでいた。

 彼女は戸惑ってはいるが、皆と一緒に他愛ない談笑をするのがとても幸せそうに、スサノオには思えた。


**********


 翌日。一行は二手に分かれ、互いの別れを惜しんだ。

 スサノオ(ツクヨミ)、タヂカラオ、ウズメは高天原(タカマガハラ)へ。

 オオゲツヒメとウケモチは、彼女の故郷である阿波(あわ)の国(註:現在の徳島県)へと。


 ここまでならば、ごく普通の大団円(ハッピーエンド)と呼べるものだった。

 しかし古事記にも日本書紀にも、彼らの黄泉(ヨミ)の国での冒険は記されていない……何故なのか?


 それはこの後に起こる、アマテラス復活の為に「岩屋戸開き」において。

 月の神ツクヨミが密かに為した事に起因するものであった。

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